しきみ
2024-09-28 03:20:04
3985文字
Public 司類
 

砂糖の壁で逃げ道を塞ぐ

飲み物に特にこだわりのないタイプの司の話です。
(2024/09/26)

 ある日。
 ピピ、と軽快な電子音と数字の回転が止まり、小さな窓に揃った数字が映し出されたと同時に、少し音割れした賑やかなファンファーレが鳴り響く。
「おや、当たりが出たようだ」
 抽選の結果が出るまで律儀に表示を見つめていた類の声は弾んでいる。小さな画面の中で当たりを祝う短いアニメーションを真剣に見ている横顔は、その真剣さの理由がわかるだけに、同類のオレから見てもショー馬鹿と言うより他にない。
「司くん、選んでいいよ」
 自販機の取り出し口から自分の買ったサイダーを出しながら、類はオレに当たりの権利を渡してきた。
「ん、良いのか? お前の当たりだろう。奢ってもらうようでやや気が引けるが……
「ふふ、だってこれからまだ、ふたりで周るところがたくさんあるじゃないか。もう一本ペットボトルを持っていたら重いからね」
「ふむ……それもそうか。では、遠慮なく選ばせてもらうとしよう!」
 それではどうぞ、と恭しく自販機を示す類に合わせ、やや胸を張ってボタンを押す。心なしか、選ぶ指先を類の視線が追っている気がした。
 選んだのは、はちみつの入ったアップルティー。
 公園のベンチで休憩を取りながら、自販機のルーレットの演出、小さな画面の中で煩雑にならずに目を引く工夫、日常に忍ばせる小さなサプライズの可能性と楽しそうに話題を展開する類の話に耳を傾けた。
 
 ある日。
「途中のコンビニで何か買っていこうか」
 放課後、類のガレージで案出しをすることになった。作業の供に軽食や飲み物を、という類の提案で……軽食、と言ったはずなのだが。
「類、軽食とは言え、これを食事と呼ぶのではないだろうな」
 籠の中に無造作に何本も入れられたラムネ菓子の瓶を見て思わず呆れてしまう。
「結局、これが一番頭が回るんだよ」
「そうは言うが、昼だってオレの弁当を半分食べただけだっただろう」
 昼休み、購買の競争に出遅れた……と言うより、群衆の観察に気を取られて自分の目当ての弁当を買いそびれた類は、食べられもしない野菜サンドを手にとぼとぼと屋上へ上がってきた。
「だって、司くんがお弁当を全部交換してくれなかったから……
「オレのせいにするんじゃない! まったく……
 オレは見るのも嫌だと押し付けられた可哀想な野菜サンドと自分の弁当を半分食べたが、類が昼に食べたのはその弁当半分だけで、明らかに食い足りなそうではあった。
 だが、今日ばかりは全てを類に譲ってやることはできなかったのだ。何せ今日は、咲希が手ずから作ってくれた生姜焼き弁当だったのだから。
 しかし、あの空きっ腹を抱えてしょんぼりと教室に戻る様子を見てしまうと、次はもう少し多く分けてやっても良いかと思ってしまう。次などない方がよほど良いのだが、あれも類の甘え方かと思うと、あのやり取りが無くなるのも淋しいような気がしてきて……いや、そんなことではいかんのだが……
「と言うかお前、まさかとは思うが、あの後をラムネで凌いだから、今そんなに買い込んで補充しているんじゃないだろうな……?」
「いやいや、そんなまさか」
…………類、」
……そんなに睨まないでおくれよ……仕方ないねぇ、司くんの心配のためにも、パンくらいは食べようかな」
「そう思ってくれるなら、きちんと野菜も食ってくれると嬉しいのだがな」
 聞こえないふりを決め込み、司くんは何を買うんだいと話を逸らす類を横に、自分の買い物を済ませた。
 選んだのは、ミルクが多めに入ったカフェオレ。
 ガレージでは、案出しのはずがすっかりエチュードに夢中になってしまった。しかし次々と目まぐるしく変わる展開の刺激のおかげか、その後は大小さまざまな案や類の発明品が飛び出し続けて、つい予定よりも長居をしてしまった。
 
