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いまち
2024-09-27 01:26:16
11147文字
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不審者とおまじない
五年ぶり、二回目の尋問である(゜ω゜
なにがなんだか分からない。けど、険しい顔をするリリアさんからは下手なことを言っちゃいけない圧のようなものを感じた。
「えっと
……
」
だから、聞かれたこと
……
私がどこに住んでる誰かって質問に正直に答えた。お互い分かり切ってるのにわざわざ聞くなんてどういうつもりだろ。答える方としてもちょっと恥ずかしいかも。
「なら
……
」
「それは
……
」
リリアさんは何を考えてこんなことをしてるんだろ? さっきからずっと続けてくれて、いくら悪ふざけにしてもくどい気がする。
「だったら
……
」
「それなら
……
」
なんだかなぁ。なんて思いながら答えていると、周りのひとたちの様子に違和感を覚えた。いやに落ち着かない様子で、動揺しているような雰囲気がしている。これはこれでどういうことだろ? もしかして、私がリリアさんのイタズラの筋書き通りにしないから困ちゃった。とかそういうこと? いやまさかね?
一方、当のリリアさんといえば据わった目で私を見下ろしている。眉間にぎゅっと皺を寄せてる辺り、イライラしてるように感じた。なんなら、喋れば喋るほどリリアさんの顔が険しくなっていく気もする。
そんな様子につい懐かしさを覚えてしまった。五年前にこの世界に来た時もこんな感じのことをされたんだっけ。あの時と比べたらマシではあるかもだけど。
「
……
くせぇ」
「へ?」
話すうち、リリアさんはぽつっと呟くと、私、の後ろで押さえつけている人を睨みつけた。
「バウル! このガキ縛っとけ!」
「はッ!!」
「うえっ!? ちょ」
後ろにいるひとが私から手を離したと思いきや、あっという間もなく縄でぐるぐる巻きにされてしまった。縄には金属でも組み込んでいるのか、擦れたところが妙にヒリヒリする。
けど、それよりもリリアさんの言葉が気になった。さっき、バウルさんって言った? バウルさんってセベクくんのおじいさん?
まさか。とは思ったけど、リリアさんに応えた声はバウルさんによく似ていた。私の知ってる声より張りがある感じはする。けど、感じる気配はバウルさんそのものでひと違いとは思えない。
だからそうなんだろうとは思う。バウルさんとはたまにお城で顔を合わせることがあるけど、お話したことはほとんどない。でも、ほかの人たちからはセベクくんみたいなものすごーっく真面目なひとなんだと聞いたことがある。だから、とてもじゃないけど、リリアさんのイタズラに付き合うとは思えなかった。
「え? え?」
リリアさんはちらっとだけ私を見ると、周りにいるひとたちに目を向けた。
「こっちは俺らでやる。テメェらは飯の支度に戻れ!」
「はッ!」
リリアさんの声がけにまわりの妖精さんたちはビシッと背筋を伸ばすと、兵士さんたちがよくやる敬礼をして、ちらっと私を見て、川の方へ移動した。
お食事の支度、と聞けばつい気になってしまうというもの。転がされたままその人たちを目で追った。暗いけど、その辺りだけは火を焚いているからよく見える。焚火の周りとそのひとたちの手元には、食べる用に処理中らしい小動物や魚が見えた。その中に体毛の代わりに鱗が生えているネズミがいたのが目に付いて、にわかに不思議に思った。
……
たしか、あのネズミって鉱山の近くとか、人里から離れたとこに生息してるんじゃなかったっけ?
「むー
……
ぶっ!?」
今いるここはお外みたいだけど、さすがにあのネズミがいるような山奥とは思えない。なんでこんなとこにいるんだろ。なんて考えていたら、ふいに縄を引っ張られて無理やり立たされた。急に立ち上がったものだからちょっとくらくらする。けども、リリアさんはそんな私に構うでもなく鬱陶しそうに睨むと、思いっきり縄を引っ張ってきた。
ふらついてるとこにそんなことをされれば当然転びそうになる。けど、後ろにいる人に持ち上げられてなんとか転ばずに済んだ。助かったけど、どんな状況なんだろ?
