【竹東】折衷案【カミ東】

正確には竹+東←カミで竹内に対抗心を燃やすカミキリ様のお話。
※36話37話要素含みます。

蝉時雨リサイタルを盛り上げるべく碧空に入道雲が浮かび、鮮烈な太陽光が周囲の気温を物理的に沸かすとある夏の日。
表示される階数が最上階に近付くにつれ、エレベーターに乗っている者の足がそわつく気持ちに連動して小さく足踏みする。程なくして指定の階に着いた事を告げる電子音にワンテンポ遅れて扉が開ききる前に出てしまうくらいにカミキリの心は穏やかさからかけ離れていた。
胸に手を当て小走りになっている鼓動を落ち着かせ、猛暑由来ではない茹った顔と耳の熱を手扇で扇ぎ和らげる。
「(エアコンの修理予定日まだ先きっと大家サん、今日も暑くて大変)」
カミキリが夏空に負けない澄み切った大きな瞳を瞼に半分隠して、無意識に緩んでしまう口許をもにょりと引き結ぶ。油断すれば不意に脳裏を過っていく「自分の身体が冷たいのを言い訳にして彼女の傍にいたいだけ」という己自身によく似た非難する声を頭を振って追い払う。

「(違うっ違うっそんなんジャ……)」

じっとり汗ばんだ両掌を見下ろし、ほうと短く吐いた息は重く熱い。
手に、腕に、顔に、胸に、未だ色濃く刻まれ残る東雲を後ろから抱き着いた感触にカミキリの鼓動がトクトクと速まる。
あまり煙たくないお陰で東雲の香りが鼻腔を擽った記憶に、カッと目を瞠るもすぐさまゆるゆると目元に睫毛で出来た影が差す。
……身体、大きイ方がいい」
面と向かって東雲に言われた訳ではない。されど、広げた掌を握り締める指に力が入ってしまう。
怪我の功名と云うべきか、変に昂っていた気持ちが収まりエレベーターホールで佇んでいた足を悄然と動かす。東雲の部屋は廊下の突き当り。最奥を目指して歩いていたカミキリの耳に気落ちしていても拾い損ねない、溌溂たる声がエレベーターホール近く401号室から聞こえてきた。
少しばかり通り過ぎてしまった401号室前まで戻り、あまりしてはいけないと思いつつ耳を澄ます。
意識して会話内容を聞かぬよう中の様子を窺えば、如何やら竹内宅に東雲一人がお邪魔している模様。
本来「今日はエアコンのある竹内宅に避難している、この暑さを凌げているようで良かった」と思うべきなのをカミキリの顔から色が消え、胸の奥にモヤっとした何とも言えない鈍色の雲が広がる。
その感覚の正体を突き止める以前に自分はもうお役御免には変わらない故、踵を返してエレベーターホールにとんぼ返りしかけた矢先、聞き捨てならない竹内と東雲の会話に強力な磁石に変化した耳が日光で燦々に熱せられた扉に吸い寄せられる。

「でしたらその体で返シテもらいましょうカ」
「なんでそうなるンだよ。まあ、別にいっけど」

すわ鬼気迫る表情で盗み聞きしているカミキリの脳内を埋め尽くす竹内と東雲のやり取り。疑問が疑問を呼び犇き合い、窄んだ瞳孔がカミキリの心情に合わせて揺れ、しまいには冷たくじっとりした汗が背中を伝い動悸までしてきた。

「じゃあ早速」
「しんどいのは勘弁なァ~」

瞳孔の萎縮が限界値を超え最早カミキリの目が銀シャリ握り飯に黒ゴマ一粒と化す。
そして、薄っすら開けていた唇から漏れ続けていた荒々しい息を飲み込み舌先を勢いよく上顎に当て弾き腹の底から一番強い感情を叫んだ。

「だめええええええええ!!!!!!」
「んあ? カミキリさん?」
「いらっしゃいカミキリ様。どうカしまシたか?」

刹那、インターホンを連打する余裕すらなく逼迫した状況で竹内宅にダイナミック不法侵入をかましたカミキリ。思わず固く閉じていた瞼を開ければ、東雲を肩車した竹内がとても綺麗なフォームでスクワット運動をしている光景が飛び込んできた。
「──ナニしてるの」
予想の斜め上を行く二人の姿に前髪に隠れている眉を顰め戸惑うも、如何にか疑問の言葉を口にしたカミキリに竹内と東雲は互いに視線を交差させ「筋トレ?」と緊張感皆無な声音で東雲が端的が過ぎる状況を言ったのだった。





出された麦茶に礼を述べコップ半分まで一気飲みするや思っていた以上に喉が渇いていたらしい。
ホッと一息を吐きコップを両手で持ったまま、カミキリはテーブルを挟んだ向かい側に足を崩して座る東雲と自分と同じように背筋を伸ばし正座をしている竹内を交互に見遣る。
「二人とも何やってたノ?」
カミキリが改めて疑問を投げかけると、竹内が東雲を担いでスクワットするに至ったかを語り出した。

