2024-10-01 18:03:03
5091文字
Public スミイサ
 

多元宇宙に偏在する愛について

支部にあげてるスミイサ② 9話リアタイ後にむしゃくしゃして書いた

 ソファにだらだらと横たわりながら、テレビに流れる映像を見たイサミは眉を顰めた。
「なんかこいつ、この間観たのと違くないか」
 朗々と流れるハリウッド流のBGM、VFXを多用する豪華な画面。いわゆる大作ヒーロー映画の予告編に疑問を呈したイサミは、短く爪の切り揃えられた指先をテレビの中のヒーローに向け、間違いなくその疑問に答えてくれるだろうところのカートゥーンオタク、ルイス・スミスにそう問いかけた。
「いい質問だな、イサミ。君にはヒーロー映画を楽しむ素質があるよ。一目で違いに気がつくとは……
 ソファに背を預け、イサミの頭をがっしりした腿の上に乗せていたスミスはオーバーなリアクションで感嘆しては、半身を屈めてイサミの目元にキスを落とす。
「今キスする理由なかっただろ」
 イサミは憮然と言い返したが、正直に言えば理由はあったし、イサミにだってそれはわかっていた。ブレイバーンとヒビキ、ミユがルルを遊びに連れ出してくれているのだ。ブレイバーンがいるのなら安全面での心配はないし、ルルも喜んで出かけて行った。ヒビキやミユと遊ぶのにはスミスやイサミを相手にするのとはまた違う楽しみがあるようだ。
 そんな──決して愛娘を蔑ろにしたいわけではないのだが──貴重な機会なのだから、理由がなくたってキスくらいしていいに決まっている。
「理由がなきゃダメか?」
「ダメじゃないが、質問にも答えてほしい」
 Hmm、唸ったスミスは腕を伸ばしてTVのリモコンを取ると、大手動画サイトのページを開いた。
「イサミの言う“この前”ってのは、こないだ一緒に見たこの映画だろ」
 トレーラーを再生して、スミスはイサミの頭を撫でる。イサミの方も、テレビの画面から視線を外さぬまま、自らの腹のあたりにだらりと垂れるスミスのもう一方の手を取り指先を弄んだ。互いになんという意図はない、ただの戯れだ。
 数ヶ月前、まとまった休みが取れたので、スミスは若い頃から追い続けているヒーロー映画シリーズの全作マラソンを敢行した。今年はそのシリーズの映画は1作しか出ないので、本腰を入れて復習するには最良のタイミングだったのだ。
 さらに良かったのは、ルルがちょうどヒーローものに興味を示した時期であったことだ。ヒーローを愛する父親の薫陶をたっぷり受けて育ったルルは、どんなに眠たくとも日曜の朝にはしっかり起きてくる。いちばんのお気に入りはやはり最初に観たスパルガイザーのシリーズであるようだが、最近では戦隊ものや光の巨人ものにも手を出しており、やがてスミスにも劣らないオタクになるのではという勢いだ。
 そんな折だったから、まだ幼いルルの健康に配慮したスケジュールを組みつつ、その高い体温を膝の上に抱いて、スミスは自宅を1ヶ月ほど映画館にした。イサミには仕事があるのでその全てに付き合ったわけではなかったが、好いた男が子供のように頬を赤らめては歓声をあげ、時にはルルを凌ぐ勢いで涙さえ流しているのがどうにも可愛らしく、時間の合うときはふたりと一緒に映画を見ていたのだ。イサミの知識は一般人以上オタク未満といったところだ。
「あー、確かにそうだ。お前がなんだっけ、なんとかってコミックが元になってるとか言ってた」
「Exactly! これはまあいわゆる……なんといえばいいのかな。アメリカンコミックってのは、ジャパンのコミックとはちょっと仕組みが違うんだ。一人の作者がずっと書き続けるようなものじゃないし、長い歴史の中で設定が変わることもある。だからかな、映画も原作のストーリーそのままってワケじゃないことが多い」
「ふうん」
 イサミの返事は淡白だったし、そうと知らないものが聞けば全く興味がないふうの相槌だった。だが、実際にはそうではない。そしてスミスもそのことを知っているだろう。イサミはコミック自体にさして興味はないが、スミスの好きなものだからと話を聞きたがる。あるいはただ楽しそうに話しているスミスが好きなだけなのかもしれないが、二つを区別することにイサミは意味を見出していない。
