お芋さん太郎
2023-05-20 20:31:02
5731文字
Public ロシナンテ生存IF
 

②コラソン



パンクハザードで13回、船に続くはしごで1回、サニーの甲板で5回。ロシナンテがスッ転んだ回数だ。

彼はかなりの長身なせいか周りのものを巻きこみながら転び、しょっちゅうジタバタともがいている。
そのたびに大爆笑するルフィに「おれはドジっ子なんだ」とプリプリと怒る様子は、短期間なのにすでに見慣れてしまった。

また妙なやつが乗ったなと、サンジは白いため息を吐いた。
たしかにロシナンテは賑やかでおもしろいやつだ。
おまけに言いようのないほどにドジで、動くたびに転んだり火だるまになったりしている。
まさにルフィが好きなタイプである。 

しかしその一方で、時おり彼が見せる表情がどこか気を張ったものなのは、海賊船に乗ったせいなのか。
そもそも政府が出入りを禁じた危ない島に、たった一人でいた理由は何なのか。
シーザーを確保したのは何故なのか。
うるさい言動のわりに彼の目的がいっこうに知れず、うす気味悪さすら感じる。

隠しごとができるような人間には見えない。
だが、たくらみがゼロとはとても思えない。
船という閉鎖空間でともに過ごす以上、お互いのために疑念は晴らしておくべきだろう。

サンジは飯の準備もそこそこに、ロシナンテに静かに語りかけた。

「さて、そろそろお前の目的を聞かせてもらおうか」
……話さないってワケには」
「いくかよ。海賊が『元』とはいえ海兵を乗せてんだ」

言い淀んだロシナンテにクルーたちの目が集まる。
侍の親子は関係ないとばかりに、離れた場所でジッと聞き耳をたてていた。

「いくら船長命令といっても、リスクがあることには変わりないわ」
「こっちが納得できる説明をするのがスジってモンだろ、兄ちゃん」
「だよな」

ナミとフランキーがサンジに続くと、ロシナンテは肩をすくめて甲板の芝生にどっかりと座りこんだ。
指先でさわさわと芝をいじりながら、ひとつゆっくり呼吸をおいて口を開く。

「ドレスローザの現国王の名は、ドンキホーテ・ドフラミンゴ。やつを……倒したい」
「ドフラミンゴ!?」
「フラミンゴ? 誰だそいつ?」
「ドンキホーテ・ドフラミンゴ。七武海の海賊よ、ルフィ」
「し、七武海〜!?」

ロビンの補足に一味は目を丸くした。
ウソップ、ナミ、チョッパーの3人が隅っこに寄ってガタガタと体を震わせる。

ルフィは口をポカンとまん丸に開いて、さらにロビンに問いかけた。

「海賊が王さまやってんのか?」
「おかしいことではないわ。現に七武海のボア・ハンコックもアマゾン・リリーの王として君臨しているし」
「ハンコックみたいなもんか!」
「でもアマゾン・リリーは海賊国家。ドレスローザは戦争をしない平和な国なはずだけれど……
「10年ほど前まではリク王家がドレスローザを統治して、平和そのものだった。しかしその国にドフラミンゴが降り立ったその日、王家側が民衆を襲う事件が起きた」

口ごもったロビンに続けて、ロシナンテが説明を続ける。
それまで表情豊かな彼だったのに、いまは温度をなくしたような語り口だ。

「王が国民を!?」
「なんだ王さま悪ィやつだな!」
「バカ言え。七武海とはいえ海賊が国に来たとたん、平和な国の王が国民に手をかけるか」

ゾロが不快そうに顔をしかめながら、ルフィをたしなめる。
ロシナンテはそれにコクンとひとつ頷き、話を続けた。

「ご想像のとおり。すべてドフラミンゴが仕掛けた罠だ。そしてやつ自身がその騒動をおさめ、新たな王として君臨した」
「胸くそ悪ィ話だ」
「なんだか、アラバスタを思い出すわね」
「アラバスタ……ですか?」

ナミが楽園にある砂漠の国を思い出しながら、しみじみと言った。
事情を知らないブルックが首をかしげる。

「2年前、当時七武海だったクロコダイルが民衆を扇動してアラバスタという国を乗っ取ろうとしたの」
「それをコイツが止めたってわけだ」
「おれがぶっ飛ばした!」

サンジがルフィを雑に指をさすと、ルフィはノリよく拳を突き上げた。
少し後ろでウソップが「マァ8割がたおれ様の手柄だがな!」とドヤ顔を決めるのを、チョッパーがキラキラした瞳で見つめる。

そんな中、ロシナンテが慌てた様子で声をあげた。
アラバスタの騒動について、知っていたものとまるきり違う内容の情報だったらしい。

「おい待て、それは海兵の手柄だって聞いてるぞ!」
「表向きはな」
「クロコダイルを倒したのは正真正銘うちの船長だ」
「そう、だったのか……

ロシナンテは10秒くらい百面相をして、やっと納得した。
声に力がなくなって、少しだけシュンとして。
かつて自身も所属していた正義の組織の後ろ暗い部分だ。
その反応も、無理もない。

