しくるの納戸
2024-10-05 22:14:03
8842文字
Public 狛日
 

いつかふたり星屑になるまで

狛日/アークナイツパロ
サンクタ狛枝×自分をキャプリニーだと思ってるサルカズ日向。
アークナイツ知らなくても読めます。

 ロドス無関係
 筆者は雰囲気でアークナイツをしています
 

【最低限の用語説明】
・アークナイツ
 タワーディフェンスRPG。最近CV高山みなみの激強爆イケお姐さんが実装された。始めるなら今! CV緒方未実装。
 ・鉱石病 オリパシー
 感染性の死に至る不治の病。罹患者は『感染者』と呼ばれ各地で差別されている。感染が進むと体表に鉱石が生えてくる。
・サンクタ
 人種のひとつ。天使の輪と光の羽がある。守護銃と呼ばれる自身の銃を所持する。
・サルカズ
 人種のひとつ。悪魔の角がある。
・キャプリニー
 人種のひとつ。ヤギや羊のような角と尻尾がある。
・アーツ
 魔法みたいなもの。
・恐魚
 海にいるヤバい生き物。



「なあ、狛枝」
「なあに日向クン」
 一面に広がる、藍色の海。その地平線は蒼穹と交わり、この海を果てのないものに見せる。そんな景色を孤島に聳える灯台から見下ろす二人の髪を、潮風が撫でた。
 二人の表情には笑みが浮かんでいる。
 ──その笑顔は『観念』と『自棄』に装飾されていたが。
「さっきまで俺たちシエスタに居た筈だよな」
「うん。津波に巻き込まれるまではね」
 狛枝は頷きながら、自身の光輪から放たれる明かりを頼りに海を見下ろす。
 荒れ狂う波のはざまから恐魚たちの触手が伸び、孤島の防波堤に侵略の一手を掛けていた。
 