「で、さっき君が見たのはこっちの映画の宣伝」
 イサミが目に留めた映画の予告編を改めて再生し直して、スミスは一時停止ボタンを押した。
「衣装が全然違うな」
「その通り! だがそうだな、正確には衣装が違うんじゃなくて、世界が違う、って感じか」
「世界ィ?」
 ただちょっとデザインが違うとか、衣装の線が一本増えている気がするとか、その程度の話をするつもりだったイサミは、突然スケールの大きい言葉を使ったスミスを訝しげに見上げた。
「そう、世界。さっき見た彼とこの彼は、Umm……なんというかな、本質は同じ人間だが、同一人物じゃない」
 きゅうとイサミの眉間に皺がよる。スミスがそれを気にした様子はなく、ただ揶揄うように親指でイサミの額を撫でた。
「そうだな、イサミ。花屋ではない君を想像してみろよ」
「花屋じゃない俺?」
「What if……? イサミがお花屋さんではなかったら。そのとき君は何になる?」
 スミスは楽しそうに口元を綻ばせて、イサミに問いかける。
「花屋じゃなかったら、か……。考えたこともなかったな」
 ほんの戯れのような会話だが、イサミは真面目に考える気になった。スミスの手を弄ぶ指が🐰おざなりになって、思考がふわふわと回り始める。
「トレーニングが趣味ならアスリートとか? 今でも十分やれそうだ、君はチームスポーツは苦手そうだけど」
 イサミの頭を撫でていたスミスの手が、発達した僧帽筋から大胸筋、腹斜筋を辿る。
「俺は結構バスケ強かったんだぞ。決めつけやがって」
 苛立ったイサミが、弄んでいたスミスの指をぎゅと握りしめた。Ouch! 声を上げたスミスに満足して、ぱっと手を放す。
「今度1on1でもやるか? ぶちのめしてやる」
「結局個人戦じゃないか!」
 呆れたように笑うスミスの言葉を無視して、イサミは口を開いた。
「花屋じゃないとしたら……そうだな、戦闘機乗りに憧れたことはあった。夢ってほどしっかりしたモンじゃなかったけど」
「へえ、意外だな」
 スミスはそう言って、ただイサミに遊ばれるに任せていた指先でイサミの手の皮膚をなぞった。水仕事が多くてささくれた手は、誰かのために花を仕立てる、まごうことなき花屋の手だ。
「子供の頃憧れなかったか? ほら、アメリカは知らないが、日本にはブルーインパルスとかもあるし」
 スミスの青い瞳を見つめて、イサミがそう問う。スミスは口角を引き上げて、ぱちと片目をつぶって見せた。
「もちろん、憧れたとも。俺の場合はトップガンとか……あとはグリーンランタンってヒーローがいて、元戦闘機乗りなんだ」
「ああ、トップガンなら俺も観た。最近出た続編? の方は見てないけど」
「なんだって?! 一作目が好きだったなら観る価値大有りだ。もしまだ興味があるなら今度一緒にみよう」
 そうだな、とイサミは頷いた。今でもミリタリ方面に多少の興味はある。うっかり戦闘機のプラモデルなどに手を出そうものならブレイバーンがうるさいので購入したことはない。そもそもブレイバーンが何に対抗しているのかもイサミにはよくわからないのだが。
「んで? もし俺が戦闘機乗りだったら、どうなるんだ?」
「Ah、そうだ。その話だったな。戦闘機乗り──日本だったら空自ってことになるのかな? 空自のイサミと、花屋のイサミ。きっと自衛隊という職場を選んだイサミは、君よりももっと体を鍛えるだろうし、この指先だって、きっと胼胝でいっぱいになるだろう」
 スミスはイサミの指先をするりと撫で、そのまま手を離した。
「もしかしたら辛い現場にあたって、花屋の君ならしないような思いをすることになるかもしれない」
 中空に浮かせた手の、一本立てた人差し指をスミスは左右に振る。自衛隊のイサミを左側、花屋のイサミを右側に置いて、交互に指してみせた。
「花屋の君は、きっと空自の君なら知らないことをたくさん知っている。どうやったら花を美しいままに長持ちさせられるか、手入れの仕方や、ロマンチックな花言葉も。お店にやってくるお客さんとも、空自のイサミなら築かなかったような関係を持っているだろ」
