320(さぶれ)
2024-10-06 00:05:32
3554文字
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演劇部パロsa書けたところまで

尻叩き用に進捗報告
※既存作品が出てきます。あらかじめご注意ください。問題があった場合はすぐ消します。

 白くまばゆく、ジリジリと熱い箱の中、“きみ”と向かい合う。右にはいくつかの長方形の窓——の形に照らされた幕。左は断崖絶壁、その向こうに冷えた広大な銀河——ではなく見知った顔がまばらに浮かんでいる。絶え間なく流れるのは規則的な列車のSE。キャパ四百席にも満たない小ホールに、泡沫の銀河鉄道が駆けていた。
 目の前に座る美しい人の唇が大きく開く。そして、台本通りの言葉を朗々と発した。

「『僕、もうあんな大きな暗やみの中だって怖くない! きっと、みんなの本当のさいわいを探しに行く。ねぇ、カンパネルラ。どこまでもどこまでも、僕たち一緒に進んでいこうね!』」

 少年の音を模した声色で、今の“ぼく”の名前を呼ぶ。この時の“ぼく”の気持ちに深く共感できる者など、俺以外にはいない気がした。
 思いっきり息を吸い込む。地声よりも高い声になるよう、喉を調整する。それから、惜別の念をこれみよがしに滲ませた顔で笑った。

「『ああ、きっと行くよ』」

 最後の台詞に余計な気持ちも載せてしまってごめん。照明を受けて煌めく大きな瞳と、袖に控えてる後輩たちに小さく謝罪する。だけど、あともう少し。あと十分たらず。シナリオ通りに進んで、一瞬の暗転が訪れて“ぼく”が消え去るその時まで。結局きみの隣に相応しくなれなかった俺の、長くて短い青春の幕を引くまで。
 三年間、ずっと見つめ続けたきみを、一番近くで感じていたかった。

*

 アオイと出会ったのは二年前、高校一年の四月。ずっとねーちゃんに頼りきりな人生を変えたくて、寮のある県外の高校に進学した。当たり前だけど知ってる人はいない。——いても、何か変わる訳じゃなかったから、別にどうだってよかったけど。
 今までとまったく違う環境は、俺を明るくて何でもできるスーパーマンにガラリと変えてくれることはなかった。入寮と入学式を終えてなお、着慣れないブレザーの堅苦しさに身を縮ませるだけの毎日が続く。そもそも、地元の中学から進学してきた人たちばかりの中に溶け込むのなんて、ゲームの高難易度地帯にいきなり飛び込むのと大差ねぇと気付いたのは、部活紹介のオリエンテーリングが始まる直前だった。
 入学から数日経った金曜の五限。一年生全員が体育館にひしめき、紹介が始まろうが終わろうがお構いなしにざわめいている。どの部にするか決めた人から退出していいって決まりだったためか、誰がどこのクラスとか分からないくらいぐちゃぐちゃに乱れてる。色んな匂いが混ざる。作り物っぽい花の香り、強すぎる柔軟剤、汗、脂、何でか分かんないけど食べ物の匂い。音も視界も汚くよどみ、ゆとりのある空間にいるはずなのに気持ち悪くて仕方がなかった。
 どれでもいいから適当な部活に入って、この空間から抜け出してしまおうか。適当な部って言ったって、気になる部活なんて一つもないけど。
 ——いや、さっき見た演劇部は凄かったな。舞台の上に立ってる人たちみんなキラキラして、堂々としてて、凄くかっこよかった。あんな風になりたい。演劇部に入ったら俺も……
 そこまで考えて、かぶりを振った。人前で大きい声出して演技するとか、俺には絶対無理だ。普通に喋るのすら難しい俺なんかじゃ、あのキラキラした人たちの輪に入ることすらできないに決まってる。
 大人しく別の部活にしようかと思った時、隣に立っていた女の子がぴょこぴょこ飛び跳ねた。

「すごい! すごかったね!」

 ウサギのジャンプに合わせて茶色の三つ編みが揺れる。よく見たら同じクラスの子だった。自己紹介の時からハキハキ喋って明るく笑ってて、こんな風になれたら人生楽しそうだなって思った子だ。どうやら俺の反対側にいる女子に話しかけているようだ。彼女が跳ねるたびに、どこか安心感を覚えるほわほわしたいい香りが漂ってくる。
 俺がいたら邪魔になるかもしれない。どっか別の場所に避けておこうと、彼女に背を向けようとした直前だった。

