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奏/深水
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刀剣乱舞 鶴さに
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ボーナスステージ☆☆☆
おじさま( @trsnkrkr_1128 )の素敵な絵を私の妄想力で文章におこしたもの。鶴さに(現代転生)です。素敵な絵があってこそ!あってこそ!
「
――
あ、五条先輩だ」
並んで歩く友人の弾んだ声に、思わずびくん、と肩が跳ねた。
「えっどこどこ!?」
「ほら、あそこ」
「あっホントだ!」
きゃあきゃあと楽しげに囁き合う友人は、ちらちらと窓の向こうを覗き込んでは笑い声をあげる。そんな彼女たちを尻目に、わたしはその場で自分の姿を隠すようにしゃがみこんだ。
「
……
何やってるの?」
「え、いや、あははははー」
友人の言葉に、引きつった笑みを返す。そんなわたしを不思議そうに見下ろしてくる彼女とは別の一人が、興奮に上ずった声で叫んだ。
甲高い声は明るく鮮やかで、けれど耳に突き刺さる。驚いて耳を抑えたわたしの腕を、叫んだその子はぐいぐいと引っぱってきた。
「見て葵、五条先輩だよ!ほら!ほら!」
「うん、わかってるよー聞こえた聞こえたーすごいねー」
「もうちょっと真剣に言って!ていうか見て!ほら!」
「あ、わ、わわ・・・・・・!?」
わたしの微かな抵抗などなんのその。彼女の手によって、わたしの身体はあっという間に引っ張り上げられた。細い身体のどこにそんな力があるのだろう。イケメンに華やぐ女子の力恐るべし。
彼女はほら、と窓の向こうを指差している。気が進まないながらも、嬉しそうな彼女に思わず笑いながら、わたしも窓の外に視線を向けて、
胸の奥を穿つような、深々とした黒い眼差しと目が合った。
(うわ、まただ)
もう何度目なのか、数えるにも数え切れない。
自意識過剰と言うには過ぎるほど、何度も、何度も、わたしはあの先輩
――
五条先輩と、目が合っている。
そしてその視線が、わたしはとても、とても、苦手だった。
二階の窓から見下ろす、校舎と校舎を繋ぐ道。硬いコンクリートの道と雨風を辛うじて凌げるだけの屋根、それ以外は壁もない吹きさらしの渡り廊下に、その姿はあった。
黒い学ランの前を全開にしたラフな格好に、少し長めな襟足の黒髪を風に揺らしているその姿は、そんじょそこらのモデルよりもよっぽど綺麗だと思う。綺麗すぎてちょっと怖い、なんていう人もいるくらいだ。
彼、五条先輩は、最近女子生徒の視線を攫いに攫っている転校生だ。わたしの一つ上の学年に転校してきた彼は、その綺麗ではかなげな容姿であっという間に注目の的になった。今も次々と、女子の恋い慕う心を集めまくっている。
直接話した事などないからよくは知らないけれど、彼はとても寡黙な男子なのだそうだ。いつも涼しげな顔で、窓の外を見ていたり、一人で中庭に佇んでいたりする。
社交的ではない訳ではなく、クラスメイトと普通に会話をする事もあるみたいだけれど、なぜか自分の事はあまり語らないのだそうだ。
でも、それがミステリアスでいいよね!とはわたしの友人談である。
女子のネットワークは恐ろしい。うわーきれいだなーとのんびりと眺めるだけのわたしの所にも、五条先輩の情報は次々と入ってくる。というか、今、隣できゃあきゃあ騒いでいる友人から主に入ってくる。ちょっとミーハーなのだ、この子は。
まあ、彼女の情報網は、今のわたしにとってはとても有難い。
何故見つめられるのかわからないけれど、あんな綺麗な顔に意味深な視線を向けられ続ける事は心臓に悪い。それに、理由がわからないというのはちょっと怖い。
だからわたしは、あの謎の視線から逃れる為に、彼女の情報を駆使して極力合わないようにと逃げ回っているのだ。
まあ、それでもこうして遠目に出会ってしまう事もあるけれど。
……
というか、普通は気がつかない距離ではないのだろうか。何で気がつくんだろうあの先輩。
「葵、見てる!こっち見てるよ!」
「ソウダネー」
「何その棒読み?」
「ナンデモナイヨ」
「何その片言!?」
