スサ
2024-10-09 19:37:54
3704文字
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赤ちゃんと養父

ベビ鬼くんの執着がすごい話。ここから鬼水にしたい。他の妖怪にいいな〜って思われててほしい。モブ妖怪が何体か出ます。


 子育てをする妖怪というのはほとんどいない。一体一体が異なり、親も子もないのが普通だ。例外がないこともないけれど、それはやはり例外なのだ。
 その例外であるところの幽霊族にしても、人間よりは遥かに頑丈なので、乳母日傘で育てる必要は当然ない。本来なら、歩けるようになるのも話せるようになるのも人とは比べ物にならないくらい早い、はずだった。
 ご機嫌に笑い、うにゃうにゃと何だかわからないことを口にする息子にぎゅっと握られたまま、目玉のおやじ殿はううむと考えた。
「鬼太郎〜、ご機嫌だな」
 実父の悩みなど知らず、ご本尊たる鬼太郎は、むちむちの短い手足をばたつかせ、早く抱っこしてくれと訴えている。その様子に、哺乳瓶片手に現れた男は整った顔を笑み崩し、膝をつくと要望に応えて鬼太郎を抱き上げる。現金にも、現れた男に抱き上げられた際、赤ん坊はその時まで握っていた目玉のくっついた小さな体をぽとりと落とした。そうして、小さな手でキュッとワイシャツにしがみつく。男はゆらゆらと体ごと揺れながら、きたろ、まんまだぞ、おっぱいだ、と甘い声で教える。その顔は慈愛としか言いようのないものに満ち、おやじは思わず眩しさに半目になった。
水木、もしや子どもを育てたことがあるのか?」
「あるわけないだろ」
 ご機嫌でだうだう何か伝えてくれる鬼太郎に微笑みかけながら、水木は声だけは普段のものをおやじに向けた。
「子守りくらいしかしたことねえよ」
 もみじのような手にぺたぺたと好きに触らせながら水木は言う。
「皆子守りのばあさんのとこに預けられて、そうすると年上の子どもが年下を見ることもあったし
「ほう」
「当たり前だ、そんなの。昔はな。子ども同士で遊んで、どいつの弟だか妹だかなんかなくて、ちょっと年が上になれば世話したもんだ」
「水木も面倒を見ていたのか」
「俺か?俺は見られる方だったかな。俺より年上の子どもがたまたま多くて」
 何となく納得いくものを感じ、おやじはふむふむと頷いた。
なんだよ」
 鬼太郎の背をとんとんと叩いてやりながら、水木は訝しげな声を出す。
「いや」
「含みがあるな言いたいことがあるなら言えよ」
「ないない。幼い頃のおぬしはさぞ可愛かったんじゃろうと思っただけじゃ」
……………………
 おやじの言葉に、水木は微妙な顔で黙り込んだ。どうやら何か思う所があるようだ。
 しかしおやじが問いかけようとした時、けぷ、と赤子が小さなゲップをした。
 そうすれば、水木の意識はもう鬼太郎にしか向かわない。
「お、えらいぞ」
 手放しで褒めて、額を吸って。こんなにも大事に愛されたら、早く成長しなければ、なんて気持ちにはならなさそうだ。自分がひとり、深い森の奥、大木のうろで過ごした幼い日々を思い起こし、おやじは考える。そして、彼が自分を思い出さなくても変わらず相棒と考えている男に感謝した。
 この先どこまで水木といられるかはわからないが、この真綿でくるむような愛情にあふれた日々は、きっと未来に鬼太郎を慰めることになるだろう。愛された記憶とは多分そういうものだから。

