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榊
2024-10-01 18:26:23
3603文字
Public
スミイサ
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日々の残照
スミイサワンドロライにお題【写真】で参加させていただいた時のスミイサ アフスト沿い
☑️日々の残照
豪華客船の旅が始まって数日。イサミは自室で日課の筋トレに励んでいた。スミスとルルは船内のプールに遊びに行ったと聞いている。それに同行してもよかったが、なんとなく憚られて断ってしまった。
――
身の置き所が、わからない。それが、船に乗せられたイサミの正直な感想だった。結果的に世界を救うことができたとはいえ、それは世界が滅亡しなかったという以上のことを意味しない。イサミの手の届かないところで苦しみ、あるいは死んでいった人はたくさん居て、自分ばかりがこうして幸福を享受しているのは、なんとなく誠実でない、ような。
この休暇が仲間たちからの気遣いであり、またこの船に乗っている人たちが自分たちに特別感謝してくれていることもわかっていて、それでもどこか、違和感は拭えなかった。
「十四、十五
……
」
一セットを終えて、息をつく。あてがわれた室内の、やたらカラフルな床に身を預けた。火照った体にひやりとした床の感触が心地よい。
しばらくそうして息を整えていると、イサミの携帯端末が振動した。端に押しやっていたスマートフォンを取り上げて確認すれば、メッセージを送ってきたのはヒビキのようだった。
《休暇は楽しんでる?》
少し考えて、イサミはスマホの画面をフリックした。
《それなりに》
すぐに既読がついて、呆れたようなウサギのスタンプが返ってくる。
《それなりにってアンタねぇ》
《まあ、いいよ》
《イサミはそうだもんね》
む、と眉を寄せて、《そうってなんだよ》と返せば、またすぐに既読がつく。
《イサミらしいねってだけ》
《イサミ、写真送ってよ》
《毎日じゃなくていいから》
《楽しいと思ったときに》
「写真、って
……
」
携帯の画面を見つめて、イサミは呟いた。
イサミは、普段から写真を撮る方ではない。カメラロールの写真は3桁で足りるし、それも10年弱のものが溜まりに溜まってそれくらいだ。買いたいものをメモする代わりのスクリーンショットとか、家族のイベントごとの時に数枚とか、それくらいがせいぜいだ。この生活の中の、楽しい場面を撮れと言われても、イサミは困惑してしまう。
《なんでお前に送るんだよ》
《いいから》
よろしく! と敬礼するネズミのスタンプ。それ以降イサミが何を送っても、その日中は既読がつかなかった。
それから、イサミは考えた。ヒビキに言われたからと言って、やりたくないのならやる必要はない。それでも、やりたくないというほどでもないし、ヒビキは(たまにふざけたことも言うが)基本的にいいやつなのも知っている。
だからまあ、写真の何枚かくらい撮ってもバチは当たらないだろうと、そう思ったのだ。
思った、のだが。
「全然、撮れない
……
.」
イサミは、柄にもなくスマートフォンを手放さなくなった。ゆったりと過ぎる日々の中、写真を撮るタイミングを常に伺っていた。それでも、これまで写真を撮る習慣がなかったイサミにはいつが「そのとき」なのか全くわからない。考えてみれば当然の話だ。ヒビキは楽しいと思った時に撮れと言ったが、イサミはまだここの暮らしに馴染めていない。
珍しいと思ったサメの口のような形をしたソファベッドの写真を送ってみはしたが、《これも可愛いけどそういうのじゃなくて》《スミスとかルルちゃんも映ってるようなのさ》《せめて一緒に遊んだ時とか》と矢継ぎ早にダメ出しをくらった。
「何悩んでるんだ? イサミ」
「おわぁ!」
イサミは慌ててスマホを取り落としかけ、すんでのところでキャッチした。
「す、すまない。驚かせたな」
振り返れば、スミスが困ったような顔で微笑んでいる。
「いや、気にするな。俺がぼうっとしてただけだ」
「そうか? ならいいんだけど」
スミスは、拳一つ分の隙間を開けてイサミの隣に座り、膝の辺りに肘をついて改めてイサミの方を見た。
「それで、何か困ってた?」
「困ってた
……
ってわけでもないが
……
」
スミスの緑の瞳を見つめながら、イサミは考えた。思えばATFの面々で写真を撮ろうとなったときにも、スミスのおかげでずいぶん楽しそうな写真になった。スミスなら友人も多いだろうし、こういう写真を撮るタイミングもわかるかもしれない。
