溶けかけ。
2024-10-01 20:48:13
1882文字
Public ほぼ日刊
 

きみに幸あれ。

バウムクーヘンエンドのフリーナの話。
※ヌヴィレットが他の人と結婚する描写が有ります。


 それは、青天の霹靂だった。

「ゴホンッ……その、想い人ができた……と思う」

 そう言うと、ヌヴィレットは僅かに頬を染めて紅茶のカップに口を付けた。乾いていた唇を紅茶で湿らせた彼は再び口を開く。

「それで……物は相談なのだが……私は、女性が喜ぶようなものに疎い。そこで、君ならば、と思ったのだ。どうせなら、彼女に喜んで貰いたくてな」

「へえ、いいね」と口が勝手に動いた。そこからは驚く間もなく、とんとん拍子に話が決まっていく。買い物に行く日、何処に行くか、何をするのか――フリーナの心を置きざりにして。

「折角ならデートでもしてみたらいいんじゃないか? ほら、ここ……ここなら個室だし大切な話にはもってこいだ。当日は僕が適当に記者たちの目を引きつけておくからさ。キミはその間に告白の一つでも済ませるといい」

……君はそれでいいのか?」

 ヌヴィレットの目に困惑の色が浮かぶ。まったく、いつも妙なところで鋭いんだから困ってしまう。

「勿論だよ。僕を誰だと思っているんだい? この国の元スターとして、記者たちを撹乱することくらいケーキを食べるより簡単なことさ!」

 フリーナが胸を張って答えれば、ヌヴィレットが安堵の表情を浮かべた。掴みは上々。さあ、誰よりも上手く踊ってみせろと自身を鼓舞する。

「すまない。感謝する、フリーナ殿」

「構わないよ。大切な元部下……いや、友人のためだからね!」

 笑え、笑え。これは彼の……彼に贈る最初で最後の晴れ舞台なのだから。



「良い式だったわね」

 シャンパンを嗜んでいたフリーナの背後から声が掛かる。その名を呼べば黄色いパーティードレスに身を包んだナヴィアが隣に並んだ。彼女の手にも似たようなグラスが握られている。
 
「そうだね……良い式だった。まさか、ヌヴィレットに先を越されるとは思わなかったけど」

「あはは! それは私もそう思うわ。ヌヴィレットさんって一生結婚しなさそうな雰囲気があったものね。ほら、仕事が恋人、みたいな顔をしてるでしょ?」

「ふふっ……確かに」

「おーい! ナヴィア、フリーナ! ブーケトスが始まるぞー!」

 可愛らしい淡桃のドレスに身を包んだパイモンが大きく手を振る。

「ええっ、もうそんな時間!? 急ぎましょ、フリーナ!」

 ナヴィアがフリーナに手を差し出す。

「そんなに急がなくても待っていてくれると思うよ」

 フリーナの言葉にナヴィアが首を左右に振った。

「いいこと、フリーナ。ヌヴィレットさんが結婚したということは、年齢的に次はフリーナよ」

「うぇぇ!? ぼ、僕は別に……!」

 フリーナの制止を無視してナヴィアは彼女の手を掴むとぐんぐんと人垣の中へと入っていく。
 花嫁を中心とした輪にパイモンの気取った声がブーケトスの開始を告げた。

 花嫁がその声を合図に色とりどりの花で作られたブーケを投げる。幸せのお裾分けを狙って駆け出す者、呆れたようにため息をつきながら見守る者、そもそも参加する気のない者――様々な人々に見守られながら、幸せは次なる人の元へと舞い降りた。


「いい式だったなぁ……

 ルキナの泉によく似た噴水に腰掛け、足を浸したフリーナはパシャパシャと水をかき混ぜる。一日中履いていた相棒のヒールは乱雑に脱ぎ捨てられ、彼女の傍らには色鮮やかなブーケがくったりとした様子で置かれていた。彼女の痴態を咎める者も記事にしようと追いかけ回す記者もここにはいない。
 それは当然だ。ここは旅人から借りた洞天の中なのだから。
 フリーナは傍らのブーケを取り、両の手のなかで転がす。甘やかな香りに綺麗な薄青のリボン――ぽたりと花弁に雫が伝った。

「あ、あれ……? おかしいな。なんで涙が……

 自覚してしまったら早かった。ぼろぼろと涙が堰を切ったように溢れ、花弁やドレスを濡らしていく。

「ねえ、ヌヴィレット……僕、頑張ったんだ……キミが幸せになるようにっ…………だって、ひっく……僕はずっと、キミが好きだったんだ、から……

 花嫁を抱いて幸せそうに笑う彼の顔が脳裏に浮かぶ。本当はどうぞお幸せに、なんて、おめでとう、なんて言いたくなかった。だって、言ってしまったら最後、彼が手の届かない場所に行ってしまうような気がして。

「ダメだなぁ……僕は。キミが結ばれなきゃよかったなんて思ってしまうんだから……

 ごめん、ごめんね――ヌヴィレット。
 今日だけはキミの幸せを願えない僕をどうか赦しておくれ。