「テメェはこっちだ、モタモタすんな!」
「えうぅ
……
」
そうしてリリアさんに縄を引かれて、後ろの人に押されて、やっぱりよく分からないまま、他のひとたちから離された。なにがなんだか分からないけど、リリアさんの顔を見る感じではタチの悪いイタズラって感じはしない。
……
でも、そうとなると、余計に意味が分からない。
なんにせよ、大人しく言うことを聞いてた方がいいのかも。どんなにおっかない雰囲気をさせても、リリアさんはリリアさんだもん。五年前のようなひどいことなんてしない、はず。
「これが抵抗の意思を見せればすぐ応戦せよ」
なんて思ったのもほんのちょっとの間だけだった。リリアさんは縄を引きながら、川辺にいるひとたちに妖精語でぽつっと言い残した。
「
……
えっと」
聞き間違いかな? 思わず耳を疑ったけど、リリアさんの顔は真剣そのもの。なんとなく雰囲気から、イタズラじゃないのかもって気はする。けど、イタズラじゃないとしたらこんなことをする理由が思い当たらない。ますます訳がわからなくなった、かも。
縄を引かれるまま、後ろから押されるまま、連れてこられたのは森の端かな? ずい分と木が茂っているところに連れてこられた。こんなところでなにをする気なんだろ? どことなく物々しさを覚えて怖いかも、なんて思っていたら草むらに向かって突き飛ばされた。
「ぴゃっ!?」
縛られたままなものだから、堪えられるはずもなくて間抜けにも転んでしまった。石や岩がゴロゴロ転がってる川辺じゃなくてよかった。なんてうっかり思ったけど、まともに受け身をとれなかったから痛いことには変わりない。
「あたた
……
わっ!?」
転ばされたと思ったら、リリアさんは乱暴に縄を掴むと、私を木に寄りかかるように座らせた。
「あの、えと?」
目の前には怖い顔のリリアさん、と、ワニのお面をしたずい分とおっきなひとがじぃっと私を見下ろしていた。リリアさんがそう呼んでたことを思えば、ワニのお面のひとがバウルさん、なんだよね?
背丈はあれくらいだったと思うし、立ち姿もそれっぽい。だからバウルさんだろうなって気はするものの、今の状況が分からないものだから、どうにもそう思いきれない。
「
――
へ?」
もやもやしていると、リリアさんはおっかない顔のまま手にした魔石器を勢いよく振りかぶった。
刃がないように見えても薪割りに使えるもの。あんなので頭からやられたらひとたまりもない。リリアさんがそんなことをするとは思えないけど、やられちゃうかもな気がして、背筋が凍るのを感じた。
ぞっとするものの、目はついその先を追ってしまった。魔石器は私に振り下ろされるでもなく、リリアさんの頭の上で瞬いた。魔法石の光を受けて、銀の飾りがきらめく。ほんとにキレイな道具だな、ってつい思った途端、喉に焼けるような痛みが広がった。
「ひぐっ!?」
この感覚は覚えがある。五年前にリリアさんに掛けられたのと同じ尋問用の魔法だ。嘘や隠し事をすると身体が裂けるっていう、そりゃあもうおっかない魔法。
……
なんだけど、なんで今さらそんな魔法を私にかけるんだろ。
不思議に思っていると、リリアさんはおっかない顔のまま私の顔を覗き込んできた。草みたいな匂いの中に、血と脂のような臭いが混じっている気がした。
――
リリアさんの匂いじゃない。とっさにそう思った。でも匂い以外はリリアさんと変わらない。このひとはなんなんだろう。急に湧いて出た疑問に、頭の中をかき回されたような気持ちになる。そんな私にリリアさんは唸るような声をかけてきた。
「おい、ガキ」
「はい
……
」
「痛ぇ目見たくなきゃ正直に答えろ、いいな?」
「えと、わかりました
……
?」
さっきも言われたけど、ガキ呼ばわりはちょっとイヤかも。それはそれとして、リリアさんのあまりに物々しい雰囲気から、何を聞かれるのかってちょっと怖い気がした。
けども、いざお話ししてみれば、リリアさんが聞いてきたのはさっきと同じこと。私はどこの誰なのか、なぜ茨の国(国?)にいるのか、こんなところで何をしていたのか、銀のフクロウ? の関係者なのか。お外で転がっていた理由は自分でも分からないからともかく、他はさっきの答えと変わらない。あと、銀のフクロウなんてのも知らない。そう、正直に答えた。
