2024-10-01 18:27:08
2949文字
Public スミイサ
 

みどりのひかり

スミイサワンドロライにお題【星空】で参加させていただいた時のスミイサ

 イサミの故郷の星が見たいな、と。スミスは確かにそう言った。
「別に、一緒に来てもいいが。ほんとに何にもないぞ? 観光地でもなんでもないただの田舎だ」
「観光に行きたいわけじゃないから、そんなことはいいんだ。イサミが迷惑じゃないならぜひ、行かせて欲しい。もちろん、あー、ご両親との時間は邪魔しないから」
 各国を周り、数日後には豪華客船に乗せられる――仲間の好意をこんなふうにいうべきではないとも思うが、こう言いたくもなるほど、この3ヶ月の休暇に俺の意思は少しも介在していなかったのだ――わずかな合間を縫って、俺は一度実家に帰ろうと思っていた。とっくに連絡は取れていて安全も確認できているが、一度も会えていないままで息子は豪華な船旅というのも両親からすれば複雑だろう。兄が亡くなってから、少々過保護にされていた自覚はあった。
 そうして少ない荷物をパッキングするさなか、スミスは突然言い出したのだ。一緒に行っていいかと。
 申し出に否はないが、それなりに疑問はあった。それが顔に出たのだろう、スミスは説明するように星が見たいのだとそう付け加えた。
「や、全然邪魔じゃねえよ。お前の話は聞かせてるし、来てくれたら親父もお袋も喜ぶと思う」
「本当かい? それは光栄だな。それじゃあぜひ、挨拶させて」
 スミスはそう、嬉しそうに目を細めた。帰ってきてから翠色になった瞳は、どこか人工的な美しさを持っている。前の蒼い瞳とはまた違う圧があって、なんとなく目を合わせにくいような気持ちになる。
「そ、それにしても、どうして星が見たいなんて。星ならそれこそ、ハワイの方が綺麗だったろ」
「綺麗な星空を見に行きたいわけじゃないよ。イサミの生まれたところの星が見たいんだ」
「はあ……
 俺の故郷の星空なんて、ネットで調べればいくらでも出てきそうだ。それでも、まあこいつが言うのならこんな害のない願い一つ叶えてやらない理由もないのだった。

