輪子湖わこ🔞
2024-09-27 16:17:15
19203文字
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とある冒険者の話

全年齢光オル、シリアス、紅蓮クリア直後の話

知らない風の匂いだった

ここがどこなのかも
自分が何者かもわからない

ただ、心地よい
乾いた風の匂いがした

____________

枯れ草混じりの砂利道を、キャビンが駆け抜ける。
車両を引く巨大な鳥は、チョコボと言うらしい。
砂埃を上げて、黄色いチョコボは軽やかに足を進めていく。
揺れるチョコボキャリッジに乗り合わせているのは、エレゼンの男と、ミッドランダーの老人の2人。
エレゼンの男は、その長い首をゆったりと左右に動かしながら、物珍しそうに砂の大地を見渡した。
「心配なさんな、第七霊災の後はお前さんみたいな奴も多いんだ」
乗り合わせた老人が落ち着いた声で男に語りかける。
「まずはウルダハの街で話を聞いてみるといい、あそこには剣術士ギルドもある、あんた位の腕なら誰か知っている奴がいるかもな」
御者が手綱をひき、鳴き声とともにチョコボが歩みを止めた。どうやらここが老人の言ったウルダハという街の入り口のようだ。
老人はもう一つ先の村に用事があるらしく、ここで降りるのはエレゼンの男1人だった。
「すまない、世話になったな」
「それはこっちのセリフだ兄ちゃん、アンタがいなけりゃいま頃ペイストの餌さ」
老人は人懐っこい笑みを浮かべ、カラカラと笑う。
この土地に生きる人間は強いのだろうか。
目的地をウルダハに決めるまでに、数名の人々を同じように助けたが、命の危機に瀕しても、助かったなら丸儲け、過去の事として、何もなかったかのように皆前を向いて歩き出していた。
この老人も、そうなのだろう。
「体を動かしてりゃお前さんも何かしら思い出すかもしれん」
「じゃあ、達者でな」
巨大な大階段と、その上に聳え立つ大門。
強い西陽に照らされながら、男は砂の都ウルダハを見上げる。
硬質の水色の髪が、強い風に晒され、はらりと揺れた。



______とある冒険者の話______





全身にエーテルを纏い、敵を貫くのはとても簡単な事だった。
初めて斧を振るった時も、槍で貫いた時も、盾で受け止め、大剣を叩き込んでも。その扱い方はそこまで大差なくなく。巨大な力を操り、敵を薙ぎ払い、強靭に守り固めること。盾となるように、切り開いて行くように、強さのみで仲間を守ることは、自分にとって造作もない——……とは言えないが、得意な事だったのだと思う。ただ。手のひらの上にのせた小鉢に根を張る花には、その方法は通用しないらしい。
己の無骨な手に乗せるには、あまりにも小さく、そして頼りなく。花は頭を下げたまま、ゆらゆらと揺れている。
そこにほんの少しエーテルを、そう、ほんの少しだけ、包み込むように、優しく……そう自分に言いかせても。集中力を欠いた途端陽炎のようにゆらめいて、花弁がまた一つ落ちていった。
微かな風にも簡単に吹き飛ばされ、花弁は空に舞う。
薄水色のそれは、ウルダハの星空に瞬く間に溶けて、消えていった。

ト、ガルト」
……ねえガルト、大丈夫?」
背後からの声に、はっとして振り返る。白髪のミコッテの女性が、心配そうにこちらを見上げていた。
「ヤ・シュトラ」
「エーテルが乱れてる。ここの所詰めすぎよ。少し休んだ方がいいわ」
このヤ・シュトラという女性は、エーテルを操る事では右に出るものがいない幻術士であり、癒し手であり、俺たちの仲間だ。
エーテルの扱いに長けた……と、いうのは語弊があるのかもしれない。ヤ・シュトラは、エーテルの流れのみで全てを識別している。
エンシェントテレポ。詳しい説明を受けたところで詳細は理解できなかったが、大きなリスクを伴う秘術らしい。その影響でヤ・シュトラは視力を完全に無くしている。しかし、それでも、この星の全ての物に流れる生命力。いわゆるエーテルを視る事で、それを全く感じさせることなく、前線で共に戦い、背中を任せてきた大切な人だ。
「そうだな、今日は切り上げにしよう。少し外の風にあたってから宿に戻る」
「気をつけて。気になる乱れ方だわ」
「ああ、心配をかけてすまない」

ゼノスが倒れ、アラミゴは開放された。

不安要素が消えたわけではないし、解決してない問題も山ほどある。が、切迫した状況からはひとまず解放され、少しばかり、息つく程度の時間はできたのだが……
自分はどうにも休暇というものに慣れておらず、居心地の悪さを感じていた。
新しい戦術を学ぶためグリダニアの幻術士ギルドに掛け合ったものの、流石に休めと門前払いされてしまったのだ。
そのため、待てと言っても待てぬ性分を理解しているヤ・シュトラの監視の元、ほんのさわりの部分だけ、幻術士の勉強をしていたのだけれども。
「やはり俺には合わんのだろうか……
すっかり花弁を落とし茎だけになってしまった小鉢を見つめ、ため息を吐いた。
呪術もすこし齧って辞めてしまったし、なんとなく魔法に対して苦手意識は、あった。それでも幻術に手を出そうとしたのは。
いつまでも鮮烈に焼き付く暴力的なまでに鮮やかな夕焼けの。

