まよこ
2024-10-10 17:55:15
3007文字
Public 菅野
 

みている

3000字程度
登場人物 菅野。泥棒
※痛そうな表現があります

「最近、人に見られてる気がして集中できねーんだよな」
ベッドに横たわる患者は聞いてもいない怪我の言い訳をするようにつぶやいている。
どこか幼さ残り年齢が掴めない容姿の彼は、菅野と言ったかおそらく20代半ばのはずだ。寝台に上半身を起こし捲くった衣類からのぞく左足首に、何かに挟まれたような傷が見える。うっすらと汗ばむその表情は眉をよせ痛みに堪えている。怪我の度合いをみるため脚に触れれば、シーツを掴む手に力が入るのが見えた。足首を一周、深くえぐった傷の周辺は青黒く変色しつつある。
「骨は折れていませんがヒビはどうでしょうね。ここの設備では大した検査もできないのでわかりませんが、しばらく動き回らないことです」
このくたびれた診療所には、様々な事情で正規の医療機関で診察を受けることを憚る怪我を負った患者が夜になるとやってくる。
「トラバサミですか」
「んあぁ、そんなかんじのだったな……
何処で何をしているのかは知らないが、時折ここに訪れる彼との会話から察するに泥棒や空き巣の類なのだろう。羽振りのよい家や物騒な家には、侵入者を捕らえられれば儲けものと少々手荒な罠を仕掛けている場合もあるようだ。別のケースでは完全に足首を切断されてしまった患者も居た。局部麻酔と傷の縫合を終え、今日は様子を見るため泊まっていくように告げる。
「他に具合の悪い所などは?」
ここにやってくるのは緊急の外傷の患者がほとんどだ。自分は総合病院の努めの合間を縫って夜間のみ、時間が空けばこの診療所で働いている。どうせ探られて痛い腹をかかえて訴えることなどできやしない人間の来るところだ。失敗しようと対した責任問題にもならず実践経験も積めるうえ、多くの見慣れない症例も見ることができる。金払いも割に良いときているのだから、真剣に医療に貢献しようという人間からすればとても良い練習場となる。こうして与えられた機会を活かして行きたいと考え、治療を終えたあとも簡単な問診を行うようにしている。菅野は多少色の悪い顔をこちらに向け考えるようにしている。
「最近、背中になんか出来物? できたみてえなんだけど。自分じゃよくみえねーし」
術後の疲労もあってかどこかぼんやりと思い出すように続ける彼をうつ伏せに寝るように促し、背中をまくる。触れば骨の形がわかるほどにうすい身体に、点々と皮膚が盛り上がっている部分がある。
患部に触れると指3本ほどに収まる程度のごろりとした丸い感触がある。その出来物の形どるように、うっすらと治りかけの切り傷のように薄く皮膚を裂く半円の線がみえた。悪性の腫瘍なら対応が急がれるところだが、これはここに務めるようになってからいくつか見たことのある事例だ。現代医療の知識でどのような説明がつけられるのかは未だ判断はつけられていない。いつか確立されるであろう適切な治療法のためにも今は症例を集めておくに越したことはない。
「痛みは?」
「んー……? いや特には。圧迫感は、あるかな……
答える声が次第に小さくなっていきそのまま寝入ってしまった。数件みた程度でしかないが、経験からそれほど急がなければいけない症状ではないと判断をつける。明日にでも本人が望むなら、摘出の準備をしておこうと薄い線を撫でた。

翌日、診察用の寝台で目覚めた菅野は体が痛いと訴えていたがそんなところで寝た彼の責任だ。こんな診療所でそこまでのサービスを求められても困る。すぐに歩いて帰れる怪我ではなく、病室とも言い難い寝台とカーテンが備わっている程度の部屋に数日寝起きすることにしたらしい。払うものを払うならそれ相応の処置を受けられるのも、こうした所の良いところと受け取って欲しい。二日ほど前の背中の話の続きをしようとやってきた患者が落ちついたところで菅野が寝泊まりしているという部屋へ赴く。カーテンをあければ白目がちの目が丸く見開かれた。ばつが悪そうに目を泳がせ、仕事以外でも常に何かに見られている気がしてならないんだよな、と言い訳がましくつぶやく。それもそうだろう。
「メンタルの問題はきちんと専門家に相談したほうが良いですよ」
精神の異常が身体に現れるというのは考えるよりずっとあるものだ。訝しげに見上げる菅野に話を切りだす。背中の出来物に関し、珍しい症例のため現状詳細はわからない部分が多いと説明をする。摘出は可能で摘出したのち完治して通常の生活に戻れたケースが有ること、放置した結果身体にどのような影響が起こるかはわからない事も付け加える。体内に放置した結果の影響を観察しても良かったが、医師として病状の説明と治療方法の選択は患者に与えるべきだと考えた。深刻にも聞こえる診断結果に、菅野は不安と疑わしげな表情を傾ける。
……寝にくいのも煩わしいしな」
放置して悪化する可能性を考えたのだろうか、最後は不承不承に摘出の処置に同意した。
「見られる気がすることもなくなると思いますよ。おそらく」
今までの症例と同じ病状だとするならば、おそらく。

処置室のベッドにうつ伏せに横たわる薄い背中に、幾つもので出来物が浮かんでいる。ごろりとした感触の周囲には数日前はなかった引っかき傷が見られた。痒みでもあったのだろう、そっと傷を辿るように撫でればくすぐったそうに肩が揺れた。
寝台の横に並べられた医療器具を手に取り患部周囲の消毒を行う。局所麻酔を打ち、出来物の下部の一筋入った薄い切れ目にメスを入れた。血玉が線にそって流れ落ちていく。皮膚をめくり、中に見える白く濁った球体を傷つけないように観察する。
やはり、幾度か見た症状と同じだ。どうしてこんなところにこんなものができるのかは分からないが、前例も摘出をする分には通常の腫瘍と同じ処置で問題はなかった。ちょうどよい器具が揃わなかったため十分に消毒した小ぶりスプーンで代用することにした。切れ目に差し込み、形状を確かめるように、そのものの下へと突き入れる。痛みはないとはいえ、背中を掻き出される感覚は心地よいものではないだろう。所在なさげな手がシーツを握る。くり抜くように手をひねれば、表面をねとりと赤く光る球状の物体が取り出された。慎重にトレイへ移して次の出来物へと作業を移る。今回はずいぶんと多くのデータが手に入りそうだ。
ふと、この症例を目にする度、どこかで聞いた妖怪話を思い出す。
「百々目鬼、という妖怪がいるそうですね。盗みを働き続けていた女性の腕にある日たくさんの目が現れたという怪奇現象の話を聞いたことありませんか?」
真実か否かは知らないがこうした逸話は何らかの教訓であるか、さもなければいつか何らかの説明がつく現象のはずだ。例えば、罪の意識が誰かに見られているように思わせているだとか。菅野が誰かに見られている気がしてならないという症状にも説明がつけられそうだ。
「菅野さん。今の仕事向いてないのではないかと思いますよ」
余計なお世話だと不機嫌そうな小声が帰ってくる。
後ろ暗いと思う行いを続ける人間の気持ちはよくわからない。誰にも見られていないと思っていても、自分の行いは自分が一番よく見ているはずだ。ただ、この症例に限り見られている気がするという感覚は間違いではないのだろう。
傷を開いた先に見えた、つるりと白い球体が本来光を反射する瞳は内側に向けられていたのだから。