 そして、俺たちは日本の片田舎にいる。ジワジワと泣く蝉の声、じっとりと肌にまとわりつく湿度の高い空気。アメリカの気候は知らないが、最近の日本の夏は特にヤバいと聞く。こいつには辛いんじゃないかと隣を見やれば、色の薄い肌を真っ赤に染め、汗をダラダラ流しながらもスミスはいい笑顔だった。
「なんかお前、思ったより元気だな」
「Of course! やっとイサミのふるさとに来られたんだ、ダウンしてる暇はないさ」
 幸いなことに、この辺りはデスドライヴズの襲撃はほとんどなかったようだった。両親が無事だったのもそのおかげだ。間隔のやたら広い電車とバスを乗り継ぎ、ついに俺の実家に辿り着いた頃には空はすっかり茜に染まっていた。
 それから、俺の帰還を喜ぶ両親にしこたま飯を食わされ、スミスも容赦なく納豆や刺身を食わされていた。悪気なく皿に乗せられたピーマンをぎゅっと目を瞑って飲み込もうとするのが哀れで、さっと箸で奪ってやったらやたらキラキラした目を向けられた。
 それからこの1ヶ月ほどの話をたくさんさせられて――解放されたのは、どっぷりと夜になった頃だった。
 いくら日本の夏は暑いと言っても、夜は少しは過ごしやすい。俺はスミスのリクエストに答えて、実家のあたりでも特に民家が少ない河原にスミスを連れて行った。
 人口の明かりがないこの町では、確かに東京や横田で見るよりもいくらか星が綺麗に見える。
 丸い小石が積まれた河原に腰を下ろして、俺たちはぼんやりと頭上を眺めた。
「Fantastic! 綺麗だな、イサミ」
……ああ、そうだな」
 見慣れた故郷の空よりも、それを見て嬉しそうなこいつの笑顔の方によっぽど価値があった。
「俺の生まれたところもそれなりに田舎だったんだ。見渡す限りトウモロコシ畑しかなくってね。それでも星は綺麗だった」
「アメリカからじゃだいぶ違うふうに見えそうだな」
「そうかもな? 比べたことはないからわからないが」
 ぱち、スミスが瞬きするたびに、翠の瞳がきらきら光ってみえる。妙な気分になるので正直やめてほしいところだ。ブレイバーンになってた後遺症なんじゃないかと一度ニーナ中尉に相談してみたが、生暖かい笑顔で流された。危険な症状ではないらしい。
「ダッドもマムも家を空けがちだったけど、仕事がないときは良く俺と遊んでくれた。家にいてくれるのが珍しいからって夜更かししようとしてた俺に付き合って、家の屋根に寝っ転がって星を見たりね。だから結構星は好きなんだ」
「へえ……
 何気ないふうに相槌を打って、俺は少し緊張していた。こいつから両親の話を聞く機会は少なくて、それでも二人とも軍属で、亡くなっていることくらいは知っていたから。
「だから、嬉しいよ。こうしてお前と星を見られて」
「そう、かよ」
だからって何だ、だからって。それはどういう意味の接続なんだ。あの戦い以来、こいつの言葉一つ一つになんだかペースを乱されている。
「月並みな話だけどさ、宇宙から光が届くのには時間がかかるって言うだろ? 今見てる光は、子供の頃のイサミを目指して降ってきたものかもしれないぜ。そう考えたら結構、ロマンチックじゃないか?」
「俺を目指して降ってきた、ね」
 親父、こいつに酒とか飲ませてないよな? 星々の雰囲気にあてられたのか、スミスはいつも以上に小っ恥ずかしいことを簡単に口にする。
「俺はそんな経験、一回しかしてないが」
 だからまあ、当てられたのは俺も一緒だ。星の美しさか、あるいは、ちょっと変なスミスに。そういえばどっちもちょっと変だったあのオアフの夜も星が綺麗だったとぼんやり、ゆだった頭で思い出す。
「イサミ?」
「お星様ってやつはな、みんなに向かって輝いてんだよ、別に俺のために輝いてるわけじゃねえ」
「いきなり現実的なこと言うなよ、イサミ」
「だから、俺を目指して降ってきたのは、お前だけ」
 眉を下げた情けない顔の、高い鼻をつまんでやる。
「い、いさみ?!」
「俺を目指して、まっすぐ降ってきてくれたのは、お前だけだよ。スミス。お前の、ブレイバーンの光だけ」
 脳裏に、あの閃光を思い描く。俺の命を救って、代わりに人生をぐちゃぐちゃにした、あの翠のひかり。俺はあの光が俺にめがけて降ってこない人生を、たとえ選べたとしてももう選ばないだろう。
「イサミ……
 鼻を摘まれた間抜け面のまま、スミスは俺の名前を呼んだ。女のようだと揶揄われたこともある名前だが、こいつに呼ばれる響きは好きだ。
「違うんだ、イサミ、君が、君こそが俺の……
 もごもごと口の中だけで何かを言おうとしていたスミスは、やがてぐっと押し黙ってしまった。
 ここ最近の俺たちは、ずっとちょっと変だ。俺はこいつに対して完全に対人関係のペースを崩しているし、こいつはこいつで俺にずっと、何かを言いたくても言えないような仕草をしている。
 ちょっと変、ちょっと変だが、今はこれでいいのかもしれないとも思う。表面の何かが揺らいでも、俺たちが深い愛と勇気で繋がっていたことは、きっとなくならないから。
 頭上の星空は白赤黄の光で埋めつくされて、緑色の星はひとつもなかった。