shirajira
2024-09-28 21:06:05
6409文字
Public
 

お前の俺と、俺のお前

2024.9.28ビマヨダワンドロより。お題「ぬいぐるみ」で、ヨダナの持つビマぬいに渋い顔するビマの話。

「うわーーっ!! わし様のビーーーーーマがっ!!!!」
 悲愴な悲鳴に、ビーマは思わず振り返った。レイシフト先のことである。
 振り返った先には、どんどん背中が小さくなっていくドゥリーヨダナの姿があった。何か――鳥を追いかけている。マスターが「ドゥリーヨダナ、待って落ち着いて!」と慌ててその背にすがりついているのが見えた。
「あーっクソ、見失った! おいマスター、あの鳥を追うぞ! わし様のものを盗むなんて、あれはただの鳥ではないだろう。ズバリ、この特異点の原因と見た!」
「江の島のトンビはみんなあんなもんだよ!」
 今回のレイシフト先は、マスターの故郷である日本だった。江の島という観光地で知られたその場所は、名前の通り島で、海が目の前に広がっている。だが、海鳥よりもトンビの方がよほど猛威を振るっているようだった。
 特異点の原因を探す最中、景色のよさに写真を撮ろうと私物を取り出したドゥリーヨダナが、餌食になるくらいには。
「ならマスターは、わし様のビーマをこのまま鳥にくれてやっていいというのか? つつかれて綿をこぼしながら朽ち果てていってもいいと?」
「そうは言ってないけど……
「おい、マスターを困らせるんじゃねえ。だいたい、お前が私物で遊んでるのが悪いんだろうが」
 見かねてビーマが口を挟むと、ドゥリーヨダナは唇を尖らせ、ぷいとそっぽを向いた。多少は反省、いや責任転嫁がすぐにできないだけか。
 マスターやサーヴァントを象ったぬいぐるみ、通称ぬいがカルデアで流行り始めたのは、ここ一ヶ月ほどのことである。
 自分のぬい、或いは親しい者、マスターのぬいを持ち歩いては、何かと写真を撮るのが流行っていた。最近は食堂でよくシャッター音を聞く。食事の場に出して汚したりしねえのか? とビーマなんかは思う。
 概ね手のひらサイズのそれを、ある者は自作し、ある者は得意なものに頼んで作らせた。特にバーサーカーのヴラドの作るものが評判よく、おまけにヴラドは一度作ったモチーフは作りたがらないとかで、順番待ちの列及び依頼争いがすごいことになっていると聞いている。
 そんな中、周回仲間だからなのか、それとも金でも積んだのか、ドゥリーヨダナはヴラド製のぬいを手にしていた。
 それもビーマのぬいを。
 初めて食堂でドゥリーヨダナがぬいを出した時、ビーマは三度見した。それはどこからどう見ても、第一臨の姿をしたビーマであった。
 えっ? 俺? 俺のぬいぐるみ? 何で?
 これが例えば、取り出したのがアルジュナなんかだったら、ビーマはそこまで心乱されなかっただろう。何だったら照れくささ半分、嬉しさ半分くらいだったかもしれない。
 だが、取り出したのはドゥリーヨダナである。恥をかくのを嫌い、何かと余裕ぶりたがるドゥリーヨダナは、ビーマが知る限りいかにも女子供が好みそうな趣味は持ち合わせていなかった。
 カウンターの中から思わずガン見するビーマに気づく素振りもなく、ドゥリーヨダナはビーマのぬいを置くと、ランチメニュー――エミヤのチーズハンバーグ――をパシャリと撮った。
 その夜、ビーマはサバッターでドゥリーヨダナのアカウントのポストを見た。昼に撮ったと思わしき、ハンバーグとビーマのぬいぐるみの写真に添えられている文を読む。
『見ろビーマ。エミヤの特製チーズハンバーグだ。ぬいぐるみのお前は食べたくても食べれないな?羨ましかろう!』
 ビーマはこれといってコメントするようなところは何もない、面白味のない天井を眺めた。
 ドゥリーヨダナのやつ……ぬいぐるみの俺にマウント取って憂さ晴らししてんのか……
 写真の中のぬいぐるみのビーマは、羨ましげな顔でチーズハンバーグを見ている(ように見えなくもない角度で撮られている)。
 いやまあ、別に実害はなさそうだからいいが。他の誰に迷惑がかかるでもなし、放っておいてもいいか。
