お芋さん太郎
2024-01-11 21:08:10
9070文字
Public ロシナンテ生存IF
 

⑩三人六脚




 ロシナンテがその島に足を踏み入れたのは、今から10年前のことだった。
 ローとの約束の地、スワロー島。ミニオン島で彼と別れてから3度の冬を越したその次の春、3年ごしの約束を果たすために、その島へと訪れた。
 簡単に再会が果たされるとは思っていない。海軍にもファミリーにも追われるのだから、すでに島にいない可能性もある。そうだとすれば、ローの足跡をつかむのはかなり難しい。
 ロシナンテはウーンとひとつ唸って、とりあえず島でそこそこ大きな町、プレジャータウンへと向かった。なにかひとつでも情報が手に入れば幸いだ。
 はじめはドジってちがう町に来てしまったのかと思った。過去に海賊に襲われるも以前の活気を取りもどした明るい町だと聞いていたのに、どこかうす暗い雰囲気で、道ゆく人の瞳には生気がない。
 気力のあふれる目をしているとすれば、それはいかにも海賊といった者たちばかり。ロシナンテは海軍に長く在籍していたから、いまこの町がどういった状況なのか、なんとなく察しがついた。

「宝のありかがわかりさえすれば、すぐにおれたちは大金持ちさ! ヒヒッ楽しみだぜ!」

 ロシナンテがとっさに路地へ身をひそめると、数人の海賊がいやらしく笑いながら歩くのが見えた。
 海賊たちは酔っぱらっているようだった。赤い顔をしてふらふらになりながら楽しそうにしている様子に、つい顔をしかめる。

「だがなぜバッカ船長は奇襲をかけねェ。ジジイひとりにガキ2匹、町のはずれにいるのがすでに分かっているんだ。力ずくでやりゃあいい」
「まあそう言うな。あの頑固ジジイに口を割らせるのは骨が折れる。船長の能力で町の人間を操って脅しをかけるのが近道なのさ」
「磯ならまわれってヤツだ!」
「『磯なら』じゃなくて『急がば』だろうが! 磯まわってどうすんだよ、バカ野郎!」
「おれたちゃ海賊だァ! 磯をまわって何が悪ィ!」
「しかしこの島も気の毒だぜ! 何度おれたちに襲われりゃいいんだ!?」
「ギャハハ! 違えねェ!」

 頑固ジジイ、ガキふたり、町のはずれ。それがキーワードだ。ロシナンテはまわれ右して足元のゴミ箱につまづき、転んだりなんだりしながら路地をぬけて町のはずれへと向かった。

 町はずれの家は、それはそれは小ぢんまりとした家だった。人間サイズのちんまい扉を壊さぬよう、すこし控えめに叩く。
 しかし応答がない。
 強めにガンガンと叩く。まだ応答がない。
 めんどうになって蹴りを入れると、にぶい音とともにずいぶんと風通しがよくなってしまった。

「やっちまった。まあいいか……失礼しまーす」

 金具ごとはずれてしまった戸の口をくぐる。暖炉の部屋はまだ暖かかった。圧迫感のある天井ちかくはモヤモヤと熱気がこもって、顔のあたりがうざったい。

「おーい、誰もいないのかー?」

 いくつか人の気配がするのに、姿は見えない。不審に思ったロシナンテがもっとよく調べようと見まわすと、壁にかかった額縁に家族写真のようなものがあった。
 老人ひとりに子どもが3人、ちいさなシロクマ。子どものうちのひとりがかぶっている、見おぼえのある帽子が目についた。

「くらえ、クソ海賊!」
「ウワっ!」

 衝撃がはしる。いきなり背後から殴られた。
 威力はさほどないが、ちょっとビックリした。そう重くはない攻撃に踏みとどまりはしたものの、すぐさま次のパンチが迫りくる。

