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じべ田
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うちよそ妄想
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【X2U 怪盗×探偵げんみ✕ 自陣ネタ】畢生 前提万里一空なりや
大正浪漫 X2U 怪盗探偵の自陣ネタ
げんみ✕
付き合ってる場合のアレコレ。
遺体偽装ネタの、デキてたらVerな二人の小話。
二次創作、ガンガン自己解釈ですごめんよ。
付き合ってるけどえっちぃシーンはない
……
でもシてる前提だしむしろ私はいつか書きたいげほん。
書いてる私が楽しかっただけのお話
……
+ + + + +
酔った勢いだっただろうか、はたまた気落ちしていたところに手を差し伸べてくれたからか。
なぜこういった関係になったのか、亜理衛は始まりを定かにはできていなかった。
いや、理解できていないのは自分だけで、もしかしたら向こうはそうじゃないのかもしれない。
彼には彼なりに思うところがあり、この関係性を良しとしているのかもしれない。
そうでなければ触れてくるような性格でもないし、何度もそれを繰り返す理由もない。
しかしそう判断し、推測しているのは自分だけで実際は彼の本心さえ掴みきれていない。
以前、好ましいと口にされたことはある。
が、人の心など推察はできても完全に読むことなどできないのだ。
自分の気持ちさえ確かなものにできないのに、一体他人の何を理解しきれるというのか。
それでも、こうして肌を撫でる暖かさは愛おしく、脈打つ鼓動は離れがたく。
眼の前にいる存在が『生きている』のだと実感できるこの時間に安堵しているのは紛れもない事実で。
羞恥から始まる行為を何度も繰り返し、幾度の夜を共に眠り。
結局のところ、亜理衛はこうして己のところに舞い込む黒崎の行動を信じるほかなかったのだ。
数多の仮面を持ち、それを使いこなして人と世を華麗に欺きながら。
しかし自分の前ではそれを脱ぎ捨ててすべてを曝け出す彼の姿を。
体に触れる素肌の温度を。
髪を掬う指を。
名を呼ぶ声を。
黒い瞳が鏡のように自分を映す距離を。
息を奪うような口付けを。
それら全てを喜び、受け入れる自分を信じるしかなかった。
交わっているのかも分からないお互いからの感情を確固たらしめるのは、『そうである』と願い続ける心なのだ。
陽光の最中には隣を歩き、笑い。
月が見守る夜はその背を追い、走り。
新月には闇に紛れてその身体を抱き寄せ。
きっかけは思い出せない。
多分、思い出す必要もないのだろう。
互いがそれを望んでいないのだから。
ただ名を呼べば伸ばされる手を握り、呼ばれる名に手を伸ばせば目を細めて嬉しそうに握り返されて。
それで良かった。
彼にとっても自分にとっても、きっと互いは他の何ものにも変え難かったのだから。
+ + + + +
友として彼の隣を歩き、好敵手として追いかけ、想い人として同じ布に包まり。
そんな日々をどれだけ過ごしたか。
数えるのをやめた当たり前の流れに、しかし亜理衛がほんの少しばかりの違和感を覚えたのはいつ頃からだろうか。
否、違和感ではない。
漠然とした勘が囁く、それは不安と呼ぶのが正しかったのかもしれない。
「ん
……
」
とある日の朝のことだった。
ふいに耳が拾い上げた微かな音に、亜理衛は瞼を震わせ目を開ける。
窓から見える空はまだ薄暗く、朝よりも遥かに早い時刻を知らしめている。
ぼんやりと瞬きを繰り返していると、スルリと布がすれる音が小さく鼓膜に届く。
自分が発したものではない。
下着の一枚でさえ身につけていない身体が音を出せるとしたら素肌を覆う白い布だけだ。
だが、自分は動いていない。
であるなら、出処は隣に温もりだけを残している彼だけだろう。
「
……
黒崎?」
目をこすりながら、少しだけ乾いた喉を震わせて名を呼ぶ。
かけられていた敷布を手で抑えながら身体を起こすと、大半の身支度を済ませていた人影がシャツのボタンにかけていた手を止め、振り返った。
「おや、珍しい。キミが着替えている最中に目覚めるとは」
起こしたかな、と微かに笑みを零しながら伸ばされた手が頬を撫でる。
その感触に目を閉じ、わずかなくすぐったさに身を委ね。
離れていく指先を名残惜しそうに見つめれば「やれやれ」と黒崎が肩を竦ませた。
「素直なのはキミの美点だが、今その表情をされるのは困る」
「なんでだよ」
「朝が来る。その前にここを出なければね」
言って窓を見つめる瞳を追いかける。
帝都の街はまだ暗い。
が、空の端が微かに明るい色を帯び始めている。
取り決めたわけではない。
友でもなく、好敵手でもない。
情を寄せ合う特別な時間は、短い有限の中に収める。
それはいつしかそうなった、二人の暗黙の了解というものだった。
「
……
なんで目が覚めたんだろうな。お前はいつも俺が起きる前にいなくなるのに」
ポツリと零す亜理衛に、黒崎はじっとその顔を見つめる。
「それを寂しいと思ったことは
……
ないわけじゃないが、今はもう慣れた」
「へぇ、寂しく思うこともあったのか」
「うるせ。でも、なんだろうな
……
この妙な虫の知らせみたいな目覚めは落ち着かねぇ」
「
……
そうか」