 そう思い静観していれば、ドゥリーヨダナは毎度食堂にビーマのぬいを持ってくるばかりか、これまたどこで調達するやら、毎日のように服を変えてきた。
 第一臨や第ニ臨、生前身に付けていた服に似ているものはまだいい。現代服を着せられていることもあれば、どう見ても女物を着せられていることもあった。毎日のように更新されるサバッターを、ビーマは毎晩黙って確認した。
 三日前なんて犬耳パーカーを着させられていた。どういう感情でぬいぐるみの俺にそれを着せてるんだと問いたくなる。それも憂さ晴らしの一環なのかと。どこにでもぬいぐるみの俺を連れていって、一体どういうつもりなのかと。
 そして今日。先程突然飛来したトンビによって拐われたビーマのぬいは――ビキニを着せられていた。ほぼ全裸のようなものである。
 実害はないからいいかと思っていたが、自分を元にしたものであることは確かである。極めつけには、ドゥリーヨダナはあのぬいぐるみを「わし様のビーマ」と呼んだ。
 これ以上の許容はできなかった。
 あんなもの、なくなっちまえばいいんだ。
「ぬいぐるみのことは諦めろ。身から出た錆だ。サーヴァントの本分を忘れるんじゃねえ。俺たちはマスターの願いを叶えるためにいるんだ」
 ビーマの言葉に、ドゥリーヨダナが唇を噛んだ。だが、その顔が赤く染まるより先に、マスターが口を挟んだ。
「駄目だよ。持ち込んだものはちゃんと持ち帰らなきゃ」
 言いながらマスターが指差したのが「ゴミは自分で持ち帰ってください」の看板だったので、ビーマは形容しがたい気分になった。ドゥリーヨダナに至っては「わし様のビーマがゴミだというのか!?」と立腹し、マスターの頬をつねっている。
「ごめんごめん、ビマぬいのことも見捨てないで、ちゃんと探しに行かなきゃダメだよって言いたかっただけ! もしかしたら本当に、聖杯の手がかりに繋がってるかもしれないし」
「ビマぬい」
 思わず復唱してしまう。確かにビーマのぬいぐるみ、とかぬいのビーマ、とかいちいち呼ぶのは面倒であろうが。
「まったく、マスターよ。お前はもう少し言葉のチョイスというやつを学んだ方がいい。……で、ビーマよ? なんだったかな、わし様たちサーヴァントはマスターの願いを叶えるためにいる、だったか? マスターの願いは聞いたな?」
 ドヤ顔のドゥリーヨダナを見て、思わずビーマの口からは率直な感情が漏れ出た。
「お前をぶっ殺す」
「マスターそんなこと言っとらんだろ!」
 ドゥリーヨダナの悲鳴が上がる。ビーマは無視してマスターに声を掛けた。
「マスターの願いだ。聖杯を探す他に、トンチキの持ち込んだぬいぐるみも探す。……だが、どうするんだ?」
「それはもちろん……
 マスターが彼方を指差した。ちょうど男性がフランクフルトをトンビにかっさらわれ、呆然と立ち尽くしているところだった。マスターが言い放った。
「おびき寄せる!」


 レイシフトから戻って早々、マスターが呟いた。
「しばらくB級映画はいいかな……
「ああ……
 結論から言うと、本当にビーマのぬいの在処は聖杯の手がかりに繋がっていた。聖杯の持ち主であるメカトンビが、トンビたちを使ってあらゆるものを集めていたのだ。
 メカトンビとは何か。メカトンビはメカトンビである。本人がそう名乗ったのだから仕方ない。どう見てもトンビじゃなくて鮫だったけど。全然メカじゃなかったし。「エラはやめて」とか言って泣いてたし。
 最終的に江の島のシンボルである展望灯台、江の島シーキャンドルに巣くっていたメカトンビの巣は、ドゥリーヨダナが爆破した。「なんかものすごいデジャヴだ。わし様、前もタワーを爆破したことがあるのかもしれん」とか神妙な顔でドゥリーヨダナが言っていたが、まあどうでもいい。
 無事聖杯とビマぬいは回収された。それが全てである。
「レポートどうしよ……。あ、二人とも今日はありがとう。お疲れ様」
「マスターもな。また何かあったら頼ってくれ」
「次はもっとましなところにしろよ」
 廊下でマスターと別れる。二人きりになった途端、ドゥリーヨダナがビーマのぬいを取り出した。軽く埃を払ってやって、ほっとした顔をするその横顔に、ビーマは面白くない気分になる。