ん? と続きを促すように、スミスが眉をあげる。なんともくだらない話だという自覚はありつつ、イサミはスミスを頼ることにした。
スマートフォンの画面を見せながら、スミスに体を寄せる。
「ヒビキが、写真を送れって言うんだ。楽しいと思ったときにって。
……
でも、普段から写真撮る方じゃないから、いつ撮っていいかよくわからなくて」
「景色とかの写真ってことじゃないのか?」
「いいや、違う。俺が楽しいと思ったときに撮れ、とか。お前とルルと一緒にいるときのにしろとか
……
」
「なるほど! そういうことか」
スミスは心得たというように笑って、立ち上がった。
「旅の楽しい写真ってわけだな。ルルは今映画友達と遊びにいっちまってるが
……
イサミ、スマホ借りていいか?」
「あ、ああ」
イサミがカメラを起動してスミスにスマホを渡せば、スミスは少し操作してインカメラにした。
「せっかくなら海が見えたほうがいいかな。イサミ、窓辺まで行こう」
スミスに促されるように、イサミは立ち上がり、窓辺に向かった。と言っても、この部屋
――
アルティメットファミリータウンハウスとかいう必殺技みたいな名前の部屋
――
は外から見えるようになっている場所が多く、実際にはそこは窓というよりは壁といった感じだ。
「いいかイサミ、画面じゃなくてカメラを見るんだぞ」
「おう」
スミスがイサミのスマホを掲げると、インカメラの画面には海を背景にイサミとスミスが見える。
「Say Cheese!」
スミスの腕はイサミの腰のあたりに回って、それでも決してイサミには触れなかった。イサミの体の横、イサミに触れないように開かれた掌に気を取られ、イサミはうっかりカメラから視線を外してしまう。
「ああ、ちょっと失敗したな。もう一枚とろう」
なんでもないようなスミスの声。イサミは慌てて、今度こそカメラを見た。
「
……
よし! いい感じじゃないか? とりあえず今日の分はこれを送ればいい」
返されたスマホの画面を確認すれば、器用に片目を閉じたスミスと、どこかぎこちない笑顔のイサミが映っていた。
「
……
ありがとう」
「どういたしまして。これからは俺も写真撮るようにするから、イサミもそのときに撮ればいい。そのうち習慣になるよ」
「
……
そうだな、頼む」
撮った写真を早速ヒビキに送ると、はなまるスタンプが返ってきた。
それから半年、イサミはいろいろな写真をとった。仕事中のヒビキは常に返信をくれたわけではなかったが、数回に一回短いコメントをくれ、必ず次の写真を要求した。ヒビキの要求に応えるうち、イサミのカメラロールはいつの間にか、スミスとルルとイサミの笑顔でいっぱいになっていた。
「
……
ね、撮っといてよかったでしょ」
イサミの、トレーニング用品くらいしかない殺風景な部屋。自分で持ち込んできたクッションに座ったヒビキは、やたら優しい声音でそう言った。
「
……
こうなるって、わかってたのか?」
カメラロールの中の楽しい日々は、過ぎ去って戻らない。漠然とこのまま三人で一緒にいられたらなんて思っていても、そうはいかないことくらいわかっているべきだったのだ。イサミはぐすと鼻をすすって、カメラロールに注いでいた目線をあげ、恨みがましげにヒビキをみた。
「まさか。もっと収まるところに収まると思ってたよ。でも、思い出はあったほうがいいでしょって思ったから、それだけ」
ヒビキが写真を送れと言ってくれなければ、イサミの手元にはきっとこれすら残らなかっただろう。ただ楽しい思い出と、楽しかったからこそ大きくなる寂寥。それだけを抱えてこのがらんどうの部屋で眠るのは、恐ろしい想像だった。
「
……
ありがとな、ヒビキ」
「どーいたしまして」
ヒビキはイサミの頭をぐしゃぐしゃとかき回した。スミスが最後に切ってから伸ばしっぱなしの髪の毛は、いつもより少しだけ長い程度になっていた。
「でもさ、スミスに言いたいことあるならちゃんと話しなよ? よすがにさせるために写真撮ってもらったんじゃないからね」
「
……
わかってる」
机に置かれたままのスマホの画面には、スミスとルルとイサミ、三人の笑顔が映っている。
あれは特別な休暇で、人生ずっとそんな風にはいかないことくらい、イサミはわかっている。それでも、イサミはただ、二人が自由に過ごして、そのあと帰ってくる場所にイサミもいたいのだ。再会が確約されない別れに、イサミはもう耐えられそうになかった。
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