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めやぬら
2024-10-05 07:05:14
14976文字
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ニキおたおめ話
ニキおたおめ話。別名、デートプラン H to N。
眼鏡は趣味です。
ネーミングセンスがないので、タイトル思いついたらPixivの方にも投げますね。
そういえば、とカレンダーを見て思い出した。
今日は九月の最終週月曜。そして来週には、ニキの誕生日がある。
他のアイドルの例に漏れず、当日はパーティやイベントで引っ張りだこになるだろう主役。プレゼントやお祝いの言葉くらいは言えるけど、忙しいであろうことは流石に予想がつく。当人が朝からバタバタと走り回るのは自分だって経験した。目が回るくらい忙しいが、それ以上に嬉しい日。それがアイドルの誕生日というものだ。
ニキが沢山の人にお祝いされるのは喜ばしいことだが、少しだけ憂う気持ちもあって、軽くため息をついた。
一彩とニキは付き合っている。だというのに、一彩は未だプレゼントの見当もつけられていない。
何も一彩だって、ただ手をこまねいていたわけではない。だが、それとなくニキに欲しいものを聞いても特に無いと言われ、兄に聞いても知らない、食い物でもやりゃいいと言われただけ。恋人になってから迎える初めての誕生日、いつもみたいに食べ物をあげても喜んでくれるだろうけど、それだと一彩自身が物足りない。ニキはよく色々な料理を食べ歩いている。そして自分でも様々な料理を作って食べている。そんな舌が肥えた人に一彩が美味しいと感じるものをあげても、あんまり嬉しいとは思わないんじゃないか?だったら物か、と思っても、食べ物以外を欲しがっているニキなんて見たことがなくて、余計何をあげればいいか分からない。
ぐるぐるとどつぼにハマったのが八月の終わり頃。もしかしたら何か思いつくかもしれないから一旦この話題は置いておこうとして、すっかり忘れていた。
「はぁ
……
」
「どしたの〜?さっきからため息ついちゃってさ」
二回目のため息をついた時、ひなたが声を掛けてくれた。さっきまで下のキッチンに飲み物を取りに行っていたらしく、いくつかペットボトルを抱えている。
「ごめんね、うるさかった?」
「ううん、そんなことないけど。あっ、何か飲む?なんでもいいよ」
「ありがとう、えっと
……
じゃあこれ貰うね」
お茶を引き抜くと、ひなたはどーいたしまして〜なんて軽快に言って冷蔵庫に飲み物をしまっていく。
「なんか悩みごと?」
リンゴジュースだけ手に持って戻ってきたひなたは、部屋のソファに座り、パキッと蓋を回した。話を聞いてくれそうな様子に、どうせなら相談に乗ってもらおうと一彩は切り出す。
「悩みというほどでは無いんだけど
……
来週椎名さんの誕生日だよね」
「そうだね」
「実はまだプレゼントを用意してなくて」
「そうなの?それなら今週末ぐらいしか買いに行く時間取れないか。何にするの?」
「それが、まだ決めてないんだ」
「えーっ!ってまあ、なんとなく分かってたけどね」
大仰に驚いた後にイタズラっぽく舌を出して笑うひなたに、一彩も軽くうなずく。深刻な話ではないから、これくらい適当に聞いてくれるのが一番助かる。
「何をあげたら喜んでくれるかとか考えていたら、分からなくなってしまって」
「あー、あるある!安牌だけど面白みのない物になっちゃったりするもんね、プレゼントって」
「うむ
……
なにか食べ物、と思っても、美味しい物は椎名さんの方が知ってると思うからね。もちろん何かお菓子くらいは用意するけど、他に良い案はないだろうか」
「うーん
……
」
顎に手を当てて考える素振りをするが、口元はにやにやと笑いを隠しきれていない。ひなたはもうすでに答えを知っているのだ。
「実は悩める一彩くんにとっておきの案があるんだよね」
「それは?」
「それはねぇ
……
そこで聞いてる椎名先輩本人に聞いちゃうことだよ!ね、先輩」
「
……
そういう話って、普通本人いないとこでしません?」
ずっと部屋にいたニキ。一彩もそのことを分かっていて、見えすいたひなたの茶番に乗ることにしたのだ。ベッドでごろごろお菓子をつまみながらスマホを見ていたニキが、途中から聞き耳を立てていたことにも気付いていた。よっ、と起き上がってプレッツェルのスティックをサクサク食べるニキは、一本ずつ二人に分けて、話を続ける。
