二回立て続けに起これば、エメトセルクも学ぶ。しばらくは湯船に浸かるのはやめて、熱いシャワーを浴びるだけにしよう。そうして手早く風呂を済ませるようになって、三日目だった。
「痛っ 濡れて……ない!」
ごちん、と鈍い音が浴室に響く。シャワーを止めて洗いあがったばかりの髪の水滴を落としていたエメトセルクは、目の前にしゃがむ女に思わず口を閉ざした。
いたた、と呟くアゼムは薄手のワンピースタイプの白い部屋着を着ていて、打ったらしい腰をさすりながらゆっくり顔を上げようとしている。そして、その目の前には呆然と仁王立ちする、風呂に入っていたため一切の布を纏っていないエメトセルクがいるのだった。つまり、彼女が顔を上げれば、目の前に。
エメトセルクは咄嗟に手を伸ばしてアゼムの目を覆う。そして、息を吸い込んだ。
「こ、の!!! 大馬鹿者!!!!!!!!!」
「んぎゃっ」
ぐわん、と浴室に見事な怒声が響き渡る。
「男女逆転してもわいせつ罪は成り立つんだからな……」
呻くように告げた言葉に、慌ててアゼムが口を開く。
「不可抗力なんだよ、今回は本当、ちゃんとリビングにいくつもりだったの! でもつい君のこと考えてたら直接君のとこ行っちゃって!!」
やけに早口で、そして耳まで真っ赤に染まっているものだから。おそらく、大変不本意なことに、彼女はたぶん目にしたのだろう。本当に、悪いと思っているの、と目の前で座り込みながら手をばたばたと振り回すアゼムに暴れるな、と告げようとして。手が不意にシャワーのスイッチにあたる。途端、熱い湯が上から降ってきて、アゼムとエメトセルクを一気に濡らしていく。
「う、わぁああっ」
「お前本当に次から次へと余計な事を……!」
慌ててアゼムの目を隠していないほうの手で栓を閉めたものの、手遅れである。薄く白い部屋着を身に着けていたアゼムはぐっちょりと濡れて部屋着は皮膚に張り付いている。中に身に着けている下着の色と肌の色がうっすらと透けて、どうしようもなく艶めかしい。ごくり、と唾を飲み込んだ音がどうかアゼムに届くな、と願いながらも、視線を逸らすことができない。
「え、エメトセルク……怒ってる……?」
視界を塞がれ、不安そうにアゼムが手を彷徨わせる。またどうしようもないところにぶつかっても困る、とエメトセルクはその手を掴むとアゼムを引っ張って立たせた。けれども唐突だったためか、アゼムが体勢を崩してエメトセルクの方へ倒れてくる。咄嗟に手を出して抱えたものの、完全に抱き合う格好になってしまった。
「っ、おい」
ふにりと柔らかい感触を肌で感じてしまい、慌てて引きはがそうとして。けれどもどうしてか、アゼムがエメトセルクの身体に腕を回して、ぎゅう、と抱き着いてしまった。
「おい……っ!」
「君、はさぁ」
酷く、弱々しい小さな言葉だった。いつも以上に落ち込んだ、いっそ悲し気な声にエメトセルクは引きはがそうとした手を止めてしまう。
「びっくりするほど、冷静だよねえ……」
「やけにしおらしくなったと思ったら何を言い出すんだ」
はぁ、と息を吐く。失敗を繰り返して反省したのかと思いきや、どうでもいい感想が来てしまった。冷静であるわけがない。どんなに雑念を振りほどこうとも瞼に張り付いて、夢にまで見てしまう。そうして幻想を見るたびに友人を穢しているような罪悪感に襲われ、よりいっそう、彼女のためにこの醜い感情を隠し通して、友人としてきちんと接しなくては、と自分を制しているのだ。こちらの気も知らず、と言うこともできないエメトセルクの背中を、そろりとアゼムが撫でた。
「私だけかよ、こんなにドキドキしてるのは、馬鹿……」
「はぁ?」
きゅう、とエメトセルクの胸に顔を押し付け、アゼムの肩は少し震えているようだった。
「ちょっとぐらい、反応してくれたっていいじゃんか……」
一体、何を言っている?
