ふみすけ
2024-10-07 23:42:07
2180文字
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【 話しをしよう 】

――うんとながくて、いたいはなし


過去を引きずりだされ、血を流して押し流そうとするのに消えない苛烈な憎悪にも似ついた哀。
机にあった小瓶から飴玉がまろび出て、自分みたいだなんて思った。

「聞かなきゃ……

吐き戻した後の自分の呼気が気持ち悪い。
机と床に広がる自身の吐瀉物に嫌悪すらして、喉の奥から不快な酸っぱさと血の匂いが混じって不愉快。

転がる星空の飴は“ワタシ”に作ってよこしたあの男と同じ色をしていて、唇を噛む。
埃のついたそれをつまんで口に運んだのは、何も嬉しさや感謝などではない。噛み砕いて、壊して、酷い味だと罵って、作り上げた物を否定してやる。

許さない。ふざけるな。よくも殺したはずの“私”を思い出させたな。

そんな憎悪にも似ついた感情からだ。

――渡された時の、はにかんだような視線なんて、思い出さない。
――あの紫を、我が神以上に気にかけたなんて……、認めない。

…………

恋しくてならない古い紙の匂いがきて、噛み砕くことが出来なかった。
そのまま口の中に残るのは鉄臭さを流す薬草の香り。

“ワタシ”に触れず“私”に接した、紫がやわく痛い場所を撫でた気がして、肩が震える。
目の奥が熱くて痛くて、まるで日差しに当てられた時の様だった。
半開きになったままの唇をどうにか閉じようとするのに震えて上手く閉じられない。

味なんて、わかりもしないのにふつふつと泡沫が弾けて消えるような甘さが広がった。
滲んでなにも見えない目が満天の星空を映して――そうだ、これは母と誕生日にケーキを買いに行ったときに見た。
狂気にも似ついた憎悪と嫌悪が甘さと共に溶けだしていく。

……、かふ、か」

“私”に優しくしないで。





ぎ、と軋む音が今日ばかりは不快だ。鼻をつく薬草の匂いに眉根が寄る。この匂いが、嫌いになりたい。
視界が澱んで上手くピントが合わない中、目的の人間を探す。

「また来たのか」

部活はどうしたとでも言いたそうなレンズ越しの厳しい視線。その中に心配の色があるのを“私”は知っていた。
そういえばこのヒトもワタシを案じてくれて、そこまで考えてまた脳裏に様々な感情の破片が吐き気と共に蘇る。
う、と口元を抑えれば青と赤の瞳がこちらを覗き込んだ。

「ちょっとぉ~顔色ヤバいよ、休んだ方が良いんじゃない?」

眉が下がって困ったように目がなくなる。
口元が見えないのに、なんて表情の豊かなヒトなんだろうと“私”は思った。
――頭を振る。思考がぼやけて“ワタシ”が崩れ落ちそうになるのをどうにか耐えた。

時が止まったようにこちらを見る、紫がそこにいた。

「カフカ・ピラート。……話があるの」

そう告げれば空間にある視線はカレに集まって、ゆっくり自身を指さして首を傾げた。
その所作すらもどかしくて詰め寄るように歩を進める。
困惑からかはたまた別の感情かはわからないが、一歩二歩と後退するのに苛ついた。

まあまあとなだめようと上がる手をひっつかむように手を伸ばし、繋ぐなんて可愛いもんじゃない。文字通り捕らえる形で腕を下げさせる。

「イヴ……?」

動揺する視線が心配で滲むのが、許せなくて泣きたくなった。

「二人きりで。大事な話なの」
「え……、それよりほんとシェルが言ってた通り休んだ方が――、」
「大事な、話なの!誰にも聞かせない、“アナタ”と、“私”の話……――ッ!!」

しん、と場が鎮まる。勝手に呼吸が荒くなって、顔が下がった。
ぎりぎりと締め上げられるように痛んで気持ちが悪い。ぐるぐると思考がまとまらないのに、このヒトと話さなければならないと妄執にも近い思考に飲み込まれそうになる。

気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い――

力を入れ過ぎた指先が冷えてカレの体温が熱いくらいで、気分は最悪だ。
返事がないのも、苛々して仕方がない。そのまま力任せに引っ張って、部屋から引きずり出す。

――振り払おうとすれば出来るはずなのに、それをしないのが……嫌い。





「え、と……話って?」

困ったような、訳が分からないと言った音。森迄引きずり出せば、少しだけ呼吸が楽になった。
木々と土、生命の匂いに安堵する。

……、」

問いかけられたのに何処から話していいか、言葉に詰まった。
この森で“視た”、その話。

……イヴ?」

そんな柔らかく“私”だった音で呼ばないで。
覗き込むように近づくほんのり色の違う瞳。良く見れば瞳孔がちがうって“私”は思った。

「キミは、ずっと知りたいこと、欲しい話が……あるんじゃないの?」
「え……と、なんのことだろ。魔法薬?」

本当にわからないとでも言うように困った顔をする。それが“私”の心臓を絞り上げる。
痛くて、痛くて、それでも、“ワタシ”は口を閉じることが出来なくて。

……海の星屑伝説。知らないとは、言わせない」

息を飲む音。顔は、もう見れなかった。

「“私”は、知ってる……カフカ・ピラート、」

滲んだ視界はカレの表情を映さない。
きっとあの柔らかな色は二度と見ることは出来ないんだと諦めた。

――……気付きたくなんてなかったよ。


「“ルーツ”の話をしよう」


それは“アナタ”と“私”を隔絶する言葉に聞こえた。


END