2024-10-01 18:10:30
3230文字
Public スミイサ
 

可愛い男

キスの日かなんかで投稿したスミイサ 支部に出したかどうか定かでない①

 二人並んで座ったベッドの上、楽しく続いていた会話がふと途切れて、キスするんだ、と思った。つい先程までアルコールで湿らせていたはずの喉が急激に乾く気がして、イサミは腿の上においた手をきゅっと握りしめる。
「イサミ……
 どろどろの蜂蜜を垂らしたような甘ったるい声が、イサミの名前を呼ぶ。たった一言で空気が淫猥になったようで、さっきまでどんな話をしていたかもう思い出せない。
「スミ、ス」
 男らしく太い眉を寄せて、白い頬を紅潮させて。スミスの端正な顔立ちがイサミに近づいてくる。拳一つ分の、友人に許された距離を割って、スミスの熱い体温が薄い空気の膜越しに感じられた。
 こういう時って、どうするのが正解なんだっけ。金の睫毛に縁取られたエメラルドに見惚れているうち、その瞳孔が拡大していることまで見て取れるほど距離は近づいている。
「イサミ、キスしたい。君は?」
吐く息の熱ささえわかるような近さで、スミスはそう問うた。
 キス、したいかどうか。酔いのせいだけではない熱に浮かされたままで、イサミは考える。キス。スミスと。そりゃ、したい。したいに決まっている。だってイサミは、この部屋に入ってきた時から実は期待していたのだ。もしかしたらそういう空気になって、そういうこともするのかもしれないと。スミスがヒトの肉体を持って帰ってきてから、二人の思いは明白だった。戦闘が終わったその夜に言葉を交わして、二人は恋人というやつになったのだ。だというのに検査に聴取にまた検査と全く暇がなく、二人の関係に恋人というラベルが追加されてから二人でじっくり時間を取れたのはこれが初めてのことである。だから、イサミは期待していた。ずっと、この部屋に来た時から。いや、実はもっと前、二人で飲む約束をした時からだ。
 イサミは迷った。目を閉じればそれで同意のサインになるかもしれないが、目の前で熱に潤むスミスの瞳があんまり綺麗なので、これが見られなくなってしまうのは惜しいように感じられる。かといって、言葉でキスしたいと伝えるのはどうにも恥ずかしい。いや、そうしたらきっとスミスは喜ぶのだろうけど、まだハードルが高い。まだもう少し許して欲しい。
 迷った挙句、イサミはスミスの首に手を回すことを選んだ。そろと腕を持ち上げて、近づくだけで発熱している気のするスミスの真っ赤な肩に腕を預ける。首の裏に緩く手を添えるようにして、手汗を拭っていなかったことを思い出す。でももう、引っ込めるなんてできないだろう、今更。
「イサミっ……!」
スミスが切羽詰まったように名前を呼んで、がばりとイサミに体を寄せる。イサミが上からスミスに抱きついているから、イサミの背中のあたりを抱きしめるようにスミスの腕がイサミの体に巻きついた。
 唇が触れる、その直前にスミスが目を閉じたのがイサミにはわかった。ばさりと音を立てて、長い睫毛がはためく。熱を孕んだ緑を見ていたかったのに、と少しだけ残念に思った。ただ、眉を寄せて必死な顔をしているスミスは可愛らしくて、これもこれで良いかとも思う。
 ちゅ、と可愛らしい音がして、それから柔らかい感触。抱き合った体は燃えるように熱いのに、くちびるはどこか生々しい微温を保っている。鼻で息をすればいいと知ってはいるけれど、こんな近さでは息が荒いのがバレてしまうだろうことは少し気恥ずかしかった。
 大の男が二人、ただ唇を合わせている。スミスにぎゅうと抱きしめられて、その温度を間近で感じて、イサミは十分に幸せだった。幸せだった、が。この行為には、もっと先があったはずではないか? 24歳にもなってこの程度で満足すると思われているのなら、あるいは、これ以上はついて来られないだろうと思われているのなら、かなり癪だ。