答えるうち、目の前のリリアさんは私の知ってるリリアさんじゃないのかもって気がしてきた。考えられないことだけど、する意味のない質問をしてきたり、露骨に匂いが違うあたり、そうなんじゃないかって思えてしまう。
(うーん
……
)
何がどうしてリリアさんが変わったのなんて分からない。けど少なくとも、今目の前にいるリリアさんの態度はイタズラとか悪ふざけとかじゃない、真剣なものなのだと感じた。私のことをまるで知らないような態度もそうなのかも。
こんなことになってなんで、どうして、って気持ちは多分にある。けども、今はとにかくリリアさんの質問にきちんと答えるのが振る舞いとしては一番間違いがないはず。そう思って、怖いけどリリアさんの怒ったような顔から眼をそらさないよう質問に答えた。
「
……
」
「えっと
……
」
答えてみたものの、リリアさんもバウルさんも納得していないようだった。リリアさんにいたっては露骨に顔をしかめている。とはいえ、二人がどんなに私を怪しんだとしても、ほんとのことしか言ってないのは分かってるはずだ。
なのに、二人は黙るものだから、どう口を出せばいいのか困る。なんせ、目の前でおっかない顔をしているのは、私の知ってるおおらかなリリアさんとは別人みたいだもの。余計なことを言って、うっかり怒らせでもしたら何をされるか分かったもんじゃない。
けども、お互い黙ったままじゃどうにもならない。なんて言えば怪しまれないだろ? いい言い分なんて思い付きそうにないけど、それでも考えていると、ふいに縄が緩んだ。
何事かと思って二人を見ると、リリアさんは相変わらずのしかめっ面で私を見下ろして、バウルさんは屈みながら私を縛っていたロープをまとめている。何も言われてないけど、解放してくれたってことでいいのかな?
「あの?」
「嘘はついてねぇ、それは分かった」
「あ、はい」
「
……
」
なら、なんで睨んでくるんだろ? バウルさんも同じような顔をしてるのかな。つい気になって、表情なんて見えるはずもないのに、バウルさんのお面に目を向けた。
着けているお面は口を開けたデザインだからか、隙間から中が見えた。覗き見えたのはセベクくんより濃い草色をした髪の毛と顎周りのゴツゴツした鱗。見えたそれらは、私が知ってるバウルさんの特徴そのものだ。
「え
……
?」
だからこの人もバウルさんなんだろうと思ったけど、ちょっとおかしい。バウルさんの顔は知ってる。具体的な歳は知らないけど、結構なお歳なだけあって、見てそうだと分かるくらいのおじいさんだ。けど、今ちらっと見えたのはずい分と違う気がして後ろ頭がぎゅっと強ばった。
ちょっと怖い気もするけど確認したい。立ち上がって、縄を束ねるバウルさんを見上げた。
「あの! バウルさん、お面を外してもらっていいですか?」
「は?」
バウルさんに声をかけると、途端に空気が強張った。リリアさんも怪訝そうに眉を寄せている。
「どういうつもりだ、人間」
バウルさんは縄の束を握り締めて、お面越しでも睨まれているのが分かる。地響きみたいな唸り声にドキッとしたけど、バウルさんはこちらから害さなければ怖いひとじゃない。私の知ってるバウルさんを信じて、こっそり呼吸を整えて、ワニのお面を見つめた。
「お顔が気になったので
……
その、変な意味とかはないんです」
「十分変な要求だろうが」
「うー
……
」
思い切ってみたものの、バウルさんは渋って聞いてくれそうな気配がこれっぽっちもない。なら、諦めるしかないのかも。なんて思っていたら、リリアさんがつまらなさそうな顔を向けてきた。
「いいじゃねぇか、減るもんじゃねぇだろ」
「えっ」
「
……
畏まりました」
バウルさんはリリアさんの言葉に頷くと、渋々といった様子でお面を外した。
「ぴゃっ!?」
お面の下から現れた顔は想像した通り、セベクくんとよく似た顔立ちの男のひとだった。顎周りが鱗で覆われているところや、深い草色の硬そうな髪の毛を見ればバウルさんによく似ている。