「やっちまえ!」
「よしきたお前たち、しっかり押さえとれ! 風穴あけてやるわい!」

 ロシナンテは腹ばいに組み敷かれ、頭にはごつい銃口が火を吹かんばかりに突きつけられた。
 しかし相手は一般人だ。できるだけ抵抗をせずに、必死に声を張りあげた。

「待て待ておれは海賊じゃない! 人を探して島の外からここに来たんだ! 町の様子がおかしいのは海賊のせいか? 困りごとなら話を聞くぜ」
「信じられるもんか!」
「ああ、それも無理はない。だけど本当なんだ。誓ってもいい。おれの養父は海軍だし、おれだって海賊は好きじゃない!」
「父親が海兵じゃと?」
「育てのな」

 なにか思うことがあったのか、銃口が頭から離れた。
 銃を持っていたのは威勢のいい老人で、春とはいえ凍えるほどに寒いのにうすっぺらのアロハシャツを着ている。ロシナンテは海賊たちの会話を思いだし、「ああこりゃ、たしかに頑固そうだ」としみじみ思った。

「そうか……コレお前たち! こいつを早いところ解放せんかい!」
「でも海兵だ!」
「ローさんは海兵がきらいだった!」
「いや、おれ自身はもう海兵じゃ……って、いまローって言ったか!?」

 老人が蹴とばすように子どもらに言ったが、興奮した彼らはガンとして聞き入れない。ロシナンテのことなんて完全に無視して言い合いが飛びかうが、ふいに聞き捨てならない単語がきこえ、ロシナンテは思わず彼らに割って入った。

「ちくしょう海兵にバレた! ばかベポ!」
「すいません……
「打たれ弱ッ!……うわァ!」

 シロクマの子どもがシュンとうなだれたタイミングでガバリと体を起こす。背中に乗り上げていたふたりが、声をあげながら転がり落ちた。

「おいおい待て待て、お前らがローを知ってるなら話は別だ! おれにこの町を救わせろ! それと引きかえにローの情報をしゃべってもらう!」
「なんだこいつ、急にやる気出しやがって!」
「しかも強い!」
「オラかかってこいガキども!」

 それからは取っ組み合いのケンカだった。あっちこっちにゴロゴロと転がり、蹴っとばされ、投げとばす。その犠牲になるのは家具だったり壁だったりするわけで。

「お前ら! ワシの家を! 壊すんじゃないわい!」

 3つのゲンコツが炸裂するのは、時間の問題だった。





 ロシナンテは強かった。ローみたいな悪魔の実の能力者だけど、もっと違う技も使っていた。空を走ったり、斬撃みたいな蹴りをしたり、シャチにとって見たことのない技のオンパレードだった。
 くわえて耐久力も持久力もケタが違う。シャチとベポはふたりがかりでやっと町を襲った海賊の幹部をひとり倒したのに、ロシナンテはその船長にドジしながらもなんなく勝ってしまった。
 町が救われたのは嬉しいが、そのいっぽうで後ろめたい嫉妬がシャチの胸をジリジリと焦がす。

 ローとペンギンがドフラミンゴについていったのは2年前だ。シャチとベポの目の前で、ふたりは去っていった。あのとき4人ともあの場所にいたのだ。
 シャチとベポもペンギンと一緒になって、ボコボコにされながらも必死にあらがった。だが所詮、子どもが何人いたってあの最悪な海賊たちには無意味だった。
 力およばず気絶寸前なシャチに、ペンギンは小さく言った。