両脇からツッコミを入れられつつ、わたしはじりじりと後退る。五条先輩は微動だにせず私を見つめている。
怖い。視線の圧力が怖い。
我慢できずに、わたしはもう一度その場にしゃがみこんだ。
「葵?」
「え、何、どうした
……
あっ」
ミーハーな友が窓枠にかじりつく。何かを追うように首を動かし身体を乗り出しじたばたしていたが、やがて肩を落として身体を引っ込めた。
「あーあ、五条先輩行っちゃったー」
その言葉にほっと胸を撫で下ろし、わたしはのろのろと立ち上がる。
窓の外、眼下には、桜が散る廊下があるだけで、誰もいない。
――
いや、何かは、いる。
渡り廊下から少しだけ距離を置いた場所に根を下ろす桜の枝の上で、小さな何かがぴょこんと跳ねた。
一瞬しか見えなかったけれど、丸くて赤くて、何だか妙な姿をした生き物が、動いていた。
(動物
……
じゃないよなぁ)
違うだろうなあ、とわたしは思う。
鳥ではなかったし、栗鼠とも違う。あんな鮮やかな赤い生き物、見たことがない。
……
それに、一瞬だったけれど、一つ目だったように見えたし。
また変なもの見ちゃったなぁ、とぼんやりと思う。
時々夕暮れに走り去る何かを見たり、教室の隅で転がる何かがいたり、誰もいないのに、誰かが居るような気配を感じたり。
小さな頃から、わたしにだけわかるそれらは、まるでまとわり付くように、常に視界の端にあった。
小さなモノが多いけれど、たまに妙なオーラを纏ったものに遭遇する事もあって、その時は全速力で逃げている。
ああ、でも、桜にいた何かは、ちょっと可愛かったなぁ、と思ってそわそわするわたしに首を傾げた友人に、何でもないよー、と笑いながら、ふと腕時計に目をやった。
と、同時に、廊下に響き渡る鐘の音。
「あ、昼休み終わりだ」
「次はなんだっけ、数学?」
「
……
ああ、五条先輩かっこよかったなぁ
……
」
「ほらほら、行くよー」
ぱしり、と自分の頬を叩いて、気持ちを切り替える。理由のわからない視線よりも、今は次の授業の事でも考えようと思った。逃避と言うなかれ。心の平穏は大事なのだ。
「あ、次って小テストあるよね」
「えっ」
「えっ!?」
訂正。授業の事を考えても、平穏は難しい。
小テスト頑張ろうと思います。
赤い鞠のようなソレは、桜の花にぶら下がってぱちぱちと目を瞬いた。
風に吹かれる度に小さな身体はゆらゆらと揺れる。その度にぱちぱち、ぱちぱち、一つ目を瞬く。
何度も、何度も、繰り返し、繰り返し。幼子が夢中になって遊んでいるようなその様は、表情が読めないながらも、楽しげに見えた。
けれど。
唐突に、捕まっている枝が『切り落とされた』。
目をまあるくして、枝諸共地面にべしゃりと落ちたソレは、花びらを見つめて、悲しそうに目を細め、それからころりと転がり出して
――
ざくり、と。その赤に、鈍く光る刃が突き立てられた。
ざくり。
ざく。ざく、ざく、ざくり。
ざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざく
何度も、何度も、繰り返し、繰り返し。幼子が夢中になって遊ぶように。無邪気に、無慈悲に、機械的に。
刃の突き立つ音が途切れる事なく響き渡り
――
唐突に、音がとまる。
満足したのか、飽きたのか。かたかた、と微かな音が最後に響いて、それきり、音は途絶えた。
後に残された、イキモノだった赤いソレは、桜の花片に埋れていく。
やがて、ぼろぼろと塵になり、ざあ、と吹いた春風に花びらと共に巻き上げられ、一粒残さず散り消える。
後にはただ、泥にまみれた桜の枝が、ぽつんと寂しく残された。
「失礼しましたー
……
」
「おう、気をつけて帰れよー」
「はーい」
数学教師の声に頭を下げて、職員室の戸を閉める。
目が痛い、いや、頭が痛い、とこめかみをぐりぐりと指先で揉みながら、人気のない廊下に密やかに溜息を落とす。
小テストの結果が思いの外悪かったわたしは、課題の提出を強いられていたのだ。
いや、わかっている、油断していたわたしが悪いのだ。次はもう少し真面目に頑張ります。
ぶつぶつ呟きつつ、玄関へと歩みを進める。
窓の外は、暮れていく陽の色に染まっている。
「
……
あかいなぁ」
何だか、血のような色だ。