遡ること、カミキリが東雲宅に向かう数分前。
エアコン故障による室内灼熱地獄は耐え難く東雲は汗でだくだく発汗作用なぞ当てにならない体を引き摺り涼を求め徘徊を開始した。扇風機があれば些かマシになったかもしれないが所詮”たられば”。現在進行形で味わっている熱が吹き飛んで行くことはない。
尚、ツヅミは本家から招集があったとかでスズと一緒に出掛け、有希は媛に何やら町のパトロールかよく分からんものに誘われ不在である。
「裏切り者ォ~
東雲の逆恨み甚だしい恨み節が暑さに負け萎れ廊下の隅に転がっていき蒸発していった。
如何にか涼をとる算段をしようにも熱にやられて碌に回らない。視界がだらしなく伸びた両腕の振り子より大きく揺れ出したのを他人事のように思っていた東雲の視界に丁度玄関から出てきた竹内の姿を捉え──、草食動物に狙いを定めた肉食動物を彷彿させる俊敏な動きで距離を詰め泣きついた。

「竹内ィ~、部屋に入れさせてくれ~~……
「私これからジムに
「頼むよぉぉぉ~~……
………

これこそ天の助けと言わんばかりに竹内の筋肉質な腕に縋り付いた。瞬間触れた箇所から広がる冷たさに東雲の顔色が安堵に染められ、やにわにこの涼しさが立ち去ってしまう恐怖に情けなく懇願を再開する。
大人も何も無い。泣きべそを掻き上目遣いで見上げる東雲の押しに負け、竹内はつい今しがた施錠した玄関の鍵穴に鍵を差し込み捻った。開錠音を聞いた東雲のさめざめ泣いていた表情が見る見るうちに晴れ渡る現金さ。それを竹内はバレぬよう仄かに表情を和らげ玄関扉を閉めた。
勝手知ったる我が家よろしく部屋に上がりどっかり腰を下ろす東雲を横目に竹内がまだ温くなっていない部屋のエアコンを再起動させる。
「あ゛あぁあぁあぁ、生き返るゥ~」
「それは何よリ」
冷風に当たりキンキンに冷えた麦茶を出すや喉を鳴らして豪快に飲み干し唸る様は宛らビールのよう。そんな東雲を眺めていた竹内は徐にテーブルを片付け始め、呆然としている東雲の手に握られていたガラス製のコップを流し台に置き分厚い肉体を緩慢な動きで翻す。
「竹内? 竹内さん?」
背丈のある屈強な男性に見下ろされる威圧感もさることながら、リムレス眼鏡の奥で鈍く光る細められた眼光に思わず東雲が居住まいを正す様に竹内はしゃがみ込み目線の高さを合わせた。
「私は今頃ジムで汗水を垂らシ筋肉を鍛え育てていたハズでした」
「そ、それは悪かったって。こっちも暑さでや、」
「助け合いの精神なのでソコは別に気にしていませン」
東雲が言い終わる前に言葉をやや気持ち強く遮った竹内は東雲から視線を逸らさずにエアコンのリモコンに手を伸ばす。間髪入れずにエアコン本体から室温が下げられた自動音声が流れ「お前冷房28℃派オバケじゃなかったけ」と目で訴えかける東雲に竹内の顰められた低い声が室内に響き染み渡る。

「ですが、やはりトレーニングを欠かしたクない。なのでアナタがウェイトになってください」
「・・・は?」
間の抜けた声で大仰に片眉だけ上げる東雲を余所に竹内は非常に苦々しい面持ちで握り拳を震わせる。
「出来るならフォームを崩すトレーニングは私自身御免被りたイ」
「なら、やめろよ」
「しかし、のっぴきなラない状況!! 背に腹は代えられナい!! ──薫サん、アナタがもし私を憐れと思うのであればその体で返シテもらいましょうカ」
「なんでそうなるンだよ。まあ、別にいっけど」
晴れて了承を得た竹内が顰めていた眉を解き立ち上がるのに合わせ東雲もまた腰を上げる。涼しさを提供してもらっている手前不承不承気味な視線を投げかけていた東雲だったが、竹内が頭を垂れ礼を述べる姿を見てしまってはもう何も言えなくなってしまうというもの。
「じゃあ早速」
「しんどいのは勘弁なァ~」
現に竹内に促され安定感が凄まじい筋肉が盛り上がっている肩に跨って重り役になるのを甘んじて受け入れていた。
ただし、ホットパンツから伸びる太腿で竹内の顔を挟むのには決して小さくない抵抗感が視界端でチラつく。
そもそも自分自身の意思に関係なく上下に動くのや、後頭部で腕を組む要領で肩車している東雲の背中ごと巻き込み固定する竹内の男らしい手の感触がまたなんとも絶妙に居た堪れない。
まだ数回しかスクワットを行っていないのに「もういいだろ?」「終わりにしないか?」という思いが東雲の中で膨れに膨れ上がる。
──だがしかし回数を熟すのに比例してセンスが独特なTシャツの襟ぐりから覗く竹内の太い首元付近の肌が太腿裏を冷たさが変に強張っていた東雲から緊張を削ぎ落す。火照っていた羞恥心を冷ます心地よさにうっかり竹内の艶めいた黒髪の上に凭れ掛りそうになった時、やたら切羽詰まった変声期前の少年の声が突如室内に響き渡った。

