2024-10-01 18:02:08
3172文字
Public スミイサ
 

Lewis Smith will return

支部に載せてるスミイサ/8話リアタイ後に書いた

 イサミとブレイバーンの最後の戦いは宇宙空間で行われた。ルルの搭乗するスペルビアの硬い爪が敵機体の装甲を引き裂き、中からカプセルを取り出した時点で、ブレイバーンが気にしなければならないものは無くなったからだ。ひたすらに高度をあげ、人間に影響の及ばない遥か彼方の宇宙空間で戦うことを決めたブレイバーンのコックピットで、イサミは強烈なGに耐えるのにもう声をあげることすらなかった。
 “熱い想い”ならなんでも良いのだと、問題なのはその容量であって、中身に大して意味はないのだとイサミが気づいてしまってから、イサミの口から必殺技の名が飛び出たことはない。淡々と、冷静に。陸自きってのTSパイロットとしての呼び名を恣にしていたあの頃のように、イサミはデスドライブズ最後の一機に肉薄し、パイルバンカーでそのコアを穿った。
 音の無い宇宙でただ光と熱だけが拡散し、最後の敵が死を迎えたのだと、地上からも読み取ることができた。
「戻るぞ」
 小さな声でイサミが呟くのに、ブレイバーンは神妙に頷いて、今度はなるべくイサミの体に負荷をかけないように降下した。
 ──ルイス・スミスが戦死したあの日から、もうずっとイサミとブレイバーンは“こう”だった。ブレイバーンの姦しさに眉を顰めながらも応えていたイサミはいなくなり、ただ背中を預けるべき寄る辺を失ったアオ・イサミ三等陸尉だけがいる。
 ブレイバーンにとってもイサミにかける言葉がなかったのは当然だ。あの日、絞り出すような声で絶叫したイサミは、やがて虚な目でブレイバーンにこう問うたのだ。
「お前、全部知っていたよな」
 ブレイバーンが適切な言葉を探そうと悩むうち、イサミの瞼が閉じた。それは同時に、ブレイバーンに向けてイサミの心が完全に閉じた瞬間でもあった。ブレイバーンにしたところで、いくら悩んでも適切な言葉など出てこようはずもなかったのだから、当然のことだった。
 降下した地上では、人々が歓喜の声をあげていた。ついに長きにわたる戦争は終わり、人類が勝利したのだ。その裏で犠牲になった多くに想いを馳せながら、それでも生を喜ぶのは人類の根源的な本能だろう。
 ブレイバーンから降りた時、イサミは医務室へ運ばれていく担架を見た。あの頃と比べて随分大人びたルルがそれに縋り付いているのも。ただそれらの光景を、イサミの脳はまともに処理しなかった。イサミはその様子になんの反応も示さず、イサミを救世主だと褒め称える人々の輪に混ざることもない。血と汗と埃まみれのパイロットスーツを纏ったままでただ一人、どこかへふらふらと歩いて行く。
 イサミが向かう先を、ATFの人間なら誰でも知っていた。それを咎めるものなど誰もいようはずがない。イサミとかの男の仲をATF中に広めたのは他でもないブレイバーンなのだから。
 気だるい指先が備え付けの扉を引いて、真っ暗な部屋がイサミを出迎える。持ち主を失って長い、冷たい棺桶。かつて持ち主が愛したものでいっぱいの、ただの私室だった。埃を被ったヒーローのスタチューを尻目に、イサミはぼふりとベッドに横たわった。
 ルイス・スミスはヒーローに憧れていた。ヒーローを愛していた。ヒーローになりたがっていた。それでも、それほどまでに愛したヒーローたちはその男を救わなかった。むしろ育てた憧れがスミスにあのような行動を取らせたのだとしたら、彼は愛するヒーローに殺されたようなものだった。
 この部屋に来るたびイサミは、壁に貼られたスパルガイザーのポスターも、TS各機のプラモデルも、いつの間にブレイバーンからもらっていたのか、やつのエンブレムを模したピンズのようなものも、何もかもをぶち壊してしまいたい衝動に駆られる。それをしないのはただ、それらがイサミの持ち物ではないからだ。あるいは、持ち主を悲しませたくないのかもしれない。もういないとわかっていて、イサミはそんな馬鹿げた妄想をやめられない。
 鼻を埋めたシーツからはもう、イサミの匂いしかしない。血と汗と埃と、硝煙の匂い。ここはもっと穏やかな香りだったはずだ。海外製品らしく甘ったるい香の整髪料、ボディシートやフレグランスの爽やかさ、彼本人の醸し出す、暖かな陽だまりのような匂い。そのどれも、失われて久しい。それでもイサミがこの部屋のベッドに身体を横たえるのは、ここでだけ彼の夢が見られるからだ。目が覚めて、夢でしかないことに気がついてまた泣くとしても、イサミが立って戦うにはそれが必要だった。
 恋人ではなく、スミスのベッドで眠ったことなど一度もなかった。夢の中のスミスにしたって、イサミに睦言のようなものを囁いたことは一度もない。それでも、ありし日のように肩を並べ、一緒にコーヒーを飲む夢でも見られれば、イサミにはそれで十分だったのだ。冷えたシーツをかき抱いて、イサミは目を閉じた。