『なあ、ベポをたのむよ』

 ペンギンとシャチはローの子分だったしそれに不満なんてあるはずも無い。だけど年上で、兄貴分でもあった。
 だからこそ、たったひとりで危ない状況におかれようとしているローに、ペンギンはついて行ったのだ。シャチをおいて行ったのだ。
 シャチだって頭では理解している。そうするしかなかった。でもそれとは反対に、心のずっと奥のほうでブスブスとくすぶり続ける思いがある。
 強くなろうと決心した。ベポと一緒にふたりを迎えに行きたいから、たくさん修行をつんだ。ドフラミンゴが七武海、ひいては一国の王にまでなっても諦めることはなかった。
 それなのにこんな北の海のちっぽけな海賊にだって敵わずに、通りすがりの人間に手を借りる始末。
 なさけないと思った。
 くやしいと思った。
 でもそんな感情すらちゃちなもので。
 このまま大切なものをなにも取りもどせずに終わるんじゃないか。そんな焦りと恐怖に身をつつまれる。
 だからベポとふたりして、地につくほどに頭を下げた。

「あんたこれからローさんのところに行くんだよな!」
「おれたちも連れてってよ!」
「ここで終わるわけにはいかねェんだ!」
「ぜったい邪魔にはならないから!」

 ロシナンテは渋い顔をしながら声を荒げた。

「バカいえ、ガキなんて連れてけるわけないだろ! 海は危ねェんだ。弱っちいお前らなんて3秒で死んじまう」

 相手はそんじょそこらの海賊とはわけが違う。ロシナンテの言い分は当然だ。
 しかしシャチとべポにとって、これはただ一度きりのチャンスだった。自分らが誰よりも尊敬しているローのよく知る人物が、自分らとおなじ目的のために、自分らの目指す海に旅立とうとしているのだ。
 かんたんに引き下がったら絶対に後悔する。そんな確信があった。

「おれはガキじゃねェ! ……じゃなくて、海が危ないのは知ってる。おれは海にぜんぶ奪われたから。でも、だからこそ行かないといけねェんだ!」
「ゾウの外は危ないけど、それでもおれは海にでた。今回だって同じだ!」
「そうは言っても……ア、こら! ひっつくなよ!」

 シャチとベポは逃さないとばかりにロシナンテの長い足にすがりついた。何したってはがれないものだから、こまった顔で抵抗して、最後にはやっぱりドジって転ぶしかなかった。
 そんなコントまがいの状況に、ヴォルフがひょっこりとシワくちゃのヒゲ面をのぞかせた。どことなくおもしろくなさそうな感じで、口はへの字にして。

「ロシナンテ、お前さんまだこやつらのことをよくわかってないようじゃな。あんたと一緒じゃなくたって、じきに旅立つだろうよ」
……!」
「ワシが気づかないとでも思ったか? お前らの浅知恵なんてお見通しじゃわい」

 シャチとベポが目を見ひらく。ヴォルフにはバレていないと思っていたし、いつ言おうかと迷っていたところだったのだ。

「ワシは止めんぞ。どうせ止めたって聞かんからな。どこでのたれ死のうと勝手にせい!」

 頑固ジジイらしい、つき放すようなもの言いだ。シャチとベポはショックを顔ににじませ「ひどい!」と盛大に抗議する。
 ヴォルフはフンと小さく鼻を鳴らすことでそれを一蹴し、マイペースに続けた。

「じゃがグランドラインは威勢だけで越えていける海じゃない。まあ本当に死ぬじゃろうな。大型の海王類にやられるか、海賊にやられるか、渦にでものまれるか、病気にでもなるか……チラ」

 ヴォルフはロシナンテと一瞬だけ目線をあわせ。

「もしもあんたが一緒だったら、少しは太刀打ちできるかもしれんが………………チラ。ハァ……

 あからさまに落胆したというフリをする。その魂胆など見え見えというものだ。大人という生き物は、すべからくやり方が汚い。

「ほとんど脅しじゃねェかよ」
「年の功じゃ」
「性悪ジジイ!」
「なんとでも言え!」

 ロシナンテが噛みついても当のヴォルフはなんのそのだ。
 しかし彼の言うこともロシナンテにはよくわかる。海は友達のように気安いが、ときに悪魔のような顔をみせる。容易く手のひらを返し、その牙は妙になついた子どもたちを気まぐれに襲うだろう。かつては正義を掲げた背中をその事実からそらすことなど、ロシナンテにはできやしない。
 要するに、完敗だ。

