しくるの納戸
2024-10-06 22:08:03
3874文字
Public レグリ
 

愛の冷めない距離

レグリ/HGSS、再会後
ちょっと雪山まで。


 たんまり買い込んだ食材と、手土産がわりの回復薬。それと自分の荷物をリュックに詰め込んで、険しい山道を進む。
 目指すは吹雪の中に仕舞われた、遙かな頂上。
 トキワシティからはそう離れた場所ではない筈だが、こうも気温に差が出るのかとグリーンは自らの両腕を摩った。その傍らにはナッシーが、それぞれ「寒い」「楽しみ」「心配」の三つの顔を携えてグリーンのすぐ後ろを着いていく。
 寒さのことを考えるならばウィンディに寄り添ってもらうのが一番ではあるが、シロガネ山は雪に覆われた外の道より、中の洞窟を通る時間の方が多い。洞窟内はウィンディの苦手な岩タイプのポケモンによく出くわすから、シロガネ山を登る際はナッシーと共に歩くのがお決まりとなっている。
「もう少しだ、頼むぞ」
 グリーンが声を掛ければ、ナッシーは真ん中の顔を誇らしげなものに変えて足踏みをした。直後に放たれたリーフストームが野生のイワークを沈ませる。
 イワークの奥から、微かに吹雪の音が聞こえた。
 音の方角に歩いていけば、やがて前方に光が差し込める。
 光と雪に包まれ真っ白に染まる視界の中、一点の赤色は、しかし埋もれずそこにいた。
 グリーンは笑う。
「会いたかったぜ!」


「おまえ、いっつも急だよね」
「レッドに言われたくはねーな」
……
「ダンマリは同意だぜ?」
 洞窟内に、パチパチと薪の爆ぜる音が響き渡る。
 ここは、グリーンが通ってきたのとはまた別の洞窟で、レッドがシロガネ山で過ごす時に拠点としている場所だった。
 頻繁に利用しているおかげか、近頃は滅多に野生のポケモンは近づかないそうだ。
 恐らくレッドと、その手持ちたちの縄張りだと思われているのだろう──そこまで考えて、グリーンは『レッドの縄張り』という単語におかしさに、くく、と笑いを漏らした。
 最早ポケモン扱いだ。
「何かあった?」
「いや? 何も」
……失礼なこと考えてるだろ」
 こみ上げる笑いを抑えきれず、次第に笑い声が大きくなるグリーンに、レッドは手元から視線を一瞬だけ上げて、訝しげに向けた。
「さーな」
「はぐらかしは肯定とみなすよ」
「悪かったよ、本当になにもないって」
 喋る間も、レッドの手元は休むことなく手元のナイフを操っている。
 ナイフによってひとくち大に切り取られたカブは、次々と鍋の中へ沈んだ。鍋はシロガネ山の雪解け水で満たされており、焚き火の上で時々コポコポ泡を立ち上らせている。
 先に沈められた葱が、ぐるぐると鍋底で踊っていた。
「よく手の中で切れるよなー」
「慣れだよ……まな板使う方がにがて」
 レッドの手の中のカブは、みるみるうちに小さくなっていく。最後に残った欠片を半分に分けてしまうと、レッドは自分のリュックの中から赤ぼんぐりを二つと、黄ぼんぐりを一つ取り出した。うち一つを左手に、残りを胡座をかいた脚の上に落ち着かせ、一つずつナイフの先端を小刻みに打ち付ける。削られたぼんぐりの欠片がひらひらと落ちて、鍋を染めていく。ぼんぐりをヘタだけ残して三つ分全て溶かせば、鍋は見るだけで汗が出そうな色になっていた。
 ゴポゴポと表面が大きな泡を吐き出している。
 レッドはお玉でカブの煮え具合を確認してから、グリーンの背後を指差す。グリーンは寄り掛かっていた棚から、年季の入った「クチバの塩」の瓶をレッドに手渡した。
 小さじ二杯ほど加えたら、後はもう器に盛るだけだ。
 野菜とぼんぐり、少しの塩。
 レッドの味付けは非常にシンプルだった。
「はい」
「さんきゅ」
 出来上がったスープを、鍋からお玉二杯分。ほかほかと湯気を立てる器を受け取り、グリーンは頬を緩ませた。実はシロガネ山に一歩踏み出した時から既にお腹が空いていたのだ。洞窟内を支配しはじめた辛味と酸味の匂いを嗅ぎ取って、胃袋が待ちきれない音を上げた。
 しかし、自らが食事にありつくより先にやるべきことがある。グリーンは塩を出した棚から勝手に大小様々な器を取り出し、食品と一緒にトキワから運んできたちょっとだけお高めのポケモンフーズを注いでいった。あまり頻繁にあげすぎると普通のポケモンフーズで満足してくれなくなるのが心配だが、月に一回なら許される筈だ。
 一番小さい皿はピカチュウの為に。ラプラスとピジョットは同じくらい食べる。
 一番大盛りの皿は、当然カビゴンのものだ。
 計十二体分の食事を注げば、大量に仕込んできた袋も空っぽになった。
「悪いね」
 これも。
 奥の壁に寄り掛かっていたレッドは、足元の回復薬を顎で指しながら言った。
「いいや、メシ代だと思ってくれ」
 グリーンは首を横に振って、それから自分のスープを手にぐるりと焚き火を回ってレッドの横に腰掛けた。
 二人は同時に、自分のボールホルダーへ手を伸ばす。六匹ずつ宙に放てば、焚き火の音だけだった洞窟が、一気に賑やかになる。
「鍋ひっくり返すなよー」
 火傷してもしらねぇぞ、グリーンが声を掛ければウィンディがぐぉん、と承知した。
 わざわざ忠告せずとも、よく躾けられた二人のポケモン達が粗相をすることなど殆ど無いのだが、一応、念のためだ。
 みんなが食事を始めたのを見届けてから、グリーンとレッドは同時に手を合わせる。
「「いただきます」」


