Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
AZUMA Tomo
2024-10-11 23:57:44
4365文字
Public
祥恵
Clear cache
君に口づけたいだけ
まだ付き合ってない祥恵が宅飲みをしてる話です。付き合うまでの妄想って楽しいですよね。
満月の煌々と光る空。雲ひとつないよく晴れた夜。
最近は少し肌寒くなってきたが、屋内にいればそんなことは関係ない。カーテンを開け放して見上げる月の美しさを肴に、東雲祥貴はグラスに入っていたカクテルをひとくち、またひとくちと飲んでいく。男は人類の誰もが欲する美貌を銀色の月光に晒していた。真っ白な肌に柔らかな金色の髪の毛、一見女性にも見紛うような面立ちの眼窩には硝子球のような灰色の瞳が嵌っており、それはまるで雨水を蓄えた雲のような雄大さを感じさせる。身体は彼用に仕立てられた浴衣に包まれていたが、その布越しにでもわかる肉体美。ある人は東雲の美貌を芸術だと評した。作り物だと疑わしくなるほどの美しさだったが、酒で上気した頬は東雲祥貴が生物だということを表していた。
グラスの中身はジントニックで、普段なら自分で作るが今夜は共に酒を酌み交わしていた千葉恵吾が作っていた。
この男もまた、東雲にも負けない美しさの持ち主である。しかし、東雲とは違い、野生味に溢れた挑戦的な表情を浮かべる男だった。大きく明るい焦香の色をした瞳は、その丸みとは真反対に人には飼い慣らせないと感じさせる鋭さを持ち合わせていた。彫りの深い顔立ちとそれを強調する長い睫毛に、特徴的な黒い隈
――
それは男の人生の波乱万丈さを物語るものだ。東雲とは対照的な真っ黒の緩くくせのついた髪を自然のままに遊ばせている。いつも身に付けているベストは、飲酒による体温上昇のために既に脱ぎ捨てられており、黒いワイシャツが男の上半身を覆っていた。千葉もまた体躯を鍛えているが、その様は自然の中の孤高という表現が合うだろう
――
などと思いながら東雲は千葉が会話の中で見せる笑顔を眺めていた。
千葉はその見た目に反して非常にあどけない笑顔を見せる男だった。ただしそれを見ることができるのはほんのひとときで、たとえばそれが『今』だ。
普段の千葉は人を食ったような、もしくは何か企みのあるような笑みを浮かべることが多く、底を見せない掴みどころのない表情をする。だが、酒が入って、少し気持ちを落ち着けることができる環境であれば、おそらく本来の千葉の、というよりも千葉が幼い頃に抱えていただろう表情が顔を覗かせてくる。東雲が初めてその笑顔を見たときは度肝を抜かれた。勿論、その驚きを表情に出しはしなかったが、今でもそのときの衝撃は忘れられない。
東雲は、人間というものに対して皆平等に愛をもって接するべきだと考えていたが、その笑顔に感じた衝動はそれまでにないものだった。その感情にどんな言葉を当てはめることも難しかったが、近いものをいくつか挙げるとするならば「庇護欲」や「独占欲」といったものだろうと、東雲は自身を分析する。もっと平易な言葉で言うならば「愛おしい」というものだ。
ふたりは互いの能力を認め合った唯一無二の「友人」だ。東雲は千葉に対して抱いた愛おしいという感情が友人関係にふさわしいものなのか、未だ白黒つけることはできていない。だが、可能ならこの愛らしい笑顔を一瞬でも長く見つめていたいという考えに思い至ってしまった。
東雲は千葉が男だから躊躇っているのではない。「友人だから」躊躇っていた。
一方でこうも思うのだ。唯一無二の友人の、穏やかな笑顔を見つめていたいと思うのはそんなにおかしなものだろうか。
「
――
今日は、千葉くんもご機嫌だね」
「久しぶりにゆっくり飲めてるからなあ。明日は休みで仕事の心配せんでええし、お月見日和やし
……
そら、機嫌も良くなるって」
柔らかな頬に幼い熱の残った笑顔が浮かぶ。普段はあれほど雄々しくギラついた男であるのに、今はただ大きな満月と目の前の酒に嬉しそうに笑っているのだ。
そしてその笑顔の愛らしさは、東雲の胸を熱く焦がす。
唯一無二の友人の穏やかな笑顔を見つめていたい、までは良いだろう。だが、問題は「独占欲」なのだ。東雲は酒の入った脳にぐるぐると思考を巡らせ、遂に、自身の問題点を洗い出すことに成功してしまった。
――
この笑顔は、僕以外の誰かも見たことのある笑顔なのだろうか。もしそうなのだとしたら。
そんな考えが脳裏を過ぎってしまったために、東雲は己の抱く感情の「不適切さ」に気づいてしまう。
本来ならば、友人が穏やかに過ごせる環境は多ければ多いほど良いと考えるものだろう。だが、東雲はそうではなかった。
その笑顔はできることならば、自分の前だけで見せるものであってほしかった。
「
……
最近はこんなふうにお酒を飲んだりすることはなかったのかい?」
「え? せやなあ
……
最近はユートピアと家の行き来しかしてへん
……
てか、祥ちゃんもOLCの社員なんやから、俺が忙しかったことくらいわかってるやろぉ」
ユートピアとはふたりが働くボードゲームカフェバーのことであり、Occult Ludic Company・通称OLCは千葉恵吾が代表を務める民間軍事会社のことだ。普段はカフェバーのスタッフをしているふたりだが、最近はOLCの業務が重なることも多く、忙しい日々を過ごしていた。
東雲は勿論それをわかった上で、千葉に問いかけていたのだ。己の知らぬところで、何か別の関係が生まれたり消えたりしていないか、と。
