菜穂子
2024-10-07 21:10:52
1050文字
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乙の巧晶




「まだ怒ってるの?あの日のこと」
ヴィントブルームに出向いた日のことを指していることはわかりきっている。巧海は道中に何も言わず失踪し、顔合わせの舞踏会には晶が身代わりとして参加する羽目になった。皮肉なことに、先方の王女様も同じように身代わりだったのだが。
「別に怒ってねえよ」
影武者をさせられたことに対して怒ってはいない。だから、嘘をついているわけではない。晶の胸をざわつかせている理由は、別にあった。
巧海が、将来の伴侶を探すようなお年頃になってしまった。ジパングの将軍家の跡取りという立場なのだから、相手にもそれなりの家柄が求められるだろう。それこそ今回の相手のように国外の王族か、国内でも貴族階級か。少なくとも護衛の忍者に白羽の矢が立つことがないことは分かりきっている。
「ならどうして、あれからずっと機嫌悪いの?」
巧海はずい、と顔を覗き込んで晶の瞳を真っ直ぐ見つめる。こうして見つめられるのは少し苦手だ。自分の心中を見透かされてしまいそうな気がしてしまう。その上、距離があまりにも近すぎる。
「機嫌悪くねえし……
「嘘」
思わず顔を背けてしまい、説得力が欠けたその言葉に巧海が納得するはずがなかった。晶は観念したかのように深いため息をひとつついた。
「遠い未来のことみたいに思ってたんだけどさ。お前も誰かと結婚するんだなって急に実感して」
「えっ、やきもち?」
拍子抜けのような声を出す巧海にうるせえ、と肘で小突くしかできなかったのは、図星だったからだ。こうして二人でいると、主従という立場を忘れてしまいそうになる。
「僕、晶くん以外の人と結婚するつもりないよ」
「いや、それは無理だろ。立場ってもんがだな……
「要は、政略結婚なんてしなくても国に貢献できるくらい優秀な将軍、になればいいんでしょ?」
僕、自信あるもん。と胸を張って言い切る巧海に晶は思わず苦笑をしてしまう。普段は穏やかで人当たりが良いのに、時々妙に強情なところがある。きっとこれも、ご機嫌取りのための嘘ではなく本気で言っているのだろう。
「へいへい、そんじゃ頑張ってください、若様」
「もう、その呼び方は外でだけにしてよ」
巧海は晶の腕を引いて身体を抱き寄せた。オトメと闘えるほどの身体能力を持つ晶も、巧海の前では隙だらけのただの女の子になってしまう。
「僕、他の人のものにはならないから。安心してね?」
抱きしめる腕に力を込めながら、晶の耳元で巧海は囁いた。晶はおう、と一言だけ返すことしかできなかった。