「前の質問って誕生日プレゼントのことだったんすね。特に無いなんて言っちゃってすみません」
「ううん、本当は椎名さんにも内緒で何か用意したかったんだけど
……
僕では全然思いつかなかったよ」
「ねぇ、本当に欲しい物ないんですか?食べ物でも、あれが欲しいって言ってくれたら一彩くんも用意しやすいかもですよ」
「んー、ていっても、ほんとに無いんすよねぇ〜。狙ってるお菓子とか新メニューは僕の誕生日にはまだ発売されてないし
……
食べ物以外とかだと
……
パッと思いつかないすね、気持ちだけで十分嬉しいっす」
「謙虚だなぁ
……
」
「食べ物ならいくらでも欲しいっす!お菓子くれるならそれで十分っすよ〜!」
「強欲だなぁ〜」
「もちろん、それは考えているけど
……
」
ニキの食欲以外の欲が薄いのは二人ももう知っている。だからこそ、ニキが無いというのなら本当に無いんだということも分かって、一彩は肩を落とし、ひなたはそんな一彩を慰めた。
「あっ!じゃあじゃあ!一彩くんにして欲しいこととかは?」
「んぃ?」
「なるほど!それは良い考えだ!椎名さん、僕にして欲しいこととか、やりたいことはない?」
「ええ?」
「僕にできることならなんでもするよ!」
任せて!と胸張る一彩と、その後ろで楽しそうにニヤつくひなた。ぱちぱち瞬きを繰り返して面食らうニキは、ひなたに遊ばれてることを自覚しながらも、やって欲しいことかぁ、と考えを巡らせた。
曲がりなりにも恋人という立場である以上、やりたいこともやってほしいこともいっぱいある。デートしたいなんて健全なことから言葉にするのは流石のニキでも恥ずかしいようなことまで本当にいっぱいあって、決めきれない上に言いづらい。
一彩はキラキラと目を輝かせ、前のめりに返事を今か今かと待っている。意気込んで答えを望む姿は素直で可愛らしい。頑張って色々考えてくれただけでも嬉しいのだけど、せっかくなんでもいいと言ってくれているのだから、なにかお願いしてみる良い機会かもしれない。思いついた中で一番当たり障りのないものを探し、口にした。
「うーん
……
じゃあ、どっか一日、いや半日でも良いんで、僕に付き合ってほしいっす」
「うむ、お安い御用だよ!どこか行きたいところがあるなら連れて行くし、知りたいことがあるなら調べるよ。何がしたいんだい?」
「実は、ここのかぼちゃのシフォンケーキ狙ってんすよ」
すい、と見せられたスマホの画面。ひなたと二人して寄ってみれば、セゾンアベニューにあるパティスリーの新作告知がでかでかと表示されていた。それはハロウィンの時期だからか、可愛らしいお化けの装飾がついたシンプルなシフォンケーキのイメージ画像。見るからに美味しそうなそれにひなたと一彩は感嘆の声を漏らす。
「ふむ、美味しそうだね」
「なるほど、これ十日に販売開始なんだ。だから誕生日にはまだなんですね」
「そうなんすよ!もーほんと楽しみにしてて!もし良かったら試食付き合ってくんないかなーって。ここ、おしゃれなお店で、お客さん女の人多いんすよ〜。いつもだったら全然気にせず入っちゃうんすけど、これ開始前からめっちゃ反響よくて〜。お客さん、殺到しそうなんすよね」
「
……
ふむ?」
ニキの言うことと、一彩と行きたいという繋がりがわからず、首を傾げる。同じく今ひとつわかっていないひなたが尋ねる。
「つまり?」
「予約取りたいけど一人席だとすぐ予約埋まるんで、二人以上で行きたいんす!」
お願いっ!と手を合わせられるが、これはニキの誕生日の話だ。こちらから無理言ってる手前、断るなんて選択肢は一彩の頭に無い。納得して大きく頷き、合掌する手をぎゅっと握った。
「お安い御用だよ!予約も、任せてくれたら僕が取るから、行きたい日を教えてほしい!」
「やったー!ひなたくんもどうすか?」
「え?うーん、行きたいのは山々なんですけど、三人の予定が合う時があるかって話なんですよね〜。俺たちハロウィンにライブあって、バタバタしてると思うんで
……
二人で行ってきてよ」
「じゃあ予定合わせましょうか。ちょっと確認してくるっす」
三人で行けないのは残念だけど、それはまた今度行けば良い。ライブがあるのは事実だが、なんとなくひなたに気を使われた気がする。アルバイトのシフトをメモした紙を眺めるニキの隙を盗んでちら、とひなたを見れば、良い仕事したでしょ?とばかりにウインクをパチンと返された。
「
……
ひなたくんには、なにかお土産買って帰ってくるよ」
「え〜そんな気使わなくて良いのに〜!でもありがと!」