下腹部を敷布で隠しながら膝を立て、苦笑をしながら肘を付き顎を支えて亜理衛は黒崎を見つめ返す。
「
……
あえて言うなら勘、かも」
「勘?」
「あぁ。探偵としてじゃない、お前に気を向けている俺のな」
何を言っているのかと己をフッと笑うと、こちらを見つめていた黒崎の視線が窓に逸れる。
「それなら、俺も気付かせたかったのかもしれない」
「ん?」
「キミに気を向けている俺が、気付けと願ったのかもしれない」
「
……………
」
窓を向いたままの黒崎を見つめていると、黒い瞳がこちらをちらりと舐めた。
思わず、腹まで顕になっていた身体を敷布で胸元まで隠す。
「生娘じゃないんだから隠す必要はないだろう」
「いや。なんとなく?」
「なんだそれは」
唇が優しく孤を描き、クスクスと笑みを零していく。
「俺はキミの身体も好ましいと思っているよ」
「知ってらぁ」
「ほう、恥じらわないか。言うようになったものだ」
「俺だって同じだからな。お前のことは、好きだ」
「
……
そうか」
ニィっと頬を上げてそう返せば、黒崎は瞼を閉じて笑う。
「亜理衛」
名を呼ぶと同時に黒崎の靭やかな指が金色の髪を掬いあげる。
赤い組紐で結われていない、こぼれたままのそれを一束取ると黒崎は顔を寄せ、そこに唇を落とす。
むず痒い。
でも、さして好きでもないこの髪を『綺麗』だという彼の言葉は嬉しかった。
だがその喜びを招く行動とは別に黒崎の声色が何かを含んでいるのを心がはっきりと感じ取った。
その程度の察しがつくぐらいには共に時を過ごしてきたと、亜理衛は自負できたから。
「黒崎。そんな行動で誤魔化せると思うなよ」
「ん?」
「ちゃんと言え」
眉尻を下げ、穏やかに微笑みながら告げれば黒崎の視線がほんの僅かの安堵を滲ませる。
「
……
そうか。あぁ、そうだな。こんなのはキミに失礼だったな」
「そういうこった」
無駄な隠し事はするな。
そんな必要もないだろうと。
互いに口にしない過去と、しかしそれ故に得た、語り合った夢と。
何もかも余すことなくさらけ出し、暴かれた身体と。
今更、これ以上に何を隠す必要があるというのか。
「亜理衛」
「うん」
「
……
店仕舞をしようと思っている」
「店仕舞
……
」
「あぁ」
ベッドに腰掛け、何を纏うでもない胸元に指を這わせながら。
黒崎は亜理衛の紫紺の瞳を覗き込んで言葉を紡ぐ。
「なぁ、亜理衛。随分と今の世は平穏になった」
「
…………
」
「ふんぞり返っていた華族共は考えを改め、政も人々の意識も変わり、路頭に迷う子どもも減った」
そうは思わないか?
そんな問いかけに、亜理衛は思わずツイと視線を泳がせてしまった。
己の胸元に触れる黒崎の指先の感覚に、思わずそこを見つめる。
「
……
これから先の世に『怪盗ブラックキャット』は必要ない。十分な礎となった。そうは思わないか?」
聞きたくないと、漠然と湧き上がった感情に言葉が出せなかった。
「
…………
」
「だんまりとはらしくないな?」
落としていた視野に、黒崎が顔を覗き込ませてきた。
強制的に交わる瞳に思わず唇に力を込めてしまう。
らしくない表情でもしていたのだろう、少しだけ不思議そうに見つめられてしまった。
「亜理衛、どうした?」
「
……
あぁ、いや。お前の言う通りだ」
無言を貫こうとしたものの、黒い瞳に射抜かれては無駄な抵抗だった。
分かっていたのだ、黒崎の言うことは本当であると。
世が変わり始めたのを自分も実感し始めていた。
自分たちの望んでいたことが、彼が願ってやまなかった夢が叶い始めていたのを。
目の前で見てきたのだ、わからないわけがなかった。
「孤児院の資産は潤っているし、何より拾われる子どもも減っている。そこを旅立った児らの中にも働きだして独り立ちしているのだっている」
探偵という、世情に触れることが多い仕事をしているだけに耳に飛び込んでくる噂も、情報も多い。
「
……
なんとなくさ、覚悟はしていたんだよ」
自分は謂わば光の側だ。
歩みは止まらない、止められない、進み続けることを求められる。
だが彼は違う。
彼は影だ。
光ばかりでない世界を示す月夜の暗がり。
人の薄暗い部分を、こちらとは相反する道を選んだ象徴。
その立場はいつか身を引くことを強いられるもの。
いや、彼は自身がそうなることを最良として生きてきたのだ。
暗がりを進む手段を選びながら、いつかそれが失われることを良しとして駆け抜けたのだ。
「そろそろ、そんなことが現実になるんじゃねぇかって
……
覚悟はしてた」
ギチ、と音がするほどに白い布を握りしめて、亜理衛は視線をそこに落とす。
「良いことだってわかってる、わかっているんだ。頭ではな、だけど
……
」
「亜理衛
……
」
「俺は自分勝手だ。お前を追わない日々が来るのかと思うと寂しいと感じる自分がいる。心がザワザワして虚しくなるんだ。勝手だろ? 他にもやらなきゃいけないことは多いってのにさ。お前一人が消えることに怯えてるんだ」
その可能性はいつか必然になるべきものだった。
手繰り寄せ、掴まなければならない未来だった。
それが今、まさに目の前に突きつけられたのだ。
消え去ることを望む本人から。
「次の仕事が最後だ」
黒崎が告げる一言に思わず喉を鳴らして唾液を飲み込む。
「
……
そ、うか」
「それがキミに与えられる最後の機会だ。俺を捕まえてみたまえ」
「
……
ハッ、よく言う。お前こそ、最後まで逃げ切ってみせろよな?」
