るいざき
2024-10-04 18:30:15
3853文字
Public AC6_ラス6_銀環
 

銀環2 プロローグ 解√ラスティ+621♀ 🐺🐥

銀環エピローグから補完
またちまちま書いていきます よろしくお願いします
前話:銀環→ https://privatter.me/page/66d9f6eb38a38

 ルビコン要衝地点の奪還以降、アーキバスの動向は鳴りを潜め。薬害患者たちの殆どがエアの調律コーラル究明により寛解した。
 舞い戻った白亜の機体、あれはきっとレイヴンなのだと誰もがゆめみて信じていた。その証左となるのは青鋼色のナハトライアーが共に飛ぶ姿を誰もが目撃したからだ。遙か上空ザイレムに舞った比翼はルビコンに帰還したのだと、かつての猜疑に満ちた視線は伏せられ一新された歓待がその存在を迎え入れた。

 振り仰ぐ頭上をも鉄骨造に覆われたグリッド内部中層、その街路。貨物列車と轍すれすれを歩む人波に流されながら、向こうからくるACパーツ満載の荷台に捕まり立つ知り合いと手を振る。昼日中とはいえ薄暗い建造物内を穏やかに照らすのはLEDの昼光色とナトリウムランプの深い色の混ざる特有の橙色だ。星外の大型ターミナルなどには、こういった薄暗さと橙のランプで雰囲気を醸し出す店構えはあるが、ルビコンのものはもっと無骨である。だがいずれは、ここも外と劣らぬ小綺麗な街並みにも変化できるのではないか、ラスティはきっとそうだとひとり頷き、馴染みの煙草屋に立ち寄りまた人波に身を任せる。
『壁』の奪還以降、軍部首脳はいよいよ封鎖解放に向け本格的に動き始めた。対する封鎖機構への講和交渉や使節など武力行使以外の解放手段を尽くし、今度ようやくルビコン外周に陣取る戦艦提督との会合の場が設けられようと言う所まで漕ぎ着けた。
 当然、どこもかしこも多忙極まれり。ラスティも諸々雑務を回されてはこき使われ。中間管理職は苦手だと思いながら買いたての煙草をひとつ取り出すも、ああこれから医療棟へ行くのだから控えねばと、溜息混じりに紙箱をフライトジャケットのポケットへ押し込めた。

《あら、ラスティが来るなんて珍しい》
「やあエア。ちゃんと休んでるか?」
《波形に休息は必要ありませんよ》
 以来シエル──CEL240制御導体のコーラルに生じた意識波形、その通称──のレーザードローンと共に、エアは各居住区警備と境界線監視防衛に当たっている。その他にもコーラル氾濫阻止に向けた研究を基軸に技研遺産の調査機関補佐やら帥叔の秘書業務やらと、無形の存在を存分に生かしこの解放戦線で無くてはならない存在となりつつある。
 それではまた、とエアのホワイトノイズが遠ざかる。休息はいらないと言ってもなあ、とラスティはあの日の友の言葉を思い返す。だがそのように気を抜く間もない事は誰もが直面している現実であり、ラスティもまたその渦中にいる。決死の覚悟で人民の自由を掴もうとしているのだ、既に日々の休息を約束された環境とは訳が違う。と、医療現場の最前線で休み無しの主治医を訪ねる。
「よおラスティ、ようやく医者のありがたみが分かったか」
「前々から骨身に沁みて理解しているよ。」
 右手をひらりと振って、いつも通り診察室に鎮座するドクから予約しておいた薬を受け取る。白封筒をジュートバッグに放り込むと、ドクはその中身を指した。
「自炊か?珍しいな」
「いや、ようやく暇を得たからレイヴンに何か作ろうと思って。まだ本調子じゃないだろう?」
「あー、そうだな……
 軽くラスティの右手の様子を見つつ、ドクは珍しく歯切れ悪く言葉を濁す。軽く咳払い、ちろりと丸サングラス越しにラスティを見、「あまり口外するな」と前置いてカルテとデータ書面を差し示した。
「レイヴンに書いてもらった問診だが。ある期間の既往がさっぱりと書けていない。それでエアにこの空白期間の仔細を尋ねたんだが……
……時節的には私がアーキバスを離反した直後か」
「ああ。どうやら再教育センターに入れられていたらしい」
 久方ぶりに聞いた忌々しい名称に、ラスティは顔を顰めた。ある情報筋からレイヴンやハンドラーの動向は聞き及んでいたものの、本人とその関係者から事実であると提示される衝撃は質が異なる。

 書面に追記されているのは、エアから提供された再教育センターでのあらましだった。
 独房への留置は捕虜以下の待遇であり。常に手枷とベルトで固定され、脚にも鎖つきの枷が嵌められた。着圧スーツ以外を取り払われたレイヴンはすぐにその容貌を忌避され、以降職員の暴行を受ける事になる。幾度となくコーラル含有の自白剤を投与されるも効果なく、職員は業を煮やした。またこれら尋問に関与した第二隊長はレイヴンへの拷問行為を暗に看過した。
 寝具はおろかトイレすらないただの檻で、約三週間を過ごした。その間の食事は日に一度、女性看守が床へ蹴り零した生塵同然の残飯を舐めて命を繋いだ。
 施設内セキュリティに干渉し、幾度か救護活動の要請を装うも、収監番号を確かめた職員は要請棄却。機器類の故障として以降一切の対応が無くなる。解錠方法は早期に発見するも、レイヴンの心身衰弱が早く脱出は不可能に近くなった。
 システムに仕込まれたあるメッセージを獲得する。ハンドラー・ウォルターの遺言を得て、ついに脱出に至る。