にぱっと後腐れなく笑う友人には、返しきれない恩ができた。目的のカフェにテイクアウトメニューはあるかと確認していると、ひなたが一彩の肩を叩く。そして耳を貸すようにとジェスチャーをしたので大人しく顔を寄せる。
「デート、楽しんでね」
「っえ?!」
「んぃ、どしたんすか?」
「ううん、なにも。ね?」
イタズラが成功したときのように楽しそうに笑いかけられて、しまったと思うも既に遅く。一彩は曖昧に取り繕って頷いたが、内心とんでもないことに気づかされてしまって動揺していた。
二人きり。誕生日。出かける。
「この日なんすけど、ここなら弟さんも僕も一日なんも無いので、この日にしましょ」
しかも一日空いてる。
「
……
うむ、了解した!」
これは、デートというものになるのでは。
変に空いた間を訝しむのはニキだけで、ひなたは一彩の様子を見て、また優しそうにニヤニヤ笑っていた。
---
秋めく風が吹いて、中庭の草花を揺らす。日向ではまだ少し汗ばむくらいだが、上着を着ていないと少し涼しすぎる。青く晴れて良い天気なことに、柄にもなくスキップでもしてしまいそうだ。
待ち合わせは寮の門の前、時間までは後数分。待ち合わせ場所の柱の影に、一人立っている人の姿が見えた。遠くてあまりよく見えないが、背丈とカバンには見覚えがある。きっとあれは一彩だ。
「おとーとさーん!」
「あっ!」
遠くから呼びかけると、気づいた一彩がぶんぶん腕を振った。嬉しそうにたたっと駆け寄ってくるのが可愛い。こちらも気持ち早足で向かう。
「椎名さん!まだ早いよ?」
「予約の時間遅れたらイヤだし
……
今日ずっと楽しみにしてたんす!だからちょっと早く行こうと思って」
二人で出かけるのは初めてでは無いが、待ち侘びていたのは事実。今日は一日一彩といられるのだ。そのために、絶対にこの日はバイト入れないで下さいと店長と同僚にそれとなくアピールしたくらい。その甲斐あって、無事オフを確保できたわけである。
「弟さんこそ早かったんすね」
「僕も楽しみだったからね。それに今日の主役は椎名さんだ。遅れるなんて言語同断!デートだしね!」
「えっ?!デート?!」
「だよね?僕もひなたくんに教えてもらって気付いたんだけど
……
ちゃんと色々考えてきたよ!エスコートは任せてほしい!」
とん、と自身の胸を叩いて、誇らしげに笑った。
服は頑張ったけど他は藍良が貸してくれたんだ、と言う一彩は伊達眼鏡をかけていた。世話焼きの彼の友人のことだ、変装の意味もあるのかもしれないが、純粋に雰囲気がガラッと変わり、ガラス越しの上目づかいに少しどきっとしてしまう。スクエアのフレームに合わせたのか、普段の私服とは違う少しシックな装い。スタイルが良く何着ても似合うのは燐音もだが、一彩はなんというか、普段自分の見目の良さなど頓着していないあっさりした服を着ているから、こういう格好をされると容姿の淡麗さに気付かされる。
これもエスコート、というか、デートだと意識して来てくれたから?一彩にデートという自覚があったのには驚いたが、柔らかく恥ずかしがって照れる姿が可愛く、こちらも妙に意識してしまう。
「あ、僕なにも気にせず来ちゃったんすけど
……
」
ニキは、いつもよりかはちょっと良いものを選んだがそれでもいつもの域を出ないカジュアルな服装だ。一彩もそこまで洒脱とは言えないが、その隣を歩くには今のニキの格好だと少しやぼったい気がする。
「構わないよ、エスコートと言ったけど、そこまで気張った予定はないから。椎名さんはなにも気負わず、楽しんでほしいな」
それじゃあまずはカフェに行こう、と言ってさらりとニキの手を取り歩き始める。わざわざお洒落したとはにかんでいた一彩の姿と、普通にかっこいい彼氏としての姿に差がありすぎて、悶えれば良いのかときめけば良いのか分からなくなってくる。あ、う、とか言うニキを連れて、お日柄もいい秋の初め、一彩リードのデートは始まった。
--
小洒落たカフェは予想通りほとんどの客席が女性客で埋まっていた。たまに男性はいるが、それもおそらく恋人同士で来たのだろう片割れで、向かいに座る綺麗な人と控えめに言葉を交わし合い、穏やかな時間を過ごしている。
通りに面してして日当たりが良い店内、白と優しい木目で統一されたインテリアが目に優しい。シンプルながら小物やカトラリーの細工にまで店のコンセプトを落とし込んだカフェで、雰囲気のみならずスイーツの味もしっかり美味しいここは、かなり評判がいい。カフェパティシエがこだわり抜いたケーキや洋菓子は、雑誌に取り上げられるほどだ。元々人気の店なのだが、秋限定のスイーツが販売前からSNSで話題だったせいで、お客さんが殺到してなかなか来るのは難しいと思っていたのだが。