強がりだった。
捕まえろと言った黒崎がどう思っていったのかは亜理衛にはわからなかったが。
絶対に捕まえるという気持ちも本当で、逃げ切れと願うのも本当で。
(あぁ、俺はいつからこんなになっちまったんだかな)
髪を掬う指が愛おしいなんて。
名を呼ばれることを欲しがるなんて。
見つめられることが嬉しいなんて。
音もなく重ねた唇を惜しいと思うなんて。
こんな行く末なんて想像できていなかった。
「じゃあ、また」
「あぁ」
途中で止まっていた身支度を済ませ、バサリと広げたジャケットに腕を通し、黒崎は笑う。
「予告状を贈ろう、待っていてくれ」
「
……
期待してるぜ」
普段よりも明るくなった空。
朝を迎えた人々が目覚め、日々の営みの賑わいが広がる前に。
怪盗の姿を持つ愛おしい好敵手は、目を細めてこちらに微笑み、部屋を静かに後にしていった。
+ + + + +
事務所の郵便にねじ込まれていた新聞を広げながら、亜理衛は喜びと悔しさをかき混ぜたような表情で眉尻を下げて笑っていた。
一面を飾る記事は昨日の深夜に起こった、世を賑わすとある探偵と怪盗の追いかけっこの顛末だ。
探偵は盗むと予告されたものは守りきったものの、怪盗を捕まえることはならず。
月が照らす夜空。
かの怪盗は、微かに愁いを滲ませた視線をしつつ、いつものように笑って黒い装いを広げて空を舞った。
『じゃあな、名探偵!』
空に響いた最後の別れ。
いつもであれば「また」という言葉があった。
些細な、しかしその決定的な変化に気付いて名残惜しそうに空を見つめていたのはきっとこの世で自分だけだったろうと亜理衛は唇を歪ませる。
記事を書いた記者も、これを読む世間の人々も、誰一人として気付いてはいない。
『怪盗ブラックキャット』の華麗な舞台の幕が、この日千秋楽を迎えていたのを。
『かの怪盗が次に狙うのは、一体どんな宝なのだろうか』
そんな風に締めくくられた文面を何度も繰り返し目で追って。
ふぅ、と亜理衛は小さく息を吐きだす。
「
……
残念だったな。あいつはもう何も狙いはしねぇんだ」
もの寂しげに笑っているのに誰が気付けただろうか。
一人、静かな事務所で微かに乾いた喉から笑みを零し、亜理衛は新聞を折りたたんで机の上に放り投げた。
探偵の日々とはそれなりに目まぐるしいもので。
挙げ句、『怪盗ブラックキャットの好敵手』という肩書がついて回る亜理衛にはかなりの知名度があり、そして彼はその知名度に劣らぬ行動力と胆力を持った青年だった。
故に彼を頼る民草は多く、若き探偵は多忙を極めていた。
それでも仕事の合間、ふと脳裏を過ぎるのは黒崎のことだった。
最後に背を追いかけた日から一ヶ月以上は経とうとしていた頃だろうか。
店仕舞をすると告げてからというもの、彼は「黒崎」として事務所にすら顔を出さなくなった。
仕事の手が空けばツテを頼ってそれなりに探りを入れたり、彼と自分の秘密を知る孤児院の院長の元へと足を運んだこともあった。
しかしどの手段を用いても彼の足取りは分からなかった。
情報屋などから報告がないのは承知の上だったが、院長にすら何も知らせていないというのにはさすがの亜理衛も驚きを隠せなかった。
『そろそろ最後だと、私にもそんなことを話していました。でも以降はぱったりと連絡がなくて』
心配そうに目を伏せる院長に、亜理衛も残念そうにため息を吐き出すだけだった。
『私に何も連絡がないのであれば貴方にならと思っていたのですが。今回はそうではないのですね』
『あいつなりに思うことがあるんでしょう。知らせがあったら必ず報告します』
『ありがとう。子どもたちも喜ぶわ』
窓の外、晴れた空の下で子どもたちの笑い声と砂を蹴って走る足音が聞こえる。
ここは黒崎が懇意にしていた孤児院で、もっとも彼が寄付を入れた場所でもあった。
『貧しい孤児院で暮らす子供たちや、スラムで暮らす子供たちが毎日ごはんを食べられて温かいベッドで眠りにつける、そんな当たり前の生活を当たり前に出来るようにしてやりたいと、そう思っている』
遠き日の憧れのように語った彼の夢は、すでに現実となった。
だからこそ、黒猫は姿を消した。
全てを見届け、暗がりの闇夜にその身を滲ませて。
ブラックキャットとしての役目を終えたなら、またいつも通りに顔を出すだろう。
そう考えてからあっという間に時は過ぎ。
最後の砦だと思っていた孤児院にすら黒崎の痕跡はなく。
些細な情報すら手に入れることができずに、さらに一ヶ月が経とうとした頃。
その報道は突然、新聞の一面を飾った。
――
怪盗ブラックキャット、死亡か。
流し見をした紙面に目立つよう書かれた文言に亜理衛は大きく目を見開いて新聞を広げた。
一体どういうことだと一文字も読み漏らすまいと何度も記事を追う。
曰く、人気のない裏路地のさらに奥で焼死体が発見されたという。
損傷の激しい遺体であったが、わずかに残った衣服や周囲に残っていた装飾品などから警察が「怪盗ブラックキャット」だと断定したという。
「
……
偽装か、これ」
何度も何度もその記事を読み返した亜理衛は深く考える前に思わずそう呟く。
それは推論や考察などを通り越した、本能で感じたものなのかもしれない。
彼が早々に死ぬなどあるだろうかと。
まして「焼死体」など、過去を考えれば悪趣味にもほどがある方法で。
だが、遺体を損傷させるという意味合いを与えるならこれほど楽な手段もないだろう。
