2024-10-10 12:56:05
4118文字
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好きになってよ、マイハニー

錯乱したアゼがエメに迫る話


「好き、大好き。私だけ見て。私のことだけ考えて」
 じゃらりと重たい鎖は魔法を封じ込める力と筋力を抑える力も込められているらしい。こういったことに関して、すこぶる優秀な奴だったな、と現実逃避のように考えていると、不意に両頬を挟まれる。目を逸らせない距離にあるアゼムの顔が、ふわりと笑って、ちゅ、とエメトセルクの唇を啄んだ。
 けして、アゼムとエメトセルクの関係は恋人じゃない。それでも今、イデアの暴走により錯乱したアゼムにエメトセルクはなぜか攫われて、監禁され、執着心を向けられている。
 そもそも、キスなんてするような仲じゃなかった。少なくともアゼムからそんな想いを感じたことなんて一度たりとも無かった。けれども今、彼女はどこかも分からない場所にエメトセルクを攫って鎖で動きを封じて、こうして愛を告げながら触れている。
 本当に、私が何をしたっていうんだ。エメトセルクは鈍く痛む頭に息を吐いた。
「アゼム、いい子だから解いてくれないか」
「だぁーめ。君がちゃんと私無しじゃ生きていけなくなって、私から離れられなくなって、私のこと以外考えられなくなったら取ってあげる」
 ふふ、と軽やかに笑いながらまた頬に口付けられる。本当にふざけるな、と心の中で呟く。誰がひっそりと好意を隠してきた相手との初めてのキスが、錯乱した相手に拘束された上でのキスで喜ぶと思うんだ。
「ハーデス、大好き。ねえ、好きっていって」
 本当に、どうしようもない。錯乱してる人間に言わせられた言葉に感情が乗ってしまっても、それはけして正確に伝わることはないのだ。
…………アゼム、一度鎖を解いてくれ。逃げない」
「やだ。君ってば怖い顔してるんだもの。もっと私を好きでたまらないって顔をしてくれなきゃイヤ」
 ふざけるな、そんな顔しなくても心底惚れているから厭だと言っているんだ。そんなことを言えるわけもなく、エメトセルクは遠い目をした。ここがどこかはわからなくても、事故が起こった時近くにヒュトロダエウスがいた。彼の目ならばきっとアゼムとエメトセルのエーテルを追えるはずだから、助けは来るだろう。
 そうして錯乱が解けたアゼムはどんな行動を取るのか。魅了込みの錯乱でこれが全くの本心でなければ、あっけらかんと終わる。その場合、少しでもエメトセルクが感情を滲ませてしまえば、築き上げてきた信頼が崩れてしまう。そしてもし、万が一、ほんの少しのかけらでも、アゼムにエメトセルクへの想いがあったとして。その場合、ややこしくなる。絶対に逃げられる。今後十年は避けられる。それはどうにか回避したい。
「ねえ、こっちみて」
 するりと衣擦れの音にエメトセルクはまた距離を縮められたのかと息を吐いて目の前を見て。そしてギョッと目を見開いた。
「お前……!」
 アゼムがローブを落とし、中に来ていた物を脱ぎ捨てているところだった。パンツから脚を引き抜いて、胸当ての紐を解いて、あっという間に素肌を晒し、アゼムは楽しそうに笑った。
「あ、こっち見てくれた」
「アゼム、頼むから服を着てくれ、後で絶対後悔するぞ……っ」
「どうして? 後なんてなにもない。君が、私無しじゃ生きていけなくなるまで、ずっと一緒。私無しじゃ生きていけなくなったら、あるのは幸福だけ。好き、大好き。愛してる、ハーデス」
 裸体をエメトセルクに擦り寄せ、柔らかな胸を押し付ける。ふにゅりと形を変えるそれから目を離すこともできず、エメトセルクは息を詰めた。
「ハーデス、好き、大好き……愛してる。ねえ、お願い。私を愛してるって言って。大丈夫、それを本当にさせるから、ねえ」
 やわい人の肌の感触と、体温と、誰よりも大切に重い感情を抱いている相手の、甘ったるい声。きっと、何度も何度もこの時を思い起こして、夢を見るのだろう。
 ゆっくりと唇が触れる。押し付けられるその柔らかさを、知る日が来るなんて思わなかった。けれども叶うなら、もう少し別の状況であって欲しかった。何度も何度も触れて、離れて。ああ、触れるだけのキスしか知らないんだな、とその無垢さがどうしようもなく胸を焼く。
「アゼム」
 もう一度、唇を触れ合わせたまま呼ぶ。ほんの少し離れて、アゼムはエメトセルクを見つめて、そしてじんわりと目を潤ませた。
……どうやったら、好きになってくれるの」
 ほろりと流れた涙に、エメトセルクは眉間の皺を深める。
「どうして。ただ、好きになって欲しいだけなのに。どうやっても、君は私を好きになってくれない。そんなに私って魅力ない? 君の特別になれない?」
「正気を失った今のお前に、言って何になる」
 滲んだのは本音だった。ぱちん、と瞬きをして水滴が弾けて、エメトセルクの頬に触れた。アゼム、と。呼んだ声にほんの少しだけ感情が滲むのを止められない。アゼムはそれに気付かず、けれども微かな違いだけは理解し、まるで怒られたかのように傷付いた顔をする。