「僕が言い出したことですけど、よく予約取れたっすね〜」
「二人席だと空きがあったんだ。予約開始と同時に張っててよかったよ」
「そんなことしてたんすか?!」
「よく分からないけど、僕たちはいつでも行けるわけじゃないからね。絶対逃したくないって藍良に相談したら、教えてくれたんだ」
「な、なにを
……
」
「チケット争奪戦に勝つ極意?かな」
「はは
……
」
チケットではないけども役に立ったと思う、と誇らしげに言う一彩が屈託なく笑う。教えを乞うたら藍良は目の色を変えて、開始と同時にサーバーに接続、あとは気合いと祈りだと言ったそうな。その様子は普段とは違ってなにやら鬼気迫っていたらしい。可愛らしいエピソードというよりも、いつもライブチケットの当落発表後にファンの間で繰り広げられる阿鼻叫喚を生き抜いてきた戦士の覚悟が垣間見える話だが、一彩はあくまで普通の友達の話として話すので、まあ良いかと苦笑いした。
お冷と共に運ばれてきたメニュー表を開き、美味しそうな写真と文字列に向き合う。期間限定のは別でラミネートされたリーフレットが挟まっている。見比べてみるが、どちらを頼んでも後悔はしなさそうだ。
「なに食べます?僕はかぼちゃのやつと〜、このチョコレートのタルトっすかね」
「僕は
……
せっかくだし、こっちの季節のスイーツセットというものにしてみようかな。スイートポテトが気になる」
「あーそれ、僕も迷いました」
「ふふ、美味しそうだよね。飲み物もたくさんあるみたいだ」
「ほんとだ
……
紅茶とかにしてみようかなぁ今日は」
「ふむ、決まったなら店員さんを呼ぼうか」
ベルを鳴らしてしばらくしてから来た店員に、一彩がニキの分も頼む。最後に二人分の紅茶も付け加えられた注文を、素早く慣れた様子で復唱確認してメニューを下げる店員。彼女はキッチンまで戻る前にまたどこかのテーブルに捕まり、すぐにオーダーを回した。やっぱりかなり混んでいる。予約して入店している二人は悠々とできるから他人事だが。
「紅茶頼むの、なんか意外っす」
「そうかな
……
椎名さんと同じものが飲みたくなって」
「へ」
「
……
って言ったら、人の真似して小さな子供みたいだと思われてしまう?」
いたずらっぽく微笑み、一彩は水のグラスに口をつける。答えを待つ表情は猫のようで、少しからかうように眇められた目にドキリとしてしまう。言ってることは可愛らしいのに、弄ぶような顔が、なんかちょっとあの、どう答えたら良いのかわからない。
「お、思わないっすよ!」
やばい、声裏返った。そんなニキの反応を見て、楽しそうにくすくす笑う一彩。遊ばれてる、けど悪い気はしない。
「えっと、次はどこいくんすか?」
「ふふ、もう次の話?そうだね、一応考えているのは二つあって」
仕方ないなぁと呆れたように優しく言って、スマホを取り出した。かなり慣れたものの未だに少し覚束ない操作で画面を見せられたカメラロール。これはスクリーンショットだ。どこかの公園の花畑が写っている。見事なものだが、一体これがなんだと言うのか。
「へ〜、きれーっすね」
「今がちょうど見頃なんだって。このカフェから少し歩くけど、中に屋台やスタンドもあって、食べ歩きながら景色を楽しめる
……
らしい」
画面をスワイプしながら、サイトのスクショが繰られるのを眺める。確かに場所まではちょっと歩くようだが、これくらいはなんてことない。食べ歩きもできて、景色も良い。ニキも自身のスマホで調べてみるが概ね評判は上々で、特に反対する理由もなかった。
「良いんじゃないすか?で、もう一つは?」
「寮に帰る」
「えっ、終わり?!」
それは流石に帰るの早すぎやしないか。驚くニキに、一彩は落ち着いて説明を付け足す。
「色々と考えてはみたけど、椎名さんは誕生日イベントもあったし、貴重な休みの日を全部外出で使うのは疲れるんじゃと思ってね。目的はこのカフェだったから、あとは部屋でゆっくりするのも良いかなって。もちろん、部屋でも今日一日は椎名さんの希望を叶えられるよう努力するよ!」
なるほど、帰るという選択肢は、僕を思い遣ってのことだったらしい。確かに誕生日のイベントに始まり、秋のキャンペーンが始まった社員食堂や秋の新メニューが好評のシナモンでのバイトも忙しくなっていて、加えて何故かCrazy:Bの仕事も増えてきたので、丸一日休みの日というのは久々な気もする。
