菜穂子
2024-10-07 21:09:23
1085文字
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7月22日



女子寮から足を踏み出した頃には、外は薄暗くなりはじめていた。先ほどまでの賑やかな誕生日会とは打って変わって、蝉が控えめに鳴く声が聞こえる他には何も聞こえない。蒸し暑い夏の夕暮れの中、巧海と晶は男子寮に向かって並んで歩く。
「姉ちゃん、すげー喜んでたな。よかったな」
「うん、喜んでくれてよかった」
ドアが開いた瞬間に見えた、泣きそうなほどに喜んだ舞衣の顔を思い出しては噛み締める。舞衣の友人たちが快くサプライズを企画してくれたのが巧海にとってはありがたかった。そして、ケーキ作りを手伝ってくれた巧海自身の友人の存在も。
「晶くんのおかげだよ、ありがとう」
「俺は別に……
ふい、と顔を背ける晶を見て、巧海の口元は綻ぶ。これは晶の照れた時の癖だということが巧海にはわかっていた。まだ知り合ってから日が浅いものの、巧海は晶のことが当初よりもよくわかるようになってきていた。クールに見える印象とは裏腹に負けず嫌いで照れ屋なこと、口は悪いけど真面目なこと、すれ違うとなぜかいい匂いがすること。そういえば、と巧海は晶についてまだ知らなかったことを思い出した。
「晶くんのお誕生日っていつなの?」
「あー……
ばつが悪そうに口ごもる晶の顔を、巧海はじっと見つめる。その視線に耐えられず、観念したかのように晶は小さな声で呟いた。
「5月。の……12日」
「もう過ぎてる!教えてほしかったなあ……
「そういう反応するだろうと思ったから言いたくなかったんだよ……言わないだろ、知り合ったばっかりの仲良くもないやつに」
「そっかあ……でも、お祝いしたかったなあ」
巧海はがっくりと肩を落としたが、確かに晶の言うことも一理ある。5月の連休明けに転校してきた巧海とはまさに知り合ったばかりのタイミングであったし、あの頃の晶は巧海が、というよりもルームメイトができたことが、心底気に食わない様子だったからだ。
それでも、今は姉の誕生日会に同席してくれるほどに打ち解けられたことを思うと、巧海の足取りは軽くなる。一緒に作ったケーキを美味しそうに食べていた晶の顔を思い出しながら、来年の5月までにはもっと腕を磨こう、と拳を握りしめていると、不意に晶が口を開いた。
「そういうおまえはいつなんだよ」
「え?」
「誕生日」
「ええと、8月28日」
改めて聞かれるとなんだか照れ臭くて、巧海は頬を掻いた。
「来月か。俺はケーキは焼けねえけど、覚えとくな」
夕焼け空を背景に微笑む晶の顔は、なんだかとても綺麗だった。この日のことを、この景色のことを、巧海は一生忘れないような、そんな気がした。