身分を表す何かを持っていなければ、その遺体は衣服や目立った特徴からいなくなった者として照合される。
黒を主体とした、誰の目にも印象的な衣装。
胸元を飾っていたブローチや目元の印象をはぐらかすモノクル、シルクハット。
確かに焼け焦げたものもあっただろうが、それら全てがその焼けた肉を「ブラックキャット」だと知らしめていた。
まるで「そうだと扱え」と言わんばかりに。
「
……
二ヶ月間以上、影も形も出さねぇと思ったらこんなことしてくるとはな」
ここに来て、ようやく亜理衛は黒崎の口にした『店仕舞』の意味をしっかりと理解する。
おそらく彼はこの世から完全に「ブラックキャット」という存在を抹消するつもりなのだ。
『これから先の世に『怪盗ブラックキャット』は必要ない』
揶揄でもなんでもない。
あれは本当に文字通りの言葉だったのだ。
あの日の盗みを最後に姿を消したところで世間にはブラックキャットの噂が残る。
また彼が現れて、世の不義を示してくれるのではないかと人々は期待する。
そうならないよう、全てに幕を引いたのだ。
ブラックキャットの死という出来事を引き起こして。
「心臓に悪いことしやがって。もうちょい詳しく話してからやれっての」
ヘラリと嘘だと笑い飛ばすものの、それでも一抹の不安がないわけではなかった。
孤児院にすら姿を見せない。
生きていると匂わせるなにかもない。
あるのはただ「死ぬとは言っていない」というこじつけのみだ。
「
……
遺体、見れっかな」
亜理衛の名は、怪盗ブラックキャットに関わるものとしてそれなりにまかり通っている。
彼の死体が上がったとなれば面通しが叶うかもしれない。
心の片隅にわずか残る小さな傷のような不安を押し殺し、亜理衛はその遺体を収容しているという警察に赴くことにした。
善は急げと警察に顔を出せば、思っていた以上にあっさりと遺体収容所へと案内された。
「亜理衛さんにお伝えするには少々心苦しいですが、焼死体ですので損傷が酷く
……
」
「わかってます、大丈夫です」
忘れられない過去故に、火事についての知識は詰め込んている。
焼死体もどんな惨状になるのか、言葉では知っていた。
事件に絡んで死体を見たこともあった。
覚悟はできていた。
案内された遺体袋の前に立つと、ゆっくりとそれが紐解かれる。
「こちらの袋には周囲に落ちていたものを集めてあります。多少焼けているものもありますが、形はわかるものが多いです」
人一人分の袋の横に置かれたのは黒い巾着のような布袋。
「ありがとうございます」
一言礼を述べれば、若い警察官は手を額に当てた後にその場を出ていった。
廊下を歩く音はないので、おそらくは部屋の外で待つことで一人にしてくれたのだろう。
宿敵の死を目の前にした者に、静かな空間をくれたのだ。
幾度となく新聞を飾り、積み重ねた自分と彼の肩書を考慮してくれた行動に感謝をしつつ、そっと遺体袋に手を伸ばす。
広げた中に横たわっていたのは確かに人の遺体で、焼けついた酷い匂いがまだ微かに漂ってくる。
覗き込んだその姿は全身が焼け、衣服もある程度皮膚にくっついているぐらいであった。
しかしその衣装の特徴は確かに「ブラックキャット」を連想させるに十分なものだ。
横に置かれていた小さな袋の中にも、焼けたハットや傷つき焦げたブローチや歪んだモノクルが収められている。
(物的な証拠は揃ってる。が
……
)
ほんの僅かな違和感を覚えたのは顔だった。
焼けているだけではなく、おそらく火がつく前に誰かわからないほどに損傷を受けていると感じられたのだ。
顔の特徴を察することができないような手の込みように、亜理衛はわずかに目を細める。
(
……
偽装にも見えるし、恨みを買われたとも見える、か)
金持ちは散々彼に煮え湯を飲まされてきたのだ。
我慢の限界だったものがいてもおかしくはないとも言える。
だが彼は、亜理衛が見れば偽装だと判断すると信じているのだろう。
だからこんなものを用意したのだ、きっと。
(世間にゃこの死体はブラックキャットとして扱われるだろうな。それは決定的だ)
この遺体と新聞を飾った内容。
そして、以降現れることのない怪盗。
これら全てが合致することにより、彼の『死』が確定されるのだろう。
(
……
これがお前の店仕舞ってことか)
悪趣味だな、と嘲笑してしまいそうだ。
これらを見せられたこちらがどう思うか、頭の片隅にあったかどうかはわからないがそれでもこの手段が怪盗には最適だったのだ。
彼の焼死体なんて、絶対に目にしたくなかったのに。
「
……
ひでーやつ」
熱で歪んだモノクルを手にし、指先で縁をなぞる。
この奥から世界を見つめる黒い瞳と見つめ合うことはもうないのだろう。
それが少しだけ、寂しかった。
けれどそれは亜理衛個人のワガママに他ならない。
彼が用意した結末への筋書きを個人の思考で変えてしまう訳にはいかない。
「
……
いいぜ。主役の消えた舞台で演者をしてやろうじゃねぇか」
怪盗ブラックキャットの背を追う探偵である自分。
それが彼の死を認め、諦めることでさらにこの話は現実味が増すはずだ。
楕円になったモノクルを袋の中に戻し、焼けた遺体も丁寧に封をして。
「あんたもこんな大任押し付けられて大変だな」
亜理衛は物言わぬどこかの誰かの遺体にそうぼやいたのだった。
+ + + + +
それからさらに二、三ヶ月が経って。
