koto
2840文字
Public れめしし😈🦁
 

〘R〙rescue:救助

10月27日一賭千金SP2024にて発行予定の新刊「カレイドスコープ」れめしし短編・掌編集より

メンタル落ちてる😈とイイ彼氏な🦁のれめしし話

 少しだけ弾む息を整えながら、獅子神は呼び鈴を押し込んだ。このフロア自体に辿り着ける人間は限られていて、本当は合鍵すらも持ってはいるが、それでも獅子神は家主に来訪を知らせる。ついさっき、ふと思いつきで叶の配信を目にしたときに感じた。これはマズい、と。別に見るからに不機嫌なわけでも、元気がないわけでも、暴言を吐いているわけでもない。淡々とゲームを進めている様子がそこには映っていた。具体的に、なにがどうとは言えないものの、それでも直感的に獅子神は事態の深刻さに気付いた。それからここまではあっという間で、あまり手の込んでない軽食を言い訳か免罪符のように持参してここまでやってきた。

「なに? 急に」

 玄関のドアを押し開けて姿を現した叶は、取り繕う素振りもなく訪れた獅子神を凄んで見せる。普通の人間であれば、たじろぎ尻尾を巻いて逃げ帰ってしまうかもしれない。ただ獅子神にそれは大して効果を発揮しなかった。別に攻撃的なのは構わない。少なくともそれを外に向けているうちはなんの問題もなかった。
 立ちふさがる叶を無視して、獅子神は問答無用で家の中へと入る。

「だから、なにって。入っていいとか言ってないけど」
「うるせぇ、黙ってろ」

 叶に負けじと獅子神も少しだけ声を荒げると一睨みする。どれだけ凄んだところで、体格的には勝っている獅子神がその気になれば、中に押し入ることは可能だ。人を殺められるか否かは腕力以外の部分が大きく関わるが、その他のことに関すれば、たいていは腕っぷしで解決できることが世の中には多い。実際に暴力を振るわずとも、それができるポテンシャルを持っていて相手がそれを認識してるということが重要だと考えている。

 獅子神には、叶になにがあったのか具体的なことまでは分からない。残念ながら叶の頭の中を覗いて察するなど、あと何年経てばできるのかは皆目見当もつかなかった。それでも、今、快か不快か、自覚の有無を問わず自分を必要としているかどうかくらいは、なんとなく分かるつもりでいる。それすらそう見せているだけかもしれない。そんなこともあるかもしれない。でも、それなら取り越し苦労だったなと安心すればいいだけの話だ。
 勝手に持ってきた軽食をテーブルの上に広げる。別にこれは食べても食べなくてもいい。どうするかは叶が選べばいい。手に取るかどうかは、必要かどうかは、全部好き勝手に思うがままに決めたらいい。大事なのは選ぶ余地があるってことなんじゃないかなと、根拠もなく獅子神は思う。

 押し入った来客の後を追ってきた叶は、ソファに座る獅子神とテーブルをムスッと睨んでいる。いつもはのらりくらりと余裕ぶって年上風を吹かせる男が、今はその片鱗も見られない。取り繕えなくなっているのなら重症だし、そんな気が起きないくらいに、ただただ機嫌が悪いのかもしれない。
 メシにするか、仮眠にするか、それともオレか。字面だけをなぞれば、そこらのカップルの戯れのように聞こえるが、手負いの猛獣を前にするとその意味合いも変わってくる。
 睨まれたままで獅子神はポンポンと隣の座面を叩く。こっちに来たらどうだ、と。今にも喉笛を噛みちぎりそうな顔の上で、その瞳が少しだけ揺らぐ。コンタクトのつけられていない目は瞳孔の動きがいつもより分かりやすい。

 食われそうだな、と思った。それでも叶の一部になるのなら、まあ、それも最悪の事態ではないのかもしれない。なんでか月のうさぎの話が獅子神の脳裏をよぎる。差し出すものが何もなくて、自ら火の中に身を投じたうさぎは幸せだったのか。結局、あの神様は焼けたうさぎを食べたのだろうか。ただ天に上げてやっただけなら、うさぎの思いは誰が昇華するんだろう。食べないという選択は、むしろ残酷な行為じゃないだろうか。さすがに自分の身に置き換えて、手放しでそれを望むほどイカれてはいないが。

「ほんとズルいよ、敬一君は」
「なにがだよ」
「最悪で全部ぐちゃぐちゃにしちゃいたいくらいの気分だったのに」

 叶の言う全部にはどこまでが含まれていたのだろう。

「おー、そうか。で? しねーのか? ぐちゃぐちゃに。ちょうどいいサンドバッグも来ただろ」
「もう、ほんとさ……呼んでないんだよ」
「そりゃ悪かったな」

 叶は恨めし気に獅子神を睨みつけて、そうして深々と溜息を吐き出した。テーブルの上を一瞥すると用意されていたホットドッグを一つ掴んで、獅子神の横にどさりと腰を下ろす。

「あ、するか?」

 さっきのぐちゃぐちゃにしたい、という発言が別の意味にも取れることに気付き確認する。

……やんない」

 かぶりつこうとしたタイミングで確認された内容に叶は憮然とする。

「そんな慈愛みたいな表情向けられて、どう勃たせろっていうのさ」

 ほんとやってられない、とでも言いたげに、叶は呻きながらソファに背を預けると天井を仰いだ。さっきまで纏っていた空気が少しだけ軽くなった。叶の中で決壊しそうになっていたなにかが消え失せたのか、それとも収まっただけなのかまでは分からないものの、少しマシになったように感じる。
 叶は長い足をソファのアームから外側へと投げ出し、獅子神の腿に頭を乗せる。そのまま何食わぬ顔で手に取ったホットドッグにかぶりつき始めた。パリッとやたらと良い音を上げたウィンナーが場の空気を台無しにして、叶はなんだか馬鹿らしくなってきたみたいだった。

 太腿の上で食事中の様子を眺めながら、獅子神は手持ち無沙汰でつい目の前の頭を撫でてしまう。頭部への不意の感触に叶が見上げてきて目が合った。

「なんで来たの?」

 これはどうして異変に気付いたのかという意味か、それとも放っておけばいいのにどうして首を突っ込んだのかという意味なのか。獅子神は図りかねたものの、どちらにせよ答えは同じことに気付く。

「好きだからじゃねぇの? オマエのこと」

 咀嚼が不十分なまま飲み込んでしまったのか、叶の喉の奥からングッという声ともつかない音が聞こえる。そのまま器官にでも入りそうになったのか、慌てて体を起こすと置いてあった水を飲んでいる。人心地ついたのか呼吸が落ち着き、そうして叶は恨みがましく獅子神を睨む。

「オレが手放せなくなって困るのは敬一君なんだからな。自業自得だぞ」

 とんでもない脅迫だなと思う。それでも。

「オマエが離さずちゃんと繋いどいてくれりゃ、いくらでも引き上げてやるよ」

 まあ、ムリなら一緒に溺れるだけだ。獅子神の思考を正しく全て読み取ったのか、叶は少しだけ目を見開くとすぐに細める。

「敬一君が力及ばずの時は心中だな」
「それは避けてぇな」

 避けたい、が、その時はその時だなとも思う。それもやっぱり叶には伝わったらしい。叶が珍しく困ったような表情をするものだから、獅子神の口元にはつい笑みが浮かんでしまった。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
マシュマロ
読後の一言などいただけたら大喜びです

投稿一覧はこちら
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