後日どの店にもなくて詰む

利こま未満。ほぼ会話。
夫婦漫才みたいなやつが書きたかっただけです。


「利吉さぁん!」
 学園の庭を歩いていたら、遠くから能天気な大声とともに小松田くんが駆け寄ってくる。
 忍者を目指してるくせに、はしゃいだ子犬のごとく感情丸出し。ドタバタと騒がしい足音までさせて、本当に素質も自覚もまるでない。
「ああ君か。入門票にはサインしたけど、何か用?」
「もー、いつも僕がサインのことしか頭にないと思ってらっしゃるでしょ。入門票以外にもちゃんと利吉さんにご用事あるんですよぉ。日頃お世話になってるので、今日は利吉さんの好きな食べ物ご用意したんです!」
 見ると、彼は事務と書かれた装束の胸に折箱のようなものを抱いている。さりげなく汚れや破損を疑うが、転んで落としたような形跡は一応ない。
「へえ、君にしては気が利くじゃない。中身は何?」
「じゃあ当ててくださいね。白くて冷たくて、四角くて、色んなトッピングが楽しめますよぉ!」
「ああ(豆腐か?)……確かに好物だよ」
「実は僕もこれ大好きなんです」
「君だったらきな粉かけて食べそうだよね。ひょっとして久々知くんに頼んで作ってもらった?」
「いえ、食堂のおばちゃんに手伝ってもらいました!」
「ふーん、賢明じゃないか。君一人じゃ色々危なっかしくて仕方ない。まあ、食堂のおばちゃんと作ったなら味の方は心配いらないかな」
「それじゃあ、いま食べさせてあげますから目を閉じててくださいね〜」
「は?」
 食べさせるって、そんな恥ずかしいことを人が通る場所で? というか豆腐で合ってるよな?
 小松田くんが早く目を閉じろと言わんばかりに凝視してくる。だから何でだよと言いたいが、期待に満ちた表情と幸せそうな頬の丸さを前になぜか抗えない。恐怖と羞恥を足して二で割ったような不安を覚えながらも言われるまま瞼を伏せる。
「それではお口開けてください。はい、あーん!」
「はぁ、あー……ん、うん、確かにつるっとしてて豆腐……? って甘い! 豆腐にしちゃちょっと固めだし、何だこれは!」
「ナタデココヨーグルトゼリーです!」
「ナタデココヨーグルトゼリー?!」
「ほへぇ? 利吉さんの好きなものじゃないんですか?」
「どこ情報なの、それ」
 折箱には豆腐一丁よりも一回り小さな真っ白のかたまりがあり、つるりとして中に半透明の賽子みたいなものがいくつも入っていた。好き嫌い以前に、初めて見る。
「きら、……いではないけども、どちらかといえば君の口に合いそうな味かな」
 もはや苦笑いしか出てこない。
「それもそうかもしれませんねぇ。僕にも一口いただけます?」
「私のために作ったんじゃないの?」
「あーん」
 しかも食べさせろということか。目を閉じ口を大きく開けて待っている。
「ええ……何だよ、じゃあ、ほら」
 匙を彼から受け取って大きめにすくい取り、放り込んでやる。何かに似てると思ったらこれ鳥の雛だ。小松田くんは与えられた餌に目を輝かせ、夢中で口を動かしている。
 もぐ……もぐ……
「何か言えよ」
 もぐ……ごくん。
「すみません、いま味わってました」
 疲れるなあこいつ。
「ねぇ利吉さん、もしかして今ドキドキしました?」
「は? 何で」
「間接ちゅー、しちゃいましたよね」
 アンポンタンが突然秋波を寄せてきてむかつく。
……そんなの、どうでもいいだろ」
「うそー。ドキドキしてるでしょ」
「してない」
「したくせにー」
「してない! 間接キスくらいで私が動揺するわけないだろ」
「そうだ僕、今回お料理に挑戦してみてすっかりハマっちゃったんですよぉ。今度はフルーチェ作りますね」
「話聞けよ! 大体さぁ、普通は相手の好きな食べ物確実に把握した上で用意しない?」
「ほぇ〜。それもそうですね。たとえば何ですか?」
「君ね、憧れの人の好物くらい日頃の会話からそれとなく聞き出すものだよ」
「自分で言います? 憧れの人とか」
「うるさいな、今そこじゃないだろ」
「そうだ、利吉さんうどんお好きですよね。今度一緒に食べに行きましょ!」
「うん、自分で作る話はどこ行ったの」
「お店のみたいなうどんなんて作れませんよぉ。僕はただ、前に利吉さんとうどん食べられたのがうれしくて、またご一緒したいだけです」
 純粋に慕われると、どうしてこうもかわしづらいのだろう。だからこの子は苦手だ。
「んん……そこまで言うなら、今度二人で行ってもいいけど」
「えー? 二人よりも、こないだみたいにみんなと一緒がいいです」
「本当いちいち腹立つなぁ君は!」
「あんまりイライラするとハゲますよぉ」
「誰のせいだよ」
「ああでも利吉さんはいいじゃないですか、ハゲたって格好いいんですから」
 こいつ、度々ダイレクトに好意をぶつけてくるけどまさか本気か? さっきの間接キスだって、意識しだしたのは彼の方だ。
「小松田くんもしかしてだけど君、やっぱり私のこと好、」
「はっ! 侵入者の気配!」
「えっ」
「僕行きますけど、もったいないんでそれの残り食べといてくださいね!」
「あ、おい!」
 こういう時だけ彼は瞬く間に走り去り、もう姿が見えなくなってしまった。私の手にはナタデココヨーグルトゼリーが残されている。やれやれ、と仕方なく口へ運ぶが豆腐とは似ても似つかない味わいで、一体なにをどうしたらこうなるんだと苛立ちながら白き断片を切り分けて腹へ収める。
 そういえば次回作ると言っていたフルーチェとは一体何だろう。京で話題の菓子とかか?
 小松田くんはあれでいて最先端のものには鼻が利くし、甘いものならなおさらだ。
 流行に疎いと思われるのも癪だから、こんど町へ出たら甘味処の下調べでもしておくとするか。





(終)