もし、あの時俺が優秀な癒し手なら。
少しでも、そんな能力があれば。

『英雄に……悲しい顔は似合わぬぞ……

何度も何度も繰り返し脳内に響く、彼の言葉。
目に焼きついて離れない。鮮烈な橙色の中に、取りこぼしてしまった、かけがえのない人を。

その先を思い出しきる前に、霧散させるように首を振る。
「いや、関係ない」
何もできなかった、それだけが事実なんだと。

ウルダハの空は夜でも賑やかだ。消える事のない街灯と、色鮮やかな織布が重なる隙間からは、街の光に負けないほどの満点の星空が広がっている。 
なぁオルシュファン。
俺は、お前がいなくても歩いていけてるし、進んでいける。仲間と共に泣き笑い、悲しみで足を止める事もなく、お前の望んだように、皆の光であるように、前を向いて。
だけど、いつまでたっても胸の奥には、ズッシリと重たいものが詰まって、消えないんだ。
「こんな事、お前に言ったら笑われるだろうか」
それとも……
すっかり貧相な姿になってしまった小鉢を、古びた木箱の上に戻し、マーケットに向かって歩き出す。
宿に帰る前に軽食を買いたい。たとえ少量のエーテル消費でも、慣れない事に集中すれば疲れも出るし腹も減る。夕飯はたらふく食べたのでそこまで多くはいらないが、何かハムや野菜を買ってフラットブレッドにでも挟んで食べよう。
マーケットは、この時間にしてはなかなかの賑やさだ。
様々な種族の人々がまばらに行き交い、露店の呼び込みの声が明るく響く。昼間と大きく違う所といえば、酔っ払いの小競り合いと、泥酔してひっくり返った親父と、すれ違いざまに誘ってくるいかがわしい手招きか。薄着のミッドランダーの女の誘いをいなして、真っ直ぐ料理屋に向かう。
顔馴染みの店主に声を掛けようとした、その時。

「このパンと、あとリンゴを1つ貰えないだろうか」

心臓が、大きく跳ねたのが分かった。
聞き間違える事などない、良く通る芯の強い声。
硬質な淡い水色の髪と、濃い水色の瞳。
愛想の良い笑顔は、精悍な顔の輪郭を和らげ、人懐っこさすら感じさせる。

まさか、そんな筈は。
黒のサーコートに身を包むその横顔は、紛れもなく。

目を見開いたまま固まっている俺に気付く事なく、買い物を終えたその男は、店主に手を振り背を向ける。
長い手足に見合う、シャンと伸びた背筋。エレゼンの冒険者の標準的な服なのだろうか、見慣れた筈の旅着に身を包んだ男の後ろ姿が、その輪郭が、人混みの中でもハッキリと浮かび上がった。

そんな奇跡などない、しかし、あまりにも。

「オルシュファン!!!!」

気がついたら、駆け出し、手を掴んでいた。
驚いたエレゼンの男はこちらを振り返る。
「すまない、貴方は私に会った事があるのだろうか?」
水色の瞳が、やんわりと俺を捉え、首を傾げた。
「わ、悪い!人違いだ、……忘れてくれ」
当たり前だ。
彼は死んだのだ、自分の手の中で。
この世界で他人の空似などよくある事。自分は何を血迷ってしまったのか。
謝罪し、男の手を離す。食欲はすっかり失せてしまった。彼に背を向け歩き出す。早く宿に帰って寝てしまおう。今日はやけに思い出す。やはり、休暇などは苦しいだけだ。

「待ってくれ!」

突然背後から響いてきた張りのある声とともに、今度は自分が腕を掴まれた。
驚き目を見開くと、先ほどと打って変わって意志の強い水色の瞳が真剣に俺を見つめている。

「私のことを知っているなら、教えてほしいのだ!」
「え……?」
「その、オルシュファンとは私のことなのか?」

そんなはずは、そんな奇跡が、ある筈は。

「少しでいい、話を、聞かせてくれないか」

______

冒険者ギルド、クイックサンド。元々ここは酒場らしいのだが、自分が酒場として使う事は少なく、宿屋のロビー兼、冒険者ギルドだと捉えている。

記憶がない。気づいたらこの土地に居た。男はそう語った。
言語も、身の振り方も、生活に必要なことは何故か全て覚えているらしい。しかし、モンスターや土地の名前は全て欠け落ちているのだと。ただ、敵との対峙の仕方も、剣の扱いも何故か身体が知っていて、そこまで困っている訳ではないらしいが……

記憶が抜け落ちる。

普通であれば信じられない話なのだろう。けれど、ここまで辿った冒険の道中では特に珍しいことでもなく、つい先日の戦いでも、そのような人物を目の当たりにしたばかりだ。それは自分の周囲に限ったことではなく、ここウルダハでも頻繁に起こる現象らしい。第七霊災以降、記憶の欠け落ちは、大なり小なりよくある事だ。ウルダハに限らず、エオルゼアでは特に珍しいことではない。
記憶喪失のことも含め、モモディに相談してみたが、特に驚かれることも、追求されることはなかった。ただ、出自はともかく名前まで不明となると流石に冒険者としての登録はできないらしい。そもそも冒険者になりたいのかどうかもわからない段階では何も出来ないという。
それはそうだ。
腕が立つなら歓迎するし、仮名で良いから決めておいで。と、追い返され、ひとまず丸テーブルに肩を並べ、男の話を詳しく聞く事にした。