「それで? まだ何かあるんだろ。一介の海兵ひとりが背負うには荷が重すぎだ」
「ましてや相手が七武海。お前が海兵を辞めたってのはそれが理由か?」

沈んだ空気にゾロが切り込み、続いてフランキーも口を挟んだ。
国の乗っ取りの真実など、一般の海兵がたまたま持ち合わせていいような情報ではない。
ロシナンテは妙に知りすぎているのだ。

「13年前まで、おれはドンキホーテファミリーに潜入し、諜報活動をしていた」
「潜入!?」
「諜報!?」
「嘘だろ!」
「できんのかよお前!」
「世も末ね……
「うるせー! おれの能力は潜入向きなんだ!」

ワーワーと騒ぎ立てる一味を咳払いでたしなめ、ロシナンテが続けた。

「最高幹部のひとりとしてファミリーで活躍していたおれは、当然ドレスローザの情報も掴んださ」
「最」
「高」
「幹」
「部」
「だとォ!?」
「おれ、ドフラミンゴってやつがなんだか気の毒に思えてきたぜ」
「クソっ、言いたい放題言いやがって……だがおれは欲目をかいた。あれは完全に私情だった」

しだいに顔をくもらすロシナンテに、一同はピタリと押し黙る。

「当時ファミリーには10歳そこらの子どもも何人かいたんだ。生まれや育ちが不運なヤツらで、追い出そうとしても出ていかねェ。そんな中でドフラミンゴのやつがいっとう目にかけていたクソガキがいた」

子どもに弱いナミの顔がこわばった。
年端もいかない子どもが海賊とつながりを持たねばならない状況のおぞましさを、ナミは自身の体験としてよく知っている。

「国も家族も亡くし、オマケにそいつは……病気だった。治療法のない病だ。自分自身の口で余命は3年そこらだと言っていた」
「そんな……

誰ともなく、ハッと息をのんだ。
いつも騒がしいルフィでさえ、凪の声色に耳を傾けている。

「おれは任務を放り出して、ファミリーからそいつを連れ出した。病気を治せばそいつは海賊なんてやめて、まっとうに生きていけると思ったんだ。なんとしてでも治してやりたかった。だからノース中の病院をまわった」
「そいつ、治ったのか?」
「風のウワサでは治って元気にやってるらしい」
「よかった」

チョッパーがホッと息をこぼした。
優しい船医に、ロシナンテの頬もわずかに緩む。
しかし次の瞬間には苦い顔に上書きされた。

「でもそこでドジっちまってな、任務は失敗。ドレスローザの情報は本部に届かず、おれはファミリーの裏切り者としてドフラミンゴに銃で撃たれた」
「そんな!」
「かろうじて一命を取り留めたおれは軍に保護された。目覚めてすぐに情報を伝えはしたが、軍の対応は遅く……間もなくドフラミンゴは七武海の座についちまった。そしてドレスローザで事件は起こった」
「だからお前も海軍を辞めてドレスローザへ、か」

サンジがフーっと長い煙をはいた。
ロシナンテが決意の浮かぶ瞳でコクリと頷き、肯定を返す。

「ドフラミンゴは七武海で、海兵のままだとおれは手を出せないからな。おれはこの件に責任を感じてる。おれの手で止めるべきなんだ」

ロシナンテが握った拳は、かすかに震えていた。
一度殺されかけた相手に再び立ち向かうのは、並大抵のことではない。
それでも彼は、やり遂げると言葉を強くする。

「ドフラミンゴからドレスローザを解放して、あいつとの約束を果たす」
「あいつ?」
「約束?」
「病気だったクソガキとの約束さ。おれが撃たれたあの日、ドフラミンゴから逃れたら隣町で落ち合おうと約束をした。ハハ……できもしねぇクセによ」

ロシナンテは、眉尻をめいいっぱい下げながら続けた。

「連れ回して、嘘ついて、傷つけてばっかりだった。だから迎えに行く。顔あわして、謝って、褒めてやるんだ。よく生きてた、頑張ったってな」

彼はずいぶん嘘が下手らしい。
口元は笑っていても、涙のにじむ瞳がやるせなさを物語る。

「そのためだけに13年間、生きてきた」
「13年……

短いといえない年月に、誰もがクラりとした。
『クソガキ』が生きているという情報があるだけましとはいえ、それだけの時間をかけてはるばる新世界の海までやってきたのである。
たいした根性だ、とゾロが小さく呟いた。