そう考えてから、うわ物騒だ、とぶんぶんと首を振った。変なことを考えるのは止めておこう。
遠く、体育館の方から、運動部の声がする。誰かがまだ残っているらしい。
おー元気な声だなぁ、と思いながら下駄箱で靴を履き替えて校舎の外へ出ると、あかい世界の中に、桃色の花弁がひらりと舞った。
校門の両脇に植えられた桜が、最後の花を咲かせているのだ。
きれいだなぁ、と呟いて、ふと、昼休みの事を思い出した。
あの赤い、可愛い何かはまだいるだろうか。
経験上、あまりああいうものに此方から関わってはいけない、というのは承知している。けれど、今までの経験上の勘だけれど、あの小さな丸いものからは、危険を感じなかった。
渡り廊下がある中庭までは、五分とかからない。
「
……
ちらっと、ちらーっとだけ」
うんうん、とひとり頷くと、わたしはくるりとつま先の向きを変えた。
一歩中庭に足を踏み入れた瞬間、あれ、と違和感に立ち止まる。
さわさわと吹いていた風が止んだ。
まだ陽は残っているのに、視界が妙に暗い。
そして、赤いモノが居た桜が、やけに沢山散っている。
「帰ろう」
即決した。
これも経験上だけれど、ここはまずい。そう感じたからだ。
即座に踵を返したわたしは、足早に中庭から離れようと歩き出して
――
シャッ、という、微かな音に、反射的に振り返る。
半身を翻したわたしのすぐ間近を、先程まで頭があった場所を、何かが通り過ぎた。
「え?」
中途半端に振り返った体勢のまま、何が起こったのか判らず目を白黒させる。何だ今のは、と思いながら何気なく自身の頬に指を滑らせる。
その指先に、水が触れた。
え?何で濡れてるの?と指の先を視界に収めると、そこには赤いものが付いていた。
日暮れに染められたのとは訳が違う、鮮やかで、生々しい色。
血だ。
「
……
ぎゃー!血!?なんで!?」
ポケットに入った手鏡を取り出し覗き込むと、頬に一筋、綺麗な傷が付いていた。かまいたちにでも切られたような、刃物でスッパリ切りつけたような、真っ直ぐな一本線。自覚すると途端にずきずきと痛み出して、うう、と眉を下げてポケットに手を伸ばす。確かハンカチも入れていた筈だ。
思ったよりも血の量が多いなぁ、と鏡を見つめて、
背後から弾丸のような勢いで迫る影が鏡に映り込み、咄嗟に身体を地面に投げ出した。
「また!?何!?」
土まみれになりながら顔を上げると、丁度、素早く飛んでいった影が桜の幹に衝突する瞬間だった。ガキン、と硬いものが当たる音が響く。
いつでも駆け出せるように体勢を整えて、息を潜めてそれを見つめる。
かたかたかた、と乾いた音を立てながら、それはわたしに対峙した。
動物の頭蓋骨のような頭に、ぐにゃりと蛇のようにうねる背骨と肋骨だけの胴体。
眼窩にはぽっかりと暗い穴が空いているばかり。
そして口に当たる場所に、ぎらぎらと光る刃物を咥えている。
見たことがない。
けれど、わかる。わたしは、私は、理解していた。
あれは危険だ。
「
――
っ!!」
わたしは脱兎の如く逃げ出した。
脇目も振らず、全速力で校門へ向かってダッシュする。
小さな頃から、もやもやしたものからはっきりとした形のものまで、いろんなものを見てきたけれど、あんなに怖い空気を纏ったものは、初めてだった。
まるで、切るためだけに生まれてきた存在のような、そんな気さえした。
わたしには対抗する手段はない。
日常に戻るためには、非日常から逃げなければいけない。
「は、」
恐ろしさに身体が震える。何も考えられない。
背後を気にしている余裕などなかった。
だから、別方向から飛び出したもう一体に、足元を掬い取られて、呆気なく転倒した。
「ぎゃっ!?」
不意打ちにごろごろと身体が転がるも、根性で不格好な受身を取った。そのまま上体を起こして前を見据える。
視界には、地面すれすれでとぐろを巻くように動きながら、宙を泳ぐホネホネしい何か。さっき頬を切ってきた何かと双子のようにそっくりだ。
「ふ、増えた
……
」
思わずげんなりと呟く。怖い。怖いけれどそれ以上に迷惑だ。
いや怖いけれど。
何だか混乱してきた。
どうしてわたしはこんな目にあっているんだろう。
遠くから中庭にいた一体が近づいてくるのを視界に収めつつ、目の前の一体から視線をそらさずに、音を立てないように起き上がる。