「アー、しょうがねェな。知った顔があっさり死なれちゃこっちも寝覚めが悪い。どうせ行き先が一緒なら協力したほうがうまくいく……か?」
「いくいく! 絶対うまくいく!」
「やったー! 行こう! すぐ行こう!」
「錨をあげろ! 帆を張れ!」
「グランドラインだー!」
「バカいえ! しばらくは北の海で最低限、死なないていどに特訓だ特訓! 大人でも泣いて逃げだす地獄のメニューだぜ、覚悟しとけ。海軍本部仕込みのスパルタ特訓スペシャルコース、その名も“ガープズ ブートキャンプ”!」
「うお~~~!」
「すごそ~~~!」

 ロシナンテの気も知らないで、ふたりはすっかりその気である。生まれて初めての遊園地みたいにはしゃぐ姿があまりに子どもくさくて、けっこう不安だ。
 だけど、こんな賑やかな道中も悪くはないか。あきれ顔でひとつ息をつくロシナンテに、ヴォルフがゆっくりと近よる。

「ワシはこの歳じゃ。さすがに一緒には行けんが、かわりにコイツを連れて行ってくれんか」

 そう言って彼が目線をむけたのは、海賊のアジトにのり込むために使った黄色い潜水艦だった。
 それは天才発明家を自称するヴォルフの最高傑作であり、海賊たちがねらっていたお宝をすべてつぎ込んで作った技術の結晶。いわば彼のスイートハートなベイビーちゃんだ。
 せんべつにしてはあまりの代物に、ロシナンテは目をむいてヴォルフに言う。

「だがじいさん、これはあんたが長年かけて……
「なに、惜しくはない。年の離れた“友達”のためじゃ」
「ヴォルフじいさん……

 ヴォルフはすっきりと笑って、ためらいなく答えた。
 人間ふたりとシロクマのミンク。大きさも種族もてんでバラバラなデコボコトリオが出航したのは、それから3日後のことだった。
 めずらしく太陽のピカピカ光る気もちの良い朝、見送りにと港におし寄せた町の住民に力いっぱい手をふって、彼らは島をあとにした。

 ロシナンテはやっと思いだした。
 スワロー島から7年かけて数々の波を越え、未知の島をめぐった日々。3年前にようやっと3人そろってドレスローザへとたどり着いた瞬間を。ロシナンテは今の今まですっかりと忘れていた。

「おれはひとりじゃなかった……たったひとりでここまで来たわげじゃながっだ……! 仲間がいだんだ……!」

 湿った声を伝声管へとむける。ジャンバールを乱暴に押しのけて、思いのたけを口にした。

「ジャヂ、ベボ、お、おばえら~! 無事だっだのか! 」
『ロシナンテてめェ! おれたちのこと忘れやがってフザけんなよ!』
『そうだそうだ! おまえがドジって出国用の貨物船に乗っちゃったから、おれたちもバレて捕まったんだからな!』
「ごべーん!」
『つぎ会ったら一発なぐってやる!』
『覚えとけよー!』
「ウンウン、忘れべェ! ぼう二度と、グスっ……忘れるもんか!」

 憎まれ口もずいぶんと久しぶりに感じた。それでも彼らがプリプリ怒る姿はありありと想像できる。それが無性に懐かしく、無性に頼もしいと思った。





『で!? なんでこんな展開になってるんだよ!』
「いや~、すまねェ」

 操舵室のとびらの前にいるのは、頭に銃口をつきつけられて両手をバンザイしてるロシナンテと、ロシナンテの頭に銃口をつきつけているハートのクルーたちだ。

「コラさんを返してほしくば、うちの操舵手と操舵室を返せ!」
「そうだそうだー!」
「かえせ~!」
『人間ひとりどうしの交換じゃ仮面くんを返せても操舵室は渡せないな。命は等しく平等だぜ』
「いやでもコラさんは2人ぶんくらいあるだろ」
「ハクガン、小柄だしな」
『体の大きさの問題じゃねェよ! な、ベポ』
『なにこの茶番』
「あのシロクマ、はっきり言いやがる!」
『シロクマですみません……
「打たれ弱ッ!」