「だめええええええええ!!!!!!」
「んあ? カミキリさん?」
「いらっしゃいカミキリ様。どうカしまシたか?」

元気よく出現した来訪者に東雲が背筋を反射的に伸ばした事で、うっかり竹内に凭れ掛る事態を知らぬ内に回避したのを東雲自身だけじゃなくその場にいた全員知る由もなかった。



「と、いうワケで薫さんにはウェイトになってもらっていまシた」
何故東雲を担いでスクワットをしていたかを語り終えた竹内は目線をカミキリに向けたまま、こちら本日のおすすめ品ですと云わんばかりに筋張った男らしい左手で科学の力を享受している東雲を指した。
程よい涼しさに微睡み生欠伸をしていれば急に名前を呼ばれ東雲の夜明けを告げる瞳が何んとなしに竹内を視界に収め、本当に深い意味なぞ全くない寝惚けた頭で「竹内、お姫様抱っこ余裕そうだよな」と口走った。
筋肉と飛び降りさえ絡まなければ聡明で爽やかな竹内の黒い双眸がテーブルに頬杖をつき頬をむにゅりとさせている東雲を頭の天辺から爪先まで眺め、然程ズレていない眼鏡をわざとらしく掛け直す。
「お姫様抱っこ? 余裕でスよ」
照明に反射したレンズが白で染まり竹内の眼差しに宿る色を窺い知ることは出来ない。
だが、竹内は違う。レンズ越しに東雲が「んじゃ、やってもらおうじゃないの」と好奇心旺盛に立ち上がる姿も、あからさまに動揺して手の置き場所を見失い空に揺蕩わせているカミキリの様子も竹内から丸見えだった。
極々自然な動き──、否竹内は鍛えられた肉体美を対面に座っているカミキリに見せつけるように逞しい腕で細身な東雲を楽々持ち上げた。
「おっ、すっげ~」
「ウェイトトレーニングにしては軽すぎるくらいデす」
落とすつもりなど毛頭ない。軽く腕を上下に動かし東雲の体重の軽さ、己自身の筋肉をもってすれば露ほどもないのを──、丸く大きな目をキッとつり上げ頬をパンパンに膨らませているカミキリに誇示する竹内は思わず噴き出しかけるも二人に悟られぬ内に唇をキュッと引き結ぶ。
「僕だってデキル!!」
悪い大人の揶揄いおふざけ。まんまと引っ掛かったカミキリが彼にしては珍しく竹内の傍まで大股で歩き、年相応の少年染みた両腕を精一杯東雲に向かって伸ばした。
「無理すんなってカミキリさん」
東雲が他意なく心配でカミキリを気に掛けた言葉が益々神様の心に負けん気を募らせる。
「出来るモンッ!!」
決して意地を張っているわけではない。確たる自信を持って出来ると対抗心を燃やすカミキリのある種健気な姿に東雲は最悪自分が落ちるだけだしな、と困り眉で竹内を見上げ自身をカミキリの方へ渡してくれと目で訴えかける。
「分かりましタ」
明瞭な竹内の声色は東雲の意図を組んだともカミキリの発言に従ったとも取れるが、実際には東雲とカミキリのやり取りの微笑ましさに込み上がる笑いを我慢しているのでそれどころではなかった。
体の震えを抑え込みゆっくりと抱えていた東雲をカミキリに引き渡す。緩やかに東雲の重みが腕から消え、完全にカミキリに渡した竹内の腕が引き抜かれた。
「へぇー、やるじゃん」
想像以上に不安定さがない。竹内とはまた違うしっかり抱える細い腕に東雲の夜明けを告げる瞳が瞬き、難なく東雲を両手で受け止め抱きかかえているカミキリは得意げに胸を張り、ふふんと鼻を鳴らすカミキリに竹内が拍手を送る。
感心してくれる二人に満更でもないカミキリが口許に緩く弧を描き、すぐ間近で聞こえる東雲が称賛する声と鼻腔を擽る彼女の香り、何より接触面積の広さや顔の近さに気付くや否や──、胸元まで茹で上がった挙句汗が止めどもなく滲み浅く速い呼吸しか出来なくなってしまった。
せめて汗腺ぶっ壊れている紅潮した顔を逸らそうにも、トドメの一撃よろしく東雲の手がわしゃわしゃ頭を「すごいすごい」と撫でてくるため視点を壁に注いだまま微動だにしない身動きが取れないカチコチに固まったカミキリが完成した。

「(──青い春ですねェ。今、夏真っ盛りデスけど)」
そそくさ洗い物を片付ける大義名分にて台所へ退散した竹内は後方から感じる気配にやっと我慢していた笑いを控えめに零したのだった。











「そろそろ腕疲れたっしょ」
……っ」
「もう下ろして大丈夫だかんな?」
………っっ」
「いや、私抱えたまま正座するんじゃなくて」

「(なンて分かりやスい)」