焼死体となったブラックキャットの話題は暫くの間世間を賑わせ、追う側であった亜理衛にも記者の張り付きがあった。
が、それもここ数週間にはすっかりと落ち着きを取り戻していた。
世間にはまだまだ人の世を騒がせる事件や事故、世事の移ろいがあるのだ。
もはや物言わなくなった怪盗の死体に食い下がる野次馬は減り、彼の死の謎を『知らぬ』と応える探偵に行方を尋ねる者もいなくなった。
「これでいいんだよな
……
」
彼の夢は叶ったと言っていいだろう。
まだまだ事件も事故もあるが、少なくとも子どもが飢え、犠牲になることは大幅に減った。
闇夜に紛れて金品を奪い、世に振りまいた彼の功績は歴史の表舞台に上がることもなく、静かに世間に溶け込んでいく。
いずれ、人々の記憶の中からも「ブラックキャット」という怪盗の存在は消え去っていくのだろう。
人の世とは、そうやって進み、上書きされ、変化し、歩んでゆくのだ。
探偵としての仕事として一通り目を通し終わった新聞を机の上に放り投げる。
あれから黒崎の行方は依然として知れない。
仕事の合間を縫ってひっそりと捜索を続けているものの、亜理衛の人脈を持ってしても彼に近い噂一つ拾い上げられずにいた。
孤児院にも顔を出すが、相変わらず院長の方にも連絡はないらしい。
どこにも痕跡が見つけられないが、それでも亜理衛の感情は黒崎の死を一切信じていなかった。
認めないのではない、死んでいるわけがないだろうと不思議と確信できていたのだ。
「店仕舞をするのは怪盗家業についてだけじゃねぇんだろうな、きっと」
彼は華族の情報を集めるために『占い師』としての顔も持っていた。
当時はその仔細を詳しく調べはしなかったものの、黒崎の行方を探すためには手を伸ばさざるおえなかった。
しかし、当然ながら『黒崎拓三』という名前を使って仕事をしているわけもなく。
ある程度の華族から共通した特徴の占い師の情報は得られたものの、ここ数ヶ月で姿を見せなくなったというところまでもが一致していて、足取りは途絶えた。
そうなれば、それ以上追いかけることは亜理衛には不可能だ。
辿っていた足跡が知らぬ形に代わり、世に混ざり群衆の中に紛れていく。
幾重もの名前と変装を用いて彼は今の世を渡り歩いてきたのだ。
到底、亜理衛に探りきれるものでないのは理解していた。
それでも。
たとえ無駄だと笑われようとも、亜理衛は黒崎の行方を探すのをやめなかった。
それは必ず見つけてやるという意地も大きかったのだが。
きっと、黒崎はこちらの動向を把握しているに違いない。
彼と違い、探偵としてそれなりの知名度を誇る亜理衛の名は時折新聞にも乗ったし、人々の口から歩き回ることもあった。
自分から零れ出る情報は多い。
だからきっと、黒崎は探していることを知っていると信じていた。
そうしていれば、いつかまたここに顔を出してくれると考えた。
お前を忘れることはないと。
どれほど時間が経とうとも、決して諦めたりはしないと。
それが伝わると信じるほか、亜理衛にできることはなかった。
仕事とは無関係な書類をまとめ、机の一番下引き出しに放り込む。
そこは黒崎にまつわる情報の押し込み場所だった。
どれもこれも彼に届く確固たる情報ではない。
けれど、いらないものではない。
彼が数多の場所に残した痕跡を、何一つ取りこぼしたくなかった。
ふいに視界の端に揺れる自分の金色の髪が目に飛び込む。
そこだけ長く伸ばした髪を束ねるのは、彼に初めてもらった赤い結紐だ。
『うん。やはり金の髪に赤はよく映えて良い』
そういうのは女にやればいいのに。
そんなことを思った当時の自分に思わず苦笑を零す。
ひねくれたことを思いながらも、誰にも褒められることのなかったものを認めてくれたのが嬉しかった。
結紐をつけた姿を目にし、馬鹿にするでもなく「似合っている」と笑ったその顔が本心だとわかったから。
だから、この結紐が宝物に変わるのに時間はかからなかった。
「
……
早く顔を出せ、馬鹿野郎」
結紐でまとめられた髪を撫でつけながら、亜理衛は少しだけ寂しそうに笑う。
自分たちの二度の出会いは、どちらも決して良いものだとは言い難いだろう。
一度目は火事という、命の危機において。
二度目は探偵と怪盗という、背を向け合う立場として。
それでも、思い出せば忘れられない出来事ばかりであった。
良きものだけではない記憶だが、それがあったからこそ今の自分達があるのだ。
だからか、亜理衛は過去のすべてをなかったことにしたいと思ったことがなかった。
もっとできたことがあったはずと悔やむことはあった。
それでも、何もかもの全てが今の自分を形作っているのだ。
彼を嫌いだと思うのも、好きだと感じるのも。
たとえ相反する感情であっても、それら全てが「黒崎拓三」へと向けてしまう自分の素直な気持ちなのだ。
彼が生きていてくれれば、それだけで
――
あのとき、幼い自分にできた唯一のこと。
燃え盛る炎の中で差し出した手を取り、逃げてくれた命。
顔が、見たい。
「ったく
……
寂しくなっちまうだろうが」
笑ってごまかすも、気持ちはどうしても沈んでしまう。
あぁ、だめだ。
らしくない。
一人、静かな部屋の天井を見上げて大きく肺に息を吸い込み、吐き出す。
暗さと寂しさを、息とともに紛らわせるように。
「
……
さぁて。仕事はやらないとな」
悩みは尽きないが、困ったことに仕事も同じように底なしに湧いてくる。