けど、今私を睨みつけているひとは、セベクくんを十歳くらい大人にした感じで、私の知ってるバウルさんと比べるとずい分と若々しい顔をしている。お面の隙間から見えた肌の張りからまさかと思ったけど、そのまさかだったよう。
なら。と思ってリリアさんを見る。けど、リリアさんはあまり変わらない。長い髪を結っているのと、ものすごーく険しい顔をしている以外は、見慣れたリリアさんの顔そのものだ。なら私の考えは違ってるのかも、ってつい思いそうになったけど、そもそも私の知ってるリリアさんは七百歳そこそこなのに、十代の子たちと変わらない見た目をしてる。なら、確認のために聞いてみるしかないのかも。
「んだよ。そんなに妖精の顔が珍しいか? あ?」
「違います! あの、聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「あんだよ」
つい上の空になってリリアさんの顔を凝視してしまったらしい。リリアさんはただでさえ怖い顔をしてるのに、さらに凄まれてしまった。慌ててかぶりを振ったものの、二人の目は完全に怪しい人を見るそれだ。これ以上は余計なこととか言わない方がいいんだろうとは思う。思うものの確かめたいって気持ちがちょっとだけ上回った。だから、改めてリリアさんに向き直った。
「その、リリアさんはおいくつなんですか?」
「は? なんでそんな事聞くんだよ」
さらに睨まれてしまった。
「気になったので。
……
他意はありません」
「
……
嘘じゃねぇみたいだな」
「え? あ、はい」
こんなことを言うってことは、まだ尋問の魔法が効いてるのかな。まだ解かないあたり、よっぽど怪しまれてたのかも。どれほど怪しまれてるにせよ、魔法が効いているのなら、受け答えにはちょっと気を付けないといけないかも。リリアさんを騙すつもりはないとはいえ、ちょっと心苦しくはあるけども。
気を引き締めつつ答えを待っていると、リリアさんは腕を組みながら難しい顔をしている。あまりに顔をしかめてるものだから、変なことを聞いて怒らせちゃったんじゃないかってヒヤヒヤする。
「
……
。二百九十
――
」
「うえっ!?」
「んだよ、文句あんのか? あ?」
「あ、いえ、そういうわけじゃないです! えと、思ったより若くてびっくりしちゃっただけです
……
はい」
バウルさんが若いみたいだから、もしかしたらと思った通り、リリアさんもずい分と若いらしい。私の知ってるリリアさんは七百歳とちょっとだから、ざっと計算すると四百歳ズレている。どういうことなんだろ?
リリアさんがウソをついている感じはしない。というか、バウルさんの若々しさを合わせて考えれば、リリアさん歳もそうでなきゃ辻褄が合わない。じゃあどうして、って考えてみれば納得できる答えはひとつしかない。今私がいるここは四百年くらい前の茨の谷ってことだ。
……
なんて、こちゃこちゃ頭を働かせてみたけど、納得も理解もできるわけがない。
「
……
夢?」
なら、これは夢なのかも。調合中にうたた寝とかしちゃって夢を見てるのかも。リリアさんの昔のこととか考えてたから、こんな夢を見ちゃってるのかも。そうであるなら納得もできるってものだ。
……
欲を言えば、どうせリリアさんの夢を見るなら、もっと優しくしてもらう夢がよかったなーって思うけど。
「
……
い」
「
……
では?」
そういえば、リリアさんが結婚してたのっていくつの時なんだろ? この頃にはもう奥さんっていたのかな? 右大将さまだし、立場がどうこうってんで結婚してるってのはあるのかも。いや、でも夢なんだからそこは都合よく思っておきたいかも。夢なんだもんね。うんうん。
「おいこらガキ!!」
「ぴゃいっ!?」
ごちゃごちゃ考えていたら、リリアさんの怒鳴り声が聞こえてきた。何ごとかと見ると、リリアさんは怒ったような顔、バウルさんは汚いものでも見るような目を私に向けていた。なんて厳しい夢なんだろ。私、もしかして疲れてるのかな? 今日は早めに寝た方がいいかも。あ、今寝てるんだっけ?
「なにボサッとしてやがる」
「え?