 茶番である。
 ロシナンテが侵入者の仲間だから人質っぽくして交渉のまね事をしてみた。しかしローの命令があるためハートの海賊団はロシナンテを撃てないし、シャチもべポもそれを知っている。どうしても雰囲気がグダグダしてしまうのだ。
 その間にも潜水艦は進む。ゾウではなく、ドレスローザにだ。シャチたちが思いのほか手慣れた操縦をするものだから、ジャンバールたちにも焦りが見えはじめる。ブーイングにも熱がこもった。
 この状況に困っているのはロシナンテだ。ローの突き離したような態度にすっかり弱気になってしまっていたし、ジャンバールからローの作戦を聞いたいま、彼のジャマになるようなことは正直したいと思わない。シャチとべポのことは嬉しいが、居心地の悪い思いだ。
 バンザイした手をゆっくり下ろし、舵をにぎる彼らに語りかける。

「もうやめてくれ、シャチ、べポ。おれはもういいんだ」
『は?』
『“いい”ってなんだよ』
 
 電伝虫ごしの声がワントーンさがり、べポにいたっては威嚇するように喉をグルグルと鳴らした。

「おれは、ドレスローザには戻れない」

 はっきりと言いはなった。言ったとたんに、のどの奥に重いなにかがつっかえる。

「おれはグリーンビットの森で、ローと会った。13年ぶりの……感動の再会だ! でも解りあうことは、できなかった。あいつもドフラミンゴを倒したいと思っていたのに。おれだって。目的は同じなのに、敵じゃないのに、拒まれたんだ」

 ハリボテの言葉はどんなに重ねたって、どこまでもみじめったらしい。それでも一度口をついて出たが最後、あふれる言葉は止まることなく流れ出ていった。

「足手まといだと! 確かにおれは、あいつのために何もしてやれなかったがよ。約束やぶって、傷つけてばっかりだったがよ……おれはそんなつもりじゃあ、なかったんだ」

 自分勝手に連れ回し、自分勝手に約束をし、自分勝手にそれを破る。最低だ。グリーンビットの暗い森でローにそれを指摘されたとき、ハッとした思いだった。
 彼が怒るのも無理はない。ここ一番の大勝負というときに、信頼してもらえるはずがないのだ。自分のバカさにあきれ返るしかない。

「大人になったあいつに、もうおれの手は必要ない。ドフラミンゴだって倒せる。ガキのころから賢くて強いヤツだったから。きっとおれは邪魔にしかなれねェ。だから……ゾウへ行く」

 言い切ったところで、丈夫で重たい扉が唐突に開かれた。
 弾丸のみたいに飛びだしてきたのはシャチだ。ロシナンテにつかみかかり、そのままグーで殴りつける。鈍い音を追うようにハートの船員の驚きの声が飛んだ。
 床にケツをつけたロシナンテを憎らし気ににらみ、シャチが語気を強める。

「見損なったぜドンキホーテ・ロシナンテ。なにものわかりのいいフリしてやがる!」
……ンだとォ!?」
『納得なんて、尻尾の先ほどもしてねェくせに!』

 伝声管からもベポの援護射撃だ。
 カッと、ロシナンテの頭に血がのぼった。勢いにまかせてシャチの頬をはっ倒す。

「おれは人間だ、尻尾なんてあるか! お前らになにがわかる!」

 ハートの髪型をした船員がぶっ飛んだシャチを支えたが、シャチはそれを乱暴にふり払って、さらにロシナンテに食ってかかった。

「知らねェよ! 知らなくたって手ェのばしてやりゃあいいんだ! アンタはひとが何を考えてるかなんてまるっと無視して、無理やり善意をおしつけるから本っ当にタチが悪いなと思うけども……