「持っていたのは、この剣だけなのだ」
彼が差し出したのは至って普通の片手剣。
オルシュファンの持っていたウィングレットとは違う、誰にでも扱えるショートソードだ。
盾は持たずにこれ一本でそこらの獣を倒し歩いていた所、助けた老人に連れられウルダハに来たという。
「それにしても、変人騎士とはひどい言い草だな!」
「だ、だから俺が言っていた訳じゃないぞ!周囲の人間達の評価を伝えたまでだ!」
豪快な笑い声が酒場に響く。流石に大声すぎたのか、チラチラと視線を感じ、すこし気まずくなり背中を曲げた。今は何もいいから情報が欲しい。と、ぐいぐい距離を詰めてくる男に根負けして、俺は、オルシュファン・グレイストーンの話を語り聞かせる事になった訳だが。
「周囲の信頼は厚かったんだ、とても尊敬されていたさ、ただ、その、かなりの癖のある人物で、それだけで……
「ふむ、という事はお前から見てもかなり癖が強い人物だったという事だな?」
「違ッいや、違わないがッ……そもそもッ!!オルシュその、アンタに似た人の話だ!アンタに言った訳じゃないぞ!」
「わかっているさ」
クックックと喉奥で笑う男は至極楽しそうにしている。俺はといえば、自分のグダグダな語りを恥じて頭を抱えていた。
そうだった、こういうのは得意じゃないのだ。敵の様子や、冒険先の情報を語り聞かせるのはある程度慣れたものの、軽い雑談や言葉のやり取りはあまり得意ではない。
賑やかな暁の中、中心に居たとしても、言葉少なく、楽しげに談笑している皆を見守っている方が性に合っているし、周りもそれを良しとして受け入れてくれていた。
だから一対一で手玉に取られると、どうにも弱い。
「しかしな、そもそも鍛え上げられた肉体が素晴らしい事は当たり前のことではないか?それを変人呼ばわりとは、その地方の人間は変わっているのだな……
楽しげに笑っていた男の目がスッと細められ、真剣な眼差しが自分に突き刺さる。
これは、この目は知っている、この先に来るのは……
「そしてなにより!お前の肉体はとてもイイからな!これを褒めずになにを褒めるのだ!」
見開いた目に星が飛び散っている。
あまりに直接的な表現に頭がクラクラして来た。
これが、この発言が、人によってはかなりアレだと言うことを一切想定してない、この……
「その言動が一般的に、変人扱いされるって事なんだが……
まだ目を輝かせ俺の上半身をくまなく凝視し続けるオルシュファン、に似た男。流石に頭が痛くなって、目を逸らしながらこめかみをぐりぐりと押した。
しかしそれ以上に、懐かしさに目が眩む。
本当に、瓜二つだ」
「え?」
「いや、すまない、あまりにもそっくりで、つい……
髪も瞳も、声だけではなく、性格も、なにもかも。
本当に何かの奇跡が起こったのかと思ってしまうほどに。
あの後物凄い癒し手が現れ復活して、記憶だけ欠け落ちただとか、どこかに流され、救出されここに辿りついたのだとか。ハイデリンの良くわからない何かの力で蘇ったのだとか。
でも知っているのだ。忘れられやしないのだ。

腕の中で冷たくなっていった身体のことを。
腹にぽっかりと空いた、塞ぎようのない空洞を。
鮮烈な夕日の中、ゆっくり閉じていったあの瞼を。

俺の顔が曇った事に気づいたのか、男が柔らかな微笑みを取り戻し、ゆったりと話しかけて来た。
「私に似ている男はオルシュファン 、といったか?」
「あ、ああ」
「自分の名前がないのも都合が悪い。差し支えなければしばらくはオルシュファンと名乗らせてもらおう」
「え⁈」
突然の申し出に慌てて席を立てば、ガターンと派手な音を立て椅子を倒してしまった。
また、周囲の視線がこちらに集まる。曲がりなりにも有名人なので、先ほどよりかなり……注目されている。
「ダメか?」
椅子を起こして縮こまる俺と対照的に、男は余裕の表情だ。周りの視線など意に介さず、ニッコリと微笑んでいた。
「流石にそれはっ……
「しかし、お前のその様子では別の名前をつけても呼び間違えるだろう?」
「うぐっ、否定できない……
男の言う通りだ、ここまで似ていると、どんな名前をつけようとも同じ事だろう。
「決まりだな。私もガルト、と呼んでいいだろうか?」
「勿論、かまわないが……
本当にこれでいのか、まだグダグダと考えている俺を置き去りに、男は話を進めていく。
「冒険者なら色々な土地を巡るのだろう?ここにはいつまで滞在するのだ?」
「しばらくはここウルダハを拠点にして幻術の練習と、あとは散歩がてらに採掘関係の依頼をこなすつもりだ」
キラリ、と男の瞳にまた星が散った、嫌な予感がする。
「よし、私はお前に着いて行くぞ!」
またガターンと大きな音を立て、椅子が倒れる。
今度はオルシュファン、に似た男が勢いよく立ち上がったからだ。
流石に今度は周囲も気まずそうに目を逸らしていた。
英雄扱いとはいえ、いつも面倒事の中心にいる俺と、よくわからん豪快で元気な男。
普通に考えて、関わって良い事があるとは思えないのだろう。
「決めた!お前に着いて行って冒険をして記憶を取り戻す!だからしばらくは私の事はお前の知る『オルシュファン』だと思って接してくれていいぞ!」
男は腰に手を当て、また豪快に笑ったて見せた。
「は、はぁ?そんな無茶な!」
「せっかく見つけた手掛かりだからな。ひとまずは自分がそのオルシュファンという男かもしれないという路線で考えてみてもいいだろう」
ズキンと、腹の奥が重くなる。
しかし、記憶を失って困っている人間が目の前にいるのも事実。
「わかった、しばらくは危険な仕事もないし、好きに付いて来てもいい」
「ありがとう!恩にきる。よろしく頼むぞ、友よ!」
ニカっと歯を見せて笑いながら、仮名オルシュファンは、元気よくこちらに手を差し出した。
握手に応え、手を握る。
確かな握力と暖かさに、先に感じた腹の奥の重みが、また一つ、増したような気がした。

______

砂時計亭は一見簡素なように見えるが、必要なものは一通り揃う落ち着いた宿だ。
よく見れば質の良い絨毯が敷かれ、壁にはウルダハ特有の意匠が散りばめられている。眩しいほどの光を取り入れる美しい窓が、この砂の都が活発な経済都市だということを知らしめている。
アラミゴから帰還した後、ナナモ女王からも王宮に滞在してはどうかと提案されたのだが、豪奢な王宮は性に合わず。慣れ親しんだこの宿を選び、滞在している。

寝台に腰掛け、先の出来事を思い出す。
自分のことを知るために、オルシュファン・グレイストーンの事を教えて欲しい。男はそう言った。自分がオルシュファンである事を仮定して俺に付いてくるのだと。
その快活な笑顔に目が眩んで、言えなかった。
一番大事なことを、隠してしまった。

オルシュファン はもう死んでいるのだと言う事実を。

もしかしたら、もしかして、本当にあの時、不思議な力が働いて、ここに流れ着いたのかと思ってしまうほどに、あの男はあまりにも「オルシュファン」で。
「信じたいのか、俺は……
奇跡的な出来事は、もう何度も見て来た。しかし、もう見たのだ、この目で。
あの日エスティニアンを救うため、竜の眼を引き剥がした時を思い出す。
穏やかに微笑みイゼルと共に去っていった、オルシュファンの後ろ姿を。
死んだ人間は二度と帰ってこない。
しかも、オルシュファンは死んでなお俺達を救い、星に還って行ったのだ。
そう、オルシュファンの奇跡は、もう起きた。
もし存在した場合は、他人の空似か紛い物でしかない。
他人の空似だったとしたら、記憶喪失の他人をオルシュファンの代用品として見るのはあまりにも失礼なのではないかと思う。
しかし、空似にしてはあまりにも見た目、言動、全てが本人すぎていて。