「いつまでそのぬいぐるみ、持ち歩くんだよ」
「マスターと契約が切れて、座に還るまでだが?」
 即答に、苛立ちが募る。明日かもしれないし、三年後かもしれない、いつかわからない終わりまで、ビーマの形をした布の塊を持ち歩くというのか、この男は。
「飽き性のお前が?」
「飽きるとかそういうものではない。これはわし様のビーマなんだから」
「俺のことをそんな風には呼ばねえくせに」
 思わず口走って、ビーマはドゥリーヨダナを――此度の現界では歯車が狂って、恋人となった男を見つめた。
「お前は、わし様のビーマではないだろ。サーヴァントのお前は、マスターのビーマだ。わし様が、マスターのドゥリーヨダナであるのと同じように」
 目を逸らしもせず、ドゥリーヨダナがそう答えた。それから、ふいと視線を手に握ったぬいのビーマに向ける。
「もちろん、座のお前もわし様のものにはならん。生前は言わずもがな。お前はお前である限り、決してわし様のものにはならん。――だが、こいつは違う」
 大きな手が、時にビーマを殴り、時に戯れるように触れてくる手が、優しくぬいぐるみを撫でた。
「こいつは、お前であってお前ではないからな。他の誰のものでもない。正真正銘、わし様のものだ」
 ドゥリーヨダナの言うことは、何一つ間違ってはいなかった。生前のビーマも、座のビーマも、今ここにいる、或いはかつて、或いは未来に現れる英霊のビーマだって、宿敵や好敵手、或いは友人や恋人にはなれても、ドゥリーヨダナのものにはなれない。それは逆もしかりだ。
 そういう風に、できている。
 それはわかる、が。
……でも、俺だって、お前と一緒に飯食ったり、どこか行ったりできるぜ。服は……まあ、お前しか見ねえなら、そういう妙なやつを着てやっても、いい」
 ビキニを着せられているぬいを指差すと、ドゥリーヨダナがパチリと大きく瞬きをした。
「何だお前。まるで――いや、まさかな」
「何だよ。らしくねえな、言ってみろ」
……わし様のビーマに、嫉妬しているみたいだ」
 肩を竦めて、ドゥリーヨダナが笑みをこぼした。冗談でも口にしたかのような顔に、ビーマは言ってやる。
「悪いかよ、嫉妬しちゃ」
 笑みを消したドゥリーヨダナがまじまじと見つめてくるので、ビーマは一歩踏み出し、ドゥリーヨダナの目を覗き込んだ。
「そりゃあ俺は、お前のものにはなれねえ。それはぬいぐるみの俺にしかできないことなんだろう。でも、飯を食うのもどこか行くのも、お前の選んだもので着飾るのも、それは全部、俺にだってできるだろ」
 ぬいぐるみの俺じゃなくたって、いいだろ。
「なあ、そいつじゃなくていいだろ。お前のものじゃなくても、お前の恋人は俺だぜ?」
 キスする寸前、鼻が擦れ合うような距離で言ってやれば、ドゥリーヨダナの瞳が揺らぎ、小さく唇が開いた。言葉が紡がれる。
「いや、それはそれ、これはこれだろ」
 返ってきた言葉に、ビーマは――キレた。
「何でだよ!」
「お前と一緒に何か食べたりどこか行ったりしたのをサバッターに上げたら、それはもう馬鹿っプルではないか!」
 それは確かにそう。
「ならサバッターに上げなきゃいいじゃねえか! サバッターやめろ!」
「イヤだーっ! わし様は最強の王子としていいねを稼ぎまくって気分よくなりたいのだ! ぬいの写真が一番ウケがいい!」
「てめえはまたすぐそうやって上部だけのことに夢中になりやがって……!」
 今までずっと、黙って我慢してきたのだ。自分はドゥリーヨダナと同じ食事の席につくどころか、どこかに一緒に行ったり、服を贈られることだってないのに。ぬいの自分ばかり、楽しそうなことをして。わし様のビーマなんて呼ばれて。
 自分だって恋人と一緒に食事をしたり、一緒に出掛けたりしたい。
 ドゥリーヨダナのアカウントは、いつも楽しそうだった。ぬいより絶対、自分の方が楽しませてやれるのに。
 俺だったら、お前の話に相づち打てるし、隣を歩くことだってできるし、トンビにだって絶対拐われないし。
 ぬいぐるみの俺なんかじゃなくて、俺を連れていけばいいだろ!
