まよこ
2024-10-10 17:53:50
902文字
Public 菅野
 

人違い

900字程度
泥棒、菅野

仕事終わりのちょっとした出来心だった。目をつけた仕事場は郊外のアパートで、日が落ちれば街灯の少ない周囲は閑散としたものだ。こんなところもう二度と来ることはない。人の出入りがないのを見計らいさらに数件お邪魔することにした。一件に立ち入る時間を5分と決め、金目のものが見つからなければ次へと移っていく。
次で終わりにするかと立ち入った部屋は、見るからに一人暮らしの女のものだった。電気を消したままの室内を見回す。床や机に雑多に物が置かれ掃除が行き届いていない。人を家に入れない時なんてそんなもんだろう。放り出された服や置かれた小物を見るに家主の年齢は若そうだ。現金なんておかねえだろうな、と装飾品や鞄の類を物色するため寝室へと向かう。
寝室を漁っていると、背後から抱きすくめられた。
見つかった。帰ってきたのに気がつかなかった。冷や汗が流れるも、出来心はよくねーなと冷静に切り替えその腕を振りほどこうとしたその時、男の優しい声音が聞こえた。
「おかえり」
続けて、男の声が初めて聴く女の名前を呼ぶ。
家主と間違えられている? ……暗いとはいえ、女と間違えるか?
判断が遅れ、引かれるままバランスを崩し近場のベッドへ倒れ込んだ。
「ああ、ごめん大丈夫?」
労わる言葉と裏腹に離す気のない手に捕まれたまま。優しげに触れる手が気持ち悪い。
「ずっと待ってたんだよ。やっと帰ってきてくれた。全部俺が悪かった。謝るからもう何処にも行かないで」
知らない女の名前で愛おしそうに俺を呼ぶ。
人違いだ」
あまりの寒気を覚える状況に、つい口を開いた。
「なんでそんなことを言う? どうして君以外の人間が君の部屋に来たりするんだ」
泥棒をしに、などとも言えないが一向に話が通じない。
後ずさり身を引けば、逃げないでと傷ついたような悲痛な声が追ってくる。
「あんなひどいことはもうしないから」
気味の悪さに耐えかね思い切り腹を蹴り上げ、突き飛ばした。うずくまり呻く声が謝罪と懇願を繰り返す。何処にも行かないでくれと縋るように手が伸ばされる。
「もう殺したりしないから」
背後から聞こえる不穏な言葉を振り払い部屋を出た。