いや、起き上がろうとした。けれど、足首に走った痛みに、それは叶わなかった。
「いっ
……
」
鈍痛に声が裏返る。掌で足首を覆う。ジンジンと痺れるような感覚は、脈拍と連動するように疼いて疼いて堪らない。
(やばい捻った)
叫んで天を仰ぎたくなった。やっぱり自己流の受身では駄目らしい。
焦るわたしに気が付いているのかいないのか、得体の知れない骨生物は、合流したかと思うと、じりじりと距離を詰めてくる。
どうして急にゆっくり迫って来るのか。先程までの勢いはどうした。こちらの恐怖を煽るような動きは何なんだ、いじめっ子か、そうなのか。
焦った思考はとりとめもない言葉がぐるぐると回るばかりで、使い物にならない。
ゆっくりとはいっても、元々すぐそばに迫っていた。あっという間に、鋭い刃先が視界に広がる。
逃げられない、と思った。それでも、涙目になりながらも目の前を睨みつける。
最早そこには意地しかなかった。
「
――
悪いが」
場違いな程に涼やかな声と共に、紅い世界が切り裂かれた。
「『これ』は、お前たちにはやれないな」
言葉が聞こえると同時に、ぐい、と背後から腰を引き寄せられる。一瞬の足の痛みの後に感じる浮遊感、身体が不安定に揺れる。咄嗟に伸ばした腕が触れた暖かいものにしがみつくと、ふ、と吐息で笑うような声が至近距離から聞こえた。
その声の主を確かめる事もできず、わたしの視線は骨生物に固定されていた。
頭蓋骨を大地に縫い付けるように、一振りの刀が突き立てられていた。
同じ刃物であるはずなのに、骨達が咥えている刃物と見比べると、それは吃驚する程に別物に見える。
突きたった刀は、鏡のように磨き上げられ、鋭く研ぎ澄まされ、清廉でとても美しい。
それに何より、何故だか暖かく見える。
刃物に使う表現ではないとは思う。けれど、わたしは確かに、そう感じた。
むずむずと胸の奥が落ち着かない。
妙な感覚に、両腕の力を強める。更に密着した体から暖かさが伝わる。
(
…………
あたたかい?)
くるり、と横に顔を向けると、至近距離で知らない男の人と目が合った。
複雑に色が織り交ざる、金とも黄ともつかない、月よりも綺麗なその瞳は、静かで、深く、わたしの胸の奥の奥を抉りとろうとするような視線を真っ直ぐに向けていた。
その視線は恐ろしい程に強く、身体が強張る。指先に力が篭もり、彼の透けるような白い髪の襟足をぐしゃりと乱した。
彼はふい、と視線を逸らすと、突き刺さったままの刀を無造作に引き抜いた。その衝撃で、がしゃりと骨が崩れ落ちる。それでも微かに蠢いたそれを、彼は白い着物の袖を翻して切りつけた。
全く力を入れているように見えなかったが、その衝撃で、骨生物は遠くへと転げ飛ぶ。無残に転がったそれは、瞬きの内に、闇色の霞をまき散らしながら溶けるように消えていった。
「さて。
……
覚悟はできたか、哀れな残党」
残る一体を流し見て、白い男の人は平坦に告げる。
かちかち、かちり、と警戒するように音を鳴らし、恐れをなしたようにふわりと距離を取ろうとするそれを見て、彼はうっすらと微笑んだ。
薄氷のような笑みだった。
一瞬だけ、わたしの視界がぶれる。その一瞬で、すぐ目の前に残りの骨生物が浮かんでいた。一足飛びに距離を詰めたらしい。ものすごい運動神経だ。
もう一つ瞬いた時には、骨は粉々になって地面に散らばっていた。
速すぎて見えなかった
……
のだろうか。重ねて言うが、ものすごい運動神経だ。
「『これ』に手を出したのが運の尽きだったな」
どうでもよさそうな口調で呟いて、男は片手に持った刀を軽く振った。
どうやら、わたしは助かったらしい。
だが、何が起こったのか全くわからない。そもそもこの人は誰なのだろう。
ぐらり、と身体が揺れ、地面に足が付く。
「降りろ」
色のない声だった。
逆らう理由もなく、何処か冷たい気配を感じたので、粛々と声に従い自分の足で身体を支える。微かに足首が傷んだが、何故だか先程までとは段違いに痛みは小さい。
なぜだ、と首を傾げて足を見下ろすわたしの耳に、カチン、と刀を鞘に仕舞う音が届く。
その音にぱっと顔を上げると、白い花びらが目の前を覆った。
「えっ
……
!?」
腕で顔を庇いながら、どこからともなく現れたその花弁を見つめる。ひらひらと舞うそれは地に落ちるよりも早く、幻のように消えていく。花びら、と思ったけれど、もしかしたら花びらではないのかもしれない。羽のようにも見えた。
