アラームではなく、当然起床ラッパでもない。穏やかな波の音と、柔らかく差す陽光。それから、繭のような体温。そういうもので目が覚めて、イサミはぼんやりと瞼を開いた。
「Mornin', イサミ」
けぶる視界に、朝日を透かす金髪が眩しい。細められたエメラルドは、これまた金の額に縁取られてきらきらと輝いているようにすら見える。日差しからイサミを庇うように背を立ててイサミの顔を覗き込むその男は、幸福で仕方ないという顔をして微笑んでいた。
「……おはよう、スミス」
昨晩身も世もなく喘いだ割に、声は枯れていなかった。イサミの腰のあたりにまとわりついたシーツはさらさらとしていて、おそらくスミスが面倒を見てくれたのだろうと想像がつく。
まだ眠気の抜けきらないイサミの額に、スミスは口付けを落とした。昨晩のそれに比べたら児戯のようなキスが、どうにもくすぐったくて愛おしい。
「珈琲でも飲むか?」
スミスはそう尋ねて、イサミの短い前髪を横に流すように梳いた。長くも艶やかでもない髪を楽しそうにいじって、イサミの秀でた額を露出させている。
「ん、頼む」
イサミは頷いた。珈琲をすごく飲みたいかと聞かれればそうではなかったが、いかにもスミスのやりたがりそうなことだと思ったからだ。それに、スミスが自分のために用意してくれたものなら全部受け取ってしまいたいともイサミは思う。
「砂糖とミルクは?」
「お前と同じで」
「……オーケー、任せて」
毛先を弄んでいた指先が、名残惜しげにイサミの頬を撫でてから離れていった。キッチンに消えていく裸の背中を、イサミは見送る。昨夜自分がつけてしまった爪の跡が、羽根のようだと思う。
イサミはヘッドボードに背を預けて目を閉じた。キッチンの方からはかちゃかちゃと食器をいじる音が聞こえてくる。それに続いて、蛇口を捻る水音、ややあってこぽこぽと、いかにも珈琲を淹れていますという音が届く。心地よいそれに耳を傾けていれば、やがて足音が近づいてくる。
「ハニー、寝ちゃった?」
「起きてる」
ぱちり、また目を開ければ、スミスが困ったように微笑んでいた。たくましい腕から連なる手が、ふたつコーヒーカップをもって中空で静止している。
「はい、君の好みかわからないけど」
「さんきゅ」
受け取って覗き込めば、白の混ざった淡い色のそれがとぷんと水面を揺らしている。
カップの淵に口をつけて、イサミはもはやカフェラテのようになった珈琲をひとくち啜った。優しい甘さが口内に広がり、ほうと息をつく。
「うまいよ」
「……そう? よかった」
飲み込んで顔を上げると、自分の分のカップを両手に持ったままのスミスがイサミの表情を窺っていた。うまい、と告げれば、安心したように顔が綻ぶ。
寝起きに降ってきた優しい視線。穏やかな口付けと、前髪を撫ぜる指先。ためらいがちに差し出された甘い珈琲。イサミがたったひとこと美味しいと告げるだけで、花が咲いたように微笑む、イサミの大事な男。
「スミス」
思わずこぼれた呼び名に応えるように、スミスが軽く首を傾げる。
「お前といるとときどき、自分がすごく価値のあるものになったみたいだ」
スミスは息をとめて、それからゆっくり吐き出した。イサミを見る視線に一層優しさを滲ませて、手探りでコーヒーカップをサイドチェストに置く。
「なんだ、今頃気がついたのか? イサミ」
スミスの空いた手がイサミのカップを奪って、体が寄せられる。
ちゅ、と小さく音がして、甘い珈琲味の唇がイサミのそれに触れた。
「sometimes、じゃなく alwaysって言ってくれてもいいんだぜ」
イサミは目を閉じて、スミスの唇に応えた。薄く口を開いて、ぺろりとスミスのそれを舐めればやっぱり甘い味がする。
ほんとうは甘いものはそこまで好きではないけれど、毎朝飲むならこの味がいいなと、イサミはぼんやり考えた。
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