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豆炭々炬燵
4902文字
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ダークギャザリング
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【あしゅやよ】柔い欲
ノリと勢いで誤魔化してるオメガバースもの。あしゅやよ🖍️💀編。
第二の性。それは近年人類で男女の他に新たに発見された性別。
α、β、Ωの三種に分けられ各特性や全体に占める割合等違いがあり、出産後すぐ第二の性の判定をはじめ義務教育内で第二の性を学び間違った知識を持たぬよう徹底された背景には発情期を迎えた途端、爆発的に増える第二の性が齎す犯罪行為の撲滅を掲げている為である。
単調な電子音が眠りの海から夜宵を引き上げる。帳を下ろしていた瞼が開き独特な瞳が音の出所をなぞり、煌々と起床時間を表示しているスマホの停止ボタンを押した流れで半身を起こしては天井に向かってググっと伸ばす。
しばし止めていた息を脱力させるのと同時に吐き、眠気皆無すっきり目覚めた頭で朝の身支度をすべくベッドから抜け出した。
足裏に体重を乗せ重心を前に移動させる間もなく背後から衣擦れの音を引き連れ夜宵を引き留めるやせ細った腕。鼓膜を震わす黒く血生臭い悲痛な声音が形を成す。
「いっちゃ、いやぁ
……
」
まるで親から離れたくなくて駄々を捏ね縋る子供。
起きたばかりのベッドへ再び引き摺り込む誘惑を解くのも随分慣れたものだ。肩口に顔を埋め甘える黒阿修羅を重瞳で見遣った後、腹部に巻き付いた栄養不足で骨ばった枷を外せば微かな抵抗で手を掴まれるのもお約束と化している。
愛惜に彩られた面持ちで夜宵を見上げ、暫し白目と黒目が反転した眼差しを交差させ到底諦めきれていないのに手を離すのも、普段通りだった。
「(
……
湿ってる)」
薄暗い部屋の中、数多の視線に晒されようとも気にせずに寝間着を着替えるのが習慣になっている夜宵が首だけ振り返る。
律儀に顔を背け固くぎゅっと目を瞑っている黒阿修羅を視界に収め、指先に感じる寝汗とは思えない湿り気をもう一度撫ぜた。
唯一入浴時のみ外しているうなじを覆う頑強な透明保護カバー。それがしとどに濡れているのは今回が初めてではない。
滞りなく着替え終えベッドの上に座り込んでいる黒阿修羅に近付き、そんな気配を察して固く瞑っていた目を開けた黒阿修羅の頭を夜宵は未成熟な胸に抱き寄せた。張りのある黒髪を頭の形に添って撫であやす慈しみ宿る小さき手。
「ちゃんとお留守番してるように」
「うん
……
」
痛ましい赤黒く変色した涙跡、無数の刺傷が刻まれた胸部を染めあげる生きていた証が衣服に触れるのを厭わず腕の力を強めた。そろり背中に回される黒阿修羅の両手が控えめに夜宵の猫耳パーカーを掴み熱の籠った吐息交じりのくぐもった声で「いってらっしゃい」と呟き、名残惜しそうに自ら枷を外す。
最後に黒阿修羅の頭をポンっとひと撫で、ランドセルを背負い自室のドアノブに手を掛けた。小さな扉の声と共に廊下の光が薄暗い自室に伸びた切っ先、再び首だけ振り返ればいそいそ夜宵が脱ぎ畳んでいた寝間着を抱えベッドに潜り込む影を見送り静かに扉を閉めた。
扉一枚隔てた向こう。黒阿修羅が何をしようとも看過しない。寧ろ言いつけを守り続ける姿はいっそ健気だ。
ひたひた板張りの廊下を歩き一定のリズムで階段を下りている最中、脳裏にチラつくその気になれば力尽くで保護カバー程度難無く壊せるにも拘らず頑なにしない黒阿修羅の姿に目を半分伏せ残り数段残した途中で足が止まる。
「(今日で一週間経った)」
発情期が来るタイミングには個人差があり早い者では未就学前に訪れてしまうという。
夜宵自身発情期は未だ訪れていない。されど、運命の気まぐれかΩである匂いを嗅ぎ取ったα体質の黒阿修羅がラットを誘発する事態に陥ってしまった。
家庭環境が家庭環境だったゆえ碌に義務教育すら受けていなかった黒阿修羅は自分に降り掛かった未知の感覚に戸惑い怯え──、本能から来る【夜宵は運命の番】衝動に搔き立てられ噛み跡のないまっさらなうなじを執拗に狙う。
