しきみ
2024-09-28 02:58:23
1960文字
Public 司類
 

波音に熱を隠す

フォロワーさんからネタをお借りしました。
夏の司類です。
(2024/06/10)

 強化合宿だ、と意気込む我らが座長の仰せで、海に来ている。
 髪に煙のにおいがつくから、とえむくんを連れて部屋に籠もってしまった寧々をドアの向こうに見送って、司くんと夜の浜辺に花火をしに繰り出して一時間と数十分。多彩な光を放つ派手な花火、それを使った自作の秘密兵器でとことん遊び切り、残るは線香花火だけとなってしまった。
 さっきまで、我ながら年相応だなと笑ってしまうくらいに、司くんとはしゃいで遊んでいた。それが嘘のように、お互いに口数少なく並んで座り込んでいる。
 腰を下ろしてすぐは、花火を使った演出の話や学校での抜き打ちのテストの話、そのうち見に行きたい映画の話などをあれこれとしていたけれど、だんだんとそれも少なくなっていって、ぽつぽつとした会話も途切れて、今では波音だけが僕たちを包んでいる。
 熱をゆっくりと冷ますような絶え間ない波の音を聴いていると、昂った気持ちもとろとろと凪いでいくようだ。自然と、手元で爆ぜる、大きく動かせばあっけなく落ちてしまう火種に視線も意識も集中してしまう。
………綺麗だな」
 ぽつり、と波音の合間に落とすような司くんの呟きが、小さく耳をくすぐる。
「そうだねぇ」
 ぱちぱちと穏やかに、けれど途切れることなく、時折強く流星のような閃光を放つ花火は、確かに美しい。手元に星が落ちてきてくれたみたいだ。
 まるで君のようだと言ったら、派手さが足りないと不服そうにするだろうか。
「ふふ」
 想像したら少しおかしくなって、つい小さく声を零してしまった。
………類」
 ああ、これは、何を笑っているんだと拗ねられてしまうかな。そう思って、花火と張り合う司くんをどうからかってあげようかと、花火から視線を上げて。
 ――言葉が、出なくなってしまった。
 司くんの手元にはもう、おそらくずいぶんと前から、花火はなく。
 その視線はきっと、僕が気づくよりずっと前から、真っ直ぐ僕に向いていて。
「類」
 囁くような、それでいて轟くような、遠くの海鳴りのような声で呼ばれる。
 手元の火種が音もなく砂の上に消える。
 入れ替わるように花火の熱を写し取ったような瞳が、僕を射抜いている。
「うん………
 ともすれば波音にかき消されてしまいそうな密やかさで、名前を呼ばれた。それだけだ。それでも、それだけで、僕は目を閉じてしまう。
 火照りを感じて仕方がない耳から頬をするりと撫でる指は、少しだけ煙のにおいを纏っている。あれだけはしゃいだ名残をほんの少し薫らせて、それなのにこんなに静かに求めてくるなんて。
 ずるいな、と音を乗せることも叶わず、司くんの唇が僕の幾分かさついたそれに重ねられる。
 そっと触れるように、一度。
 薄く目蓋を上げる。間近に迫っている星の、陽炎で揺らめくような熱を浴びる。ぱちぱちと途切れなく、時折強く流星のような閃光を放って僕を照らす熱。そこに穏やかさは、あまり、ない。
………ふふ」
 何を笑っているんだ、と今度こそ言いたそうな唇を、僕から塞ぐ。誘うように舌先で柔らかな唇をくすぐると、ほんのりと潮風が薫る。それを味わう間もなく、ぐっと背中を支える力が強くなって、塞いだ唇が大きく開いた。
 呼吸がひとつになるほどに、もう一度。
 間を置かずに、二度、三度。
 くぐもって喉奥で潰えていく甘やかな声も、息継ぎのたびに熱い息で震える水音も、生まれた端から、空気を満たす波音に吸い込まれていく。
 幾度目かの重なりの末に、背中に添えられた手のひらが、火照った体が離れていく。
 遠くなった熱に名残惜しさを覚えながらも目を開くと、少しだけ距離を置いた星の瞳には、まだ熾火が燻っていた。
………司くん」
 零れた声は小さかったけれど、自分でも驚くほどに熱く湿っていた。でもきっとこの声も熱も、司くんには違わず届いているだろう。
「先に煽ったのはオレだが………ここではな」
 赤く染まった首筋と耳の熱を払うように勢い良く立ち上がって、司くんはてきぱきと火の始末をしていく。
「ほら、戻るぞ、類」
 左手に高校生らしく遊んだ名残の詰まったバケツを提げながら、まだ口付けの余韻に身を任せて座り込んでいる僕に右手を差し出す。
………うん」
 本当はもう少し熱に身を預けていたかったけれど、そうもいかないようだ。往生際悪くゆっくりと手を伸ばすと、思ったよりも強い力で握り込まれ、引っ張り上げられる。
 その勢いに驚いている間に、まだしっかりと力の入らない腰を抱きとめられたかと思うと、耳元に熱い吐息がかかる。
「続きは部屋でな」
 そのまま僕の手を引いて、返事も待たずに歩き出す。
 本当に、司くんはずるいな、と。今度こそ呟いた声は、潮騒に飲み込まれてしまった。


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