いを
2024-10-06 18:17:26
1693文字
Public 鬼斬京
 

ひかりとよく似た病気

※15歳未満の方は閲覧をご遠慮ください※
金沢文庫
・イロさん【1_sh1_z1_ma】
お借りしています。

 シーツの端が床につきそうになっている。というのもほとんど「かもしれない」という感覚で、実際は分からない。見えないから。
 しわになった白い布の上にはべたべたになった体液がついていた。
 ギシ、と大げさにベッドが軋む音は、ふたり分の体重を支えているのだからしかたないと思う。
 形のいい喉もとに唇を寄せる。唾液を飲むごとに動くそこを、唇で感じた。視界が十分に見て取れない金沢にとっては、これが今感じうるすべてだった。
 喉から上に、唇をつけたまま移動する。
……
 目を閉じても閉じなくてもほとんど変わらない。だったら閉じた方がよいだろうと、瞼を閉じる。
 イロの唇のかたちを確かめるようにそっと上唇を舌で撫でると、仕方ないように唇を開く。
 金沢から見て右側にかかる黒く長い髪を、手で梳いてみせる。左手は彼の手首を掴んでいた。骨の形を確かめるように、指先で撫でながら。
 粘り気のある音が耳に心地いい。
 彼の歯を舌で撫で、そのまま舌と舌を絡ませる。イロも分かっている・・・・・・のだろうと思う。自分が好きなことを好きなようにすればいいのだから。
 知らず知らず汗が滲んだ。そして、湿った激しい呼吸音を感じる。
 彼の骨張った指先が背中の皮膚を擦る。その感触に唇をゆがませた。彼が今、金沢を殺そうと思えばこちらには防ぐ術などない。同族同士で殺し合う邪鬼たちも昔はいた。――今は、どうだろうか。人間同士で争っているのだから、邪鬼も同じかもしれない。鬼斬に加担している邪鬼もいるだろうし。それはそれでいい。金沢には関係のないことだ。もしも「そのとき」がきたとしても受け入れる。人間は人間の敵であるものに容赦しないことを知っているからだ。どちらも加害者だし、被害者でもあるのだろう。
 金沢の力は武力行使する鬼斬とはことごとく相性が悪い。逃げるか、邪鬼と協力するかのどちらか。イロは――何度か、金沢をたしかに助けていた。こんな老いぼれを、何度も。
「おいジジイ」
 口付けのしすぎで、声が掠れている。「はい」と一応、返事をした自分の声も掠れていた。
「随分、余裕だな」
 挑発めいた笑みを浮かべているであろうことはかすかに分かる。
「イロさんがいなければ、何度死んでいたのだろうと思って」
「はあ?」
「いえ。お気になさらず。年寄りの戯言です」
 顔と顔の隙間は、数センチもない。首をかたむけて、耳の付け根の辺りをねっとりと舌で拭う。
「ン」
 イロの肩がすこしだけ跳ねた。
 その直後に再び触れあうだけの口付けをして、体を起こす。はずみでベッドのスプリングが鳴った。このベッドも、かなり古い。替え時だろうかと考える。
 だるそうに彼も体を起こし、となりに座って腰を摩っていた。
 散々からだの中身を擦りあげたので、痛まないほうがおかしい。せめて清潔なタオルを取りに箪笥から取り出すと、素直に受け取ってくれた。
「いりますか?」
 煙草の紙箱を差し出すと、彼は頷いて一本取りだした。自分の分も口に挟むと、ライターで火をつける。
「火、」
 短い言葉で火を強請ってくるイロに笑って顔を近づけた。
「どうぞ」
 彼は面倒くさそうに煙草を口に持って行って、金沢の火が付いた煙草の先端に近づける。火が燻るジリジリという音と、イロの呼吸の音がすぐ近くから聞こえた。
「前から思ってたけど、どこで覚えたんだよそういうの」
「さあて、どこでしたっけねぇ」
 ケッ、と彼は悪態をつき、煙草を咥えたまま天井を見上げている。
「じき夕方ですけど、どうします?」
「店は良かったのかよ、不良ジジイ」
「ええ、まぁ。開店休業状態ですしね、最近。鍵は掛けておきましたから大丈夫です。それとも……まだ、足りない?」
 煙草を灰皿に置いてから、彼の耳もとでそっと囁く。
 イロはあらかさまに、げっ、という表情をした――ように見えた。
 古いガラス窓の向こうからは、救急車やパトカーの音がよく鳴り響いている。
 煙草の煙が上がり、天井を撫でる前に消えていった。
 
「今を楽しまないと、損ですよ。ねえ、イロさん」