「そろそろ誰か人でも雇うべきかねぇ」
そんなことを思いつつ、行動に移したことはなかった。
名が売れるとともに仕事は増えた。
一人でやりきれないことは断ることもあった。
誰かを雇えばいいのに、という声に何度も首を横に振った。
誰かを雇うということは、自分のやりかたに巻き込むことだ。
なんとなく、そんな風に他人を巻き込む気持ちになれなかった。
この道を選んだのは、やり方を選ぶのはあくまで自分。
そこに認められない他者をいれたくなかったのだ。
意固地な自分にやれやれと頭を掻きながら、さぁ仕事だと依頼書の封を開けかけたときだった。
コンコン、と静かなノックが事務所のドアから響く。
飛び込みの依頼だろうかと椅子から腰を上げれば、早く開けろと言わんばかりに再度コンコンと軽い音が鳴る。
「なんだよ、せっかちだな」
静かな割に忙しないその音に、少しだけ早歩きで扉に近づく。
「はい、おまたせして
…
」
ガチャリと開いたその先、少しうつむき加減の人物を目にして亜理衛は言葉の続きを失った。
「
……
お前
……
」
自身と近い身長。
黒い髪、黒いスーツ。
ふいに上がった顔を彩るのは黒い瞳。
閉じられていた形の良い唇が見慣れた動きで孤を描き、微笑む。
「こんにちは。亜理衛探偵事務所はこちらであっているかな?」
唇を割って溢れる声色は酷く聞き慣れた、けれど久しぶりのものだった。
「
……
黒崎
……
」
「やぁ、久しぶりだな。忘れないでいてくれて嬉しいよ」
「馬鹿野郎、知ってるくせに」
忘れられるわけがないだろうと、追っているの知っていただろうと。
そう、眉を歪ませつつも笑えば黒崎は困ったように視線を彷徨わせ、微笑む。
「なんて顔をするんだ。キミがそういう反応をするのは想定していなかった」
「なんだよ。俺がどうすると思っていたんだ」
「遅い、と怒鳴られるかと思ったんだが」
「はっ。待たせた自覚はあるんだな、偉いじゃねえか」
あぁ、黒崎が生きている。
眼の前にいる、立っている。
それがわかっただけで満たされる心に、亜理衛は自嘲と共に涙が目の端に溜まるのが分かって思わず俯く。
「
……
泣いているのか?」
「泣かせてる自覚があるってか」
「怒鳴られる想定ばかりしていてね。キミのその反応は何もかもが予定外だ」
「あ、そう。びっくりするだろうけど俺もだ。こんなの予定外だ」
泣くほど嬉しいなんて、思ってなかったわ。
言葉にならず、滲む床を睨んでいると不意に差し出された手が頬を撫でた。
「待たせたのは悪かったが、全てを片付けるのに必要な時間だったんだ。許してほしい」
手のひらに促されるように顔を上げれば、穏やかに微笑む黒崎がそこにいる。
その表情はいつも通りの笑顔だが、不思議と毒気が抜けているようにも感じた。
何もかもを終わらせ、背負っていたものをやっと降ろせたということなのだろうか。
「
……
っつかお前、事務所の鍵は渡してあっただろ。開ければ良かったのに」
「言っただろ、全てを片付けたと。俺は俺の痕跡全てを捨てた。申し訳ないと思ったがここの鍵も含めてな」
「え? じゃあ鍵一個なくされたってことか?」
「まぁそういうことになるが、そこに食いつくのかキミは」
「いやだって。確かにお前にやったけどなにも綺麗に処分しなくてもよ
……
」
「仕方がないだろう。俺の残り物から他の誰かにたどり着かせるわけにはいかない。確かにブラックキャットはこの世から消えた。だが、万が一に俺と怪盗の繋がりが読み取られないとも限らない。だから、俺の全ても一度捨て去る必要があったんだ」
「
…………
」
言いたいことはわかった。
それでも、自身の全てまで捨てなくても。
自分とのつながりを示す小さなものまで消さなくても。
そんな考えは黒崎に読まれたのだろう。
キミがそんな顔をする必要はない、と頬を撫でられた。
久しぶりの、優しい手付きに亜理衛は思わず目を細めてその感触を甘受する。
「さて、立ち話もなんだ。改めて中に入れてくれるかい?」
「ったく、来るのが遅いってんだよ」
頬に触れていた手に自分の手を重ね、そのまま身体を引き寄せて事務所へと招き入れる。
幾度となく訪れた室内は、久しぶりであっても変わった様子は見られず。
書類の積み重なった机を目にし、黒崎は安堵の吐息を吐き出す。
「良かった。ちゃんと仕事をしていたようだな」
「当たり前だ」
「
……
腐っているんじゃないかと心配したんだが、杞憂だったか?」
「ばーか、少しは落ち込んだっての」
座れ、と普段のようにソファを指し示せば、慣れた動きで黒崎がそこに腰を沈める。
ここ数ヶ月、待ち望んだ光景に亜理衛は自分が心底安心していくのを実感していた。
「落ち込んだのか」
「落ち込んだよ。死体は偽装だってすぐわかったけど、お前は全然顔を出さなくなったからな」
「そこについては謝罪しておこう」
「孤児院の院長だって心配してたぞ」
「そうか。改めて顔を出すとしよう」
「そうしろ。お前を心配しない人間がいないわけじゃないんだからな」
「
……
それはキミもか」
「当たり前だろ、愚問だ」
茶を用意し、テーブルの上に並べる。
それを手に取り、ゆっくりと口に運ぶ黒崎を見つめながら亜理衛は言葉を続けた。
「どうせ知ってるだろ。俺がお前のこと探してたって」
「まぁ、ね」
自分の全てを片付けている最中、当然ながら名を馳せる亜理衛のことは耳に入ってきた。