混乱しながらきょろきょろと視線を動かし、わたしは唐突に気がついた。
男の身体から、花弁(暫定)が現れているという事に。
服が、肌が、髪が、最初から花弁で出来ていたかのように、はらりと崩れていく。けれど、男の姿は崩れない。ただ、崩れていく白の下から、覆い隠されていたように、塗り替えるように、黒い色が現れていく。
白い衣装は、黒い学ランに。輝くような髪と瞳は、夜に沈み込むような黒に。
最後の一片が、ふわり、と空へ昇って掻き消える。
そこに立っていたのは、五条先輩、その人だった。
「ご、五条先輩
……
!?」
驚きにふるふると震える指先で先輩を指差すと、五条先輩は鬱陶しいと言わんばかりに片眉をはね上げた。そうだ流石に失礼か、とあたふたと腕を下げる。
「なん、え
……
えええ
……
!?」
「君」
「うぇあっはい!」
「煩い」
「あっはいすみません」
手足をばたばた、視線をうろうろ、言葉にならない言葉をひいひい叫んでいたところに、飛んできた絶対零度の声と視線。ばっと口を両手で押さえて動きを止めると、彼は心底どうでもよさそうに溜息を吐いた。
なんだろう。先程までとは、対応が違うような気がする。
「あっ!」
「煩い」
「あ、いやあの、」
睨まれたが、わたしはそれでも口を開いた。全く意味がわからないが、わたしは先輩に助けられたのだろう、多分。ならば、礼を言わなければ。
真っ直ぐに背筋を伸ばし両手を揃え、それから、深々と頭を下げた。
「よくわかりませんがありがとうございました!」
「
……
勘違いしているようだが」
ひんやりとした声は、ほとんど抑揚がない。
「俺は君を助けたわけじゃない」
「へっ?」
腰を90度に曲げたまま、ぽかんと目を丸くして固まる。
実際わたしは助けられたのだけれど、一体どういう意味だろうか。
ざり、と地を擦る靴裏の音が鳴り、視界に黒い靴の先が入り込む。
そして次の瞬間、がしりと頭を鷲掴みにされた。
「!?」
驚きすぎてリアクションの取れないわたしに構わず、力任せに体を起こされる。強制的に持ち上がる頭が五条先輩の顔と向き合う。黒い瞳はいつにもましてものすごい眼力だ。
「俺が守ったのは君じゃない。『これ』だ」
五条先輩の空いた片手が、とん、とわたしの胸の中心を突いた。
どくり、と心臓が縮み上がる。
無造作に、一瞬だけ指先が触れただけなのに、まるで心臓を直接握りこまれたような心地がした。
「こ、これ
……
?」
理解できないままに鸚鵡返しに声を上げるも黙殺された。
掴んできた時と同じように、五条先輩は唐突にわたしから手を離した。ぐらり、と頭が揺れ、身体が傾ぐ。わたしのそんな様子など全く興味はないというように、先輩は視線を外し、わたしに背を向けた。
「あ、あのー
……
?」
「君が死ぬのは構わないが、『それ』が壊されるのは困るんだ。うろちょろせずに大人しくしてくれ」
「はぁ
……
?」
一方的に言い捨てて、五条先輩は一度も此方を振り返ることなく、校門を潜って街中へと歩き去った。
「
…………
何だったんだろう
…………
」
可愛いこの代わりにホネホネしいものがいて、死ぬかと思ったら助けられて、助けられたと思ったら否定されて、先輩が変身して、と、起こったことを挙げてみるも、全く意味がわからない。特に五条先輩がわからない。
気がつかない内に太陽は完全に隠れ、星が空に輝いている。
わたしは遠くに放り出されたままの鞄を引っ掴み、のろのろと校舎に背を向けた。
ひらり、桜が降り注ぐ。
校門の桜は、最初に校舎から出た時と全く同じように、ひらひらと花弁を散らしている。
(そういえば、あの白い花みたいなの、綺麗だったなぁ)
そんな感想を呑気に考えながら、解決しない問題が積み上がっている事から目をそらして、わたしは帰途についた。
今日はもう疲れたから、明日考えようと思う。
覚えていたら、なんて事は言わない。だって、到底忘れられるとは思えない。
そう、忘れられない。
きっと、今日は、特別な日だ。
疲れた頭の奥で、そう誰かが囁いた気がした。
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