 
 鉱石病と戦争とあらゆる差別に塗れたこの大地 テラにも、所謂『リゾート地』と呼ばれる場所は存在する。
 あてのない旅の最中、運良くその地 シエスタへの交通チケットを手に入れた日向と狛枝は、ようやく辿り着いたシエスタでバカンスを楽しんでいた。
 透き通った水に白い砂浜、木の板が敷かれた道が波の侵食で朽ちかけている姿すらも、風情ある光景に見えてしまう。着いた場所が観光地の端ということもあり想像より寂れてはいたが、歩ける道があって街路樹の根元に民間人の死体も転がっていない、暴漢にも野生の生物にも襲われず、何より飲食物と寝る所に困らない場所を楽園と呼ばず何と言うべきか。狛枝も日向も答えを持ち合わせていなかった。
「おーい、サンクタのお兄さん!」
 露店街を歩いていれば、脇の店から威勢の良い声が掛かる。声の方向を探せば、中年男性が三段アイスを片手に狛枝に向けて手をこまねいていた。
「そこの、グレーの光輪と羽が素敵なお兄さん、アンタだ!」
「ボク?」
 狛枝は隣を歩いていた日向に目配せする。日向の、アイスへの高揚を隠せない表情を見遣って店へと踏み出した。
「お兄さん、出身はラテラーノかい?」
「そうだけど」
「うちのアイス食ってみてくれ。自家製のミルクジェラートなんだが、ラテラーノの名店にも負けないって評判だ!」
 それはすごいね、と狛枝は笑顔で返答しながら、困ったように日向をチラ見した。
 確かに、大概のサンクタは甘いものに目がなく、ジェラートの味にもうるさい。彼らのお眼鏡に敵わなければ落胆を晴らすために目についた建物を何棟か爆破するだろうし、彼らを満足させる素晴らしいジェラートに巡り会えたとなれば、彼らのテンションは最高潮になりさらに多くの建物が爆破されるだろう。
 しかし狛枝はサンクタには珍しく、甘いものをあまり好まなかった。そもそも遠い昔に故郷を永久追放された身。名店の味など知るべくもない。
 日向はそんな狛枝からの視線を受け、俺に食べさせてくれないか、と横入りした。
「ラテラーノの名店の味は分からないけど、俺も甘いものには結構うるさいんだ。それなりの評価が出来ると思うぞ」
「おっと、そりゃ助かる。アンタ……は、」
 日向の方を向いた店主の笑みが、言葉の途中で不恰好に固まった。店主はすっと日向に顔を寄せると、声をうんと小さくして尋ねる。
「もしかしてアンタ、サルカズかい?」
「ああいや、キャプリニーだよ。ちょっと曲がってるだろ?」
 日向は頭を傾け、店主に自身の頭に生えた二本のツノを見せる。小さく、遠目から見ると真っ直ぐに見える黒いツノだが、よく見るとストローのような螺旋を描いていた。
「おお、そうかそうか悪かったな! ああいや、別に俺はサルカズならどうって訳じゃねえんだけどな。まさかあのサンクタとサルカズが一緒に歩いてるなんて、ってちょっとビックリしただけなんだ」
「はは、気にしないでくれ。良く言われる」
 日向が肩を竦めながら龍門幣を支払うと、気を悪くしたお詫びだと、ミルクジェラートの上にカラフルなジェラートを二段積み重ねて手渡された。一番上は狛枝のコートの色に良く似たグリーン。抹茶味かと期待したが、残念ながらピスタチオだった。
 それでも十分に美味い。正直な感想を店主に告げれば、気を良くした店主がもう一段追加してきた。日向は少しだけ、数時間後の胃腸の調子が不安になった。
「随分気前が良かったな」
「あれでどうやって生計立ててるんだろうね」
 ジェラート店を離れ、二人は海岸に向かって進んでいく。狛枝はいつの間にやらライムの浮いた炭酸入りコーヒーを手にしていた。それ美味いのか、と日向が怪訝な声で訊けば、無言でストローの先を差し出される。一口啜る。「どう?」隣からの揶揄を隠しきれない声に、日向は顰め面で返した。
 その時、前方から潮風が吹きぬけた。同時に狛枝の左手が素早く日向の腰に周り、軽く引き寄せる。
 日向は動揺した。確かに、二人はそういう行為をしてもおかしくない関係ではあるのだが。積極的な接触を好んでいるわけでもない狛枝が、屋外、それも人気の多い場所でこんな大胆な行為に走るとは夢にも思わなかった。
 もしかして、こいつもリゾートで浮かれているんだろうか。
 日向は頬が火照るのを感じながら狛枝に視線を送った。
 しかし、狛枝は日向の視線の色を悟ると、真顔で首を横に振る。だと言うのに頭は更に日向に近づいて、狛枝の匂いが強くなる。吐息が耳を擽って、日向は震える手がジェラートを崩さないよう意識を保つのに必死だった。
 狛枝が密やかに囁く。
「シャツの裾仕舞って。風が強い、見えちゃうよ」
「────うん? ……あ、」
 狛枝の言葉を数秒かけて咀嚼して。ようやく日向は一連の言動の意味に思い至る。
 狛枝の手は、風に捲れかけていた日向のシャツの裾を押さえつけながら、さりげなく腹部の黒色を手のひらの内に覆い隠していた。
 鉱石病の進行の証である、体表に現れる鉱石。一瞬で感染者だと判断できるそれが不特定多数に見られた場合の未来など分かりきっている。そのため狛枝は左腕にポツポツと浮き出ている石を、常に長袖のコートを着用することで隠している。対して日向は今のところ四肢には表出しておらず、腹部の大きな鉱石に留まっているため、普段はそこまで神経質にならず半袖のシャツを着用していても問題ないのだが。人気のある場所では、用心するに越したことは無かった。
 日向はもう一歩狛枝に身体を寄せると、暫くこうしててくれないか、と呟く。
「この先の海岸は、火山が近いこともあって人があまり近寄らないみたいだ」
 ついでに少しだけ砂浜で遊んでいこうぜ。日向の言葉に狛枝は眉を下げた。
……それまでずっとコレ?」
……それまで、ずっとコレ、だ」
 仕方ないね、狛枝は飄々と肩を竦めた。我慢してくれ、と日向もため息を吐く。一見大変様子に、周囲から黄色いざわめきを受けながら、二人は海岸に着くまでお互いの顔の赤みには気がつかないフリをしていた。
 
