Originalk312
2024-10-08 12:25:34
1570文字
Public 💎親子
 

SS|記憶:紅い夜

ヴィクターの脇腹の傷についてのエピソード。
拙い文章なので雰囲気で読んでください。

それは赤だった。

母が「逃げて」と叫んだ。
揺らめく炎と飛び散る鮮血。硝煙の香り。
あの時から俺にこびりついて離れない香り。

母の白魚のような細い腕が、俺の頬に伸びている。
それは冷たいぬくもりを伴っていた。
母の口が動く。
場違いに柔く微笑むその口元に気を取られて、やけに音が遠かった。
あの時、母はなんて言っていたのだろう。

ただとても気持ち悪くて、
吐き気がした。





それからどうしたのか思い出せない。
気づいた時には走っていた。


背後から「ガキが逃げた!」と怒号が響く。

ごうごうと立ち上がる炎の中を駆け抜ける。

走って走って、煙が口の中に入ってきた。
噎せて、足がもつれた。
膝を擦りむいた。
また、赤だ。

目元が熱い。視界が揺れる。

それは悔しさからだろうか、それとも怒りだろうか。

悲しみという感情はなんだったか。

その熱さは頬を流れ落ち、ぼたり、と。

膝を濡らす。

だが、なんの力もない子どもにはそんな感傷すら許されない。

父がよく狼と鹿の話をしていた。
走れなくなった鹿は死ぬしかないのだと。
この時の俺は鹿だった。

脇腹に鈍痛が走った。
それから空が見えた。
蹴り飛ばされたのだと気づいたのは、その数秒後。


「手こずらせるなよ、ガキが」

追ってきた男の手の中には鈍くひかりをはなつ銀色が見えた。
厭な汗が背中を濡らす。
ああ、この後の予想なんて簡単につくのに、体が動かないな。
せめて何か言ってやろうと口を開けてみたが、肺にうまく空気が入らないから、大袈裟な咳が出ただけだった。

それからすぐに、予想は現実になる。
固いものが肉に食い込む音がした。

「ぁ……

直感的に死ぬ。と理解した。

相手は愉しむために刺したのではなく殺すために刺したのだ。

たぶん、あと一秒もすれば自分はこの世に居なくなる

厭だ。



死にたくない。

死にたくない死にたくない死にたくない。
こんなところで。

こんなチンケな奴に。
俺はこんなところでは終わらない。



──殺してやる。



それは目の前の男に対してだったかもしれないし、
別の誰かだったかもしれないし、

世界の全てに対してだったかもしれない。



聞こえたのは獣のような咆哮だ。
まるで産声のようなそれは、
たぶん自分が発したものだった。

「あ゛ァぁあああッ!!!!」

子供相手に油断していたのだろうか。

それとも獲物が反撃してくるとは予想してなかったのだろうか。

男の手からナイフを引き抜くのに手間はかからなかった。

銀色が弧を描いた。
それは男の首の頸動脈を捉える。
人間の構造など知らない。
ナイフの心得などない。
だが本能的に、俺はヒトという生き物の急所を理解していた。

ブチリと厭な音がした。

生ぬるい”赤”。

視界が真っ赤になった。


それから黒へ。





おそらく限界だった。精神も体力も。

しかし幸運にも覆いかぶさった死体は隠れ蓑となった。
やがて朝が来て、抗争は終わっていた。

俺はあの紅い夜を生き抜いた。



……大した度胸だ。やっぱりお前の息子だよ、アレク」

最後に聞こえたのは俺の養父の声で、仇の声で。

殺した男の声だ。



・・・


…………っ」
「クソ、忌々しい」
「わざわざこのようなものを見せずとも……、俺がこの夜を忘れることはない」
「あの時の記憶こそが、記憶だけが、今の俺を作っているのだから」
…………全て覚えて、…………
…………あの日は、月が出ていたんだったか?」

いや、そんなことどうでもいいな。

すぐに思考をやめた。


参考資料:
▼特徴表 6-5 [急所を見抜く]
▼Chips ヴィクター設定