2024-10-01 18:25:08
3267文字
Public スミイサ
 

計画と衝動とキス

スミイサワンドロライに【ロマンチック】で参加させていただいた時のスミイサ 地味に改題している

 ダッドは生真面目な人だったけど、人一倍マムを愛していた。マムはシャイな人だったが、ダッドからの愛の言葉を拒んだことはなかった。二人の記念日には、まだ子どもだったスミスを巻き込んでサプライズが行われたり、小規模なパーティが開かれることもあった。二人は、愛を伝え合う機会の全てを目一杯楽しんでいた。
 それには二人とも軍属で、生死というものに関して考える機会が多かったことが関係しているかも知れない。だが、結局のところただ、二人がそういう――ロマンティックな愛の営みを楽しみ、愛していただけなのだとスミスは思っている。
 そうして、そんな二人に目一杯愛されて育ったスミスもまた、〝そういう〟ものを愛していた。
 ローティーンの頃には、いつか心の底から好きな人と出会えたらどんなふうに愛を伝えようと夢想したことだってある。満天の星空のもとで告白するとか、薔薇の花束で想いを伝えるとか、青い空に教会の鐘が鳴り響く結婚式とか。そういう甘くてふわふわした、愛の営みにスミスは憧れていたし、いつかはきっとそういうことをしたいと思っていた。
 けれど、両親を亡くしてから、どうしてもそんな気分にはなれなくなった。結局恋愛というものは自分の人生に必須の要素ではないのだと、軍隊に入る頃にはすっかり諦めていた、のだが。
 はるか昔に死んだはずのスミスの恋心は、イサミに出会って燃え上がり――9メートルのロボットを生み出して世界を救ったりしつつ――スミスの思いもしなかった形で、叶った。
 だから、だからこそ。スミスは悩んでいる。
 つまり、イサミとの初めてのキスの、ロケーションについて。
 ローティーンのころ以来のこの議題が、最近のスミスの悩みの種だった。
「おいスミス、変な顔してどうした」
 世界で一番スミスを悩ませる男が、昼飯を食べる手を止め、眉間に皺を寄せてスミスにそう尋ねた。自分がどれほど簡単にスミスの心をめちゃめちゃにしてしまえる存在なのかということについて、イサミには全く自覚がないのだ。
「へ、変な顔?! そんな顔してたかな。なんでもないぜ、イサミ」
……ならいいが」
 イサミは納得していない様子で、箸でつまみ上げた鶏のもも肉と一緒に疑問を飲み込んだ。その、鶏の脂でわずかにぎらつく唇に視線が思わず吸い寄せられるのを、理性の力で矯正する。人と話す時の正しい視線の位置は眉間、あるいは鼻頭だ。間違っても唇ではない。
「そんなことより、イサミはどうなんだ。そろそろ聴取は落ち着いた?」
「あ、ああ……
 言い淀んだのは、今度はイサミの方だった。微かに俯くと、長いままの前髪が涼やかな目元に影を落とす。
「何か問題でも?」
 スミスはすうと目を細めて尋ねた。我知らず声は低くなっていた。
 ブレイバーンの正体がスミスだったと分かってから、ATF上層部は混乱した。それは当然だとスミスも思う。ヴェルムヴィータを打ち倒し空母に帰投したスミスとイサミは、一通りのメディカルチェックを終えたのち、長い長い聴取を受けることになった。ATFのメンバーにしたところでスミスとイサミに危害を加えたいわけではないから、スケジュールはある程度人道に配慮されているが、カバーストーリーを急いで作らなければならないのだろう、かなり突っ込んだところまで聞かれることもあった。イサミは特に一度尋問された経験があるからそのあたりは慎重に聴取を進めてくれとスミスからも配慮を願い出ていたが、もしかすればイサミの気に触ることがあったのだろうか? ロマンティックな妄想は一瞬で霧散して、スミスは真剣だった。
「いや、その、問題というわけではないんだが」
 イサミが小さな声でぽそぽそと言う。
「セグニティスとイーラと、それからヴェルムヴィータと戦った時の話をしたら、時間の計算が合わないという話になって」