……罠、か?」

だとしたら誰が……
……ダメだ、心当たりが多すぎる」
それこそ、アシエンだと言う可能性も大きい。いつかのサンクレッドの事を思い出しながら、深いため息を吐いた。
あの責任感の強い男が、その献身さに付け入られ、体を乗っ取られた。彼の身体を借りたアシエンが、俺達に刃を向けて来た事は、忘れ難い事実だ。
人の意識に入り込み意のままに操ることができるアシエンにとって、死体を掘り起こし生前のように振る舞うことなど造作もないだろう。
どちらにせよ、放っては置けない。
もし悪意があってオルシュファンの姿を借りているというのなら、絶対に許すわけにはいかない。
明日朝1番にヤ・シュトラに相談して彼を見てもらおう。彼女ならば、何かしら分かるかもしれない。

パーパーパー

耳慣れた音が響く。リンクパールの通知音だ。都合がいいことに、相手は今し方頼ろうとしていた本人、ヤ・シュトラだった。
「ヤ・シュトラ?よかった、丁度聞きたい事が……
「ガルト、ごめんなさい急用が入ったわ」
「え?」
リンクパール越しのヤ・シュトラの声に緊張感が滲んでいる。
「ここ数日、ウルダハ付近で微量ながら異常なエーテルの観測があったの、どうやらアマルジャ族の活動が活発みたい。明日からはしばらくそちらの任務に就くから、幻術修行は休憩させてほしいのだけど、いいかしら?」
「ああ、もちろんだ。気をつけてくれ……俺は行かなくてもいいのか?」
「あなた、アラミゴから戻ってきてまだ日も浅いでしょう?エーテルもブレていたし、まだ休むべきよ。今回は簡単な様子見で戦闘になる心配もないわ。私に任せて休んでちょうだい」
「ああ、わかった、ありがとう」
要件だけ伝えて、リンクパールは途切れてしまった。
参ったな……ヤ・シュトラに頼れないとなると、とりあえずしばらくは、一人で様子を見るしかない。
それに、どちらにせよアシエンである可能性があるなら、対応するのは俺が適しているだろう。
明日朝、クイックサンドの入り口でまた会おう。そう約束したあの男の笑顔を思い出す。
ズンとのし掛かる罪悪感を責任感にすり替えて、俺は明日のための荷物整理を始めた。

______

「それが採掘用の装備か実に、実にイイ!」
仮名オルシュファンの視線が、昨日は隠れていた俺の肩の筋肉に一心に注がれる。
こうも言動が同じだと、同一視するなと言う方が難しい。仮名は外し、警戒しながらも、とりあえずは一旦俺も、男をオルシュファンとして仮定して接することにした。
ウルダハ近辺の依頼は一通りこなしたが、掘りきれてない場所もちらほら残っていた。手帳を見ながら、鉱石を掘り起こす。この辺の岩は今使っている良質なピックでは簡単に崩れ、白いページはサクサクと簡単に埋まっていった。
オルシュファンは物珍しそうに草を抜いてみたり、絡んできた野獣を狩ったり、俺が掘り起こした何の変哲もない鉱石をみてキラキラと目を輝かせている。
「要るか?」
「いいのか!」
緑色の石、ここらではいくらでも掘れる風媒体の小結晶。それを渡せば、彼は太陽に透かし見たり、いろんな角度で輝かせ、楽しんでいる。
普段の旅に比べると、冒険と言うにはあまりにも簡単で、安全で、散歩程度の散策活動だ。日差しは強いが気温が高いわけではなく、心地の良い風が吹き抜けている。
なのに、どうしてだろうか。
戦闘などに比べればこの程度の軽作業など、何ともないはずなのに、なぜか俺はひどく消耗していた。普段よりも重い足取りを隠し、散策を続ける。オルシュファンも連れていることだし、今日は早めに切り上げよう。そう伝えようとした、その時。
「ガルト!あの実はなんだ!」
高い木の枝に鮮やかな果実らしき物を見つけたオルシュファンが、そちらを指差した。
見たところ、俺の背丈の3倍程度。ここからでは流石に届かない。
「待っててくれ」
竜騎士のクリスタルを取り出し、強く握る。どこからともなく槍があらわれ、装備が変わった。
後ろで歓声を上げるオルシュファンを背に、太腿に力をこめる。ジャンプ。竜騎士特有の高く舞い上がる能力だ。本来ならば、そこから敵を突き刺す技だが、軽い移動のためたにも、竜騎士の能力は便利に使わせてもらっていた。
大地を蹴り、高く舞い上がる……
筈だった。
「?」
飛び上がった距離は普段とさして変わることなく、果実にかすりもしない。普段であれば、あの木の背丈をゆうに超えて舞い上がる筈なのに。
装備を採掘士に変更し、ジョブクリスタルを見つめ固まった。

竜騎士の証が少しだけ欠けている。

「え?」
「ガルト、どうかしたのか?」
「いや、なんでもない、取ってくるから待っていてくれ」
木に飛びつき、よじ登る。この程度ならジャンプを使わずとも問題はない。果実を取り飛び降りれば、目を輝かせたオルシュファンが待っていた。しかし、残念ながらかなり酸味の強い品種の果実だったようだ。
食べることを期待していたのか、オルシュファンは少しだけ残念そうにしたあと、すぐに切り替え周囲の散策に戻る。また何か気になるものを見つけたのか、岩壁に向かってしゃがみ込み、物珍しそうに何かの鉱石を見始めた。
そのオルシュファンに気付かれぬよう、もう一度ジョブクリスタルを確認する。

