kaede
2024-10-05 00:24:29
4623文字
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誕生日プレゼントを探しに一彩くんと出かけるニキのはなし

ニキひい

椎名ニキくんお誕生日おめでとうございます
一彩くんといつまでも幸せに過ごしてください

「僕が先導……ええと、こういう場合はリード、と言えばいいのかな? リードしなくてはいけなかったのに、椎名さんに任せっきりにしてしまって、自分が不甲斐ないよ」
 そう言って、弟さんが澄んだ空色の飴玉を包み隠してしまったので。
「まさか行く予定だったお店が二件とも臨時休業なんて、さすがに予想できませんし、気にしなくていいっすよ。それより、お口に合いましたかね」
 弟さんの手元に視線を落として、もう一度、彼の顔を見ると。
「ウム! 皮がもちもちしてて見た目もラブくて、とてもおいしいよ!」
 弟さんはあっという間に、ビロードみたいにふかふかのクレープ生地と雪みたいに真っ白なクリームに包まれて天使みたいに微笑む赤いいちごに負けないくらいに、かわいく笑った。というか圧勝だ。
 気落ちしている弟さんを何とかいつものぴかぴか笑顔にしてあげたくて、少しでも気がまぎれれば、くらいの気持ちで最近お気に入りのお店のクレープをごちそうしただけだったのに、思いがけずいいものを見られてラッキーだった。
……『ラブい』の使い方は、これで合ってるかな」 
「なはは、花丸っすよ」
「よかった!」
 うーん、ラブいっすね。弟さんが。
「弟さん。写真、撮っていいっすかね」
「ウム。もうだいぶ食べてしまったけど、料理の参考になるかな?」
「問題ないんで気にせず食べてていいっすよ」
 撮りたいのはクレープじゃなくて、おいしそうな君なんで。


 一週間ほど前の話だ。誕生日のプレゼントは何がいいか、と弟さんに尋ねられた。本当は僕には内緒でこっそり用意しようと思っていたらしいのだけど、何がいいのかと悩んでいるうちにもタイムリミットは迫っていて、このまま一人で悩んでいても埒が明かない、と思ったらしい。
 僕に直接訊く前に、周りの人間に相談する方法だってあったのに、そこをすっ飛ばしてしまうところが弟さんらしい。多分、驚かせたいあまりに不確かなものを贈るより、相手が本当に欲しいものを贈る方が正しい……僕が喜ぶ、と思ったんだろう。弟さんのそういう、不器用だけれど好意をまっすぐに伝えようとするところが、僕は好きだ。
 だから、こう答えた。

「じゃあ僕の誕生日、デートしませんか? その時に一緒にプレゼントを選びましょう」

 僕の提案に弟さんはアラザンみたいにキラキラ笑って快諾してくれて、そして今日。
 プレゼントを贈る側としてどこに行けばいいのかと、友達や知り合いに事前に相談してくれていたらしい弟さんは、張り切って僕をお店に連れて行ってくれたのだけれど。
 不運なことに臨時休業そして臨時休業だったわけだ。
 そして僕は、すっかりしょげてしまった弟さんに何とか笑顔になってほしくて、僕が知っているお店をいろいろ回ったわけなんだけども。

「ていうか僕の方こそ、自分の行きたいお店ばかり回っちゃって、つまらなかったっすよね」

 僕の行きつけなんて料理関係のお店ばかりで、この調味料はどういう時に使うんだとか、この材料はどこの国の料理に使うんだとか、この道具はどういう時にあると便利なのかとか。今日の目的も忘れて、きっと弟さんには一ミリも興味がないことばかり話していたことを今さらずっしり自覚して、僕の方こそ少し落ち込んでしまったら。

