2024-10-01 18:23:07
2917文字
Public スミイサ
 

人はそれをSANJIKAIという

朗読劇(昼)バースの頭の悪いスミイサ

「なぁスミス。夜、空いてる日ないか?」
 つい先ほど書面で返ってきた健康診断はオールグリーン。ロボになっていた割に健康だった。だというのに、全く問題がないはずの胃はイサミの言葉を受けてぎゅうと捻れるように痛む。
「ああ、夜なら結構暇だぜ! 一通りメディカルチェックも終わって今は安静にしてろって言われてるし、って言っても門限があるから自由に外出できるってわけでもないが、それも君も同じだろ? それにしたって、申請すれば問題ない」
 動揺から一瞬生まれた沈黙を埋めるように、スミスは笑顔を作って捲し立てた。内心ではばたばたと動揺していたのに体はイサミにウィンクまで送っているのだから、スミスは自分の体をほめてやりたくなる。ちょっと早口になったのは減点だが、まあこれくらいなら許容範囲だろう。
「ほんとうか! よかった」 
 イサミの不安げに寄せられていた眉がふっとほころび、小さな琥珀の瞳に光が差す。
 人よりも目立ちにくいその瞳の色や存外長い睫毛まで認めることのできる距離を許されているのは、スミスにとってはこれ以上ないほどに嬉しいことだが、無防備な表情に焦りが生まれるのも確かだ。イサミはスミスがイサミを思う気持ちをわかってくれているとは思うが、充分にはわかっていない。というより、自分がスミスに傷つけられることはあり得ないとでも思っているのだろう。野生の抜けきった家猫が腹やら顎の裏やらを見せてくるみたいに、とにかく安心しきっている。
 それも嬉しいが、あいにくスミスはイサミの善良な飼い主ではなく、キスやそれ以上のことだっていつかはしてみたいと思っているくらいには欲求を持ち合わせていて――だから、イサミの態度は心臓に悪いのだ。
「しかし、イサミから誘ってくれるなんて珍しいな。呑みにでも行くのか?」
 一瞬遊離した思考を打ち消すようにそう尋ねると、イサミの頬がうすらと赤く染まり、小さな口が控えめに開いた。
 また胃のあたりに重たいものが溜まってくるのを感じながら、スミスはイサミを見つめる。イサミは、言い淀み、視線を逸らしてはちらちらとスミスの方を伺った。――なんというか、すごく、胃とか心臓とかに悪い。ほんとうに。
「どうした? イサミ。何か言いにくいことでも?」
 それでも、イサミが困っているのならスミスは手を差し伸べずにはいられない。たとえ困っている姿が愛らしく映ったとしても、もう一回死ぬんじゃないかというくらい自分の心臓の音がうるさくても、イサミの憂いを取り除くことのほうがよっぽど重要なのだ。
「そ、その……もう一回、したいんだ」
……何を?」
 イサミはとうとう俯き、長いままの黒髪がイサミの目にかかった。すっと通った鼻梁の下、唇が小さく動く。
……ボーンファイアの、つづき」
 その瞬間、スミスの脳裏にあの夜の記憶が蘇った。マウナケアの美しい星空と穏やかな海、耳に心地よい波の音、足元で遊ぶ砂、皆で囲んだ食卓、『大好きだ』とイサミに飛びかかった自分と、それを赤面して受け止めたイサミ――一緒に歌ってくれると言ったイサミ、踊りに誘ってくれたイサミ、ブレイバーンの吐き出す泡で気持ちよくなっていたイサミ、そして、浜辺に描かれた相合傘――
「それってつまり……SANJIKAI、だな?」
 ショートした脳味噌があまりにもくだらない言葉を吐き出して、それでもイサミは顔を赤くしたまま、こくりと頷いた。

***

 ざざあん、と。波が寄せては返す音がした。スミスとイサミがここについてから300回目の波の周期を、ちょうどスミスは数え終わったところだ。
「星、綺麗だな」
「ああ、そうだな」
 イサミがこてんと頭をスミスの肩に預けてきた。薄いシャツ越しにイサミの体温が伝わってくる。301回目の周期。
 眼前でぱちぱちと燃える炎は、あの時ほど大きくはないけれど、それなりに立派な焚き火だ。熱気で温まっているのか、イサミの頬は普段より血色が増して見えた。周期は302回目。
「ぼ、ボーンファイアの続きっていうなら、ルルは呼ばなくてよかったのか?」
 今日のルルはミユやヒビキと遊ぶのだと言っていたのをスミスも知っていた。こんな間抜けな質問をしたのは、単純に間が持たなかったからだ。
……あのときは、お前がいなかったから。お前もいてほしかったってずっと思ってて、だから……
 スミスの肩に頭を預けたまま、イサミは少し首を捻ってスミスの目を見た。琥珀色の瞳は炎に照らされてすこし赤みががかって見える。周期は305回目。あれ、それとも304回目だっけ? 本音を言えば、このカウントが正しい自信はスミスにはない。それでもこうやって意識を紛らわせていなければ、自分が何を口走るか定かでないのだ。こんなふうに対人関係で、しかも色恋沙汰で自分の制御が効かないのは初めての経験で、どんなバカバカしいことでも試してみるほかない。
 イサミは一度目を逸らしたが、またスミスを見て、少しばかり気恥ずかしそうに口元を緩めた。
「今日は、ふたりきりがよかった」
 自分の浮かべていた笑顔が張り付いて固まるのがわかった。ふたりきり。ふたりきり?! 夜ふたりきりになることの意味を、わかっているのかイサミ。俺は君を押し倒してキスしそうになった男だって、本当にわかっているのか?! 思考が一瞬で脳内を巡り、スミスは手をついていた浜辺の砂をぎゅうと握る。
「ふたり、きり……
「そう、ふたりきりだ」
 イサミは少し手を伸ばして、イサミの側についていたスミスの腕に自分の指を滑らせた。ぎゅうと握りしめたスミスの拳をあやすように、イサミの手のひらが上から包み込む。すり、と指先に撫でられれば、スミスは大人しく手から力を抜くほかない。
「い、いさみ?」
「なあ、スミス。あの時できなかったこと、いまならできると思うんだ。……だめか?」
「だめ、か、って」
 イサミは低い位置からスミスを伺うように、その小さな瞳でスミスを見つめていた。スミスが答えるのを待っていた。
 ごく、と唾を飲み込む。あの時できなかったことの、続き。それは、それは、どうしたって、アレのことじゃないか。薄く開いたままのイサミの唇に視線が吸い寄せられる。
 こんなことになると思っていなかったから、自分のリップケアがおろそかかもしれない。最後にリップを塗ったのはいつだっただろうか。唇はカサついていないだろうか――だが、どれも大した問題ではない。
「イサミ……
「スミス……
「イサミ……ッ!」
 イサミを呼ぶ声に万感の思いを込め、スミスはイサミに手を伸ばした。こういうことはもっと段階を踏んでからと思っていたが、イサミが今、ここでと望むなら、スミスはそれに答えねばならない。
 合わせるように伸ばされたイサミの指が、スミスの手のひらを掬った。そうして、イサミは立ち上がり、ぐっとスミスを引っ張り上げる。
「踊ろう! スミス! あの日できなかった分も!」
……pardon?」
「マイムマイムだ! スミス!」
 ざざん、と波が寄せ、楽しそうなイサミの足元を濡らした。