 水木がそれは大事に、愛情をもって鬼太郎を育てていることは今や妖怪達にとっても周知の事実となっている。
 妖怪の子を育てるなんてあの人間はちと頭がいかれてるのじゃないか、とか、何か下心があるのではないか、とか、もしかして観音菩薩の化身なのではないか、とか、良い噂も悪い噂もたくさんあった。そもそも妖怪が概ね噂好きなのかもしれない。
「で、どうなんじゃ、おやじどの」
 中でもおやじを辟易させたのは、もしやあの人間を幽霊族は餌にするのでは?とか、いやいや下僕としているのだろうとか、そういった類いの噂である。また、妖怪からしたら人間の性別など肉が堅いか柔らかいかくらいの差でしかないからか、後添いにでもするのかい、と好色な目を向けてくる者もいた。
 不埒な噂を持ち込んだ輩は怒りのおやじ殿に何らかの報復を受けたり、時として幼い息子の毛針をお見舞いされることすらあった。まだ赤子でも、喋ることはなくても、近くで話していることはわかるようで、毛針ならともかく制御の危うい妖気の塊をぶつけられた者さえいた。なお、その後その不届きな妖怪を見たものはいないとまことしやかに囁かれている。
「どうもこうもあるかい、何度も言っとるが、あやつはわしの相棒じゃ」
 今日も今日とて水木のいぬ間に押しかけた数体のあやかしのモノ達が面白そうにおやじどのに詰め寄る。
 幽霊族最後の一人であるところのおっかない赤子はすやすやと夢の中。親指をしゃぶってゆったりとしているが、いつ目を覚ますかわかったものではない。
「またまたあ、おやじどのも性が悪い。あんな美味そうな人間横に侍らせておいて
 一体の妖怪がおやじの体を小突くように指をだし、軽口を叩いた時、横にいた別の妖怪は「あっバカ!」と思わず口にした。しかし助けるような義理はないので、素早く距離を空ける、が、それが功を奏したかというと
「イデデデデ!」
 パチッと目を開いた赤子が、寝返りを打ち、這うように半身を起こしてウーッと唸っている。もう既に毛針は飛ばした後だ。
「あーあ
 さらに第二撃、三撃と続くのを、「せがれや、そのへんにおし」とおやじが止める。赤子、鬼太郎は不服そうに頬を膨らませたが、父の言うことに従う様子を見せた。
 よろしい、とばかりおやじは頷く。
「口のきき方に気をつけよ。水木は我ら幽霊族の友にして恩人じゃ。悪さをする気なら
「そうだぞ」
 おやじの脅しに別の妖怪が頷く。長い緑色の、トサカのような毛がそよいでいた。
「裏切り者!」
 お見舞いされた毛針をどうにか取り去ろうと格闘する、失言した八目鰻が年を経た妖怪が口を尖らせる。
「鰻を食わせれば水木に精をつけてやれるかのう」
 ほっほ、とおやじが朗らかに笑ったので、鰻妖怪はぎょっとした。
「せがれが体内電気も使えるようになったようでの。赤子じゃというのに大したもんじゃ。試しに鰻の蒲焼きなんぞええかもしれんの」
 のう、鬼太郎?
 と振り返れば、赤子が無言のまま八目鰻妖怪を見る。無言なのがむしろ不気味だ。
「悪かった、このとおりだ!あんたらを敵にするのは分が悪すぎら
「わかっておるなら愚かなことを言うでない」
 ため息をつきながらおやじがいえば、でもよと今度は別の妖怪が口を開いた。河童の一族だ。
「ありゃあ、目の毒だよおやじさん」
む、」
「赤子でも俺らより強い鬼太郎をだよ、目に入れても痛くないって程可愛がって人間の下心なんてな、俺らにはなんだかんだ筒抜けさ。だから本当は、あの人間にそんなもんがないのは皆わかってるだろうよ」
 おやじもこれには黙りこんでしまった。
「あれ見てなあ、いいなあって、ほしいなあってなヤツもいるさ。わかるだろ?あ、いや俺じゃない、違う、待て鬼太郎っ」
 毛針が河童を容赦なく襲う。鬼太郎よせ、とおやじが重ねれば止まったが、今度は鬼太郎はウーッと唸っている。誰にも渡すものか、その強い思いが溢れてくるようだった。
「友だの相棒だの、俺らにゃわかるようなわからないようなだよ。おやじさん。まあ、あんた達を向こうに回そうなんてヤツもそうそういないだろうけどさ
 河童は少し迷ってからつけたした。
狂骨にあんたたちが体張ってくれたのは、俺はあの村の縁者から聞いてるしな」
 恩とまでは思わないが、借りがあるようには感じている。そんな顔で河童は締めくくった。

 どうしたもんかの、とおやじは頭を悩ませた。どうもこうもない。水木によからぬたくらみを持つ者が近寄れば追い払うだけだ。鬼太郎はまだ、彼の手元に置いてほしいとおやじ自身思っている。
「みーう」
 帰宅した水木の背におぶわれ、鬼太郎はご機嫌だ。水木もすっかり手慣れた様子で夕餉の支度をしながら、背中の鬼太郎を気にかけている。
「なんだ?鬼太郎」
 だーとかあーとか声を出し、きゃっきゃっと笑う鬼太郎に、水木は笑う。
「なんだ、ご機嫌だなぁ」
 楽しげに応え、水木は一度、二度、と軽く体を揺らした。それに合わせて鬼太郎の体も揺れる。きゃあっとさらにご機嫌の良い声が上がったもので、水木もあははと楽しげに笑った。
「よしよし、鬼太郎はいい子だ」
 目に毒、のう、とおやじは内心ひとりごちる。
 わからないでもないが、それで行くと一番心配なのはむしろ息子の情緒なのではないか?いや、あくまで親子としてのそれのはず、だが。しかし息子の水木への執着は並々ならぬものを感じないでもない。赤子や幼子は普通庇護する相手を慕うものだから、その範疇だろうとは思うものの
 困ったことにならねばよいがの、と思ったおやじだったが、悪い予感とは得てして当たるもので。この半月後、しっかりと困ったことが起こるのだが、おやじも鬼太郎もそんなことはつゆ知らず、かわらぬ日々を過ごすのみだった。