間延びする緩いイントネーションの関西弁がまるで自分に甘えているように聞こえたが、気のせいだろう。東雲祥貴は酒で誇大妄想気味になっている思考を否定する。少しの安堵と同時に、他にも心配事が浮かんでくる。
「綿奈部くんとか
……
それこそ有奇くんとかともタイミングは合わなかった?」
どちらも共通の友人であり、OLCの社員であった。兼業しているものはそれぞれ違ったが、ふたりとも千葉の予定自体は把握できる立ち位置にある。そしてそれぞれがそれぞれで、独特の関係値を持っていると東雲は感じていた。千葉と東雲が唯一無二の友人のように、千葉と綿奈部綱吉、千葉と邑神有奇もそれぞれ違った唯一無二の友人関係だ。
「何言ってんの、祥ちゃん。この時期、みーんな忙しかったやん」
「それも、そうだね」
千葉がムッと唇を引き結ぶが、その表情すらいつもと違って緩い。千葉は人並みに酒は飲めるものの、酒に強い東雲にペースを合わせて飲酒していたため回りがいつもより速いのかもしれない。
「
……
今日の祥ちゃん、なんか変?」
「
……
まるでホラー物件見聞みたいな物の言い方をするねえ」
千葉はムッとした頬をそのままにリビングのテーブルに頬杖をついて首を傾ける。緩い癖っ毛がふわりと揺れて、千葉のあどけない表情を助長させていた。相当酒が回っている、と思う。東雲はじっと千葉の行動を観察していた。
「だって、変なことばっかり聞いてくるやん」
「そんなに変かな?」
「ちょっと考えたらわかることばっかり」
「確かにそうかもね
……
じゃあ、僕がちょっと考えてもわからないことを質問しようかな」
明るい焦香の瞳は熱に潤み、月光をつやりと弾き返していた。その眩しい視線に、東雲は目を細める。
「綿奈部くんとこういうふうに家飲みをしたことは?」
「
……
ええー
……
うーん
……
」
千葉の反応は意外だった。今までの会話の感覚からすると「どうしてそんなことを聞くのか」とか、「祥ちゃんには関係ない話やない?」と言われてもおかしくない。思い出せないのか、はぐらかされているのか、どちらでもいい。千葉が答えに窮しているのが意外だった。
不意を突かれたと同時に「これは
……
」と東雲の心が勇足に波立つ。だが、焦っては事を仕損じる。「あー」とか「うー」とか言う千葉が、明確に何か発言するまで待つ。それができなければ、東雲祥貴は東雲祥貴ではない。
そして数秒の時が流れて、千葉は再び笑顔を浮かべながら東雲を上目遣いで見る。
「祥ちゃんは、どう思う?」
「どう、とは」
「俺がツナと自宅でサシ飲みしたことがあるかって話」
熱に潤んだ瞳はその涙自体がなんらかの熱を発しているかのように感じた。そのくらいに東雲を見つめる千葉の視線に熱がこもっている。しかし、東雲祥貴はこんなところでたじろぐ男ではない。東雲も熱のこもった瞳を同じくじっと見つめ返して、口を開く。
「
……
あるんじゃない? 君たちは相当仲が良いだろう」
「ファイナルアンサー?」
「随分古い定型を出してくるね
――
そうだね、ファイナルアンサー」
千葉は東雲の瞳を見つめながら、楽しそうに喉の奥でくっくっと笑う。そして自身で作った名もないミルク系の甘いカクテルをひとくち、こくりと飲んだ。まだ、ふたりの視線は繋がったまま、その視線の交錯こそが焦れったさと心地良さを伴った現象だった。
「正解はァ
……
秘密の方が、祥ちゃんは燃えるんちゃう?」
――
やられた。
東雲は心の底から悔しかった。が、同時にこの感覚があまりにも気持ち良かった。
すべて、すべて見透かされている。千葉のその言葉で確信を得た。
千葉は幼い笑みをそのままに明るい茶の瞳の奥の奥で、飢えた獣のような獰猛な色を輝かせている。
「
……
まったく君って男は
……
」
「んんー? いつもより男前な表情してるやん、祥ちゃん」
実質的な勝利宣言をする千葉に対して、もう降伏しか選択肢はない。
この感情が「ふさわしい」とか「不適切」だとか、初めから関係なかった。
千葉と東雲の関係は唯一無二なのだ。であれば、唯一無二のものに対して理性の皮を被った遠慮という余計なものは必要なかったのだろう。
「参ったね
……
確かに、秘密があれば燃えるが
……
嫉妬で自分の身すら燃やしてしまいそうになるよ」
「
……
祥ちゃんやったらやりかねんのが怖いな
……
」
「ねえ、千葉くん」
「うん?」
もう遠慮など不要だと気づいてしまえば、東雲の為すべきことはひとつだった。
「
――
もっと君に近づいても?」
東雲の発言に千葉はとろける笑顔で、だが飢えた瞳を煌めかせたまま答える。
「ええけど
……
近づくだけでいいん? 本当は」
――
シたいことがあるんちゃうの?
その言葉はそれまでと違って囁くように、湿度を帯びたものに変化していた。
酒の回った東雲の思考はさらにぐらりと揺らぎながら、まるで導かれるように、千葉のすぐ隣へ腰を落とす。
互いの呼吸音が聞こえるほどの位置で見つめあっているのに、抱擁すら交わさない。
しかし、東雲の青み掛かった灰色の瞳の奥に、紅の閃光がバチリと輝いた瞬間だった。
「君に口づけたいだけだ」
外は肌寒くなっているが、屋内にいればそんなことは関係ない。
ふたりきりの密室では、真夏の熱帯夜も負けてしまうほどの熱のぶつかりあいが発生するのだ。
Reaction
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.
Custom color
Reset color
広告非表示プランのご案内