……うん?」
「つまり…… 空母を出てから、セグニティスと戦うまで、何を、してたのかって、聞かれた、から」
……oh」
 ボーンファイアだ。絶対にボーンファイアのことを聞かれたのだ。
 スミスは、ずきずき痛む気がするこめかみを抑えたくなった。あの時の自分は、確かに自分ではあったのだが、割と自分の欲望の手綱を握れていなかったというか――ありていに言えば、はしゃいでいた。
「あー、それで、なんて答えたんだ?」
 それは話しにくいのも当然だろう。ロボ二機とルルとでと火を囲み、ご飯を食べ、浜辺で追いかけっこしたりしてすやすや眠りましたなんて、スミスだって言いにくい。スミスの聴取はブレイバーンになったあたりの部分を伝えるのが難しくてまだそこまで進んでいないのが幸いだった。
「そのまま……
「そのまま」
 スミスは鸚鵡返しに言葉を続けた。そのままって、どこまでそのままなんだ。そんなのは適当に英気を養っていたとか言えばいいのに、イサミは嘘がつけないやつなのだ。
「最初から……お前と二人で火を囲んで、話したところ、から」
「そこから?!」
 口に含んでいた汁物を吹き出しそうになって、慌てて飲み込む。胸の辺りを叩いて咳き込むスミスを、イサミは心配そうに眺めて背中をさすってくれた。
「大丈夫か?」
「あ、ああ。大丈夫だ、続けて」
 なおも気遣わしげにしていたが、促されればイサミは素直に口を開く。
「火を焚いて、チルの波動を感じて……お前が、その、飛びかかってキ」
「そこまでだイサミ!」
 スミスは思わず立ち上がり、手のひらでイサミの唇を押さえていた。そこは、そこは記憶から消すようにしていたのに! かあっと頬に熱が集まるのがわかる。
 がたっと椅子の動いた音と、スミスの大声で食堂のメンバーが一斉にこちらをみた。ソーリーと方々に謝って、スミスは椅子に座り直す。そうしてイサミに顔を寄せ、小声で続けた。
「本当に話したのかそんなこと?!」
 イサミは不機嫌そうに眉を寄せる。
「だって全部話せって言うから」
「それにしたって……!」
「じゃあなんだよ、お前は話されたら困るのかよ」
「困っ……君だって困るだろ!」
……恥ずかしかっただけで、俺は別に困らない」
「え?」
 よく見てみればイサミの頬はわずかに赤く、目を逸らされたのは不機嫌ばかりが理由ではないと知る。
「アオ三尉にキスしようとしたんですねって聴取の人に聞かれて困ればいいと思った」
 お前が無かったことにしようとしてるからだ、と。イサミは憮然と呟いた。
「無かったことにした方が…….お前のためかと」
「いつ無かったことにしてくれって頼んだ?」
「キスしていいって意味に聞こえるぜ」
 耳を流れる血流がどくどくとうるさい音を立てる。つい先ほど、意識せずイサミの唇に触れてしまった手のひらの感触がやけに生々しく想起された。
「しろよ。せっかくしやすい体に戻ったんだから」
 Do it、短いセンテンスが耳に入ると当時に、スミスの体は動いていた。テーブル越しにイサミの服の襟元を引っ掴んで、唇を寄せる。イサミの瞳が驚きに見開かれるのがやけにゆっくり見えて、ああ、かわいいなと思った。
 イサミの唇は食べ物の脂で少ししっとりしていて、燃えるように熱かった。もしかしたら熱いのは自分の体の方なのかもしれなかった。
 イサミがうめいて、思い切りスミスの胸を叩く。熱に浮かされた頭の中、スミスはちぎれかけた理性の手綱を無理やり引き戻して、ぎゅうと握っていたイサミの服を離した。
「だ、誰が今しろって言ったよ!」
……へ?」
 周りには、顔を赤らめて目を覆う人、にやにやと笑みを浮かべる人、呆れたようにため息をつく人。
 ここはATFの食堂、人の多い昼下がり。
 満点の星空も、薔薇の花束もない代わりに、人々の好奇の視線だけがある。
「ホーリィ…….」
 何事も、計画通りにはいかないものだ。ロマンティックな初めてのキスを夢想していたローティーンの頃の自分が、心の中でおろおろと顔を赤くしていた。