ドクン、心臓が大きく鳴った。

ジョブクリスタルは、パキリと音をたて、またほんの少しヒビを広げる。
崩れたカケラが淡い光となり、空中に漂う。そのエーテルの行き先を目で追うとーー……

ドクン、今度こそ、心臓が嫌な音を立てた。不快な心音は止まらない。背筋に冷や汗が伝う。
見なければよかった。しかし、今更目を逸らしたところで何も変わらない。

薄青く光る微かなエーテルは、オルシュファンの後ろ姿に、確かに吸い込まれ、消えていった。

これ、は。

バクバクと跳ねる心臓を落ち着けようとする間もなく、呼吸さえ忘れてカバンの中身を漁る。持ち物の中のクリスタルの一部に、欠けたりヒビが入ったり、不自然に形を変えたものがあった。小さい微力なものに関しては、完全に数が合わない。

俺はこれを知っている。

認めたくはない、
認めたくはないが。
まさか。

「ガルトどうした?何か探し物か?」
「すまない、仲間に呼び出されてしまった。目的の鉱石も見つかったし、今日はここまでにしよう」

急激に内臓が冷えていく。振り向いてしまったら、多分、バレてしまう。
きっと今の自分の顔を見せたら、何かを勘づかれてしまうだろう。

「ああ、ゆっくり休むといい」

背中を向けたまま、またなと手だけで別れを告げ、俺は宿に駆け出した。
振り返る事は、できなかった。

______

人の願いを集め、クリスタルを喰らい、星の命を蝕むもの。

『蛮神』

数多のそれを俺は切り裂き、抉り、葬った。
そう、俺達暁の血盟に大きく立ちはだかった、敵。

だったら誰が。
誰がそんなバカな事を。
強く願ったのは……

強大なエーテルを保有し、強く願うだけで、世界の何かを捻じ曲げてしまうような、そんな人物は。
光の戦士と持ち上げられ、英雄と祭り上げられ、ハイデリンの加護を受けた、ただ運命に突き動かされて進むだけの、バカな男は。

……お、れ?」

______

「待たせたわね、今戻ったわ、でも幻術の修行はしばらく休ませてほしいの。今度はここウルダハで異常なエーテル反応を観測……
誰かが話しかけている。しかし、話し声はただの音のように耳をすり抜け、掻き消えていく。
「ガルト?あなた、聞こえてる?」
「あ、ああ、すまない、戻ってたのか、ヤ・シュトラ」
強く名を呼ばれ、ようやく音が言葉として耳に入ってきた。
ぼやけていた意識が引き戻され、ハッキリと白髪のミコッテの女性が現れる。
「あなた、この前よりずっとエーテルが乱れているじゃない。そしてかなり消耗しているわ。私がいないうちにどんな無茶をやったの?」
ヤ・シュトラは言葉に怒気を含ませて、訝しげに俺を見つめている。
「そうか?自分ではわからないのが不便だな。ここ最近は過剰な戦闘は避けていたんだが」
「それが事実なら尚更心配よ。何か心当たりはない?」
聞きながらも、俺のエーテルを凝視しているのだろう。もう、どうでもいい。投げやりな気持ちで、視線を外し、目の前の酒瓶に手を掛ける。
「まさか……
ヤ・シュトラの目が見開かれた。それが良い意味でないことだけは、理解できた。
「いえ、いいわ、耳だけ貸してちょうだい」
空になった酒瓶を、ただぼんやりと見つめ続ける俺に聞こえるよう、ヤ・シュトラは声量を強めて話しかける。
「この辺りで過剰なエーテルの反応がでたの。アマルジャ族から回収したクリスタルが、微量ながら減っているそうよ」
コツリ、コツリと、彼女のヒールの音が石の床にやけに響く。
「厳重に保管してあり、勿論門番もいる」
一定の距離を取りつつ、近づいて来たヤ・シュトラは、射るような目線で俺のテーブルの前に回り込み、立ちはだかる。
視線は上げなかった。目を合わせる気力すら、なかったからだ。
「保管場所は、貴方の滞在している宿の裏。心当たりはないかしら?」
……わからない」
「本当に?」
「すまない……
新しい酒瓶に手を伸ばす。
本来、酒には強くないはずなのに、今日は何一つ気持ちを掻き消してはくれなかった。
「いいわ、話したくなったら話してちょうだい」
諦めたようにため息を吐いたヤ・シュトラは、俺に背を向ける。
「ただ、蛮神が生まれること、それがどういうことか、忘れないで」
……
返事はできなかった。
去って行く華奢な背中が、ぼやけて消えた。

______


「ここが俺の取っている部屋だ」
「おお!なかなか広いな!」

仮名を決め、冒険者ギルドに登録したオルシュファンは、近隣の野獣の討伐や護衛などで日銭を稼ぎ、なんだかんだ上手くやっていた。ただ、宿は流石にランクの低いものしか取れず、砂時計亭とは違う、ウルダハの路地裏にある簡素な部屋に寝泊まりしていたらしい。
早く気付いてやればよかった、と吐露した所、何を言う、何もかもが新鮮なのだ!と、自分の力で宿を借りられた事を誇っていた。
ただ、それはそれとして、俺の滞在する部屋がどんな場所なのかは気になっていたらしい。モモディに相談した所、特別よ、と、オルシュファンが立ち入る事を許してくれた。
「見てくれガルト!こんなに大きな窓がある!」
天井付近まで届く、大きな3連の窓。意匠を凝らした飾り枠の隙間から、眩いばかりの光を取り込む作りとなっている。
この窓も、自分がウルダハの宿を好んで使う理由の一つだ。
「美しいな」
西陽がかたむき、ゆったりと日が暮れていく。俺とオルシュファンは特に会話もなく、橙色に染まりゆく窓の光を見つめていた。
「不思議だな、何も知らないはずなのに
この夕焼けはとても心地良い」
……懐かしいような気さえする」
目を細めて夕陽を見詰めるオルシュファンの横顔に、あの日の面影が、濃厚に重なる。

ありし日の、2人だけの、束の間の逢瀬を。
彼が守護するキャンプドラゴンヘッドの北端、皇都がよく見える、あの美しい場所で、鮮烈な夕陽に照らされたあの横顔と。
守れなかった、約束が。

