溶けかけ。
2024-10-02 23:08:34
2280文字
Public ほぼ日刊
 

✕✕✕回目の結婚式

貴族パロかつループするヌヴィレットとフリーナのお話です。

「私には愛や恋というものは分からない。故に、君を愛することはない。だが、公爵の妻としての責務は果たしてもらう。後は愛人を囲うでも散財をするでも好きにするといい」

 夫となった人は僕にそう言った。本来ならば、初夜のための場で。

……分かったよ。だが、口約束ではもしもということがある。後日、詳細を書面にしてくれ。キミの言う『好きにしていい』がどの程度の物なのか、互いの認識を擦り合わせる必要もあるからね」

 ヌヴィレットは目を見張る。
 頭が悪く、男と金にだらしない女性だと聞いていたのだがどうやら、噂は所詮、噂でしかなかったようだ。
 目の前の少女を見遣る。色違いの青い双眸は司法の悪魔と呼ばれるヌヴィレットを前にしても僅かな揺らぎも見られない。
 
「確かに、君の言うことにも一厘ある。では、後日、契約書という形で君の元へ届けよう」

「ありがとう。助かるよ」

「礼には及ばない。結婚も契約の一種であることには変わりがない。ならば、明確化は当然のことと言える」

 彼が寝室から退出する。広いベッドに寝転べば、髪や肌から柔らかで清涼なラベンダーの香油が香る。
 あぁ、無駄になってしまったな、なんて詮無いことを考えた。式が終わった後、一心不乱に磨き上げてくれたメイドさんたちには悪いことをしてしまった。

 (疲れたな……今日は早く休もう……

 体がベッドへと沈み込んでいく感覚に疲労を自覚する。
 穀潰しが居なくなると喜ぶ家族に、敵意を向けてくるメイド、愛することはないと言った夫。
 フリーナは毛布を頭まで被ると耳を塞ぎ、膝を抱えて体を丸めた。

 (このまま、朝なんて来なければいいのに……

 ふかふかな寝具とラベンダーの香りに包まれて、徐々に目蓋が重くなっていく。

 (おやすみなさい、フリーナ……今日も一日お疲れ様……



 あのメイド、ここまでするのか……

 フリーナは馬車を飛び出す。夫であるヌヴィレットに好意を抱いていた事は知っていたがまさか、暗殺者を雇うとは思わなかった。
 フリーナはそばにあった石を拾い上げると、御者を襲っていた男に投げつけた。

「キミたちのターゲットはこの僕だ! 捕まえられるものなら捕まえてみるがいい!」

 ドレスの長い裾を引きちぎり、靴を脱ぎ捨てると近場の森の中へと駆け出す。男たちを翻弄しながら、森の中を右往左往し、気がつけば奥深くへと迷い込んでしまっていた。

「ここまで……くれ、ば……大丈夫……

「へえ? 本当にそう思うの?」

 人の気配のないはずの森の中に女の声が木霊する。
 声のした方を振り向けば、専属メイドの女がナイフを握りしめて立っていた。虚ろな眼は光一つ差さず、どんよりとした仄暗い瞳が無感情にフリーナを見つめていた。
 

「なんで、あんたなの?」

「は?」

 こてん、と女が首を傾げた。その仕草は濁った瞳と相まってどこか機械的でフリーナの背筋に冷たいものが落ちる。

「私ね、いいことを考えたの」

 フリーナに問いかけておきながら、女は返答を待たずに話題を変える。

「フリーナ様は暴漢に襲われて、殺されるの。でも、暴漢はフリーナ様の愛人なの。つまり、痴情の縺れってやつね。そうしたらあのお方も悲しまないでしょ?」

 ぎらりと女の手に握られたナイフが月明かりを反射して鈍い輝きを放った。
 ぞわりと全身の皮膚が粟立ち、警鐘が頭の中で鳴り響く。本能が全力で逃げろと叫びだす。
 フリーナは脇目も振らずに駆け出した。枝葉を踏んで血が滲もうと走り続けた彼女の足は既に限界で、木の根に躓いただけで立ち上がれなくなった。
 倒れて動けなくなったフリーナの上に女が跨り、ナイフを振り上げた。

「死ね」

 体に冷たいものが突き刺さる。女が笑みを浮かべながら、何度も何度もナイフを振り上げているのが霞む視界でも鮮明に映った。

 (寒い……僕は…………死ぬのか……ああ、でも、それでいいのかもしれないな……どうせ、僕が死んだところで何も変わらない……

「フリーナ!」

 女の潰れたような悲鳴が聞こえ、体にかかっていた重みが不意に軽くなる。誰かに抱き上げられている、と気づけたのは温かな体温が触れたからだった。

「目を開けてくれ……!」

 青色の光が彼の手から放たれる。そんなことをしても無駄なんだ、ヌヴィレット旦那様
 
「も、う……いい、よ……

 せめて、最期に笑ってみせる。だって、死の恐怖に負けたくなんてないだろう? だからさ、キミも笑ってくれよ。大嫌いな人間がこの世から消えるんだ――こんなに喜ばしいことはないだろう?

「喋ってはならない……今すぐ、治して……

 ヌヴィレットの手に血まみれの小さな手が重なった。彼が彼女を見遣れば、穏やかな顔で細い首が左右に振られた。

「あり、がとう……その、きも、ちだけ、で……うれし……いよ……



「新婦のご入場です! 皆様!拍手でお迎え下さい!」

 拍手の音にヌヴィレットは我に返る。隣には迎えたばかりの妻、フリーナがいる。

「病めるときも健やかなるときも、苦楽を共にし、生涯愛し続けることを誓いますか?」

「誓います」

 二人の誓いの言葉がハーモニーを奏でる。指輪を嵌めるために取った小さな手は暖かく、生きていることを知らせてくれることに安堵してそっと息を吐き出した。

 もう二度と失うことがないように、と指輪を嵌めながら今回も叶わないであろう願いを込めた。