 ある日。
 基礎トレーニングと称して朝から四人で集まった。トレーニングはもちろんきちんとこなしたが、今はまだ大々的にワンダーランズ×ショウタイム単独のショーを披露はできないが演るとしたらどのようなものがいいか、ここで少し演ってみるかと話の種もショーへの熱意も尽きない。相変わらずの賑やかな空気には、やはり心が躍る。
 あれもこれもみんなでやりたいと屈託なく笑うえむに、そんなに一度にはできないと呆れながら寧々も楽しそうだ。類は、と隣を見ると、この空気を味わい切るように、心から安堵しているように、穏やかな目で微笑んでいる。本当に、この四人で先に進めることになって良かった、と。オレも心からそう思う。
 トレーニングもひと通り済んだところで、類が小型のクーラーボックスを持ってきた。やたらに上機嫌で持ってきたところを見ると、ただのクーラーボックスではないのだろう。
「今日はこの子の動作確認を手伝って欲しくてね」
 そう言って屈んだ類は、おそらくクーラーボックスの背面にあるのだろうスイッチを押す。すると、側面と底からがしゃんがしゃんと音を立てて、ロボットの足と腕が生えてきた。
「まだ名前はつけていないんだけれど、人の近くまで自分で飲み物を運んできてくれるロボットくんを作ってみたんだよ。忙しい休憩時間や練習中、あとは客席にちょっとした飲み物をお届けするのに一役買ってくれるんじゃないかと思ってね。動き回る人の間を、邪魔をしないように、転ばないように、きちんと飲み物を手渡せるように動く必要があるから、その精度向上のために、ぜひとも今日はこの子から飲み物を受け取ってあげてほしいんだ。まず2本候補を出して選ばれた方を、どちらも選ばれなかったら別のものを出す挙動の確認もしたいから、好みでなかったら遠慮なく言ってあげてね」
 ロケットのような勢いで説明を始める類の表情は、嬉々として輝いている。紹介されたクーラーボックスロボットは、まずは立って飛び跳ねているえむ、次にそれをベンチに座って見ている寧々、そして類と並んで今日の成果を確認しているオレの元へとぴょこぴょこと歩いて来た。
 ピッピッと小鳥のような声を発して、ロボットが楽しそうに小さく揺れながらペットボトルを2本差し出してくれる。ミルクティーとレモンフレーバーの無糖の炭酸水だった。
「うむ、助かるぞ! ありがとう」
 片方を受け取ると、嬉しそうに体を左右に揺らすのが愛嬌がある。
 選んだのは、無糖の炭酸水。
 隣でロボットからミックスジュースを受け取った類が、不思議そうな目でこちらを見ていた。
 
 そして、今日。
……やっぱり、司くんは飲み物は甘いものが好みなのかい?」
 オレの部屋での勉強会、と言うよりは、まあ、類による特別補講の休憩にと淹れた紅茶に砂糖を落としていると、類が小さく首を傾げながら聞いてきた。
「うん? やっぱり、とは?」
「最近の司くんを見ていたら、どうやら甘い飲み物が好きらしいと気付けてね。それで、この間のクーラーボックスくんの時も、甘いものをいくつか入れていたんだけれど……君は無糖のものを選んだだろう? その時は推測が外れたかなと考えていたけど、今、また紅茶に砂糖を入れていたからね。この間が例外だったのかなと思って」
「ああ……それでか。このところ、やけにオレが飲み物を選ぶ時に見てくるなとは思っていたが」
 その視線がやけに真剣みと、隠しきれていない熱を帯びていたのは、きっと類本人は気付いていないだろう。
「ああ。休憩や練習上がりの短いひと時でも、好きなものが用意されていれば気分が上がるものだろう? それはひいては、モチベーションやパフォーマンスに少なからず良い影響を及ぼすだろうと……
 これも本心だろう。だが、おそらく、それだけではない。じっと目を見て話を聞いていると、途中から段々と声が小さくなる。
……それに、やっぱり、その、恋人と、して……君の好みを把握しておきたかったんだよ。今更だけどね」
 さっきまでよく回っていた口はどこへ行ったのか。目を泳がせ、おずおずと控えめに差し出される本音に、思わず頬が緩む。
「笑わないでよ……
「嬉しいんだから、仕方がないだろう!」
「うぅ……そ、それで、結局、どうなんだい? やっぱり飲み物は、甘い方が好きなのかな」
「ふむ……類には残念かもしれないが、飲み物の甘さに特にこだわりはないぞ。ただ、まあ、そうだな。類とふたりでいる時は、甘いものを選ぶようにはしているな」
「僕といる時? それはどういう……
 もう、種明かしをしてしまってもいい頃合いだろう。
 話に集中して無防備になっている類の顎をすくい、視線を絡める。困惑の声を上げる前に、その口を塞ぐ。
 じっくりと回を重ねたことで、少し舌先で促せば以前よりずっと素直に唇を開き、割入るオレの舌の狼藉も進んで受け入れてくれるようになった類に、作戦は成功したのだと確かな達成感とそれ以上の愛しさが募る。空気を奪われて早々に蕩け潤みだした類の瞳に、もっと深くと求めてしまう。
 ――そうだ、作戦は成功した。しばらく前に、オレがキスを迫った時、肩を押してオレを遠ざけた類は真っ赤な顔で誤魔化すように言ったのだ。しかも一度ではない。
「野菜味も、ブラックコーヒー味も、抹茶味も嫌だと言ったな?」
 類を解放してそう告げれば、ふうふうと息を整えている類が少し考え込む。まだ余韻で上手く優秀な頭も回っていないようだが、しばらく待つと――
――っ、ぁ、え……?」
 類の顔色がみるみるうちにオーバーヒートを起こしているのではないかと思うほどに赤く染まる。大人げないだのそんなにキスをしたかったのかだの、文句やからかいの一つでも飛んでくるかと思ったが、黙ってしまった。
 これは、勝ったな。
 
 甘い味が好きなのは、類、お前の方だ。


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