「そんなに私って女の子として見れない? そりゃ事故だけどさぁ、ちょっとぐらい意識してくれたって、」
まるで、その言い方だと。
エメトセルクはアゼムを片手で抱えると、ぱちんと指をはじいた。ぐらりと視界が揺らいで、そうしてすぐにぼすりと落ちる。ついでにもう一度指をはじいて部屋着を身にまとい、一緒に転移させたアゼムも着替えさせる。
「んぎゃ、っもう、いつも急、に……?」
ぽかん、とアゼムがエメトセルクを見上げた。そりゃあ、いつも一人でリビングに追い出されているのだ。今回もそうだと思いきや、残念ながらアゼムが落ちたのはスプリングの上である。そのままアゼムに覆いかぶさるようにしたまま、エメトセルクはアゼムを睨んだ。
「お前、ふざけるなよ」
びくり、とアゼムが肩を震わせる。え、すごくおこってる、と呟いて、ごめん、と言おうと開いた口を手で塞ぐとそのままアゼムの頭をシーツに押し付けた。
「私は男で、お前は女なんだぞ。お前をなによりも大切にしてやっているというのに、お前は」
エメトセルクの言葉は続かなかった。アゼムは口を塞いでいたエメトセルクの手を噛むと、その手が離れるなり叫んだ。
「友人として大切になんかされたくなかった!!」
いっそ悲痛な声だった。じわりと浮かんだ涙に、エメトセルクはようやくアゼムの感情の一片を理解する。
本当に、この女は。どこまでいっても、エメトセルクの願うようにはいってくれない。
その自由さを、愛してしまったのだから仕方ないのだ。
エメトセルクは溜息を吐くとそのままアゼムに覆いかぶさり、体重を乗せる。
「ぎ、ぎゃあっ、ちょっと!」
「お前を」
「きゃあ!」
その耳元に唇を寄せれば、珍しく少女めいた悲鳴が響いた。珍しいそれが酷く愉快で、少しだけ口元に笑みが浮かんでしまう。
「お前を、友人以上に大切にしているからこそ、だ、馬鹿」
「…………そりゃあ、私たちはすっごい親友だけど、そうじゃなくて!」
「わかっている。だから、大切にしていると、言っている」
ゆっくりと嚙みしめるように言葉を告げれば、ん、え、と戸惑うような言葉がエメトセルクの耳を擽った。アゼムの頭の横に肘をついて少し身体を起こし、閉じ込めた彼女を見下ろすと、少し混乱した様子で頬を赤らめながらエメトセルクを見上げている。
「え、エメトセルクさん、あの……君のその、大切にしているのって、それは……」
なんて言おう、と言葉を探しているアゼムの目が揺らいで、頬の赤みが耳まで到達する。手を伸ばして、その頬をそうっと撫でる。びくりと肩を震わせる様子が、愉快で、幸福だった。
「だが、大切にされたくないらしいな、お前は」
「えっと、その、違う、そうじゃなくて」
「悪いが、今まで何度も何度も煽られては我慢してきた。大切にしなくていい、というのならば。容赦はしない」
「た、たった三回だけじゃん! まって、たんま、ちょっとまって!」
「阿呆」
エメトセルクの胸を押そうとするその手を掴んでシーツに縫い留める。指を、今まで一度もしたことのないような絡めるような繋ぎ方にすれば、戸惑いながらもぎゅう、と握り返された。
「三回程度のはずがないだろう。何百年の付き合いだと思っている」
「っ、え、ええ?」
何度だって、無自覚な彼女を見て、欲を滲ませては苦く飲み込んできた。けれどももう、ひっそりと飲み込むつもりはない。
「お前が望んだとおり、酷くしてやる」
爛々と光る瞳に、アゼムの喉から小さな悲鳴が上がる。
「た、大切にしなくていいけど、優しくして……」
まったく、この状況でもやっぱり受け入れてしまうのだから、アゼムという女は本当にどうしようもない。もしもう少し怯えでもすれば、きっと逃がしてやれたというのに。
お前が悪い、と呟いて、エメトセルクは欲が滲むままに、そのよく熟れた唇に噛みついた。
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