***

「イサミ。起きて、イサミ」
 目を開いて、視界の先に焦がれてやまなかった黄金が見えたので、イサミはまだ自分は夢を見ているのだと思った。もう長いこと、その男には夢の中でしか会えなかったから。
 柔らかい声色に起こされるのは不快ではない。起きても奴が消えないのなら尚更。
「今日の夢は随分サービスがいいんだな」
 寝起きの掠れた声が、イサミの思考を直接表出した。自分で口に出したくせに、一丁前に傷ついた。これは夢でしかないのに、夢とわかってそれに縋り続けているなんて、あまりにも馬鹿げている。
「夢? Hmm……俺は随分、お前を傷つけたんだな。ここで寝てるのもそのせいか?」
 困ったような声が降り注ぐ。イサミは怠惰にシーツを引き寄せて、再び瞼を下ろした。
「持ち主は死んだんだ。ここで何をしようと俺の勝手だろ」
「イサミ」
 懇願する響きに耐えられなくて、イサミはゆるりと瞼を開いた。夢にしては出来が良く、男の太い眉は情けなく下がっている。
「夢の中でくらい好きにさせろ」
「夢じゃないよ。生きてる。お前とルルが助けてくれたんだろ。あの後医務室で手当を受けて……すっかり元気とはいかないけど、でもこの通り、生きてるんだ」
 男はシーツに埋もれたイサミの腕をとって、脱力した手のひらを自らの胸に押し当てた。とくとくと指先から伝わる振動を感じ取って、イサミは自嘲に唇を歪める。
「は、幻覚にしてはよくできてるな。ついに俺の頭は螺子が外れて、夢の中だけじゃ満足できなくなったらしい」
 吐き捨てられたその言葉に、男は目を見開いた。
「イサミ、」
 困惑と焦燥が男の声に滲む。イサミはまた不機嫌そうに眉を顰めて、取られた腕を掴み返した。
「鼓動も体温もあるなら体臭もあるのかよ。ならちょうどいいからここで寝ろ。もう俺の匂いしかしねぇんだよ」
 鍛え上げられた自衛官の腕が、病み上がりの男をベッドの中に引き摺り込む。
「イサミ、話を聞いてくれ。俺は」
「黙ってろ」
 強く腕を引かれ、男はイサミの思うままベッドに倒れ込んだ。一つのベッドの中、男が至近距離で覗き込んだイサミの瞳は、薄暗い部屋の中で漆黒に沈んでいる。
「俺はいい時に狂ったな。世界を救った後なんだ、もう誰にも文句言われねぇだろ」
 男のいくぶんか薄くなった胸に顔を埋めるように、イサミは丸くなって目を閉じた。心地の良い場所を探す猫のように何度か身じろぎすると、やがて一つ所に落ち着いて脱力する。
「イサミ……
 引き摺り込まれたベッドの中、男はすっかり困り果てて、相棒の名をぽつりとつぶやいた。
 腕の中に潜り込んできたイサミの体を、男は恐々抱きしめる。
 長いクレジットの後で、ヒーローは帰ってくるものだ。帰ってきたその後彼らがどうしたのか、ルイス・スミスにはわからなかった。