思わず抱き寄せ、唇に、掠めるようなキスをした。
してしまった。
正気に戻り、後ずさる。
「す、すまない!そのッ」
オルシュファンは嫌がるでも、驚くでもなく、その濃い水色の瞳でしっかりと、ただ落ち着いて、俺を見つめていた。
「前にも、こうした事があったか?」

時が止まった、気がした。

「オルシュファン、お前、まさか、思い出したのか?」
「いや、わからない」
「わからないが、胸が苦しいような、ざわつくような、でも、暖かい……
今度は、オルシュファンの方から一歩、距離を詰める。たじろぐ俺の肩に手をかけハッキリと、視線が絡んだ。
「だから、もう少しだけ」
夕日に照らされ、長い影が窓から伸びる。
ゆっくりと重なったそれは、しばらく離れる事は無かった。

______

「お前と私は恋人同士だったのか?」
ベッドをソファー代わりに腰掛け、しばらくお互い頬を染めたまま何も言えずにいたが、焦れたオルシュファンが先陣を切った。
「その、ハッキリとは答えられない……
「そうなのか……
「ただ!」
明らかに肩を落としたオルシュファンに慌てた俺は、ベッドに落ちた彼の手を掴み握りしめる。
驚いてこちらを向いた視線を捕まえて、真っ直ぐに、逸らさず、瞳を射た。
多分今俺は酷い顔をしているのだろう。それでも、頬に集まる熱に負けている場合ではない。
これは、言葉にしなければ。
「俺は、オルシュファンの事、を、そう言う意味で、好いて、いたし」
声が震える、やはり流暢に話す事などはできない、
でも、それでも、伝えなければ。
……心から、愛していた」
こんなもの、ただの懺悔だ。
自分が今何をしてしまっているのか、どういう罪を犯しているのか、もう分からない訳ではない。知ってしまった。それでも、何度も何度も思い描き、夢に見たままの、愛おしい人が。
これが偽りでしかないとしても、目の前に有るのだ。
「なぁガルト、これは記憶が戻ったのかは、わからないが」
「私も、今、とてもお前が愛おしいと感じている」
「オルシュファン……!」
全ての種族に合わせるように、大きめに作られたベッドも、流石に2mを超える男2人の体重を受け止めればギシリと軋む。外出中に整えられた清潔なシーツの上に彼の腕を縫い止めれば、オルシュファンは愛おしそうに目を細めた。
それを答えととらえ、長い首筋に、噛み付くように口付ける。
「っ、あ」
一度始めてしまえば、欲望は募るばかり、所有の証を刻み込むように強く吸い、その長くて薄い耳を撫で、鎖骨に唇を滑らせ、また、赤色を散らしていく。
くすぐったそうに身を捩るオルシュファンと目が合う。彼はニヤリと、意地の悪そうな笑みを浮かべていた。
「こういうことも、してたのか?」
からかうように微笑むオルシュファンに、ただでさえ熱かった頬がさらに温度を上げる。
心臓の音がうるさい。目の前の彼に、聞こえてしまわないか、心配なほどに。
「嫌なら、やらない、これ以上は……我慢する」
「嫌ではない」
するり、と、自分の背中に、オルシュファンの手が回る。胸と胸がピタリとくっついた。心臓の音が混ざる、オルシュファンの心音も、俺に負けじと力強く高鳴っていた。
こんな所まで再現するなんて、酷い話だ。
「私もお前と、繋がってみたい」
背を抱く手に、ハッキリと力が入る。
もう一度深く口付けて、2人の体はゆっくりとベッドに沈んで行った。

______

「ガルトと連絡がとれない?」
セブンスヘブンの奥にある、暁月の血盟の本拠地、石の家で、タタルはヤ・シュトラに泣きついていた。
「そうなのでっす!正しくは、連絡はつくのでっすが……忙しいらしくて全然話ををきいてくれないのでっす!
「それに……
暁の小さな金庫番は、その大きな瞳に涙を溜め、俯いた。
「心のここに在らずという、感じで……冒険者さんのあんな弱々しい声は、聞いた事がなかったので……
ぽつり、瞬きと共に、石の床に染みができていく。ララフェルの彼女の、ただでさえ小さな身体がさらに縮こまって震えている。
「ヤ・シュトラさんは、何か知っていまっすか?」
「いえ、ごめんなさい。心当たりはないの。ただ私もこれからすぐにウルダハに戻る予定よ。様子を見てくるわ」
「ありがとうございまっす!!」
ヤ・シュトラは足早にセブンスヘブンの酒場を抜け、真っ直ぐエーテライトに向かい歩いていく。

「もう、潮時よ、ガルト」

______


砂時計亭の客室の大窓が、満点の星空を映す。
オルシュファンと体を重ねたあの日から、宿から出る事はほとんどなくなった。
あの後、マーケットで日持ちのする食料を買い込んで宿屋に戻り、枷が外れたようにオルシュファンを抱いた。一度も拒絶することなく、彼は全てを受け入れてくれた。
3日ほど経ったが、2人分を想定して買ってきた食料は、1人分しか減っていない。
「どうしたガルト、流石にそろそろ何か食べた方がいいのではないか?」
「いいんだ、冒険中に数日食べない事なんて当たり前だ」
「それに今は、目の前にお前がいるだけで、いい」
「熱烈だな、しかし流石に休ませてくれ」
「それは……ッ、本当にすまない、やり過ぎた」
湯を浴びたい、というオルシュファンを腕の中から開放し、ベッドサイドに乱雑に散らばるジョブクリスタルに目を向ける。
竜騎士の証には、かなり大きななヒビが入り、小さなクリスタルは1粒だけを残し、消え失せていた。
残された最後の小粒のクリスタルが淡く光り、崩れ、オルシュファンの後ろ姿に吸われていく。