 
「あーあ、日向クンがあんな提案しなければ、今日は久々にベッドで眠れたのに」
 とうとう島に乗り上げ灯台にへばりつく恐魚の一匹に狙いを定めて、狛枝はアサルトライフル――自身の守護銃の引き鉄を引く。彼のアーツは弾丸となり、蛸のような形をした恐魚を壁から引き剥がした。上手く海に落ちてはくれたが、頭部を守る金色の殻は硬く、数分もしないうちに再び戻ってくるだろう。防波堤を越えようとする触手の数は見る間に増えている。その他にも四肢の生えた恐魚が、ワニのように生えた歯列を鳴らしながら侵攻してくる。狛枝は奥歯で舌打ちを噛み殺した。
 先ほどから日向が繰り返し灯台の光で救難信号を送っているが、果たしてイベリア正教会の救助が来る前に間に合うだろうか。
……お前だって止めなかっただろ」
 日向は、何の応答も示さないモニターに項垂れながら苦言を返す。その口調は随分としおらしい。恐魚に対して、日向は狛枝に守られるしか出来ることがないからだ。
 自身の武器を授けられるサンクタとは違い、日向に戦闘能力は無い。一応、手に木の枝のようなアーツユニットを構えてはいるが、彼にアーツの才能は皆無だった。そこら辺のコソ泥相手ならともかく、恐魚相手では話にならないだろう。
「まあね、あんな綺麗な海を見れる機会そうそう無いもん」
 波が酷くなっている。狛枝はスコープから目を離さず、二発、三発と敵を撃ち落とすが、ペースが間に合わなくなっているのは誰の目にも明らかだった。
 恐魚たちは廃墟に纏わりつく蔦のように静かに、確実に人間の領域 灯台を侵していく。いつか人類がコイツらに滅ぼされる日が来るとしたら、それは今のように静かな終わりなのだろう。
 追い討ちのように、防波堤を飛び越えた波が恐魚の援軍を連れてくる。その中に金色の鋭利な嘴が見えた時、狛枝はとうとう殺しきれなかった舌打ちを潮騒に投げ捨てた。
「*ジャバウォックスラング*! 困ったね、プレデターまで来ちゃった」
 深溟のプレデターは紺色の胴体をずるりと引き摺り、足元に溟痕を敷きながら孤島を闊歩する。それ自体が頭部を担う大きな嘴が、閉ざされた灯台内部への扉に振り下ろされる。 地面から伝わる振動に、二人の額に汗が滲んだ。
……応答信号は、まだ届いてないな……
 展望台内部のモニターを睨み、日向は力無く呟く。そもそも、この瞬間に応答が来たとして、救助船が到着するまでに持ち堪えられている自信はない。辿り着いた審問官がランタンで灯した先に居るのが人間ではなく、二匹の恐魚と化したものである未来の方が容易に想像できた。
「うーん……仕方ないか」
 狛枝は大きなため息を尽き――守護銃の構えを解いた。
 塔の外にまるっきり背を向けて、日向のいるモニタールームへのんびりと入ってきた狛枝に、日向は目を見開く。そこかしこから恐魚の蠢きが聞こえた。
「は? ちょっと待て、何考えてるんだ……?」
「よく考えてみてよ、ボクは戦闘のプロなんかじゃないんだ。このまま戦ってもジリ貧だよ」
「そ、れはそうかもしれないけどな、」
「それに、ボクには確信がある。恐魚の大群がここまで押し寄せてきたとして、ボクはここで死ねない。恐魚にもなれない。助けが来たって、残ってるのは恐魚になったキミを撃ち殺したボク一人だけだよ」
……
「だからね、日向クン」
 狛枝は再び守護銃を構え直す。
 その銃口の先に居るのは恐魚ではなく、鶸色の瞳を頼りなく揺らす日向だ。
「キミがキミであるうちに死んでもらおうと思って」
「──、」
 はく、日向の口が反論を紡ごうと開かれ、しかし放つべき言弾が見当たらず空気だけを吐き出す。
 ふざけるなと言いたくても、現に日向にこの状況を打破する方法など思いつかなかった。
 こんな、ところで。
 こんなあっさりと終わってしまうのか。
 日向は、つい半日前のシエスタでのことを思い出す。のんびりとした、楽しい出来事を最期の思い出に抱えて、他ならない狛枝の手で死ぬのなら、この大地では上々な死に方と言えるのかもしれない。狛枝の守護銃の腕前は知っている。暴発さえしなければ、きっと苦しまずに急所を撃ち抜いてくれるだろう。それにここは孤島の灯台。日向が死んで体内の鉱石が爆発しても、すでに感染者である狛枝にしか影響がない。死場所としても理想的な地だ。このまま恐魚に飲み込まれてしまうよりは、よっぽとマシな選択肢と言えた。
 ただ、ただ。
 狛枝に己を殺させる、それだけが日向の返事を詰まらせている。
 それでも、この状況に、感傷に浸れるほどの時間は無い。
 刻々と迫る二択の先が、どちらも『死』にしか繋がっていないのならば。
…………。」
 日向は、全ての抵抗を諦めて目を閉じた。
 瞼の奥の暗闇で、守護銃のセーフティが解除される音。
 狛枝の、優しくて、かなしい声がした。