……
すみません、なんですか?」
「右大将殿、やはりこれは気が触れているのでは?」
なぜかバウルさんから可哀想なひと扱いされてしまった。ちょっとぼうっとしてただけなのにひどいかも。
「なんでそう
――
ぴゃっ!?」
どうしてぼーっとしてただけでそう思われたんだろ? 不服に感じて言い返そうとすると、首の後ろに痺れを感じた。僅かに遅れて何かが落ちてくる気配。思わず一歩下がる。次の瞬間、私が立っていた地面にリリアさんの魔石器が突き立てられてた。
いや、突き立てられたんじゃない。ちょうどここに刺さるように投げるかなんかしたんだ。
気付いて足が竦む。でも立ってなきゃいけない気がするから、どうにか堪える。遅れて心臓が早鐘を打つ。軽い目眩を感じながら、地面から魔石器を引き抜くリリアさんに目を向けた。
「
……
なんなんですか?」
「イカれたガキ、でもなさそうだな?」
「ちょ、私は正気ですよ! なんでおかしいみたいに言うんですか」
抗議してみるも、リリアさんはにこりともせず探るような目を向けてくるだけだった。とげとげしい態度からはリリアさんが何を考えてるのか分からない。それに、なんであんな危ないことをしようとしたのかも。
「ハッ! 真面な奴ぁンな状況でヘラヘラしねぇだろうが」
「へらへらって
……
ちょっと考え事してただけです」
「考え事だぁ?」
「はい。その、私、なんでこんなとこにいるんだろって」
「今さら何言ってんだ?」
リリアさんは怪訝そうな顔をしてるけど、構う余裕はない。後ろ頭に緊張を覚えつつ、まだ跳ねる心臓を落ち着かせながら、ぼうっとする頭を叩き起こして考えた。
……
もしかしたらこれは夢じゃないのかもしれない。さっきの危機感も、心臓がばくばくしてるのも、間違いなく私の身体が感じ取っているものだ。
だとしたら、今の状況はなんなんだろう?
いくらなんでも四百年前の茨の谷にいる
……
なんてことが起きたとは思い難い。でもなぁ、私自身が別の世界からこの世界に来ちゃった身なものだから「もしかして」って気がしなくもない、かも。
正直、今いるここが四百年前の茨の谷だとしたら、頷けることは充分ある。リリアさんが私を知らないこと、バウルさんが若いこと、見覚えのない鎧だって昔のものだからと考えれば合点がいく。
けど、どうしてこんなことになってるのか分からない。こうなる前は工房で調合していた。けど、ちょっと失敗
……
釜に髪の毛が一本入ったからって、四百年も時間移動しちゃうなんて、とてもじゃないけど考えられない。けども、今の状況が夢じゃないのなら、そうなっちゃったって考えるしかなさそう。
無理くり納得してみれば、次に湧いてきたのは「どうしよう」って迷いだった。元いた時代に帰らなきゃだけど、ここが四百年前の茨の谷となれば、当然私の工房はない。となれば、帰るための研究どころか住むところもない。四百年前ならマレウスさんは産まれていないから、私の身分を保証してくれるひともいない。
これはマズい、すごくマズい。
なんせ、四百年前の茨の谷となると、よその国と争いをしていたあたりだ。その頃は人間と妖精族との仲はとっても悪かったと習った覚えがある。そんな中で、人間である私が住むところなんて、とてもじゃないけど見つけられるわけがない。のこのこ竜の都に行ったところで追い返されるオチが見えてしまう。
だったら適当なとこに住もうかと一瞬だけ思ったけど、どう考えてもよろしくない。
なんせ、妖精族のひとはいわゆるよそ者をイヤがるきらいがある。ただでさえそういう気質のひとが多い上、今は争いの真っ最中。そんな時に敵種族の人間が近くに住み着いた、なんてことが起きようものなら、元々住んでいたひとたちを不安にさせてしまいそう。そんな思いをさせるのは私としても本意じゃない。
私を知ってる知り合いはいない。人間ってだけで眉をひそめられる環境の中、どこに私の居場所があるんだろう。
「じゃあな。あんまウロチョロすんじゃねぇぞ、ガキ」
「
……
。野放しにして、よろしいのでしょうか」
「怪しいが害はねぇ。ほら、とっととどっか行っちまえ」
どうしたものかと考えていたら、リリアさんはうんざりしたような顔で私に向かって追い払うようにひらひら手を振ると、他のひとたちがいる川辺へと向かって行った。
「え、あの」
リリアさんとバウルさんのコソコソ話からするに、私は放免されたのかな? それでも怪しいもの扱いのままみたいだけど。
どうしよう。争いが起きてる中、右も左も分からない、どこに行けばいいのかも分からない状況で放り出されてしまうのはさすがに困る。頼れる相手なんていなければ、知り合いだっていないんだもん。となると、私がとれるテは数えるほどもない。だから