だけどそれはそれとして、ニキは今日のお出かけを楽しみにしていたし、実は明日も午前中は何も予定がないので今日は遊び倒しても構わない。というか、一彩と出かけられる時点でもう疲労は飛んでる。半日の休みとかはそれなりにあったし、疲れた!休みたい!と思うほどでもない。
だからその辺りは全然問題じゃない。問題は、提示された選択肢がどちらも魅力的なことだ。
正直どちらも選びたい。
わざわざ自分のためにお洒落してきて、デートプランまで考えてきた恋人と一緒に、ド定番みたいなデートスポットで過ごすのにはちょっと憧れある。少しだけ背伸びした格好と普段見られない眼鏡姿をもっと見たいとか、なんだかいつもと違う小悪魔な一彩に振り回されてみたいとか、ニキの反応を見て楽しそうなのが可愛いとか。なんか脱線してきてるけどとにかく、このまま外でデートするのもニキとしては大アリだ。
だけど、部屋でごろごろいちゃいちゃできるのも捨てがたい。ひなたは今日一日、やっぱりというかレッスンと仕事が入ってしまって留守だ。この隙に、とも思わないではないし、休みを堪能するというのなら、お部屋でデート、なんて浮かれ切った付き合いたてのカップルしかしないような甘い表題がつきそうなプランに切り替えても良い。
貴重な休みの一日なのは一彩にとっても同じだ。Crazy:Bと違って仕事の多いALKALOIDのリーダーで、ニキと違って学校にも通ってる。日中二人きりで過ごせる機会なんて、滅多と無い。
うんうん唸って考える。穏やかな店内BGMも耳に入らない様子の恋人を、一彩はにこにこしながら待つ。数回目の『いや、でも
……
』という呟きが聞こえたあたりで、ニキの腹の虫が盛大に鳴いた。
「うー、考えてたらお腹空いたっす
……
」
「あはは!じゃあ、食べてから考えよう」
一彩はニキの格好つかない様子を見ても朗らかに笑うだけで、呆れた顔ひとつしない。
ちょうどもうすぐ来るみたいだよ、とキッチンカウンターに置かれた皿を指差した。確かにあれはニキたちの注文だ。ケーキの最後の飾り付けをして、オーダー票と見比べた店員が器用に持ってくる。それぞれの目の前に置かれた後、すぐに紅茶もそろった。一彩の方には輪切りのレモンも付いている。
美味しそうなものを目の前にして、写真を撮るという段階は二人の間にない。自然とフォークを取って、ほとんど同時に一口目を頬張る。
「んんっ!新作、めっちゃ美味しいっす!」
かぼちゃのシフォンケーキなんて重くなってしまうのではと思っていたが、シフォンの軽さはそのままに、素朴な甘さのかぼちゃがちゃんと居て驚いた。キラキラ目を輝かせるニキを見て一彩もつられて笑う。
「うむ、こっちのも美味しいよ。これはいつも置いているメニューなのかな、栗のケーキだ」
「それは普通のモンブランっすね」
「椎名さんも一口どうぞ」
「えーっ!いいんすか!じゃあ遠慮なく!」
スッと差し出された一彩の皿には、モンブランとスイートポテト、ブドウのゼリー。それぞれ単品よりも一回り小さめだが、ワンプレートにすると満足度が高い一皿に見える。綺麗に並べられた秋の味覚。ニキのフォークがモンブランの山を一口大掬い取り、ぱくりと食べる。
「ん〜!ちょっと甘さ控えめで美味しい!この風味は洋酒すかねぇ」
「あぁ、少し変わった味がするのはお酒なんだ」
「多分そうだと思うっす。クリームも滑らかで口当たりも良いですし
……
文句無しっすね〜!」
「他のも食べて良いよ、気になってるんでしょ?」
じっと観察しているのがバレていたみたいだ。盛り付けとか中に何があるのかとかを見るためだったのだが、食べたがっていると思ったらしい。まあ間違ってはいないんだけど。
「それは申し訳ないっすよ〜」
「僕は気にしないよ。椎名さんの感想も聞きたいな」
そう言ってスイートポテトを切り分け、ニキが取りやすいよう皿の端に寄せた。
「本当はあーんって食べさせても良いんだけど」
「それは恥ずかしいからやめてほしいっす」
「でしょ?だからはい、取って」
「う
……
じゃ、いただきます
……
」
「どう?」
「美味しい
……
」
手慣れたような一彩の様子に味わうような余裕なんてなく、バターとさつまいもの表面的な味しかしなかった。美味しいものを食べているはずなのに、絶妙に渋い顔をするニキを、一彩は満足気に眺める。その愛おし気に甘く細められる眦がとんでもなくて、ニキはぎゅっと目を瞑ってその眼差しから逃げ、一彩は屈託なく笑った。