 首にすがりつく腕に力を込めて、イサミは薄く唇を開いた。隙間がないくらい触れ合っているのだからきっと伝わるはずで――実際それは面白いくらいに伝わって、スミスの肩がびくりと跳ねる。
 なあ、来ないのか。問うように視線を投げても、いつも言葉より雄弁な瞳はまぶたに覆い隠されたままだ。
「ん……
面白くない。大変面白くない。イサミは少し角度を変えて、もう一度唇を触れ合わせた。そういえばこの男は重戦車とか呼ばれていたと思い出す。煽らないと火がつかないのか? カウボーイ。
 イサミは目を閉じて、覚悟を決める。薄く開いた唇から舌を差し出して、ぺろりとスミスの唇のあわいを舐めた。
「っ、いさ」
驚いたスミスが顔を離そうとしたのを許さず、イサミは首に回した腕で頭を引き寄せる。また口付けて、中に招けとねだるように舌先で唇をノックする。ぺろ、ぺろ。子猫がミルクを飲むような熱心さで、イサミはスミスの理性の手綱を弄んだ。
 そろそろ陥落して口を開いてはくれないかとイサミがうっすら目を開けば、いまにも沸騰しそうな緑が見える。目を見開いて真っ赤な顔で、いますぐにも喰らいついてしまいたい癖、いまだぐらぐらと傾く天秤を手放さない。さっさとそんなものは放り投げて、自分のことだけに集中すればいいのに。イサミはそんなことを思ったが、苛立ちはしなかった。イサミのことをなんだと思っているのかは知らないが、イサミに対してどうにも様子のおかしいこの男が、イサミのせいでいつもの調子を崩すところはなかなかに可愛らしくて、悪くない。
「なぁ」
なんども触れ合わせていた唇をようやく離して、イサミは問いかけた。至近距離でぼやける視界でも端正だとわかる顔が、イサミだけに視線を向けて茹っている。
「初めからこれ以上進む気はなかったのか?」
イサミはきゅうと伸び上がって、スミスの耳たぶに小さく口付けた。形の良い耳がその輪郭まで真っ赤に染まっていて、やっぱり可愛いと思う。そのまま、耳に吹き込むようにぽそぽそと囁いた。
「それとも、勇気がないのか?」
 いつだか煽られた意趣返しを、イサミは選んだ。どうしようもなく違うところもあるけれど、結局自分たちは似たもの同士なのだ。一度負かした相手とのタイマン勝負になんて乗るつもりは少しもなかったのに、うっかり煽られて了承した。色々、本当に色々あったからまだ勝負こそできていないが、どうせこの男もそうだろうとイサミにはわかる。煽られて黙っていられるほど、できた人間じゃないのだ。たかだか24歳のガキである、イサミもスミスも。
「イサミ……ッ!」
スミスが喉だけで低く唸って、背伸びをしていたイサミを引き下ろすように力を込めた。イサミは抗わず、おとなしくスミスのもとに戻ってやる。
 ついに煮えたった緑と、目が合う。その瞬間、一度目とは全く違う性急さでもってスミスの唇がイサミのそれと触れた。それは口付けというよりも捕食と言ったほうがよっぽど正しくて、イサミより大きく開く口が、イサミの唇ごと喰らうように大きく開いて噛みついた。キスのお作法なんてどこかに置いてきたらしく、かっぴらいたままの目がイサミのことをじっと見ている。
 つ、と唾液が顎を垂れ落ちるのを感じながら、イサミはスミスを掻き抱く腕に力を込めた。スミスの舌は大きく分厚くて、口腔内をまさぐられるとそれだけでいっぱいになる心地がする。暴れん坊を可愛がってやろうと伸ばした舌ごと絡め取られて、じゅうと唾液が啜られた。熱い粘膜が上顎をするたび、ぞくぞくと背骨が痺れるような心地がする。
「ん……、ふ、ッ、む」
首に回していた腕を頬の輪郭に添えてやって、戯れに耳殻をなぞる。ぴくりと咥内の舌が震えるのがわかって、イサミはふと息を吐いた。もっと夢中になって欲しい。もっと、もっと。お互いしか見えないくらい。陶然と細めた視界の中に、ぐらぐら煮え立つ緑が見える。これしか見えない、これしか見たくない。
 自分の瞳がどんな色になっているかも知らないで、イサミはスミスの瞳孔をずっと覗き込んでいた。