「ルフィさん」
「ん?」
「僭越ながら私、彼の『約束』に少々思うところがありまして」

ブルックがまじめな声で静かに語りかけた。
少しだけ腰を折って、ルフィとしっかり目と目を――骸骨のブルックに目は無いのだが――合わせる。

ブルックとラブーンとの約束については一味の全員が知っている。
その約束を果たすため、想像を絶するつらい数十年を彼が乗り越えねばならなかったこともだ。
そんなブルックが『約束』という言葉を持ち出した。
口をはさむ者はいない。

「もしあなたの海賊王への道に差し支えないようでしたら、彼の『約束』の手助けをさせていただけないかと」
「おいやめろよ! これはおれの因縁だ!」

ロシナンテが慌てて言葉を重ねた。
しかしルフィはロシナンテに一瞥もせず、ブルックに答えを返す。

「わかった。いいぞブルック、助けよう! おれもこいつ、嫌いじゃねェし」
「待て、おれ抜きで話を進めるな! 海賊の手を借りるつもりはない。送ってもらうことには感謝するが、それ以上お前らに頼るつもりはないんだ」
「いいよそれで。助けるのはおれたちが勝手にやるからさ。お前は好きに動けよ」
「は」

言葉をなくしたロシナンテが驚きで目を見開く。
閉じることを忘れた口からは、ひとつの音も出てこなかった。

シンと静まり、ただ波の音だけが聞こえる。
船上の誰もが、ロシナンテとルフィのやり取りを見守っていた。

「お前らには全然……関係ねェ話じゃねえか」
「だからなんだよ。ブルックが助けたいって言ってんだ」
「相手はドフラミンゴだぞ。七武海だ。その裏には四皇のカイドウだっている。ケンカ売ったらお前らもただじゃ済まねェ」
「海賊王目指してりゃ、どうせいつか売るケンカだ。いま売ったって別にいい」
「けどよォ」
「まあ、いいじゃねェか! サンジ、メシ!」

ロシナンテは粘ったが、ルフィが人の話を聞くわけがない。
しかも、すでに飽きたらしい。両手をあげてメシの催促をしだす。

「アー……残念だがウチの船長は言いだしたら聞かねェ」
「潔く諦めたほうがいいわよ」
「そうですよ。落ち着いて、音楽でもいかがですか? リクエストがあればなんでも――ん~ビンクスの酒を~」

さすがに不憫に思ったウソップがロシナンテの肩にポンと手を置き、ロビンがクスクスと笑いかけた。
ブルックがバックミュージックを奏で始めたあたりで、自然と話し合いは終了。

まだ納得のいかないロシナンテは「これでいいのか!?」とクルーたちに訴えたが、それをまともに聞ける人間はこの船には乗っていなかった。

看板に偽りなしと、ロシナンテは思い知る。
海風、気まかせ、波まかせ。
無謀な航路もヤベー喧嘩も日常茶飯事。
だからこその『最悪』だ。

極悪非道の海賊『麦わらのルフィ』が関わった世界的大事件は数知れない。
東の海から楽園にかけての航海でメキメキと頭角をあらわした大型ルーキーのことはロシナンテも以前から気にかけてはいたが、まさかこんなにも快活で豪快でとびきり自由な青年だったとは考えてもみなかった。
新聞に記されたほんの数百字からは、人物像も真意もなかなか知れないものである。

ロシナンテは気を落ち着かせるために煙草を1本取り出し、その先に火をつけ、自分も燃えた。
ギャアギャアと転げまわり、水をかけられ、芝生を燃やすなと怒られ、笑われ、笑われたことに怒り。

そんなこんなで気づくことができなかった。
ロシナンテの懐の電伝虫がプルプルと着信を告げていたことに。



同時刻、ドレスローザ。

頑丈な石の壁があってなお響く歓声は鼓膜をビリビリと震わし、空気はどこもかしこも熱気で包まれている。
そんなコロシアムの廊下をふたりの男が歩いていた。
彼らとすれ違えば誰もが「コラソン様だ」と足を止める。
敬意の会釈に手で応えながら、彼らは迷いなく白い一室にたどり着いた。

「今日の負傷者リストはこちらです。器具・備品も問題なく」
「ああ、ごくろう」

ペンギンのマスコットの付いたキャップを被った青年が、モコモコ帽子の青年にバインダーを手渡した。
渡された青年はそれを興味なさげに一瞥し、重厚感のあるオフィスチェアにどっかりと腰かける。

この国では少々名の知れたふたりだ。コロシアムの医療室担当といえばそれなりに顔が知られる役職。
おまけにふたりともが国王の直属の部下である。

「いつでも始められます」

『コラソン』の後ろに控えたペンギン帽子の青年が言った。
名前はペンギン。ドンキホーテファミリー、ディアマンテ軍の幹部のひとりだ。

「診察を開始する」

それに応えた『コラソン』と呼ばれるモコモコ帽子の青年は、ドンキホーテファミリーの最高幹部のひとり、『三代目コラソン』トラファルガー・ローである。

そしてローこそがまさに、ロシナンテがかつて約束をしたクソガキその人なのであった。