「好きだよ、日向クン」
 
 狛枝は引鉄を引く──果たして、その銃口の先からは何も発射されなかった。
 狛枝は自らの銃を、それから目の前で起立したままの日向の姿を見て、唇の端から笑みを零した。
「ふふ……あはは! やっぱりボクはツイてるよ!」
 響き渡る笑い声の中、日向はゆっくりと閉ざされていた瞼を開ける。そこには、先ほどまでの動揺も悲しみも感情の一切もなく。ただ代わりに、一対の深紅の瞳があった。
「──ツマラナイ」
 その声は確かに日向の喉から出ていたが、日向とは似ても似つかない声をしていた。声質ではない。声の温度が。
 ガラリと纏う雰囲気を変えた男に、狛枝は少しの動揺を見せずに笑みを浮かべた。
「やあ、久しぶりだねカムクラクン。三年ぶりかな」
「こんなくだらないことで呼び出さないでください」
「呼び出したのはボクじゃなくて日向クンだよ」
「貴方は詐欺で有罪に問われるべきは尻尾である受け子だけで、彼らを扇動した主犯格は無罪だと主張するのですね」
「何の話? もしかしてシラクーザの法律の話かな。あんな形だけの裁判所に置いてあるだけの法に意味ってあるの?」
…………
 カムクラは狛枝の減らず口を無言で切り捨てて、右手に握りしめたままの杖に意識を向ける。杖の中央を親指で擦り、カムクラの口が何かを呟いた瞬間、それはたちまち、彼の半身ほどあるロッドに姿を変えた。
「今キミが唱えたのって古代サルカズ語?」
 カムクラは無言のまま、狛枝の肩を横に押して退かした。扉を開け、管制室の外に出ると、ちょうど見張り台に触手を掛けた一匹の恐魚にロッドの先端を向ける。
 次の瞬間、ロッドから放たれた赤黒い閃光が恐魚の鎧を打ち砕いた。カムクラは、野次馬のために管制室から顔を出した狛枝のコートを脇腹ごとわし掴み、同じ身長の身体をいとも簡単に小脇に抱える。
「おっと、まだ救助船は来てないけど?」
「要りません。三秒で口を閉じてください」
 狛枝は言われた通りに口を閉ざし、心の中でカウントをする。
 三。杖が、天頂に掲げられる。
 二。蒼穹に歪みのような赤色が、渦を描いてひとつのエネルギー集合体となっていく。
 一。古い呪文が灯台に響く──
「■■■■■■」
 瞬間、エネルギー集合体は爆音と共に破裂した。破片となった超密度のアーツの塊は、周辺の恐魚のすべてを突き刺し、飲み込み、灰に変えていく。と同時に、狛枝は己の身体から、一瞬だけ重力が無くなるのを感じた。
 カムクラが、灯台から飛び降りたのだ。
 直後襲いかかる重力に狛枝は堪えきれずに目を瞑る。それでも、ほんの瞬き位の時間だ。目を開けた狛枝は、己の目に映る光景に絶句した。
 ――
 先ほどまでいた塔が、みるみる内に遠ざかっていく。
 当然、追いかけてくる恐魚の姿は無い。
「このままシエスタの海岸まで走ります。それまで口を開かないように」
 そんなこと言われたって、狛枝にはもう、何も言えそうになかった。
 