「ねぇ! 一緒に演劇部入ろうよ!」
「え……

 突然二の腕を引っ張られた。驚いて振り返ると、地元の夜空以上にキラキラ瞬いた瞳がまっすぐ俺を見つめていた。瞳だけじゃない。楽しいとか嬉しいとか、世界中のポジティブな感情をまるっと詰めた笑顔は、太陽そっくりだった。
 ドクン。心臓が強く打つ。まるで今初めて鼓動し始めたように、これまでにないほどの力で早鐘する。活発な心臓とは裏腹に、気道はギュッと縮んで静止した。生きてる感覚と死んだ感覚が同時に訪れたせいか、頭が真っ白になってしまった。
 長い睫毛が二、三度まばたきする。熱を帯びていた胡桃の瞳がふっと緩む。はしゃいでいた顔は俺と目が合った途端、ピシリと停止した。それから——細い喉からヒュッと空気を呑む音が聞こえてきた。

「ご、ごめんなさい! ボタ、友達と間違えて」

 真っ赤になった彼女が大慌てで俺から離れていく。キラキラの笑顔が今にも泣きだしそうな表情に反転して、すぐ小さな手に覆われてしまう。
 あ、めんこい。ほとんど反射でそう思った。胸のあたりが一層強く痛む。急上昇した体温のせいか、思考も口元も緩んで、気が付いたら——

「い、いいよ!」

 なんて、自分でも引くくらいの大声を出していた。

「え?」

 指の隙間から潤んだ瞳が覗く。今度は胸だけじゃなくて、目の周りも切なくなった。

「いいよって、それ……

 彼女が頭をこてんと横に倒す。彼女の些細な仕草にいちいち心臓が大袈裟な反応を示す。耐えきれなくなった俺は、首を肩に埋もれさせ、真新しい内履きに視線を落とした。

「君、私と一緒に演劇部入ってくれるの?」

 疑わしく思ったのか、或いは不安だったのか、やけに小さな声が訊ねてきた。問いかけに応えるべく、小刻みに何度も頷く。

「う、うん……。お、おれも、演劇部さ入りてぇなって思ったから……。だ、から……その、一緒に……
「ほ、ほんと? ほんき?」
「本当だし、本気……

 声がだんだん萎んでいく。彼女が一緒に演劇部をやりたいのは友達で、話したこともない男子なんかじゃない。たまたまクラスが一緒になっただけの余所者なんかじゃない。そんな奴から「一緒に部活入ろう」って言われても怖いだけだし気持ち悪いだけだし、勘違い野郎過ぎて通報レベルだ。
正気に戻りかけていた俺を引き留めたのは、またしてもピョコピョコと跳んだ三つ編みだった。

「わ、わ! 嬉しい! いきなり部活の仲間出来ちゃった! これからよろしくね!」

 まばゆい笑顔が俺だけを照らす。自分の言動を後悔して冷えだした内臓が再び熱くなっていく。彼女から迸るプラスの感情につられ、重たかったはずの口角も解されていった。

「う、うん。こちら、こそ……

 差し出された手を恐る恐る握る。彼女は汗ばんだ手を疎むことなく、しっかりと握り返してくれた。
 よろしくの握手を交わした後、二人で並んで体育館から出た。具合の悪くなりそうな空間から抜け出したからなのか、外気がやけに心地よい。吹き抜けの渡り廊下に春風が流れ込む。桜色の空間に、彼女の澄んだ声が響いた。

「同じクラスだし心強いよー。あ、そうだ。ねぇ、演劇ってやったことある?」
「保育園のお遊戯会ん時くらいしか……。えっと、……ア、アオイさんは?」
「アオイでいいよ」
「んだば俺も、す、スグリで……いい、よ」
「ふふ、男子の名前呼び捨てにするの、ちょっとむずがゆいかも」
「う、うん……。俺も、女子の名前呼び捨てさすんの、ちょっとこそばゆい……
「ねー! あ。で、さっきの続きなんだけど、私も幼稚園以来かも。わぁー、あの先輩たちみたいに上手くできるようになれるかなぁ。ちょっと緊張するね」

 ちょっとなんてもんじゃない。今すぐ心臓が実家に帰りそうなくらい緊張してる。そう伝えたかったけど、初めて話した人に冗談言えるようなメンタルは持ち合わせていなかった。
 ずんずんと先導したアオイが一年四組の扉を開ける。教卓から入部届をそれぞれ取り、まばらにいるクラスメイトに交じって入部届を書いた。アオイの細くて繊細な字が『演劇部』と記す。俺が見ているのに気が付いたアオイが、真似して俺の手元をのぞき込んできた。丸くて大きな目で、俺の大雑把で汚い字を確認すると、満足げに頷いた。

「これから一緒に頑張ろうね、スグリ!」
「う、うん! よろしくな。……アオイ」

 今振り返れば、この頃からアオイに恋してたんだと思う。アオイとならきっと、一緒に頑張っていけるって、さっき見た先輩たちみたく堂々とした立ち居振る舞いで隣に立てるって、本気で信じてた。