「アゼム。絶対にお前から逃げない。お前から離れない。不安ならお前と私を繋いでしまえばいい。だから、拘束を解いてくれ」
「そうやって私じゃない誰かを呼ぼうとするの? だめ、いや。ずっと二人でいい。いらない、他なんて」
「呼ばない、約束する。アゼム、いい子だから、なあ」
 そっと、アゼムの名前を呼ぶ。ほんの少し、アゼムの目が揺れた。もう一度、滲む感情を誤魔化さずに呼ぶ。
……そばに、いてくれる?」
「ずっと、お前の側にいる」
 吐息混じりの声に、アゼムがもう一度唇を重ねる。その柔らかさをゆっくりと味わっていると、しゃらりと微かな音とも共に拘束が外れ、エーテルの巡りを感じる。アゼムが行かないで、と呟いてエメトセルクの身体に手を回してしがみついた。
「ハーデス、私の、ハーデス」
 そばにいて、愛して、と希う声に、エメトセルクはそっと息を吐くとアゼムを抱え込むように抱きしめた。その裸体を全てから隠すように包み込んで、きつくきつく、抱き締める。
「ハーデス?」
 ゆっくりと吐いた息にくすぐられ、アゼムの身体が少し震えた。ゆっくりとさらに力を強くして、深く、深く、抱き締める。
「いいこだ、大人しくしていろ」
「離れない?」
「離れない、離さない。大丈夫だ」
 背中に残る少し盛り上がった傷痕を指でなぞる。びくり、と震えるその微かな動きを、体温を、皮膚の柔らかさを。全部全部、覚えておこうと決意して。エメトセルクは一度瞬きをして視界を切り替えた。
 己が、ある程度は力のある魔術師だと自負している。座をいただくだけのエーテル操作はできるのだ。抱き込んだアゼムをゆっくりと見て、そこに絡みつく不快なエーテルに己のエーテルをそっと絡める。隙間をこじ開けて、入り込んで。この美しい輝きに傷を付けるのならば、何色でもなく、己が良いのだと。そんな重たい感情が少しもたげて、息を吐いて感情を見ないふりして。
「ハーデスの、エーテルだ」
 ほう、と息を吐いてアゼムの身体から力が抜けていく。安心しきってエメトセルクの胸に額を甘えるように擦り付けるのだから、ほんの少し酷くしてやりたい、と滲む欲を押し殺して、ゆっくりとその背中を撫で、髪に唇をそっと押し付ける。
 ゆっくりと、ゆっくりと。アゼムが錯乱した直後にエメトセルクは攫われて捕らわれてしまったからどうにもできなかったが、時間さえあれば本来対処ができるのだ。大人しくエメトセルクの腕の中に収まっているアゼムの身体をさらに、さらに深く抱き込んで、エメトセルクはアゼムのエーテルを全て己で包み込むと、そのまま爆発的にエーテルの力を強くした。
 ぱちん、と。まるで泡が弾けるような音がした。アゼムの理性を蝕んでいた厄介なエーテルが霧散して、アゼムがんぇ、と間抜けな声をこぼす。もぞり、と少しだけ動いて。そしてぴたり、と固まってしまった。
……正気に戻ったか」
 エメトセルクが静かに尋ねれば、ようやく呻くような音が聞こえてきた。
「いいか、アゼム。逃げるなよ、絶対に」
「いますぐ……きえたいんだけどぉ…………
 小さな小さな呻きは後悔と羞恥がぐちゃぐちゃに混じり合った温度をしている。エメトセルクは強く抱え込んだまま、そのうなじに唇を寄せ、一つ吸い付いた。
「んん!? エメトセルクさん!?」
「このぐらいは褒美として貰っていいだろう。どれだけの感情で我慢してやったと思っている」
「そ、そんなに不快だったの……本当ごめ、」
「違う」
 泣きそうな声に被せて、赤く刻んだ痕に舌を這わせる。びくりとアゼムの身体が小さく跳ねて、けれどもそれも全て抱え込んで押し殺す。
「お前に、触れるのならば。お前に、この感情を教え込むのならば。お前がそれを、きちんと認識できる時でないと許せなかった」
……ハーデス?」
「お前が、先に言ったんだ。なあ、逃げてくれるなよ」
 噛み付いて、歯形を残して。戸惑いながら震えるアゼムの顔を見るためにほんの少しだけ腕を緩める。けれども逃す気はない。顔を赤くしながらどうにか身体を隠そうとして、泣いた目がエメトセルクを見上げた。
「お前を、抱え込んで、隠して、私だけのものにしたいのだと。誰よりも望んでいるのは私だ」
 ぱちん、と瞬きをして。アゼムの顔が一気に熟れる。戸惑いよりも羞恥と、そして微かに見えた歓喜にエメトセルクの胸にじわりと悦びが生まれる。
「お前に乞われて、言うんじゃない」
 はくり、と何か言いかけた唇を軽く触れるだけと口付けで塞ぐ。唇が触れ合う距離で、もう一度、滲ませた熱を隠すことなく名前を呼ぶ。
 それだけだ。けれども、それが全てだ。好きも、愛も、足りないのだ。この何よりも重たい感情を伝えるのに。その感情にどうしようもなく音をなぞらえらとすれば、それはきっと、名前でしかない。
 もう一度、逃げるなよ、と囁けば。嘘だぁぁぁ、と震えた悲鳴が腕の中から上がった。けれどもやっぱり、その声にも歓喜が滲んでいるのだから、どうしようもなくエメトセルクはさらにさらに強く、抱き締めるのだ。