 
「来てくれて助かったよ」
「次に同じ手段で僕を起こそうとしたら先ず貴方を殺します」
「それは、二度と同じ不運が起こらないことを祈るしかないね」
……
「そういえば気になってたんだけどさ、それ、どうやったの?」
 日向クンは自分のことすっかりキャプリニーって信じ込んでるし、キミがやったんでしょ。
 狛枝が、カムクラ――日向の天頂にある角を指差す。小さな角に造られた螺旋は、日向やシエスタの店主をキャプリニーだと信じさせるほどに精巧だったが、流石に生まれつきの質感までは変えられない。サルカズかキャプリニーの者がじっくりと見れば気づいてしまうだろう。カムクラはロッドを元の木の枝に戻し、スラックスのポケットにしまいながら答える。
「それくらい、リターニアコインに穴を開けるくらい容易ですよ」
 カムクラは、砂浜の濡れていない部分まで歩くと、仰向けに身体を横たえた。
「もう帰っちゃうの?」
 返事は小さなため息だった。しかし、数秒の沈黙のあとカムクラの口が開かれる。
「狛枝凪斗」
「うん?」
 伝えておいてください。
 カムクラはそう前置きして、マシンガンの如く『伝言』を連ねた。
「*ジャバウォックスラング*、*ラテラーノスラング*、*シラクーザの日常的な罵倒表現*、*カジミエーシュでトレンドのFワード*、*龍門の路地裏で頻出する脅迫*、*リターニアの優雅で機知に富んだ婉曲表現*、*ヴィクトリアの伝統的なご挨拶*――乳繰り合うのは結構ですが貴方達を石棺から出したことを無駄にしないでください、と」
「実はそれボクも知らないんだけど。何でボクら石棺に入れられてたわけ?」
……
「え、眠っちゃうの? 本当に教えてくれないの?」
……
……残念だなあ、折角会えたのに」
 狛枝は軽く肩を竦め、夕方に彩られ始めた海を眺める。やがて、カムクラが寝転がっていた隣からうん、と小さな呻き声がして、狛枝は頬を緩めた。
「おはよう、日向クン」
――――、」
「おーい、ねえ、聞こえる?」
――あれ、狛枝……? ここ、」
「うん。シエスタに戻ってきたよ」
「なん、……?」
「ボクが引鉄を引こうとしたら、すごい地震が来てさ。その衝撃でキミは気絶しちゃったんだけど、ボクたちは再び津波に流されて運良くシエスタに戻ってきたってわけ」
 地震のこと以外そこまで嘘は言っていないだろう。
 津波がキミの形をしていたことは、言わないでおくだけで。津波を呼ぼうとしたのが狛枝で、半分は演技であったことも、伏せておくだけで。
「はあ?」
 当然、不信感を露わにする日向だったが、長い嘆息のあと、両手の甲で額を抑えて、日向はポツリと零した。
……お前を、一人にしなくて済んだのか」
「あは、銃口を向けてきた相手にそんな心配を掛けられるなんて、キミってとっても優しいね」
 狛枝は鼻で笑った。それから未だ寝そべったままの日向の肩を軽く叩き起こす。
「ほら、いつまでもグズグズ泣いてないで、早くお腹閉まってよ。何のために海岸まで来たと思ってるの。ずっと戦ってたから腹ペコだよ。さっさとご飯済ませて、宿抑えて、久しぶりにふかふかのベッドで一緒に寝ようよ」
 狛枝の言い方がまるで幼児に聞こえて、日向はつい噴き出す。拍子に、詰まらせた鼻からズビ、と鼻水が鳴る。狛枝はまなじりを下げて、日向の手を握った。
……それに賛成だ」