そんな彼が、事件とは関わりのない人探しをしているという話は聞くことができた。
それが「自分のこと」だと気付けたのはこの世で黒崎ただ一人だったであろうが。
「俺が関わっていた華族についても。随分と絞れていたようだな」
「あぁ。だけどその後は何も辿れなかった。お前の世渡りの旨さと変装、偽名の使い分けに感動させられっぱなしだった」
「褒め言葉として受け取っておこう」
ふっと笑みを零す黒崎に釣られ、亜理衛も茶を口に含みつつ微笑む。
「正直な話、俺を探すキミを知って少しだけ安心していたんだ」
「んぁ?」
「俺は俺の全てを捨てる。そう決めた。それでも俺を忘れないでいてくれると信じるに足る者がいる、とね」
「
……
随分身勝手な信頼だこと」
「それについても詫びよう。だが、だからこそ俺はキミにまた会おうと思えたんだ」
「
……
ずりぃよ」
そう言えば責められないと分かっているのに。
精一杯の罵倒も、そうとだけしか言えなかった。
「だけど、お前だって俺のしつこさは知ってただろ? 俺が行動する前から分かっていたんだろ?」
「あぁ、キミはきっと俺を探す。そう思っていたさ」
「ん。それなら、いい」
諦めるような性格ではないと知ってくれていただけで満足だった。
だから、こうしてまた会えたのだから。
今が全てであるならそれでいいと、亜理衛はそう思った。
「さて。改めて
……
亜理衛」
「なんだよ」
「怪盗ブラックキャットはこの世から消えた。俺も身の回りにあったものは処分した。俺とブラックキャットの繋がりは消え去ったし、俺が使い分けていた偽名も、その関わりも、何もかもが消滅した」
「随分時間をかけたみたいだからな」
「あぁ。後から問題が浮上しないよう、慎重に全てを根絶した。故に、今俺の手の中にはなにもない。過去の分からない、ただ一人の『黒崎拓三』がここにいる。あるのは
……
そうだな、キミへの感情ぐらいだ」
「くすぐってぇ言い回ししよる」
「事実だからな。物はなにも持っていない。何か存在するなら誰にも見せられない心の中のみだ」
「
……
それで?」
「だからこそ、ここに来た。何も持たない俺にある寄る辺はここだけだ」
怪盗ブラックキャットは消えた。
そして存在していたであろう「中身」も、誰もが知らぬ間に全てを捨てた。
何もかもを知るのは、ここにいる亜理衛ハジメただ一人だ。
「キミは存在しないはずの俺の過去全てを知っている。俺はそれを良しとしている。キミがそのままでいてくれることを望んでいる」
「俺は随分と頼りにされているんだな」
「あぁ。自惚れていいぐらいには」
「はいはい、そうですか」
自惚れなんて、ブラックキャットを追いかけているときからしているというのに。
「
……
もう俺にはなにもない。『黒崎拓三』という名前と、ここに至るまでに得た技術しか残っていない」
じっとこちらを見つめる瞳を見つめ返し、亜理衛は言葉の続きを促す。
「どうだろう。俺をそばに置いてみないか? 誰も雇うことのなかった亜理衛探偵の、初めての助手として」
「助手だけでいいのか、俺の隣にいるための理由は」
「いや、新しく増やそうと思って。好敵手としてキミの視線は奪い続けた。想い人として熱も独占している。俺が埋めていない場所があるとするなら、残りは仕事の部分じゃないかな?」
「どういう理屈だよ。っつか、なんだお前
……
その、まだちゃんと俺をそう扱えるのか」
「何が?」
「だから、その
……
あれだ、想い人っつーか
……
恋人とか
……
」
ごにょごにょとはっきりとしない亜理衛とは逆に、黒崎は腕を組んで堂々とした態度で言葉を返す。
「当然だが。キミは違うのか?」
「違わないけど、なんでそんな自信満々なんだよ。俺が嫌いになるとか思わなかったのか?」
「嫌いなんて散々言われてきたことだが?」
「あぁ、そうですねそうでしたわ」
「嫌いだが好きなんだろう? 俺のこと」
「
…………
俺、お前のそういうところ嫌いだわ」
「嬉しいね。俺は諦めることなく追ってくれたキミのことが好きだよ」
「おッ、まえ
……
ほんと、そういうところがさぁ
……
」
あぁそうだ。
嫌いなところもある。
それでも好きだと胸を張って言えてしまう。
結局のところ、お互い様なのだろう。
「んじゃあ、黒崎。確認だけど本当に良いんだな。助手になったらほとんど一緒の時間を過ごすことになるぞ?」
「望むところさ。何もないが腕は立つよ? 元怪盗が助手になろうなんて思う探偵はそうそういないんだ。キミも堂々とするといい」
「なんで上から目線なんですかねぇ」
どうして助手の側が偉そうなのか。
思わず吹き出せば、黒崎もまたクスクスと肩を揺らす。
「ま、そうだな。お前の凄さは俺がよく知ってる。散々振り回されたんだ、身に染みてる。これ以上頼りになる助手なんて現れることはないだろ」
「嬉しいことを言ってくれるじゃないか」
「まぁな。お前が自身を持ち上げたんだぞ。俺は離してやらない、疲れたっていっても連れ回す。いいんだな?」
「キミほどの体力はないが
……
善処しよう」
困った風を装って肩を竦ませる黒崎を見つめ、亜理衛はこらえきれずに喉を鳴らし、笑い出してしまう。
再会まで数ヶ月を要したというのに、まるで昨日まで変わらず共にいたかのようで。
「知ってるだろうが、俺は散々助手にと名乗り出るやつを断ってきた。探さないのかという言葉にも頷かなかった。なんとなく、そんな気にならなかっただけなんだけどさ」