「あー、やっぱレッドの飯うまいな……
 一口飲めば、クセになるすっぱ辛さが汗腺を刺激して、汗が噴き出るのを感じる。常に寒いシロガネ山では体温を確保することが大事な為、レッドの作るスープは辛口のものが多かった。
 ぼんぐりスープをたっぷり吸ったカブを齧って、グリーンは恍惚の息を吐く。
 わざわざ、これを食べるために険しい山に登って来た甲斐があった。
……上達したでしょ」
 そう言ってレッドは帽子のツバを触った。照れているのだ。
「ほんっと、昔のカレーからは考えらんねー」
 旅に出た時はビシャビシャで、具も生煮えのカレーしか作れなかったのに。
 巻き添えで食べさせられた当時のことを思い出してケラケラとグリーンが揶揄すれば、それは忘れてよ、とレッドは苦く笑った。
「でも、いまでもぼくほ、グリーンが作るやつの方が美味しいと思うよ」
「それは当たり前だろ?」
 尚も照れながら、恐らく別の意味の照れも交えながらの辿々しいレッドの言葉に当然だとグリーンは返す。
 ただ、グリーンとレッドの料理は方向性が違うのだ。
 グリーンの料理は本人の性格や姉の指導の甲斐もあって、材料や手順に手抜きや妥協が無く、お店に出せるレベルだと以前振る舞った際にヒビキが絶賛していた。
 一方、レッドの作る料理は旅先で時間や手間を掛けず、必要な栄養素を確保出来るようなものが殆どだ。分量も感覚で大雑把だが、落ち着く味わいだった。
 グリーンが目分量で作ったところでこのような味は出せなくて(以前、試しにやってみたところただ雑なスープとしか思えなかった)、時々食べさせてもらう彼の母親の味とも、似ているが異なる。
 間違いなくこれはレッドにしか出せない味で、だからこそ定期的に舌が求めてしまうのだ。例えるならば、老舗の小さなラーメン屋のような。
 美味しく感じるのは、場所のおかげもあるかもしれない。
 二人の座る位置からは、正面から洞窟の外が良く見えた。
 ポケモン達の影の後ろに、数多の星空が瞬いている。シロガネ山は年中雪が降っているが、四六時中ではない。朝と、時々の夜は霰が止んで、澄み切った空を見上げることが出来るのだ。
 辺りは静かだ。焚き火の音と、自分たちの声しかしない。
 ポケモン達も、ご飯を食べ終わった者から睡眠の体制に入り始めていた。
 塵のない空気を吸い込んで、グリーンは呟いた。
「いいところだよな、ここ。ひみつきちみたいでさ」
「うん。気に入ってる」
 良くも悪くも三年前のチャンピオン戦を機に有名になってしまった二人が、静かに語り合える場は多くない。この数のポケモン達を一度に外に出してあげられる場所も貴重だ。
 他の地方を巡ることも多いレッドが、旅の合間、この山を拠点にする理由であった。
 グリーンはそれを、レッドらしいと思っている。
 会いたいと思った時に会えない距離であることをもどかしく思う時もあるが、それでも、レッドに山を降りろとか、旅を控えろとかは、どうしたって思えない。
 それはきっと、レッドがグリーンを自分の旅に連れて行こうとしないのと同じく。
……俺も気に入ってるよ、外で堂々とキスも出来るし」
 セックスは出来ねーけど。
 よぎる感傷を茶化すように、そう笑ってグリーンは尖らせた唇をレッドにぶつけた。
 お互いの口の位置がズレた雑なキスだが、その気楽さがグリーンには心地よい。
 どうやらそれは向こうも同じようで、今度はレッドから、唇の端にキスのお返しがされた。
「それなら次は、そっちに行くよ」
 だからゴムとローションと、美味しいご飯の用意をよろしくね。
 レッドはグリーンに似た悪戯な笑みを浮かべている。
 
 ──果たして「次」がどれくらい先のことなのか、両者とも知らない。
 来週かもしれないし、はたまた半年後になるかもしれない。
 次を待つ前に耐えきれず、グリーンの方から山に登ってしまうかもしれないが。
 それも含めて自分たちらしいと、少なくともグリーンは思っていて、気に入っていた。
 
「いいぜ。とくと味わえよ、ダーリン」