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菜穂子
2024-10-07 21:09:57
1061文字
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8月28日
大型の台風が上陸する見込みのため、28日は終日寮から出ないこと。学園からの通達が寮生に届いたのは、前日の夜のことだった。
夜中じゅう降り続いていた雨は、止む気配がないどころかどんどん強くなっている。不穏な風の音と、バラバラと屋根に打ち付ける雨音とが、しんとした部屋の中に響く。
「雨、止まないねえ」
外の景色もよく見えないほどに雨で濡れた窓を見て、巧海は小さくため息をついた。気落ちしている様子なのは、悪天候で気が滅入っているせいだけではないだろう。
「残念だったな、今日姉ちゃんに会えなくて」
「へ?」
「会う約束してただろ」
昨晩、外出禁止令が出てすぐに巧海は寮の共用電話まで電話をかけに行った。おおかた約束を取り消す連絡だったのだろう。その相手が誰なのかは言われなくてもわかった。なぜなら今日は、一年に一度の特別な日だから。
「うん、でも今日はお姉ちゃんもむこうの寮から出られないから」
寂しげに瞳を伏せれば、長い睫毛がより際立つ。本当に言いたいことは、巧海の姉の話とは別にある。でもなんだかそれを言う自分を想像するとむず痒くて、なかなか言い出しづらい。
「ん、これ。やるよ」
昨日の昼間に買いに行った焼き菓子を投げれば、巧海はそれをなんとかキャッチした。ケーキは足が早いため、誕生日の当日に渡すとなると焼き菓子を選ぶしかなかった。
「
……
今日、誕生日だろ。おめでとう」
やっぱり気恥ずかしくて、目を見て言うことはできなかった。
「覚えてくれてたの?」
「まあ、一応な」
「ありがとう、晶くん」
もったいなくて食べられないかも。などと呟きながら嬉しそうに焼き菓子を見つめる巧海を見て、気がつけばその頭をわしゃわしゃと撫でていた。
「わ、どうしたの?」
「いや、なんか
……
犬みてえだなと思って」
「ええ、晶くんひどいよぉ」
不覚にも、かわいいと思ってしまった。考えるよりも先に手が出ていたなんて、少なくとも本人には絶対に言えない。
「台風で寮から出られなかった誕生日も、逆にいい思い出になりそうだなあ」
つい先ほどまで悲しそうにしていたのが嘘みたいに、巧海は上機嫌に笑った。
遠くで雷が落ちる音がする。まるで外の台風が晶に同調しているみたいに、晶の胸の内は大荒れだった。この気持ちに名前を付けるならどんな名前になるのか、たぶんもう既に分かっている。それでもまだ、自分自身の気持ちに気が付かないふりをするしかない。男友達として過ごすのにそんな気持ちは邪魔でしかないのだ。今度は晶の方が、小さくため息をついた。
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