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榊
2024-10-01 18:20:06
3969文字
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スミイサ
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10話軸のルル+ミユ 根底にスミイサ
タイトルはある映画のサントラから(一番最後のページで映画のタイトルを出します)
1
2
写真の中のスミスを見ると、泣き出したいような、じっとしてはいられないような、そんな気持ちになる。
「
……
ルルちゃん、その写真は
……
」
肩ごしにミユに話しかけられて、ルルは振り返った。
「うん
……
スミスの。ルル、ずっと
……
」
指が無意識に写真をなぞる。この十数年、引き出しの中にしまい込んでいた写真。スミスの愛したヒーローのポスターやフィギュアは部屋に置いておけた。スミスの好きだったもの、スミスが教えてくれたものに囲まれて生きるのは、悪い気分じゃなかった。それでも、スミスの写真だけは、見られなかった。
「
……
その写真のスミスさん、わたしはすごく好きです。力が抜けてて、自然体といいますか!」
ミユは私の肩に手を置いて、そうにこりと笑った。
「
……
ミユは、そう思う?」
思わずそう問いかけてしまった瞬間、ミユの顔が曇る。そんな顔、させたかったわけじゃないのに。
「ルルちゃんにはどんなふうに見えますか?」
ミユは私の顔を覗き込んで慎重な声色で言った。私を、心配している。慰めてくれようとしている。
「ルル、は
……
」
子どもの頃の
――
オジサマから排出された直後の私が、スミスと笑顔で写っている写真。私はあの時、発話や情動こそ幼かっけれど身体機能は備えていたから、記憶はしっかり残っている。
スミスが難しい顔で突いている金属の板、セルフォンが気になって、触ってみたいと駄々をこねたのだ。スミスは困ったように眉根を下げて、これが終わったらなと笑った。熱心にセルフォンに向き合って何かを打ち込むその背中を、ルルは頬を膨らませて眺めていた。
「ようし。いいぞ、ルル! おいで」
用事が終わったのだろうスミスはルルを呼び寄せて、何かを考えた後カメラを起動した。インカメラにしてルルに画面を見せてくれたのだ。
「スミス! ルルとスミス、いる!」
「これはカメラだよ、ルル。ほら、こうやって手を動かしたら、こっちも動くだろ?」
スミスがルルの手を取って、左右に振った。カメラの中のルルとスミスの腕もそのように動いて、ルルはひどく興奮した。
「カメラすごい!」
それからスミスがシャッターボタンを押して、写真が撮れることにもルルは驚き、喜んだ。それからしばらく、写真を撮ることはルルのマイブームになった。
そのうちの一枚が、この写真だ。夕暮れの甲板で、ルルがシャッターを押した写真。
確かに覚えている。全部、覚えている。
他の写真もそうだ。カレーを口に運ぶ瞬間の、少し崩れたスミスの顔。涎を垂らして眠っている穏やかな顔。どれもこれも、ルルが撮ったものだ。映り込んだ影がルルが撮影者であることを証明している。でも。
「私は、わからない
……
」
ぽつり、漏らした言葉はどうしようもなく本音だった。
「わからない、ですか?」
私はこくりと頷き、また写真に視線を落とす。
スミスと過ごした時間はそう長くない。一ヶ月にも満たない、瞬きのように過ぎてしまった時間だ。それでも、私はスミスのことが大好きだった。親というものを知るよりも早くスミスを知った。世界の何よりはやく、スミスのことを知ったのだ。ルルにとってスミスは世界だった。
温かい体温、綺麗な目、潮風で少しくすんだ、ふわふわの金髪。拗ねる私を宥める優しい声。ぜんぶ、大好きだった。大好きだったのに、私には見えていなかった。あの頃スミスが何に悩んでいたのか。何を考えていて、何に苦しんでいたのか。写真の中のスミスの寝顔は穏やかで、笑顔は爽やかだ。カリーを口に運ぶ瞬間の間の抜けた顔は、かわいらしいとさえ思うのに。
「スミスが私保護してくれてたとき、私スミスのこと
……
なにも、わかってなかった」
最期のときの、あの言葉が私の胸を塗りつぶす。後悔と未練と諦念に満ちたことば。ルルが初めて聞いた、愛にざらついた声。
そんなのルルは知らなかった。スミスはいつでも明るくて優しかった。たまに怒っても、それは私を思ってのことだった。
懺悔のような、告解のようなそれを聞いて、私は打ちのめされたのだと、思う。
あの時、あの瞬間は、イサミが死んでしまったこと、ブレイバーンだったスミスが死んでしまったこと、その衝撃でいっぱいだった。それでも、後になって辛く思うのは、ルルは、ルルを慈しんでくれた人たちのことを何もわかってはいなかったのだと思い知らされたことだった。
