【カブミス】善き日のパレード

パレードを見ながらワインを楽しむカブルーとミスルンが、小さな迷子を助ける話。

 マーチングソングを聴きながら、俺は王のパレードを城の展望台から眺めていた。
 楽団や規律正しい兵隊たちが進み、ライオスさんは馬に先導され、馬車に乗って大きく手を振っている。ここからじゃあ豆粒くらいにしか見えないが、それでだってパレードがうまくいっていることくらいは俺にだって分かった。
 民衆は熱狂していて、どこからともなく悪食王万歳って声が聞こえる。俺はそれを冷静な目で見つめるミスルンさんを眺め、彼と恋に落ちた時のことを、今にはそぐわないことだっていうのに思い出す。
 あなたは今、俺の隣にいる。信じられないけれど隣にいる。こんなふしぎが起こるだなんて、思っちゃいなかったななんて、俺は幸福な今に感謝する。
 今日がパレードのせいか、明日は普通の日だっていうのに、今は心が躍っている。自分がこんなに単純だなんて思っちゃいなかったな。隣にミスルンさんがいて、パレードが平和に行われて、それだけで幸せに感じるだなんて、思っちゃいなかったな。
 でも、それは突然俺の手のひらに落ちてきたんだから仕方ない。ずっと探していたものが、俺の手のひらに落ちてきたんだから、もう探すこともないんだから、心を躍らせたって、仕方がないだろう?
 
 
「どうしたんだ? もの思いに耽って。ライオスが心配か?」
 俺が年甲斐もなく心のうちではしゃいでいると、側に立ってパレードを見つめていたミスルンさんがそう言った。俺はどう答えるべきか少し悩んで、立派になられて、とさめざめと泣くヤアドや、供を伴い侍女が給仕するワインを飲むパッタドルを眺めて、こう言った。自分の心には、気づかれないように。
「あの人ならうまくやるでしょう。だって笑顔で手を振るだけですよ? それくらいあの人だってこなせるでしょう」
「あぁ、そうだな」
「ワインはいかがです? 取り寄せたシャンパンもありますよ。懐かしいエールも」
 俺が酒をすすめると、ミスルンさんは一番美味いワインを選び、それに口をつけた。そういえば、俺は今日、酒を口にしていない。していないのに、こんなに心が躍るのだからふしぎだった。
 そわそわするのは、隣にミスルンさんがいるから? ただのパレードの一日なのに、二人きりでデートをしているような気分になるのは、やっぱり隣にミスルンさんが当然のようにいるから?
 俺は侍女からワインを受け取って、心を躍らせる理由を酒に求める。でもすぐに、俺は恋に真っ逆さまに落ちた時のことを思い出す。あの迷宮での一週間が俺を変えて、この人を変えて、それだけじゃない、さまざまな人の人生を変えた。
 心が躍る。パレードは続く。王の凱旋は続く。
 でもそんな時、俺はズボンに違和感を抱いた。何かに引っ張られているような、そんな違和感だ。俺は慌ててワインを飲みほし、空いたグラスを侍女に渡して、足元を見つめる。するとそこには、まだ幼いノームの子どもがとんがり帽子で正装をしていて、不安げに俺を見つめていた。あぁ、困ったな、と俺は思う。パレードは続くが、ちょっとした厄介ごとがやってきた。いや、そんなことを言っちゃいけないな。今日はいい日だ、これくらい、俺たちで解決してしまおう。
 