「まあ、そうだろうな」
「でも、例え花屋でも戦闘機乗りでも、イサミの本質は変わらない」
 宙を指していたスミスの指が、イサミのもとに降りてくる。
「どんな世界でも君は、真面目で、勤勉で、人のために頑張れるやつだ。ちょっと素直じゃない所も変わらないかな?」
 胸元をとんと指したスミスは、そのあと冗談めかしてイサミの頬をつまんだ。
「一言余計だ」
 むずがるようにイサミは首を振り、その手を避ける。
「つまりさっきの映画もそういうことなんだ。例え違う世界に生まれて、違う人生を送ってきたとしても、その人の本質は変わっていない。同じ人物を使って、全く別の世界の物語を描いている」
「並行世界ってやつか」
「だいたいそんな感じだな。アメコミじゃあマルチバースって呼ぶことが多いが」
「多元宇宙、ねぇ」
 スミスの話は、イサミにとってはわかるようなわからないような印象だった。多元宇宙なんてものは科学雑誌の表紙でしか見たことがなかった言葉だが、アメコミではよくある設定のようだ。
「それならお前はどうなんだよ」
「俺?」
「俺が空自をやってる世界では、お前は何してる?」
「俺は……そうだな、俺も戦闘機乗りに憧れたことはある。もしかしたらパイロットにでもなってたかもな」
「なら米軍か……
 一度は避けたスミスの指の背が頬を撫でるのをそのままに、イサミはぽつりとつぶやいた。
「それなら、演習とかで出会うのかもな。日本とアメリカなら一緒にやることもあるだろ」
 ぽそり、本当になんでもないことかのように溢れたその言葉に、スミスは目を丸くした。それからすぐに破顔して、イサミの涼やかな目元に唇を落とす。それだけでは止まらず、唇はイサミの尖った鼻先と、それから頬に降りてきた。当然のようにそれを甘受して、イサミは目を閉じる。ちゅ、と軽い音がして、触れるだけの唇が離れていった。
 スミスはゆったりと体を起こし、蕩けた視線がイサミを捉える。
「イサミ、あんまり嬉しいことを言わないでくれ。どうにかしてしまいそうだ」
「黙ってどうにかされるほど弱かねえよ。っつーか何、が……
 唇を尖らせたイサミは、見上げたスミスがあまりにも──幸せを噛み締めるような表情をしているので、口を挟むのが野暮に思われて、つい言葉を止めた。
「イサミ、君はどんな世界でも俺と出会ってくれるのか。俺と出会って縁を紡ぐことを、君の本質に含めてくれるのか」
 どんな世界でも変わらない、本質。
 スミスがうっとりと、イサミの胸に手を置いた。熱い手のひらからじわじわ、薄いTシャツ越しに体温が伝わって、イサミの頬が上気する。
「っ……!」
 そんなんじゃねえとか、勘違いすんなとか、憎まれ口が飛び出しそうになってイサミは奥歯を噛み締めた。スミスに言われて初めて気がついたが、当然のように出会うつもりでいたのは事実なのだし──何より、イサミのなんてことのない言葉ひとつでこの男がこんなに喜んでくれるのなら、それをわざわざ打ち消すのは気が咎める。
 飲み込んだ言葉をため息に変えて、吐きだした。代わりに片手をあげて、イサミはスミスの頬を撫でる。
「お前はきっとどんな世界でも仲間思いで、よく気がついて、たまにオタクすぎてバカになるやつで」
 一度言葉を止めたイサミに、続きを促すようにスミスは首を傾げた。
「どんな世界でも、俺のこと好きになんだろ。だったら出会ってやんなきゃ可哀想だ」
 首まで真っ赤にして、視線を逸らして、普段の三分の一ほどの声量で。全身で恥ずかしいと伝えながら、そんなふうにイサミは愛を紡いだ。スミスがきゅうと眉根を寄せて、嬉しいんだか苦しいんだかわからないような顔をする。ずっと避けられていた唇にキスが降ってきて、イサミは遠慮がちにそれに応えた。
「君が、俺の愛を信じてくれることが嬉しい。どんな世界でも俺は君を愛するって、君がわかってくれたのが嬉しいよ」
 吐息の触れ合う距離で、スミスがそう呟く。熱で蕩けた碧眼がイサミを捉えて離さない。
 ルルが帰ってくるまであと3時間。放置されたままのテレビは、とっくにスリープモードに変わっていた。