その後も、一口ずつシェアしては感想を言って堪能する。話にも花が咲いて、体感では瞬く間に食べ終わってしまった。美味しいけど、お洒落なカフェでは一品の量は少ない。心は満足したが、お腹はそんなに膨れないのが普通だ。もちろん、ニキはそれを見越して、早めの昼ごはんを食べて来たから問題はない。
二人は綺麗になった皿を前に紅茶を飲み、人心地つく。談笑を続けて、残り一口分までカップの中身が減ったところで、一彩が切り出した。
「ひなたくんへのお土産はここで買うとして
……
この後どうする?」
目的は果たした。なので、後回しにしたものを決めなければならない。
「あ、全然考えてなかったっす
……
」
「僕はどちらでもいいよ?他に椎名さんがしたいことがあるならそれでもいいし」
「うーん、どっちも捨てがたいんすよね〜、正直。弟さんに決めてほしいんすけど」
「ふむ
……
それじゃあ、公園には行ってみて、時間が余ったら帰ってゆっくりしようか」
一彩が出した折衷案。無駄に体力を消費するかもしれないが、そうなったらそうなったで、まあどうにでもなるだろう。美味しいものを食べて、今のニキは元気だった。
「賛成!んじゃ、そろそろ出ましょ。他のお客さんも待ってることだし」
「そうだね!」
ぐっとティーカップを呷り、席を立つ。ニキはパッと伝票を取って、会計に向かった。
カフェについてはお金出させて欲しいと、来るまでの道中でニキが粘った。一彩からは当然自分が払うと断られたが、それをされると年上として立つ瀬が無いと食い下がれば渋々頷いてくれたのだ。そんなに歳は変わらないし二人とも働いているが、一方は学生、一方は社会人だ。どちらが、なんてのは決まりきっている。
二人分の会計を済ませ、ひなたへのお土産として小さい焼き菓子のアソートも買った。ドアベルを鳴らして店を出、先に出ていた一彩の元へと向かう。
「ん、お待たせしました!じゃあ行こっか」
「
……
やっぱり申し訳ないな」
「いいんすよ〜こんくらい。普段年上らしくできないから、こんなときぐらいお兄さんぶらせてほしいっす」
「でも今日は椎名さんの誕生日祝いなのに」
「一緒に行きたいってお願いはちゃんと叶えてくれたし、予約とってくれたの弟さんですし、気にしなくていいの!それより、僕は公園の場所知らないんで、連れてってくれます?」
「う、うむ!任せて!」
話を無理やりずらす。スマホで地図を開く一彩があっちだと指し示す方へ、並んで歩き出した。
---
「は〜!回るの、結構面白かったっすね〜」
ぐっと伸びをしながらニキはベンチに座る。行き着いた公園で、件の花畑はちゃんと管理された敷地内で後悔されていた。入場料などもいらないということだったので、入り口付近にあったクレープを食べながら見て回ったのだ。秋桜に始まり名も知らない可愛らしい花が見事に咲いていて、まるで絨毯のようだった。食べ物が絡まない限り、ニキが自らこんなところに来ることはない。一彩が提案してくれなかったら、あの綺麗な花畑も知らないままだっただろう。
一彩は好奇心旺盛だ。見つけたことや知ったことを、ニキにも心底楽しそうに教えてくれるし、ニキが何かを教えてあげれば目を輝かせて聞いてくれる。
今日も、目にした綺麗な景色に心を奪われて、無邪気に笑って綺麗だねとニキに言ってきた。眼鏡越しでも半減しないやわらかさが愛しくって胸が締め付けられて、頷くことしかできなかった。あの一彩はかわいかった。もう本当、外じゃなけりゃ叫んでる。
「椎名さん、飲み物買ってきたよ」
一人で恋人への愛しさを噛み締めていたら、飲み物を買いに行っていた一彩が戻ってきた。手には湯気が立つテイクアウト用のカップ。
「ありがとっす!なんすかこれ」
「温かいはちみつレモンとカフェラテだよ。たくさん種類があったんだけど
……
どっちがいい?」
「んーと、じゃあカフェラテもらいます」
どうぞ、と差し出されるのを受け取る。自分も好きなものを買ってきたのは無意識なのかもしれないが、どっちにすると聞いてくれたのは、多分一彩なりにニキをもてなそうとしてくれているからだろう。頑張ろうとしてくれている気遣いを少し甘やかしてあげたくなって、レモンの方は一彩が飲みたいんだろうなと思って選んだコーヒーを一口飲んだ。割と甘い。
一彩もベンチに座りカップに口をつけて、ふぅと息をついた。
「結構広かったね、疲れていない?」
「僕は全然大丈夫っすよ。良い景色も見れたし、写真も撮れたし
……
楽しかったっす」
「そう、それなら良かった。僕も楽しかったよ」