純粋な生殖行動。荒げた息を噛み殺し盈たしたい欲望が白黒の炎を揺らめかす。
哀切な訴えとは真逆にギラつく幼い瞳。滅茶苦茶に身体の中で暴れ狂う熱が黒阿修羅自身をどうしようもなく不安にさせ助けを求める姿に夜宵は絆されずに淡々と黒阿修羅に今身に起こっている状態、そして──。
『私のうなじを噛んでは駄目』
黒阿修羅にとって酷な事を言い放つ。
だが、黒阿修羅の苦しみを放って置くほど夜宵は非情になり切れなかった。
ラット期間中、事細かなルールを設けて形代から出て傍に居てもいい許可を与えた。ルールを破らないで守れば寛容に黒阿修羅がする行為を咎めはしなかった。
夜が明けるまで保護カバー越しに甘噛みをするのも、舌を這わすのも、抱き枕になるのも甘んじて受け入れていた。
時折り受け流せない衝動に押し潰されそうになってすすり泣く黒阿修羅に向き合い宥め賺す。飲み込み噛み砕けなくて愚図る様は幼い子供そのもの。
蚊の鳴くようなか細い声で「おねえちゃん
…
おねえちゃん
…
」と呼ぶ声に夜宵は無言で二人の間にあった隙間をさらに無くした。小刻みに震える骨が浮かんでいる背中を撫ぜ、気休め程度に前髪越しに額に唇を寄せ慰める。
子供がする子供騙し。根本的な解決に至らない行為の残酷さ。自身に訪れていない黒阿修羅を脅かしている熱を想像するしかない夜宵は藻掻き耐え忍ぶ黒阿修羅の縮こまった身体を抱き寄せる事で誤魔化した。
せめて償いではないが、可能な範囲で黒阿修羅が望むのを叶え身を委ねた一週間。それがもうすぐ終わりを告げる。
残り数段を身軽な動きで飛び降りて、詠子が朝食を用意してくれているリビングダイニングの扉を普段通りに開けた。
扉が開く気配にキッチンから顔を覗かせた詠子が花が綻ぶように笑う。
「おはようっ、夜宵ちゃん」
「おはよう、詠子」
夜宵は黒阿修羅がラットになっているどころか卒業生ハウスではなく自室にいるのを詠子に伝えていない。詠子に危険が及ばないのを大前提で部屋に黒阿修羅を居させている。万が一詠子が夜宵がいない間に部屋に入ろうとしても事細かなルールに則って黒阿修羅が侵入阻止する手筈になっている為兎角問題視していない。
相変わらず美味しい朝食を食べ、他愛のない会話を交わして、玄関扉を潜るのを躊躇い出戻った。
冷たい雨がハラハラ傘に落ち区切られた空間で鳴り響く。この季節にしては重すぎる空模様。何処かのお宅の花壇に植えられた小さな花々が雨粒と駆け落ちして通学路の一部を染めていた。
水を含んでアスファルトに張り付く花びら。雨の匂いに紛れ香り立つ花の甘い匂い。
綺麗とも可哀想とも思わない夜宵の重瞳が一瞥しその横を惜しまないで通り過ぎた、筈だった。
瞳で追わずとも網膜に焼き付いた白い花。鼻腔を通り越して肺の奥に溜まる湿り気を帯びた香り。幾重にも巻き付き纏わりつき離れてくれない面影が頭蓋の中で犇きあう。
学校で過ごす間、友人達や周囲に一切悟られずとも肥大化し続ける違和感に夜宵の少しだけ熱っぽい手が自身の胸元をギュっと掴んだ。
理論的にする答え合わせから意味もなく目を逸らして、正体不明の”何か”に名前を与える時間を求め足掻く様はいっそ滑稽でしかない。
心ここにあらずで逆再生する通学路。アスファルトに広がる花びらの絨毯に目もくれないで、雨上がりの水たまりだらけな道を駆け抜けた。
夜宵にしては珍しく弾んだ息のまま玄関の鍵を鍵穴に差し込み開錠する。聞き慣れた無機質な音、身に染みこんだ動きで鍵を施錠した途端、夜宵の頬はおろか小柄な身体を黒い手たちがそろり撫で纏わりつく。
今まで無かった熱烈歓迎。猫耳パーカーの袖や裾を控えめに引っ張ってくるのを「靴脱げないから待って」と窘める。靴を脱ぎ揃えている間も離れない黒い手たちに夜宵が急いていた心を落ち着かせ思考を巡らせた。
「(詠子は、この時間帯大学で螢多朗と一緒の講義に出席してる。帰りも遅くなるって今朝方聞いた。で、一応念のため詠子にメッセージを送って
……
返信来た)」