両手をすり合わせ、指を交差させながら亜理衛は言葉を探す。
「こうしてお前がここに帰ってきてくれて、嬉しいと思ってる。心底喜んでる自分がいてイヤになるぐらいだ」
「
……
熱烈だな」
「じゃかしい」
恥ずかしいことを言っているのは分かる。
それでもこんなことを言えるのは今だけだと思った。
「さっきも言ったが、多分俺はもうお前を逃がしてやれない。怪盗でもなくなった。友として、好きなやつとして、仕事の相棒として
……
いなくなってほしくない」
「あぁ。俺もキミのそばを離れるつもりはない」
「
……
そ、か。はぁ、ちと悔しいな。怪盗のお前も捕まえたかったぜ」
「はは、そればっかりは致し方ない。怪盗ブラックキャットは世を正す種を撒き、それが芽吹いたのを見届けて役目を終えたのさ。彼の夢は叶った。それを手伝ってくれたのは他でもない、キミだ」
「黒崎
……
」
「だからこそ、今度は終わりまでキミの傍にいよう。探偵であるキミが成したいことは俺の夢とは違って果てがないだろう? 一人では疲れてしまうかもしれないが、二人なら楽しいに違いない」
両手を広げ、怪盗だった青年は仮面の夢の終わりを語り、穏やかに笑う。
「俺はね、退屈が嫌いなんだ。だからキミと共に行こう」
「
……
それ、喜んで良い褒め言葉なのか?」
「あぁ。キミといる日々は飽くることのない、素晴らしいものになるだろう」
そう言って、黒崎が片目を瞑る。
時折見せる、彼の陽気な一面だ。
「
……
そうか。それなら何ヶ月も待った甲斐がある」
これだけ待ち焦がれたのだ。
彼が言った通り、多少は自惚れても咎められることはないだろう。
少しだけ机を見つめ、ゆっくりと視線を上げて亜理衛は黒崎を見つめた。
好敵手として、友として、想い人として。
彼を思うあらゆる感情を顕にして。
「もう置いていくな。いなくなるなら先に言え」
「ふふ。その心配は無用だよ」
「そうか。あぁ、あと。できれば俺より後に死んでくれ」
「
……
亜理衛?」
「お前が良くした世界だ。一秒でも長く目に焼き付けてほしい」
紫紺の瞳が、いつもは屈託なく笑う頬が、穏やかな笑顔を浮かべる。
「俺より長く生きてくれ」
あの燃え盛る火の中で掴むことのできた命だった。
亜理衛の中の、揺らぐことない原点が今ここにいて、共に生きたいと言ってくれている。
それがどれほどに嬉しいことか、きっと黒崎には想像し得ないだろう。
「探偵としてじゃない。一個人の俺の、今できた夢だ」
「亜理衛
……
」
ほんの少しだけ空いていた黒崎の唇が、小さく深呼吸をするのが見えた。
それから、彼は優しく、眉尻を下げて微笑む。
「
……
キミの夢か」
ただ純粋無垢に、別け隔てなく手の届く範囲を救いたいと願った少年が望むのであれば。
その少年に助けられた自分が願われるのであれば。
「それならば叶えなければならないね」
「あぁ、頼んだぜ」
「承った。だからといって早死はしないでくれよ。そうだな、できれば壮年のキミは見てみたい」
「おいおい、おっさんになった俺とも一緒にいる気か?」
「キミより後に死ななければいけないんだろ。キミが死ぬまで一緒にいるさ」
当然じゃないか。
そう笑う黒崎に、亜理衛もまた笑みを零す。
「そうだな、俺が言ったんだもんな」
「あぁ、キミが言ったんだよ」
そうして、二人は互いの笑顔を見つめていた。
怪盗と探偵として、友として、想い合う存在として。
唯一無二のかけがえのないものを手にし、二人は笑っていた。
怪盗は死んだ。
自身の手によって。
そして世間を賑わせたのが嘘のように、人の営みの中で彼の存在は徐々に希薄していく。
彼自身が望んだままに、時の中に忘れ去られていった。
残された探偵は歩き続けた。
怪盗の叶えた夢を見届けるために。
隣に立つ彼と、未来に進むために。
しばらくしてから、ほんの少しだけ世間が騒がしくなった。
かの有名な探偵、亜理衛ハジメが助手を招き入れたということが知れ渡ったのだ。
彼に世話になったり助手に憧れた者が「どうして急に」と詰め寄ったらしいが、誰もが納得のできる明確な答えは得られなかったらしい。
どんな人間が助手になったのかも、もちろん探られた。
だがその立場を射止めた青年の経歴は、どこの誰が調べても名前以外のことは分からないままだったという。
探偵との関係も、過去も、何もかもが闇の中だった。
幾ばくの時間が過ぎたか。
親しい知人が探偵よりやっと聞き出したのはこんな理由だったという噂が流れた。
「俺に付き合えるのはコイツだけだし、俺もコイツじゃないと嫌なんだよ」と。
そう言って笑う探偵の横には、黒髪の助手が微笑みながら佇んでいたという。
+ + + + +
畢生:ひっせい
生を終える時までの間。終生。一生。
前提万里:ぜんていばんり
これから先の道のりが非常に長く遠いこと。
また、その人物の前途に大きな可能性が広がっていること。前途が明るいこと。
万里一空:ばんりいっくう
世界のすべては同じ一つの空の下にある、という見方を表す表現である。
どこまで行っても同じ世界だと、冷静に物事を捉える精神的境地を示すとされる。
転じて、どこまでも同じ一つの目標を見据え、たゆまず努力を続けるという心構えを表す。
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