「ううん、スパイスのこととか世界の料理のこととか、僕の知らないことをたくさん教えてもらえて楽しいし、椎名さんが好きなものを知れるのは、とても嬉しいよ。本来僕の役目だったことを椎名さんにさせてしまった上にクレープまでご馳走になってしまって、申し訳ないとは思うんだけど……でも、楽しいのは本当だよ」
 君はそんなこと、気にしなくていいんすよ。
 だって、僕は。
……こんなこと言うと、君の気を悪くさせちゃうかもしれないんすけど」
 と言いながら、多分僕は心のどこかで、きっと彼は怒らない、と思っていた。
「今日、弟さんと一緒に出かけることにしてもらったのは、プレゼントがほしかったからじゃなくて、弟さん……一彩くんを独り占めしたかっただけだったんす」
 黙って僕を見つめる一彩くんの瞳の、琥珀糖みたいな輝きが、少しずつ、溶けていく。
「子供っぽいっすよね、こんなの」
「ううん、その、とても嬉しいよ」
 いつしか、ゼリーみたいに柔らかくなった瞳がふるふる震えて、僕の視界から消える。
 俯いていても、俯いているからなおさら、彼が恥じらっていることは、勘違いするまでもなかった。
 一彩くんはとても素直で、見ているこちらが心配になるほど無防備で、明け透けなほどに純粋な子だ。だから、感情を隠すことなく相手に伝えるし、相手から返されるどんな感情もまっすぐに、自分の感情というフィルターを通すことなく、そのまま受け止めることができる。
 でも、僕は知っている。
 きっと、僕しか知らない。
 一彩くんが、恥ずかしい、と感情を隠す相手が、少なくとも一人はいることを。
 自惚れていいなら、僕にしかしないことを。
 僕だから、してくれることを。
 恥ずかしいのは、自分が相手からどう思われるのか気になって、緊張したり不安になるからだ。
 それはつまり、僕は彼にとって、彼の感情に混ざり込むことのできる、溶け合うことを許されている、特別な存在。そういうことだ。
……とっくに独り占めしてたんすね、僕」
「え?」
「こっちの話っす」
 独り言みたいなものだったのでごまかしはしたけれど、一彩くんの反応を見る限り、多分、僕が何をどういう意味合いで言ったのかは、予想がついたらしい。食べ終わったクレープの包み紙を畳む仕草が、妙にぎこちなかった。

……ところで、プレゼントは決まったかな」
 思い出したように、一彩くんが言う。もしかしたら、話題を変えて気持ちを切り替えようとしたのかもしれない。
 だから。
「君を独り占めできた時間が充分プレゼントなんすけどね」
 なんて、思ったことを考えなしに言うべきではなかったのかもしれない。
 でも、本当のことですし。
 一彩くんは不意をつかれたからなのか、いよいよいちごみたいに顔を真っ赤にして、困ったように僕を見る。
「それは、その、とても嬉しいけど、僕は何もしてないことにならないかな」
「そんなことないと思いますけど……
 今この瞬間だって、僕にしか見せないかわいい顔を見られて幸せなのに。
 それこそ形に残したいくらいに……ああ、そうだ。
「それなら、一緒に写真を撮りましょう。プレゼントはそれにするっす」
 思いつきにしてはなかなか悪くない僕の提案に、一彩くんのまだうっすら熱っぽい顔が、小さく傾く。
「え? でも写真ならいつでも撮れるよ?」
「今日の写真は今日しか撮れないっすよ」
 一彩くんは僕の返答の正しさについて吟味しているような間を置いて、やがて合点がいったとでもいうように、ぱあっ、っと顔を輝かせた。
……ああ! さっき僕の写真を撮っていたのも、そういうことだったのかな? 食べ物を撮っていたのかと思っていたんだけど、今日しか撮れない僕を撮るために」
「いや、あれは一彩くんがかわいくて撮っただけっす」
「え?」
「あ」