スミスだけではない、イサミのこともだ。あの時のルルは、スミスに敵対的であるというだけでイサミに敵意を向けたこともあった。そうでなくとも、空母から蹴り落とすなんてとんでもない話だ。昔の私はやんちゃすぎる。
それでも、イサミは私のことを慈しんでくれた。スミスが死んで、自分も辛かったはずなのに、私を抱きしめて励ましてくれた。
たくさんの人に守られ、愛されていたのに、ルルは彼らのことをわかっていなかったのだ。何一つ。
ルルに背を向けて操っていた端末で、スミスは何をしていたのだろう。ルルを抱きしめた肩口の向こう、イサミはどんな顔をしていたのだろう。
今になっては、知りようもないことだ。残っている写真は少なく、そもそもほとんど私が撮ったものなのだから、私が知らない部分がそこに映っているはずもない。
「スミスだけじゃない、イサミのことも
……
ルルあんなにそばにいたのに、あの時も今も、わからないまま。私、それかなしい」
写真を見ると思い知らされる。そこには、ふたりがルルに見せていた顔しか写っていないから。映っていないものは自分の知らなかったものだ。
「わからないまま、ふたりとも死んじゃった。もう聞けない」
答え合わせはもちろん、ありがとうの機会もごめんなさいの機会も永遠になくなったまま。ただ苦い幼さの記憶がそこにある。
「ルルちゃん
……
」
肩に添えられたミユの手に、力がこもった。
「はっ、ごめん、ミユ! イサミとスミス、ミユのともだち。ミユもイヤだよね、こんな話」
私は慌てて謝った。ミユは今も生きて私を大事にしてくれている人のひとりだ。ミユに嫌な思いをさせるのは本意じゃない。
「いいえ、ちっともイヤじゃありません。むしろ話してくれて嬉しいです」
ミユは優しい。いつも通りの明るい声で、ミユはそう笑った。
「
……
ルルちゃんが知らないことがあったとしても、ルルちゃんの知ってることまで無くなったわけじゃありません。私もおふたりのこと、知らないことばかりでしたが
……
示してくれた友情が嘘だったとは思いません」
「ルル、そんなつもりじゃ」
「ふふ、わかってます。不安になってしまうのは仕方ないことです」
二人からの愛を疑いたかったわけじゃない。慌てて口を挟めば、ミユも頷いて同意した。
「
……
これは、私の想像ですが」
指を一本立てる仕草は、どこかコミカルでキュートだ。ミユのそういうところを私は素敵だと思う。
「スミスさんもイサミさんも、ルルちゃんに自分の悩みを見せずにすんでいたこと、喜ぶんじゃないでしょうか」
「よろこ、ぶ
……
」
「はい。おふたりとも、優しいひとですから。あの頃のルルちゃんに辛いものは見せたくないと思って当然です。ルルちゃんに知らないことがあったのは、ルルちゃんのせいで起きた悲しいことではなくて、ルルちゃんを愛していたからそうなったのだと私は思います」
私は思わず押し黙った。それも、多分わかっている。ふたりは節度ある大人として、子どもの私を大事にしてくれていたのだ。私だって目の前に〝ルル〟がいたらそうするかもしれない。それでもどこか、罪悪感は抜けない。
「とかいって、私もおふたりのこと、全然わかっていなかったんですが!
……
でも、人って案外そういうものじゃないでしょうか。人のことなんてわからなくて当然です。誰しも見せたい自分と見せたくない自分がありますからね。その人がありたいように自分を見せることができていたなら、それは幸せなことじゃないかと思うんです」
「そう、だね」
ミユのいうことは、わかるようなわからないような感じだ。確かに私も、二人が見せたくなかったものまで詳らかにしたいとは思わない。でも、私がもっと、二人の荷物を分けてもらえるようなひとだったら、何かが違ったのではないかと考えてしまうのも本当だった。
「
……
それでも納得ができないなら、聞きに行くしかありませんね」
私の表情を見て、ミユは静かにそういった。
「ブレイブドライバーの完成はすぐそこです! あの頃のお二人に会いに行けたのなら、ルルちゃんならきっと違う未来を掴めます」
「ミユ、ありがとう」
きっと昔も今も、変わらない。ミユの差し出してくれる愛を十全に受け取れているのかどうか、今でも自信はない。過去に飛んだ先で、もっとこうしていればと思う日も来るのかもしれない。
それでも、あの、写真の中にしか残っていないハワイの初夏に戻れたなら、私は今度こそうまくやってみせる。たくさんの人に愛されて大きくなった私が、今度はみんなのことを助けたい。
「ルル、絶対ふたり助ける。向こうでミユのことも、ヒビキのことも、ヒロのこともサタチョのことも幸せにする。二人が生きてたらみんな幸せ!
……
だよね?」
「はい! ルルちゃんならきっとできます。
……
応援してます」
ミユはルルの手を握って、きゅっと力を入れた。荒れた手のひらはしかしあたたかく、私を慰めてくれた。
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