 クリオネが合いの手のように「あれ? 悪口!?」ともらした。

「そんなあんただからローさんは救われたんだろ!」
……!」
「なのにここで逃げてたら、いま命かけて戦ってるローさんがバカみてェじゃねえかよ!」

 頭が真っ白になり、呼吸すら忘れた。
 なぜシャチが「ローは救われた」と断言できるのか、理解できなかった。

「でもあいつ、おれを足手まといだって……
「あんたが心配だから嘘ついたに決まってるだろ!? 救いようのねェほどのドジなうえに、鉄砲玉みたいに突っ込んでいくからさァ!」

 ハートのクルー全員が神妙な顔して頷いた。ロシナンテのドジさは話に聞く以上のものであり、たったの数十分をともに過ごしただけでもハラハラしっぱなしだったのだ。ジャンバールでさえ、一見まじめな顔をしながら心のなかではシャチとかたい握手をかわしたい気分だった。

「でもいまは、おれとべポがいる。あんたはひとりじゃない」

 シャチは自身を落ち着かせるように、大きく深呼吸をした。まっすぐに目を合わせて、まっすぐに心からの言葉を紡ぐ。

「ロシナンテは死なねェし死なせねェ。3人6脚で、どんな波だってこえてきたじゃないか」
「シャチ……
『おれたち、おまえの無茶もドジも慣れっこだ!』
「べポ……おまえら……
『待ってシャチ、今おれのこと4つ足で計算した?』

 シャチがロシナンテの胸ぐらをはなし、力強く肩をたたく。長く厳しい航海のあいだ、いつもそうやって励ましあってきた。
 かつてはロシナンテがシャチとべポを海に連れ出した。今度はシャチとべポがロシナンテを連れ出す番だ。ローが大人になったのと同じくらい、シャチとべポも大人になったのだ。

「ドレスローザに行こう。戦おう、ロシナンテ。ローさん、きっとあんたを待ってる」

 じんわりと心あたたまるやり取りにロシナンテの涙腺が再び緩みはじめた、ちょうどそのタイミング。
 周りの一団がとつぜん動きを見せた。

「いまだ、確保!」
「アイアイ!」
「捕まえろ~!」
「ギャー! しまった!」

 静かに様子をうかがっていたハートの海賊団だ。勢いにまかせて操舵室を飛びだしたシャチを捕まえようと、一斉に飛びかかる。

「確保完了! ジャンバール!」

 いきなりなうえ、相手は多勢だ。ロシナンテとシャチはあっさりと捕まり、床にぬい付けられた。べポはちゃっかり扉を閉めたため立てこもりを続けるが、明らかに形勢は逆転してしまった。

『なんて卑劣な。まるで……海賊』
「海賊だよ!」

 まじめな調子で言うベポにハートがげきを飛ばす。そのあいだにも抜け出そうともがいたが、簡単にはいかなかった。
 そうこうしてると、超がつくほど重量級の身体が目のまえに腰をおとした。彼は背が高いから、座ったとしてもずいぶん高い場所に顔がある。

「放してやれ」
「え?」
……でも」
「いいから、放してやれ」
……アイアイ」

 クルーたちは渋々という様子を隠しもしなかったが、ジャンバールのひと言で無数の手はあっけなく外れた。いきなり変わった態度のねらいが掴めず、警戒を強める。

「シャチ、と言ったな。いままですっかり忘れていたが、キャプテンから話を聞いたことがある」
「だったらなんだよ」
 
 シャチがジャンバールを睨みあげる。サングラスごしに見つめ合うこと数秒。じっとりと見下ろすジャンバールが口を開いた。

「ひとつ、考えがある」