落ち着いて答え、公園の景色に目を向けた。ここは人通りの多い順路からは少し死角になっていて、植え込みの隙間から先ほどまで巡っていた花園の出入り口が見える。まだ中には人がいて、日もまだ高い。申し訳程度に着けている腕時計で時刻を確認するが、今から寮に戻っても部屋で二人過ごす時間が取れるくらいだ。
さぁどうしようか、とニキが話を振ろうとした時だった。
「ニキさん」
一彩が、ニキの名前を呼んだ。
「はい
……
えっ?え、ん?な、なんすか?」
突然のことに流してしまいそうになったが、後から来た違和感と動揺で挙動不審になる。そんな様子を見て、一彩は面白そうに目を細めた。
「ふふ、そんなに驚かなくてもいいんじゃないかな、ニキさん?」
「だ、だって、名前で呼ぶから
……
」
「だめ?」
「いや、ダメじゃないですけど!なんでいきなり」
「
……
実はずっと考えてたんだ」
そう言う顔は少しだけ赤く見える。多分、いや確実にそうだ。耳もちょっと赤い気がする。
「これまで他意なく苗字で呼んでいたけど、名前で呼んでみたいなって」
「な
……
」
「兄さんやこはくさんが羨ましくなって
……
彼らが特別なのは理解しているけど
……
僕だって恋人のはずなのに」
「ひぇ
……
」
「
……
今日ぐらいは、今だけはいいかな?もちろん、僕らの関係はあまり公にしない方がいいのは分かってるから、
人気
ひとけ
が多くなれば呼び方は改めるよ」
一彩は風景に向けていた視線をニキへ移す。少し不安気に眉を下げる表情の中に溶かされた甘さと切なさ。なんの気なしに座面についていたニキの手に、恐る恐る触れられる。
「
……
許して、くれないだろうか」
意味を持って絡められる指。引かれたラインを越える不躾さに、恋の熱と誠実さでもって許しを乞われる。さっぱりと明るい一彩の一体どこに、この熱さは隠れていたのだろう。指先から伝播するようにニキの顔も火照ってくる。瞳で、指で、言葉で、致死量の渇望を全身で訴えかけられて、ニキは、
「どうしちゃったんすか今日?!僕を殺す気なんすか?!」
「いや、死なれては困るんだけど」
叫んだ。動揺して口走ったのは、正直も正直な気持ち。雰囲気もぶち壊しだ。だがそんなことはどうでもよくて、一彩の肩をがっと掴み、がくがく揺らした。
「ちょっ、椎名さんっ?!」
「さっきまで可愛かったじゃないすか!どこいったんすか、あの無邪気な顔はー!」
「いやあの、」
「いきなりそんななられても、ついていけないっす!本当に弟さん?なに?何が望みなんすか!誰?!」
「僕は僕だよ?!落ち着いて椎名さん!こぼれる、こぼれる!」
焦る一彩が止める。手に持ったままの飲み物がこぼれることにハッと我に返ったニキは騒ぐのをやめたが、うううと唸って顔を覆った。
「ごめん
……
取り乱したっす
……
」
「驚いたよ
……
」
「ほんとごめん
……
」
「
……
名前で呼ばれるのはそんなに不快だった?」
「そんなことない!それは嬉しいんすけど!そうじゃなくて!なんか今日、弟さんかっこいいし可愛いし」
なんかさっきえっちだったし。
「名前まで呼ばれたら、僕、心臓保たないっすよぉ
……
」
「え、えっと
……
ごめんね?」
「弟さんが謝ることじゃないっす
……
耐性ない僕が悪いんす
……
」
「名前呼びに?」
「君に!」
これまで、可愛いなぁ〜好きだなぁ〜くらいしか思ってなかったのに。もちろんかっこいいところも凄いところも知ってたけど、それはアイドルとしてというかそんな話だ。なんていうかこんな、彼氏としてのかっこよさみたいなのは知らなかった。これまで少しずつ過ごしてきた二人のほんのり色づいた時間は、全然恋人としてじゃなかったと思うくらいぐらい、今日一日の一彩からの恋人扱いはとんでもなかった。
一欠片もはっきりした形にされないのに、言葉の端々や向けられる表情から痛いくらい伝わってくる好意。恋愛ドラマ顔負けのセリフに、等身大より少しだけ背伸びする可愛らしさも兼ね備えていた。誘うような言葉でからかうのだって、そんなことを言ってもニキが一彩を嫌わないと自覚してくれているからで、そういう無条件な信頼感がニキの庇護欲を掻き立てた。
別に一彩の気持ちを疑っていたわけじゃないけど、直球どストレート勝負が基本の一彩から、こんな風に蜜に浸ったような態度だけで示してこられると、柔らかいクッションでぶん殴られたみたいな衝撃に襲われる。一彩から想われる充足感とかわいらしさとかっこよさのギャップに、感覚がバグってしまう。
「もうちょっと自分はかっこいいって自覚して!