 本当はずっと、そう言いたかったのだ。
……わかった。俺もてめえのぬいぐるみを持つ」
「あ?」
「そんでお前と一緒に飯食ってどこか行く。お前は俺のぬいぐるみと写真を撮ればいい。俺はお前のぬいぐるみの写真を撮る」
「うん?」
「それでいいだろ」
「何が?」
 全く何も理解できませんと言わんばかりの顔に、ビーマはため息をつきながら教えてやった。
……俺とお前はぬいぐるみのためにたまたま同じもの食べたり同じ場所に行ったってことにするんだよ。それなら馬鹿っプルっぽくねえだろ」
「そうかぁ~? で、そのわし様のぬいとやらはどうするのだ。お前が作るのか?」
「まさか。ぬいぐるみの俺はヴラド製なんだろ? なら当然、ぬいぐるみのお前もヴラド製であるべきだ。今から順番待ちのやつ全員に事情を話して頼み込んで、なる早で手に入れてくるぜ!」
 善は急げである。まずヴラドに事情を先に話そうと踵を返すと、「待て待て待て!」とドゥリーヨダナに腕を勢いよく掴まれた。
「事情を話すってお前、わし様に恥をかかせる気か!? ……それにヴラドに頼んでも無駄だ」
「あ?」
……わし様のぬいはもう作ってもらったからな」
 気まずそうに目を逸らす顔に「どういうことだ」と尋ねると、「……ついてこい」とドゥリーヨダナが歩き出した。
 案内されたのはドゥリーヨダナが宛がわれている部屋だった。当然ビーマも、恋人として何度も訪れている部屋である。
 ドゥリーヨダナが戸棚に向かう。「よいせ」の一言と共に戸棚をずらせば――更に戸棚が現れた。
……それ、隠し戸棚だったのかよ」
「まあな。ほれ」
 ドゥリーヨダナが指差した先には、ぬいぐるみ用の椅子に座らされている、第一臨の姿をしたドゥリーヨダナのぬいぐるみがあった。これまたぬいぐるみサイズのテーブルの向こうにある椅子に、ドゥリーヨダナがビーマのぬいを座らせる。
……これを見てどう思う?」
「ぬいぐるみの俺にちゃんとした服を着せてやれよ。それかぬいぐるみのお前もビキニになれ」
 無言で脛を蹴られた。ドゥリーヨダナが求めていた回答ではなかったのだろう。
 隠し戸棚は、ちょっとしたドールハウスのようになっていた。テーブルや椅子だけでなく、ぬいぐるみが二つ入れるような大きなベッド、二人掛けのソファーもあった。バスタブはさすがに一人用のようだったが、ミニチュアの洗面器と風呂椅子は二つずつある。
 まるで二人で生活しているみたいだ。互いが互いのものにはなれないのと同じの、あり得ない、未来永劫叶うことはない、そんな夢みたいな光景。
 ビーマのぬいは、二つの意味でドゥリーヨダナのものであったのだ。
「持っていきたいなら、持っていけ。粗末に扱うなら殺すがな」
 そっぽを向いてそんなことを言うドゥリーヨダナに、ビーマは首を横に振った。
「いや、今日は持っていかない」
……そうか」
「明日の朝、取りに来る。で、明日の晩にここに返しにくる。これから毎日、そうする」
 ビーマはゆっくりとドゥリーヨダナの方を見た。そうして、自分の考えが間違っていないことを察して、言った。
「これでお前は俺のものだし、俺はお前のものだ。そうだろ?」