この調子なら、明日になれば他のジョブクリスタルも、無事ではないだろう。
トントン、扉が鳴る。
居留守を決め込もうと無視するも、ややあってまた、ドンドンと、先ほどより大きな音で扉が叩かれた。
重い体を引きずり、最低限の衣服を身につける。覗き込むために少しばかり扉を開けば、見慣れた顔がこちらを睨んでいた。
「私がここに来た理由は、分かっているわよね」
「ヤ・シュトラ……
俺の顔を見た彼女は、先ほどよりさらに表情を曇らせる。
「今、あの人はいないのね、少し出て来てちょうだい」
返事もなくただ頷き、着古したジャケットを羽織り、ヤ・シュトラに誘導されるまま裏口から宿を出た。
「ハッキリ言わせてもらうわ。彼は蛮神よ」
……
「あなたの莫大すぎる願いと力を媒介にして、不完全な召喚で現れた、まだ目覚め切っていないだけの、瀬戸際の存在だわ」
「どうすればいいか、あなたなら、分かるでしょう」
ハッキリと、彼女は言い切った。
そんな事とうに分かっていた、嫌というほどに。
「時間をくれないか……
「それは無理よ」
「どうしてッ‼︎」
自分の声に怒気が篭る、彼女に対して声を荒げたのは初めてのことだった。
ヤ・シュトラは一切怯むことなく、俺の前に立ちはだかり、真剣な瞳でこちらを睨んでいる。
「もう、充分待ったの。今晩が限界よ」
普段は背負っている杖を手にとり、俺に向かって構える。癒やそうとしている動作でないことだけは、ハッキリとわかった。
「夜明けまでに決断できなければ、私がやるわ」
「なッ⁈」
「今の不完全な彼のエーテル程度なら、私でも強制的に吸い付くせる」
ヤ・シュトラの目線が、宿の明かりに向かっている。ぞくり、背筋が凍った。
「ただし、それはあなたの与えた大量のエーテルも同時に吸い尽くすことになるわ。その場合、私も、無事ではすまないでしょうけど」
「そんな事はさせられないッ!!」
「それが嫌なら自分でやるのよ!!」
ヤ・シュトラが声を荒げる。普段冷静な彼女がここまで声を張り上げるのは、これもまた、珍しいことだった。顔を伏せたヤ・シュトラの、杖を握りしめる手は震えていた。強い彼女がこんなになるまで、追い詰めてしまったのは、俺だ。
全てを知ってしまえる彼女に、自分勝手な欲望のせいで、こんな酷い役回りを押し付けてしまった。
ズキンと、胸が痛む。

握りしめた拳に、力が籠る。あまりにも強く握り込んだせいで、ギリギリまで切り揃えたはずの爪が掌に刺さった。
自分で作り出した欲望に身を任せ、大事な仲間を傷つけ、そのまま駆け抜け破滅できるほど、自分は弱くはなりきれなかった。
俺はこの星の英雄で、皆の光であり、そうある事を、最愛の人に願われた。
どうしたって裏切ることなどできない。そんな事は、自分が一番よく解っていた。

「わ、かった」

絞り出した声は、酷く震えていた。

______

流石に求め過ぎてしまったらしい。
体を清め戻ってきたオルシュファンは、寝台の上に気怠く横たわっていた。時計の針は頂点をとうにまわり、決断の時間が迫ってくる。
空が白むまで、あと数刻か。
「顔色が優れないな」
オルシュファンは、ベッドからゆったりと起き上がり、一歩、二歩と、こちらに歩み寄る。簡素な部屋着姿でも、彼は美しかった。
……
俯いたままオルシュファンを抱きしめた。目を見る事は、できなかった。
「オルシュファン聞いてくれ」
「俺は、俺はお前に1つ、隠し事をしていた」
抱きしめる手に力が籠る。この確かな体温がなければ、鼓動がなければ、こんな酷いザマになる前に、決断できたのだろうか。
「オルシュファン・グレイストーンに関する、一番大事な事を伝えていなかった」
腕の中のオルシュファンは動かない。急かすでもなく、次の言葉を待っている。
「俺はイシュガルドの教皇庁でお前とともにアイメリクを助けに駆けつけた。そこでお前は、……俺を庇って、死んだんだ」
「そんなお前がここに居る。これは、全部俺のせいだ。俺が、お前を、呼んだ」

「来て欲しいと、願って、しまったから」

懺悔はの言葉も、涙も、濁流のように、一度吐き出すと止まらなかった。
他愛のない談笑も、愛の言葉を囁く事も、あんなにも下手くそだったのに、こんな時ばかり流暢に動く舌が憎らしい。
「すまない、オルシュファン」
「俺は、お前を……消さなければいけない」
「すまない、ッ、本当に……
強く抱きしめた腕に、オルシュファンの指が伸びる、柔らかに触れられるだけで、込めた力が抜けていく。淡い水色の光が、俺の腕からオルシュファンの中心に吸われていった。
力の抜けた腕からすり抜けたオルシュファンは、まっすぐな瞳で俺を見る。
ふわりと、真剣な表情が解けるように、彼は笑った。
その笑顔はこれまでのような素直な微笑みではなく、確かに悲しみと、苦しさを滲ませていた。

「泣かないでくれ、友よ。英雄に、悲しい顔は似合わぬぞ」

目を、見開いた。
潤んだ視界の先には、記憶を失い、ただ無邪気に冒険を楽しんでいた男はもう居なかった。
代わりに立っていたのは、その心に確かな歴史を刻んだ、強い瞳で、精悍な、銀剣として名を馳せたイシュガルドの騎士。

「あの時のように、笑顔で見送ってはくれないか?」

オルシュファン・グレイストーンは、困ったように笑って見せた。

「ッお前、記憶がっ!!」
「残酷なシステムだな、蛮神というものは」
自分の手のひらを見つめてから、オルシュファンはそっと目を伏せた。
淡い光が、彼を包み込む。
「記憶を取り戻したということは、とうとう私も蛮神として目覚める時が来てしまったのだな」
「ッあ、……ぁ、」
裸の指先に、濃い緑色の繊維が纏わりつく、今ここで織られているかのように、ゆっくりと、指先を包んでいった。
「頼む。お前の手で終わらせてくれ。私が、完全な化け物になる前に」
ヴァンブレイスが腕を包み、足先も同じく、見覚えのある鉄靴が、ゆっくりと包んでいく。
オルシュファンはただ、淡い青を放つ自分の手のひらを見つめていた。
「ガルト。私は、お前の中の私だ。だから私ではないのだ」
「オルシュファン……それでも、嫌だ、俺はッ」
「やめてくれ、お前がそんな顔をすると、私も笑って逝けないだろう?」
涙でぼやけて視界が曇る。オルシュファンは微笑んでいるが、それがどういう種類のものか、俺にはもうわからなかった。
「楽しかったぞ友よ。お前と冒険ができた。ずっと、夢見ていた。夢が叶ったのだ」
「私が、本当の私でなくても」