……
手加減してほしいっす!」
「手加減?そんな必要があるかな」
「君が思ってるより、僕は君のことが好きなんすよ。一彩くん」
達成感というか勝った感を出して無邪気に問われるのに、仕返しと名前を呼び返した。フリーズする一彩と目を合わせる。ニキにだって負けん気くらいある。手をつなぐのは先にやられてしまったから、ニキは頭を撫でた。よく分からないけど、たまにファンサでやってという団扇を見るので、そういうのが流行りなのかもしれないと思って。だけど、よくRa*bitsのなずながするようなものではなく、横髪を梳くように指に絡めて頬を掠めながら手を引く。撫でるというより触ったという感じだが、一彩の意識を奪うのには十分だったようだ。一彩は離れていくニキの手を目で追った。
「あんまり、どきどきさせないで。これ以上されたら、僕の心臓割れちゃう。ね?」
間違っても周りに聞こえないよう、少しだけ声を低める。ちょっとキザっぽかったか?こんなん、言えと言われなければ恥ずかしすぎてシラフじゃ言えないが、もう今はシラフじゃないことにしておこう。頭おかしくなったことにしとこう。主に一彩のせいだ。こういうことはされる方も恥ずかしいんだぞと分かってもらわなければ。
半分本気、半分冗談めかして諭せば、途端にかあっと一彩の顔が赤くなった。首を傾げて返答を促すと、黙ってこくんと頷く。すっかり大人しくなった一彩の頭を今度は普通に優しく撫でる。ふわふわの髪はニキにされるがまま緩くかき混ぜられた。
「なはは〜、いい子っすね」
「
……
」
「あは、赤くなってかわい」
「し、心臓、割った方がいいかな?!」
「やめて?!」
どぎまぎしたのか拳を握って物騒なことを言い出した一彩。反応が良くて、ちょっとからかいすぎてしまう。もしかして、一彩もそんな気持ちでニキにあれこれ言っていたのかもしれない。
「僕の気持ち分かった?手加減してほしいでしょ?」
「うむ
……
といっても、僕がしたところでと思わないではないけど」
「まだそんなこと言う〜!部屋帰ったら覚えといてくださいよ」
すっかり忘れていたカフェラテを飲む。少し冷めてしまっていたが、結果的にバカップルさながらにいちゃつきあってしまった今の空気を覚ますには丁度いい。甘いのだけは、もう勘弁という感じだが。
「
……
もちろん部屋で二人の時は、名前で呼んでいいんすよね?」
「へ?」
「君から言い出したんすよ、名前がいいって。ねぇ一彩くん、いいんすよね」
「そ、あ、う、そうだね!」
「なはは、顔真っ赤!」
指摘するニキも自分が一彩と遜色ないくらきに顔が赤いことはわかっている。しばらく寮には帰れない。あからさまに何か進展ありましたよこいつら、みたいな顔で帰れば流石に気付かれるかもしれないし、燐音に知られたらニキに明日は無いだろう。
未だに関係性を明かしていない一彩の実兄は、弟のこととなるとそれはそれはめんどくさくなる。心配するかなみたいなことや皆で遊びに行った話はふぅんと言って聞くだけのときもある一方で、一緒にご飯食べに行ったみたいな話で半ギレしてくる。理不尽この上なく、何が地雷か分かったものではない。仲良くするのはいいが、一彩がニキだけと一緒にいるのはダメらしい。そのボーダーラインに照らせば、今日の出来事はアウトもアウト。バレたらニキの命は無いかもしれない。
閑話休題。
右手の腕時計を見る。公園についてから花園を見て回ったりしていたが、思っていたより時間は経っていない。楽しい時は一瞬だ。やりたいこともたくさんあるし、今からは部屋に帰ってもっとあれそれしたい。言葉を選ばないなら、いちゃいちゃしたい。
「落ち着いたら、帰りましょうね」
「うむ
……
」
「なにもごもごしてんすか、まだデート中っすよ!帰るまで、ていうか帰ってからもしっかりエスコートしてくださいね」
「
……
自信無くなってきた」
「なんでっすか〜、期待してますって」
「もう帰るだけで何も無いよ!」
わいきゃい言い合っていれば、いつもの穏やかな空気になる。恋人らしくベタベタ甘えあうのは、帰ってからのお楽しみにしよう。
冷めて甘みがぬかるむカフェラテを飲む。カップの底からあと三センチ。飲み切るまではあと何分だろう。ニキは、拗ねた顔ではちみつレモンを飲む恋人を微笑ましく眺めた。
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