2024-10-01 18:18:07
1886文字
Public スミイサ
 

ラヴソング

あの映画を見たスミイサ 完全幻覚アロハ軸🤙

「ほんとにあるんだな」
 ガヤガヤと騒がしいバーの中、壁際に設置されたアップライトピアノを見て、そうこぼしたのは無意識だった。
「どうした? イサミ」
 俺の目線の先を追って首を傾げたスミスが、やがて得心したように顔を輝かせる。
「ピアノか! ジャパンの酒場にはあんまり置いてないのか?」
「まあ、珍しいんじゃないか」
「ふうん、じゃあほんとにってのは……
 少し考え込んで、スミスはああ! と声を上げた。
「もしかしてトップガンか? ジャパンでも結構流行ったって聞いてるぜ」
「あたり」
 俺は素直に頷く。俺たちの世代からは少し古い映画だが、数年前に続編が出たこともあってそこそこ知名度は高いはずだ。自衛隊は厳密には違うのだが俺たちはどちらも軍属のようなものだし、特にスミスは本場の人間である。
「懐かしいな。いいよなあれ」
「あれ見てしばらくは空自に入るか本気で考えた」
「わかるぜ、イサミ」
 うんうんと頷いたスミスは、顎をさすってから俺の手を取り、ピアノの方へと近づいていく。されるがままに連れられてやれば、スミスはピアノの前の椅子に座ってから俺の手を離した。
 見てろと言うように俺にウィンクを送り、白黒の鍵盤の上に両手を置く。
 そんな、まさかこいつ。
 すうと息を吸い込んで、スミスは楽しそうに口を開いた。
 和音の歯切れの良いスタッカートと共に、聞き馴染みのあるメロディが耳に飛び込んでくる。
 大き過ぎていっそ狂ってしまうような愛をうたう歌だ。スミスの両手が跳ねるように鍵盤の上を踊る。
 最も有名な、歌詞がタイトルにもなっているフレーズを合わせて口ずさめば、演奏を続けたままでスミスは嬉しそうに笑った。大柄な体を揺らして、歌い続ける。ちょうど劇中と同じように、アロハシャツに包まれた逞しい背中がゆらゆらとリズムをとっていた。確かグリッサンドとか言うのだったか、スミスの爪が鍵盤を滑って、美しい音階を描いてはまた馴染みのリズムに帰ってくる。
 気がつけば、周りにはギャラリーが集まってきていた。
 カップルで体を揺らしながら歌を口ずさむひと、友人たちと肩を組んでスミスを囃し立てるひと。立地や首からさげたドッグタグもあって、スミスが軍属だと言うのは簡単にわかったらしい。「コールサインはなんだ?」なんて野次も飛んできて、酒場は大賑わいだ。
 俺はと、言えば。周囲の騒がしさも忘れて、うっかりスミスの歌に聞き入っていた。こんな歌詞だったのか、と頬に熱が集まるのを馬鹿らしいと思う。それなのに高鳴る鼓動を止められないのだから、恋情というものは厄介だ。仕事で必要だから英語は学んだが、当時は洋楽の歌詞を聞き取れるほどのリスニング力はなかったのだ。好きな男の声で、しかも時折わざとらしく俺の方に視線をよこしながら歌われる熱烈なラブソングに冷静でいられるほど、俺はクールな男じゃない。非常に残念なことに。
 曲はピアノを聴かせるパートに差し掛かった。自由に跳ねては踊るメロディラインは、高まった熱量をそのままに聴衆を引きつける。たまにリズムが崩れるのもご愛嬌だ。正しいテンポから外れた音が、どうしてかこんなにも気持ちいい。
 スミスの柔らかいテノールが、馴染んだ旋律をふたたび歌いはじめた。繰り返される歌詞が、焦がれるような愛をうたう。くそ、こんなの、反則だ。
 力強いシャウトのようなラストセンテンスが、派手な和音と共に閉じた。周囲は湧き立ち、拍手と歓声でもってスミスを賞賛する。
「イサミ!」
 どうだ、と言わんばかりの輝くまなざしが俺を捉えた。ピアノ用の椅子にから腰を浮かせて、逞しい腕が俺にハグしようと伸びてくる。ああ、お前ってやつは。さっきまであんなにかっこよかったのに、どうして急に尻尾を振り回す犬みたいになっちまうんだ? 
「スミス」
 俺はスミスの浮かれたアロハの襟首を掴み、両手でぐっと引き寄せた。
「イサミ?!」
 そのまま無防備な唇にぐっと唇を押し当てる。集まっていたギャラリーが、一瞬ぽかんと口を開けたのちにこちらを囃し立てる声が聞こえてくる。
 なあ、俺は騒がしいのは好きじゃないんだ。俺以外のやつがお前に注目してるのもはっきり言って気に食わない。そもそもお前がピアノ弾けるとかいうのを今日まで知らなかったのも腹立たしい。
 この唇を離したら、俺の口からは文句がついて出るだろう。だから今はこのままだ。
 至近距離でぼやけて見える青い瞳が、驚きに見開かれている。なんだよ、お前があんなに、キスしてって歌ったんだろ。かわいいやつめ。