「コーラルデバイスへの干渉、一時的な身体強化……
 胃の根が灼ける感覚がする。既に過去に起きた事はどうしようも無いが、ではこの怒りはどこへ向ければ良いのか。
「規定出力を超えた肉体強化は予後不良が多い。そういう訳で嬢ちゃんの検査をもうちょい詳しくしたいところなんだが……。昨日の診察予約時間に来てくれなくてな」
 存外そういうスケジュール管理は苦手なのだろうか、それとも。ふつふつと沸いた憤怒はすぐさま嫌な胸騒ぎに転覆し、眉根を寄せたドクに向き直った。
「お前、なんか知らねえか」
「いいや、私も昨日まで司令部に缶詰めだったからな……
……ちくっと往診するか。お前もいた方が安心するだろ、ついて来てくれねえか」
「もちろんだ」

 中層の一角には大型ヘリ内蔵のガレージが立ち並ぶ。その群に紛れてレイヴンのヘリがあり、解放戦線合流後の彼女はそこで寝泊まりしている。
 往診バッグ片手のドクと、ジュートバッグに食糧を詰めたラスティが訪れた時点で、パスコードが必要な唯一の出入口ドアは半開きで風に揺れていた。まさかと思いコルトガバメント片手に入るも、別段襲われたような形跡は無かった。
 監視システムにアクセスし、彼女の動向を探る。日がな一日、ガレージ奥に吊り下げられたローダー4の残骸前に蹲る人影が映し出され、暫くするとはっとしたように立ち上がって車椅子をよろよろと転がしどこかへ消える。COMの記録によれば毎晩のように愛機ヤタのコクピットで強制休眠をし、最後に食事を摂ったのは三日前とある。そして数分前に、薄い術着のまま車椅子にのってどこかへと出掛けたようだった。
「ドク……
「俺ァちと部屋の準備をしてくる。レイヴンを見付けたら連れてきてくれ」
「分かった」
 ジュートバッグを置き去り。ふたりはすぐさま駆け出した。

 車椅子の轍は覚束無い軌跡を描き、ガレージ群至近のルーフトップへ続いていた。壁沿いに階段がぐるりと昇る中央吹き抜け、貨物用リフトは既に使用されており、轍もそこで途切れていた。
 アストヒクとの交戦、ファクトリー収監を経たレイヴンの右脚はまともに機能しておらず。枯枝のように細い脚には固定金具が添えられ、今日まで動く気配は無かった。
 一段飛ばしで階段を駆け上る。北向きに嵌め込まれた窓には雪風が吹き付けちりちりと音を立て、えも言われぬ焦燥に駆られた心臓の音のように思う。そうして最後のフロアの窓越しに、彼女を見付けた。
「?!」
 ルーフトップにフェンスは無い。そもそも展望を目的としていない造りだ。淵の際ギリギリに立っているレイヴンは、じっと下方を見下ろしている。さぁっと血の気が引くのを感じた。

 残り数段を蹴り飛ばし、鉄扉を押し開け。ふわりと飛び立つ背に手を伸ばした。



 片手にレイヴンを抱え上げ、車椅子を折り畳んで階段を降る。項垂れるままされるがまま、階下で再び車椅子の座面に降ろされた少女の寒々しさよ。巻き付けたジャケットがずり落ちそうになるのを、しっかりと着せつけて。人目につかない道のりへそっと引き返した。
 ドクには言伝て、彼女とガレージへ帰る。暖房器具を入れ、ブランケットを肩に掛け。すこし待っていてくれとその背を撫でてから給湯室を借りる。
 琺瑯鍋に、買ってきたパンと脱脂粉乳、水と砂糖を。できるだけ柔らかく煮崩れるまで煮詰めて、とろとろになったものをボウルへ移す。
……レイヴン、昼食を摂ろう」
 車椅子でぼんやりと俯く彼女の傍に跪く。独白と祈りに身をやつした彼女は、自ら口に運ぶ素振りもできないようだった。
 ほんのひとすくいを吹き冷まして、口許に差し出してみる。すん、とひとつ香ってみると、定まらなかった視線に意識が戻ったように見えた。ちいさく開いた唇に差し入れると、ちゅる、と吸ってくれた。
 今度はしっかりとひとさじを掬い、冷まし、口に含ませてみる。ゆっくりと咀嚼しはじめ、こくりと飲み下すさまを見てすこし安堵する。
 ふたくち、みくち、しだいに彼女はほろほろと涙を零してしまった。
「おいしくなかったか」
 普通であれば見逃すほど、微かに首を横に振るさまを見詰める。熱傷に歪んだ瞼をそっと閉じて、ちいさく呟く。
……おなじあじ……
 おなじ。その先に言葉は繋がらなかったが、誰を指して言ったのかは、直ぐに理解に至った。