 
「やぁ、こんにちは。どうしたんだい?」
……
 服装からして女の子、だろうか? 正装をしたノームの子どもはすぐには答えない。そして俺とミスルンさんを交互に見て、うつむいてしまう。
「迷子、だな」
 ミスルンさんがワインを飲み干して言う。頬が少し赤いが、酔っ払ってはいなさそうだ。
「侍女に引き渡したらどうだ?」
「彼女らにはみんなをもてなしてもらわないと。俺たちで探しましょう」
「どこから入り込んだんだ?」
 女の子は答えない。ただうつむいて、涙をこぼしそうなくらい、きつく目をつむっている。せっかくのパレードの日なのに、迷子になってかわいそうだ。でも、黄金城にいるってことは、誰か、たとえば大使たちの子どもなんだろうか? それともここで働いている侍女や役人たちの子どもか? 俺はそんなことを考えてきょろきょろあたりを見回しながら、パレードの日だからと、色とりどりの花々で飾り立てられた廊下を歩く。女の子の手を取って、もう大丈夫だからねと心配を取り去るように。
「そうだ、キャンディーをあげようか」
……
 俺はポケットから、赤いしま模様の包み紙が可愛らしいキャンディーを取り出したけれど、女の子は何も言わなかった。だったらマジックはどうだって、俺は手をぽんと叩く。これで気を引けたらいいんだけれども。
「それとも、花がいいかな?」
 手のひらの上にあったキャンディーが、真っ赤な造花に変わる。特に暇だった船旅の最中に道化師から教わった簡単なマジックだ。俺はマジックで取り出した花をつまみ、女の子に差し出す。すると女の子は目を輝かせて、ようやく花を受け取ってくれた。
「すごくすてき! どうやったの? 魔術?」
「違う、ちょっとしたトリックさ。聞きたいかい?」
「うん! 私もしたい!」
 女の子が笑う。俺は簡単なトリックをゆっくりと披露し、キャンディーを何度も可愛らしい花に変える。
 しかしそんなふうにはしゃぐ俺たちを見て、ミスルンさんは少し寂しそうだった。また何か考えているんだろうなって思う。俺にはめくるめく未来があるっていうのに、あの人は違うことを考えている。長命種とか、短命種とか、そういうどうにもならないことを悲しんでいる。こんなに楽しいパレードの裏側で、彼は悲しんでいる。
 だから俺はちょっとしたいたずらをする。女の子といっしょに、ちょっとしたいたずらを。
「そうだ、お兄ちゃんの秘密を教えてあげる」
 俺は女の子に赤い花を持たせて耳打ちする。ミスルンさんは何事かと俺を見つめる。女の子は嬉しそうに、またマジックの種かと喜んでいる。
「なあに? なあに?」
 でも、これはマジックの種じゃない。種も仕掛けもない、ただ事実だ。
「お兄ちゃんには大切な人がいて、その人はあの人なんだ。みんなには秘密だよ」
「すごくすてき! 分かった! 約束ね! ……あ!」
 女の子が笑って駆け出す。さっきあげた赤い花がひらひらとゆらめく。彼女が走る先にはノームの侍女がいて、女の子は「お母さん!」と侍女に抱きつく。侍女はすみません、すみませんと俺たちに謝る。でも、俺は女の子にウィンクをして、「今日はパレードの日ですから」と、全てを不問に伏した。女の子たちが去ってゆく。俺はそれを眺めて、さぁ、また王のパレードを見るか、と展望台に足を向ける。しかしそれを、甘い声が引き留めた。
「へぇ、私が大切な人なのか」
……勝手に言ってごめんなさい。でも、彼女以外には言ってませんよ」
 そう言うと、ミスルンさんはなぜか勝ち誇った顔をしてこう言った。
「大丈夫、女王はすでに知っているし、記録にも残っている。お前が私のものだってことは」
「歴史に残る恋ってことですね。この調子じゃあ、いつか物語になるかも?」
 俺は笑ってミスルンさんに視線を合わせる。腰を屈めて、最近艶が出てきた銀の髪や、星の浮かぶ闇を重ねたような黒い瞳を見つめる。
「喜劇だと思うか? それとも悲劇だと思うか?」
 少し真剣な顔をして、ミスルンさんが言う。だから俺は彼の腕を取って、手の甲にキスをして、誰もいなくなってしまった廊下で、侍女たちの姿すらない廊下で、彼にこうささやく。
「とっておきの甘い甘い喜劇ですよ」って。
 俺は笑い、彼に口付ける。ミスルンさんはちょっと憮然として、でも笑って、俺たちはまた展望台にゆく。
 今日はいい日だ。みなが笑う日だ。こんな日には、愛しい人には笑っていてほしい。さんさんと陽がそそぐあの場所で、この人には笑っていてほしい。