いを
2024-10-01 20:29:04
2464文字
Public 刀神
 

救済をゆれる炎にかざしつつ

青嵐
・ふんわり紫垂月さん【Metol_P】
お借りしています。

 私が目を醒ましたときにはたぶん、すべて終わっていた。
 霧を討ち、そして晴らした場所は当たり前だが今、関係者以外立ち入りを禁止されている。私が入れるかどうかも不明だ。死んだ人間に会いたいという強い願いを私は持たない。持たないからこそ煉魔区に入った。結果、符や式神を量産しすぎてこのありさまなのだが。最前線で戦い抜けるような力は持ち合わせてはいないし、下緒院があつまっていた場所で、ただただ筆を走らせていた。
 いつの間にか生気切れをおこして昏倒していたらしい。テレビを見ればあれから3日がたっていた。頭痛と吐き気に参りそうになりながらも、どうにか生きて煉魔区から出られた。この年になっても刀遣いとして、術者として、生きていてもいいらしい。今回の任務が最期かもしれないと多少なりとも考えてはいたのだが。
 遺言書もひととおり書き直した。私がこの世にのこしたいものなんて、そんなにないのだけれど。
 遺産――とおくにある不動産も含め、すべて雲井家に遺す予定だった。苗字を借りているだけの繋がりだが、あの家がなければ今の私も存在していないだろうから。
 いつか連れて行きたいと思っていたその不動産も、私は連れて行ってはあげられない。
 雲井家にひとり、私と似た目をもつ少年がいた。
 その子に故郷の海を見せたかったが、それは許されないことだった。そう決めたのは私の生家であった。その約束だけは果たさなければならない。果たしながら、私は夢に見るのだろう。
 あの胸が苦しくなるほどの青さを。


 沖縄には帰ることができないという話をしましたよね。
 それは私への罰です。
 私ははじめ、文筆家になりたかった。それもすぐに夢破れて――という言い方のほうが、らしい・・・でしょうか。
 もちろんそれが罰ではありません。力ない少年ひとりの夢を踏みにじることは容易かったでしょう。私の元の名前は照喜納てるきな。照喜納青嵐と言います。
 天照る神……火の神の名ヒヌカンの名前を冠した苗字です。私の家は選民思想の強い家でした。わたしたちこそが真の火の――日の民だと。神に選ばれたものたちだと。ええ、よくある話です。
 照喜納の家系図の隅に雲井という家があります。そう、雲。太陽を覆う雲。それが雲井家です。そこにユタの血筋はなく、私のような目をもつものもなく、刀遣いや刀神はみとめてはいるものの、妖魔を殺すための組織であるという認識しかない家だった。だからこそ私は雲井家に入りました。
 私は罪を犯したのです。
 だから私は筆を折りました。もともと文才などありませんでしたし、諦めもついた。でも――だから、私は許さないと決めたのです。怒りと憎しみを私は忘れない。それが、私の――


 やさしいわすれな草色の青。鮮烈とは名状しがたくて、私はこの色が好きだ。セルリアン・ブルーのような目が覚めるような青もきらいではないけれど。あまりにも、思い出してしまうから。
 素足をくすぐる名残の波。波打ち際に立つと、やはりちがうのだと思う。ここの海と、沖縄の海は。そう思ってしまうくらいなら海にこなければよいのに、私はそれを否定してしまう。私はきっと恋しいのだ。帰りたいと思ってしまうのだ。あの海に。火とともに育ち、生きたあの場所に。
 白い陶器のような肌を、軽くあごをあげて振り向く。
 紫垂月頼宗。
 私と契約を結んだ刀神。
 あまり似ていないね、と彼は言った。
 私は頷くことしかできなかった。そう、似ていない。あの海には。あの空には。
 ウミネコが鳴いている。コンクリートのブロックに波が穿たれ、白く散っていく。陽に照らされて薄い紫色に見える雲が見える。
 あの雲が、私の生家が嫌っているものだ。
 こんなにも美しい色をしているのに。そう考えて、ふと目を細めた。ここの空を美しいと思うくらいになれたらしい。比べることもないだろうと。
 彼が、紫垂月頼宗がとなりにいるからだろうか。夢ではなく、現実の、ここに。
 美しいものを美しいと思える心というものを、忘れてしまっていたらしい。だから私は呟く。「この海もまた美しく、代えがたいものです」と。


 私の心はどす黒く、清廉潔白なわけではないのです。純粋な黒ではなく、色んな色を一緒くたにした汚い色です。
 変わってしまった。だから私は罰を受けたのでしょう。
 あの頃の私にはもう戻れない。かえれない。私が生きているからです。
 生きている限り変わっていく。変わってしまう。あなたも……刀神も、そういう意味で変わっていくのでしょうか。私には分かりません。
 あなたは、あなたであることに疲れてはいませんか。長く生きてきたあなたたちだからこそ思うこともあるでしょう。
 神が思うことを、ただの人間である私が知る術はないかもしれませんね。いえ――遣い。神の、遣い。それが私たち刀遣い。いつかいなくなる私でも、伝えていく術はきっとあります。
 けれど伝えなくとも、勝手に人間は増え、減っていくもの。その歴史の中で「いた」、「いない」という記憶も忘れられる。存在自体がなかったことになる。私たち人間も、あなたたち刀神も、きっと。ずっとずっと先の未来では。


 なかったことになることを、許す、許さない。価値観は人、神、それぞれだろう。
 けれど人間は忘れる生き物だから。忘れて許す生き物だから、やさしいというのだろう。
 それが「人間という概念」であるのなら、私は。
 ――私はそれでも。許すことを許さない。
 それを、心の奥底にしまってある。大切に。

 大切な、美しいと思える心と、どす黒いなにかを共にして。
 それでも神が生きろというのなら生きよう。
 となりの美しい神が私に――殉じていいと、それほどまでに価値あるものだと、みとめられるまでは。
 あまりに身勝手で自分本位な私だから、忘れられたい。火の中に入れた紙が燃え、煙として消えていくように。

 いずれ私は、そうして名のない雲になる。