 本当のこととはいえ。
 というか本当のことだからこそ、このタイミングで言うのはあまりよくなかった気もする。
 嘘は言ってないんですけどね。

……なはは〜、スマホの中の今日の君もプレゼントとしてもらってもいいっすかね」
 慌てて取り繕ったせいで、取ってつけたような言い回しになってしまったことを今さら悔やんでも後の祭りだけれど。
 それでもやっぱり本当のことだし嘘ではないので、他に言いようもない。
 一彩くんに何を言われても、僕にできる限りを尽くして誤解を解こう。
 内心そう意気込んでいたから、こんなふうに言われるのは、予想外だった。

……本物の僕は?」
「へ?」
「記録の僕もいいけど、できれば現実の僕も、もらってほしい」

 あー……
 できれば、とか控え目な言い回しなんてしないで、もっとゴリ押ししたっていいのに。
 ……いや、あの。うん。
 うう、そんなソーダみたいに清い目で僕の顔を見つめないでほしいっす。
「どうしたのかな。顔が赤いけど……疲れてしまったのかな」
「いや〜何て言いますか……
 きっと、というか九十九%無自覚なんでしょうけど。
 恋人の前でそういう言い方をするのは、つまり、その、そういうことじゃないすか。
 君にそんなつもりはない、ってのはわかってますけど。
 画像の自分にやきもちを焼いてるだけでも相当なのに。
「ちょっと処理能力の限界で熱が」
「えっ!? 大変だ! すぐ帰らなきゃ」
「いえ、あの、大丈夫なんで」
 僕の手を引く一彩くんの手ごと引き留めると、一彩くんが慌てて振り向いた。
「でも」
「君にそういうつもりはないのはわかってるんすけど、そういう言い方は誤解を生むこともあるんで……気をつけてくださいね」
「誤解?」
「だからその……
 なんにもわかってない無垢な顔もかわいいんですけどね。
 でも、これは今のうちに教えておいた方がいいんだろう。
 君の純真さとはまるで正反対なことだから、あまり大きな声では言えないけれど。
 ごにょごにょ、と一彩くんに耳打ちした途端、一彩くんが今日一番の真っ赤な顔をして、すがるように僕を見つめた。
「いや、そのっ、そういうつもりはなかったのだけど!」
 いやぁ……君の赤色にはまだ上があったんすね。
 それも写真に撮っていいすかね。
……でも」
 いつも大きな声ではっきり話す一彩くんが、珍しく、もごもご口ごもる。
 何すかね、と柔らかく促した僕に、彼は僕の服の袖を控えめに掴んで、甘くはにかんだ。
「そういう意味でも、構わないよ」

 君は、僕にろくなプレゼントをできていないことを気に病んでいたようだったけど。
 そういう、他の人には絶対にしない反応が、僕にとってはいつだって、プレゼントだ。

「あー……じゃあ、お言葉に甘えて、いただきます」
 こういうセリフを格好つけてスマートに言う技術はあいにく持ち合わせていないので、足りない分は一彩くんの手を握って補う。
 軽く手を引いて歩き出すと、一彩くんが軽く驚きの声を上げた。
「椎名さん、寮はそっちじゃないよ?」
「一彩くんを僕の実家にご招待するっす」
「え?」
「あ、両親は留守にしてるんで、気を遣わなくて大丈夫っすよ」
 小さく開いたままだった一彩くんの口から、ふふ、と、綿菓子みたいな声がこぼれる。
「どうしたんすか?」
「椎名さん……ニキさんの誕生日なのに、僕がプレゼントをもらってしまったみたいだ、と思って」
 僕に寄り添う一彩くんの熱が、いっそう甘く強くなる。

「ニキさんの大切な場所に僕が立ち入ることを許してくれて、ありがとう」

 あー……
 また、顔が熱くなってきた。

「どうかしたのかな」
「いやぁ、やっぱり僕にとって、君以上のプレゼントはないんだなって思って」

 考えなくても自然に出てくる言葉の滑らかな舌触りが、心地いい。
 一彩くんは少しはにかんで、それから、僕のお腹をあっという間にいっぱいにする笑顔をくれた。
 僕だけの、とびっきりのやつを。