しくるの納戸
2024-10-05 22:11:42
2220文字
Public 狛日
 

テセウスの残骸

狛日/希望編後、未来機関の裏で汚れ仕事をする77期生の狛日。糖分は控えめ。

「人を殺すってどんな感覚なの」
 狛枝は日向に問うた。並んで地面に座り込む二人の前には火にかけられた大きな鍋があり、そこから漂うカレーの香りが辺りの血腥さを覆っていた。
 日向は数刻の沈黙を繋いで答える。
「お前は知らなくていい」
……ふぅん」
 狛枝は自分から訊いておいて興味なさげに相槌を打った。
 彼らの奥歯が、同時に肉の塊を噛み締めた。
 
 
 
 その残党のアジトは意外なほどあっさりと見つかった。
 近頃、独自に開発した違法薬物で勢力を強めていたグループだ。彼らの情報が(本物の)十神クン経由でボクらに流れてきた時、西園寺さんは「当然のようにこき使われるなんて最悪! ゲロブタの髪にうっかり触っちゃった時より最悪!」と嫌悪感を露わにして小泉さんに嗜められていたけれど、ボクの感想は全くの逆だった。流石は『元・超高校級の御曹司』、素晴らしい采配だ、と。だって今や未来機関の苗木クンたちは世界の希望の象徴だ。そんな彼らに、たとえ価値の無い残党相手だとしても手を汚させるワケにはいかない。
 汚いことは汚い奴に任せるのが一番なんだから。
 そんなこんなでボクと日向クンは見つけ出したアジトに乗り込み、証拠品を回収がてら残党たちを制圧していく。まあ実際にやってるのは九分九厘日向クンなんだけど。
 一応ボクも仕事をしようか。ボクは壁に背を預けたまま、腰のホルスターからリボルバーを抜いた。ボクの影があまりに薄いせいか、もしくはアジトの中央で大立ち回りする日向クンを相手取るのに必死なせいか、誰もボクに目を留めないのを良いことに、ボクはのんびり弾倉の中身をチェックして、ハンマーを起こす。トリガーに指を掛けたまま腕を伸ばし、目についた一人に銃口を向ける。本当はちゃんと重心に目線を沿わせるべきなんだろうけど、狙いをしっかり定めなくともどうせ当たることはわかりきっていた。相手はボクに狙われていることに気づいてもいない。同情しちゃうよ、何の希望も持ち得ない凡人として半生を浪費した挙句絶望の残党なんかになっちゃって、最期も日向クンじゃないボクなんかの手で死ぬんだ。
 トリガーに力を籠めるときは、流石にボクも暴発しないよう集中する。
 だから、どこからか石が飛んで来たことに反応が遅れた。
 石は一寸の狂いもなくにリボルバーをボクの手から弾き飛ばす。石と拳銃が、血と絶望を塗りたくった窓にぶち当たり、轟音とともにガラス片を撒き散らす。ボクが狙おうとしていた相手は、銃弾で頭を破裂される代わりにガラス片に首を掻かれて息絶えた。
…………
 この場合、あの学級裁判ならどちらが殺したことになるんだろうか。
 ガラス片を首に突き刺したのはボクの幸運か、それとも。
 ボクは変わらぬ喧騒を保つアジトの中央を見遣る。数秒のうちに動く者が少し減った人混みの中、台風の目は残党たちを薙ぎ倒しながら、凪いだ目でボクを、ボクを見ていた。
 駄目だ、狛枝。視線が訴えてくる。
 ボクは唇の動きだけで呟く。
 ──キミって変だよ。
 
「お前は知らなくていい」
 
 予想通りのツマラナイ返事に、ボクはふうんと形だけの相槌をとる。
 ここからみんなの待つ船には半日ほど掛かる。今日はここで夜を明かして、朝日が昇る頃に帰路へ向かう予定だった。隅っこに屍を積んだ部屋で食べてもカレーは美味しい。
 そうだ、リボルバーを持って帰るのを忘れないようにしないと。食べ終わったら落ちた場所を探そう――考えを浮かばせた瞬間、鍋の向こうから鋭い視線が飛んでくる。
「置いていけ」
「こんな所に? 誰が通りかかるかも分からないよ。キミは残党達に武器を与えたいのかな」
「使えないように壊しておく」
「勿体無いことするよね……
「お前が撃つことになるよりマシだろ」
 想像以上に深刻なトーンで返されて、ボクは一瞬言葉に詰まった。
 遅れて呆れが込み上げる。
「あのさぁ、日向クン。キミはどうもボクを清廉無垢の処女にしておきたいみたいだけど「何を言ってるんだお前」話の腰を折らないでよ。そんな本気で当惑した顔もしないで。言葉選びを間違えた自覚はあるんだ。うん、処女非処女の話を持ち出すならキミの方を喩えた方が適切なんだろうけど、っいて! ちょっと叩かないでよ今のキミに脳天打たれたらそれだけで死んじゃうよ。はあ……キミは、どうしてもボクに「殺し」をして欲しくないみたいだけどね。確かにボクは自分で他の人に刃物を突き刺したことも、銃で撃ち殺したことも無い。でもそれだけさ。ボクの才能がどれだけの人を巻き込んだと思う?」
「お前の言うとおりだよ。お前は誰かに直接凶器を向けたことはない。お前の周りはその『幸運』に巻き込まれたんであって、お前が殺したわけじゃない」
……やっぱりキミって変だよ」
 ボクは声に出して呟く。
 それじゃあキミも、誰一人殺していない筈じゃないか。
 日向クンに才能は無く、この中毒になりそうなほど美味しいカレーを作ったのもこの建物にかつてあったボク達以外の全ての呼吸を止めたのも彼に埋め込まれたカムクライズルの才能なのだから。
 それでも、今ボクに注がれている色違いの視線は、どちらもキミの眼球だった。
「日向クン、セックスしようか」
「嫌だよこんな所で。汚いだろ」
「あっはは、今さらかぁ……うん、そうだね。それじゃあ明日は早く帰ろうか」