スマホの画面に表示される特に問題なさそうな詠子からの返事に夜宵はホッと胸を撫で下ろす。
危害らしい危害を受けていない。それだけで心持ちが大分変ってくる。当たり障りのない返事を送り終えたスマホをパーカーのポケットに突っ込み、黒い手たちのひとつと手を繋いだ。それに余程驚いたのか夜宵の手に蠢いていた黒い手たちの動きがピタリと止まり恐る恐る握り返した。その選ばれし手を嫉妬しているのか他の無数の黒い手たちが我先にもう片方の手に群がり、そこからあぶれた手たちは思い思いに夜宵を抱きしめる。
まるで、手を引かれるように階段を上り自室前までくれば、しっかり閉めて出て行った自室の扉が僅かに開いていた。隙間から伸びる黒い手と腕の群。誘われる形で隙間を広げ、薄暗い部屋に光の道を伸ばした。
仄かに怪しく光る重瞳がベッドの上で叱られるのを分かっているが我慢できなかった、という面持ちで毛布を頭から被り口元を夜宵の寝間着を口元に寄せ荒くくぐもった息遣いで座っている黒阿修羅を視界端に捉える。一瞥後、握っていた手を離してランドセルを置き、黒い手たちがぎこちなく衣服を脱がそうとするのに合わせ猫耳パーカーとその下のセーター、もたつき解けなかったネクタイを自ら解きベッドに歩を進めた。ベッドに近付くにつれ無数の黒い手たちが空に漂い夜宵を取り囲む。
「ドア、あけて
…
ごめんなさい
……
」
被さっていた毛布がずるり落ち、口許に寄せていた寝間着を離して謝罪する黒阿修羅の声音は今にも消えてしまいそうなくらいか細い。
散々泣き腫らした反転した目の奥に見え隠れする、嫌わないでと縋り希う思慕が薄いブラウスに隠された第二次性徴前の夜宵の胸に深々と慈悲の雪を積もらせる。
「
……
ごめんなさい」
悪いことをした自覚がある黒阿修羅の隣に腰を下ろす。ぎしり軋む音はベッドのスプリングか少年の心か。
怯え身を竦めている黒阿修羅の骨ばった肩を抱き寄せ、そのまま夜宵は自身の膝の上に頭を乗せさせた。然程重くない重みが戸惑い起き上がろうとするのを再度沈める。
「おねえ、ちゃん
……
?」
「怒ってないよ」
怒っていない。責める気なぞ毛頭ない温かで優しく言い聞かせ頭を撫でれば緩々黒阿修羅から不安の色が溶け消え去った。
不意に黒髪を撫でていた手に黒阿修羅の不健康な手が重なり指が絡み合う。今まで所なさげに空に漂っていた黒い手たちが夜宵のまろい頬を、透明保護カバー越しのうなじに触れ擦る。
「──おねがい、おねえちゃん」
やおら身を起こした黒阿修羅が絡めた指を解かずに夜宵を抱き寄せ頬同士を擦り合わせた。先程と打って変わって随分穏やかな呼吸に脳髄が甘く痺れる感覚に夜宵が目を眇め、無意識に夥しい刺傷に彩られた着古された黒阿修羅のシャツをもう片方の手で掴んだ。
「おねえちゃんを きずつけるすべてのものから まもらせて」
月蝕む翳が放つ濃い夜の香りは、ただただ魅惑的で安易な言葉を紡ぎそうになってしまう。
夜宵はおろか黒阿修羅ごと幾重にも巻き付く黒い腕。黒に塗り潰されていない箇所は僅かで微かな夜宵の抵抗心を丁寧に手折り摘み取っていく。立場が逆転したのを機に骨が浮かぶ不健康な黒阿修羅の手が艶めいた藤色の髪を手櫛で梳き抱き寄せた。
顰めた息に呼応して及び腰になる柔い手を決して離さない黒阿修羅の手が指がスリ
…
と擦る感触に耐え難い何かが夜宵の中で産声を上げようとしていた。
──でも、安心して
耳元に唇を寄せ囁く月明り煌めく真夜中の川のような声。
暴れ狂う熱ではない、温かな灯に満ちた言の葉は無垢でただひたすらに夜宵を慮る。
幾重にも巻き付いていた黒い腕が霧のように消え去り、普段よりも熱を帯びている重瞳を夜闇に浮かぶ満月が覗き込む。
「お姉ちゃんが”いい”って言うまで僕、ずっと待ってる」
遠い春を待ち侘びる黒阿修羅の微笑みが夜宵の心に沈まぬ満月を上らせ──、自ら深く指を絡ませた。
「
……
うん。もう少し待ってて」
肺の底に留まる褪せた血と熟れた果実のような重厚な匂いは愛しさに満ち。収まりつつある身体の疼きを恨みがましく見送った。
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