「幸せだった」

力の入らない腕をどうにかずり上げ、オルシュファンを胸に閉じ込める。触れたのはやわらかな布ではなく、硬質で冷たいチェーンメイル。
「やめてくれ、もう何も言うな」
青い光は彼の全てを包み込み、簡素な部屋着は跡形もなく消え、見覚えのあるフォルタン家のホーバージョンに変わっていた。
オルシュファンは立て掛けてあった俺の武器に手を伸ばし、槍の柄を握りると、ずい、とこちらに押し付ける。
受け取ろうとしない俺の手に、指を絡ませ、開かせ、そして、半ば無理やり握らせた。
「お前の中に戻してくれ」
手袋越しのオルシュファンの手のひらが、そっと俺の胸に触れ、ややあって、水色の髪が首筋をくすぐる。
「たしかに私はここにいたのだ」
胸に触れる穏やかな感触。しかし、先ほどまで掻き抱いていたあの体温は、目の前のオルシュファンには存在しない。
「ずっとここに居たから、ここに来たんだ」
優しく胸を撫でるオルシュファンの髪に、目から溢れた水分がボタボタと落ち、滑り、床に染みを作っていく。
「早く、時間がない」
「私が、お前や、この世界を傷つけたなら。それこそ、お前を庇って逝った本当の私が許してくれないだろう」
「でもお前は!」
「蛮神だ、友よ」
強い声だった。
芯のある真っ直ぐな声で。ハッキリとした言葉で、彼は言い切った。
「お前の願いと、エーテルと、星の力を吸い上げて。ここに居る」
トン、と軽い力で胸を押されるだけで、俺はよろめき、数歩後ずさる。
オルシュファンを包む青い光の根源は確かに俺で、もう、残り少ないのだ、自分のエーテルも。
「お前はテンパードにはならない。そんなお前に私が何をしてしまうのか、言わなくても分かるだろう?」
彼の手に、見慣れた盾があらわれる。一角獣の家紋は欠けることなく。俺を守り貫かれたはずの穴は、綺麗に塞がっていた。
逆の手に浮き上がったウィングレットを強く握り、剣の切先が真っ直ぐ、俺に向けられる。
オルシュファンの眉間に強く皺が刻まれた。もう、彼の体は、その意志の支配下にはないらしい。

「早く!!私の意識があるうちに!!」
「ガルト!!!」

「う、わぁあああ!!!」

力の入らない身体を無理やり放り投げれば、槍の切先がオルシュファンの腹に吸い込まれていく。
血は出なかった。空いた穴から青い光が流れ出し、俺に流れ込む。冷え切っていた自分の身体は熱を取り戻し、ぼやけていた視界がまっすぐ、穏やかな顔を捉えた。
オルシュファンの体が、斜めに崩れ落ちる。慌てて抱き止め頬に触れれば、否応にもあの日の苦しみと、今の気持ちが重なり、胸を切り裂くような痛みが襲いかかる。
「ありがとう」
オルシュファンは、たしかに、笑った。
穏やかな顔に血が飛び散ることはなく。何事もなかったように、美しく。
「っあ、あいしてる」
笑顔で見送ってはくれないか。あの時のように。
彼はそう言った。叶えてやりたかった、本当はあれが最後だったのに、あの時は、叶えられたのに。
「すまない、もう、俺は、うまく笑え、ない、お前の、最後の、のぞみ、なのに……
流れ続ける涙は止められない。人前でこんなに泣いたのは、いつぶりだろうか。
「悪い、今はッこんな顔しか、できない、んだ」
目を閉じたくなくて、最後まで顔が見たくて、流れる涙が彼の頬を汚すのも気にせず、まばたきすら、したくなくて。
「はは、すまない」
「そうか、そうだな、気付かな、かった……な」
オルシュファンの瞳が、柔らかに細められた。
武器はもう消えていた。ゆったりと持ち上げられた手のひらが、頬を掠め、手袋越しに俺の涙を拭う
「大丈夫だ、今度は」
「思う存分、泣いてくれ」
ゆっくり目を伏せた彼の身体から、眩いばかりの光が霧散してゆく。そのほとんどは俺の体に吸い寄せられ、幾らかは、周囲から吸い上げたクリスタルに、還っていく。
掻き抱いた身体は質量を無くし、光となって零れ落ちる。美しい睫毛を最後に、蛮神、オルシュファン・グレイストーンは、跡形もなく、消え去った。

「あ……あ、」
「うわあぁーーーー!!!!」

外に声が響く事も気にせず、泣き、叫んだ。
嗚咽は、いつまでも止まらなかった。

宿の部屋の外、扉の向こうで杖をしまう音とともに、緊迫した気配が消えた気がした。

______

ウルダハの街を歩く。
マーケットでリンゴを1つ買い、手の中で転がしながら、ただ歩く。

色鮮やかな織物の隙間からは、柔らかな夕陽が零れ落ち、露天の天幕を染めている。
橙色の太陽に向かって歩みを進め、買ったばかりのリンゴを一口、齧った。
やはりあの店の果実の質はいい、瑞々しい爽やかな甘みが、口の中を潤していく。
俺の背を追うのは、小さな魔法人形。あの人と同じホーバージョンを身につけ、一角獣の意匠の盾を背負った小さな人形は、小走りで俺に付いてくる。

ずっとここにいた。
だから、ここに来た。

自分の胸に手を当て空を見上げた。
橙色の夕陽に、青が混じる、じきに、日は暮れ、ウルダハの空は満点の星空で埋め尽くされるのだろう。

心地よい風が吹く。

乾いた砂の匂いに、少しだけ。

愛した人の呼ぶ声が、混ざったような気がした。




end