――
「あの! 私もご一緒させてください!」
リリアさんたちを頼るしかない。そう思いついたまま、二人の背中に声をかけた。
「はァッ!?」
「なッ!?」
振り返った二人は目を大きく見開いて、見たことないくらい驚いたような顔をしていた。たぶん、私も同じような顔になってる。なんせ、思いつきをそのまま言っただけの出まかせなんだもん。
でも、ちょっと考えれば悪くないんじゃないかって気がした。
二人は私のことは知らなくとも、私は二人のことはそれなりに知っている。バウルさんはもちろん、リリアさんも自分の考えをもってお仕事をできるひとたちだ。そして、二人は茨の谷の中でも人間を受け入れられる素養を持っている。争いをしている状況だと違うかもだけど、全然知らないひとたちよりは私の話を聞いてくれる可能性はある。
今のリリアさんたちが何をしているのか分からないけど、私が妖精族に敵意がなくて、役に立つ人間だって分かってもらえれば、取り入る余地はある、はず。
……
取り入る、なんて言い方はちょっとヤだけど。
そしてなにより、私が一人で適当にうろつくよりは、近衛隊のひとたちといた方が、ここに住むひとたちを不安がらせないんじゃないかって気がする。
「その、私住むところも行くところがないんです。だから」
「竜の都に住んでるっつってたろ」
「そうだったんですけど、今は工房、ないんです」
「ハッ! だから俺らにみなし児の面倒を見ろって?」
「面倒はかけません」
「
……
テメェに何が出来るってんだ? あァ?」
なんとなくそんな気はしたけど、リリアさんから今日一番の怖い顔で凄まれてしまった。バウルさんもイヤそうな、怖い顔で私を睨んでいる。逃げたくなるような怖い状況だけど、この二人は理不尽な殺生はしない、はずだからきっと大丈夫。
「私にできることならなんでも
……
その、人殺し、はできればしたくないですけど」
「だから、何が出来んだって聞いてんだ」
一段低くなったリリアさんの声が恐ろしくて背筋がピリピリした。そうだ、このリリアさんは私のことは知らないんだ。そんなことを思い出して、慌てて考える。
「えと、お料理、とか? あとはケガをした方の治療とか、ですねぇ」
「
……
」
改めて聞かれてると私が役に立てることってあまりない気がしてきた。争いの中とあれば、戦闘で役に立てますって言いたいとこではある。けど、私は兵士さんたちのような訓練は受けてないから、うっかり邪魔とかしちゃいそう。その代わり、ユニーク魔法でお薬を作っての治療くらいならできる。
……
それだって、治癒魔法や治療用の魔法薬と比べたらどうなんだろ? こっちもそんな役に立てないんじゃないかって気がしてきた。
となると、ほんとにお料理くらいしか役に立てないかも? その場で獲った獲物のお料理は普段からしてるから、貢献できるかもしれない。川辺の方を見た感じではここの人たちのお食事は獲ったものを焼いただけみたいだから、ちょっと美味しい物とか作れば喜ばれるかも。
「
……
私は反対です。こんな素性も知れぬ、しかも役にも立たぬ人間を連れ行くなど」
うっすら希望を抱いていると、バウルさんが苦々しく唸った。顔じゅうに皺を寄せて心の底から反対しているのがよく分かる。でも、そう思われるのはしょうがないかも。バウルさんの人間嫌いはお城でも有名だもん、今の争いをしている状況であれば、より人間を嫌っていてもおかしくない。
……
その割には後々人間のお婿さんを迎えてるんだから不思議な感じかも。
「
……
」
リリアさんはどう出るんだろう。バウルさんに返事をするでもなく、じっとしているリリアさんをヒヤヒヤしながら見ていると、ややあって小さくため息をついた。
「いや、いいだろう」
「右大将殿!?」
「ガキだろうが女なら飯くらい炊けんだろ」
そう言ってリリアさんはちらっと私を見ると、バウルさんを見上げた。
「さっきの見たろ。訓練を受けた間者かもしれねぇ、放っといて嗅ぎ回られたら厄介だろうが」
「
……
」
「逆に、ただのガキなら使えねぇ時点で捨てときゃいい」
「
……
はい」
二人はそんなことを妖精語でコソコソ話し合っていた。きっと私には聞き取れないと思って妖精語を使ってるんだろうな。そんな様子を見て、二人ともほんとに私のことを知らないんだなって思い知った。
「目を離すな、そして手を貸すな」
「承知しました」
ようは私があまりにも怪しいから様子見に連れてこうということらしい。そんでもって、ついて行けないようならその辺にポイ捨てされるそうだ。あまりにも悲しい扱いだけど、人間と争ってる最中ってことを思えば、会った瞬間どうこうされなかっただけでもいいんだよね、そう思っておこう。
それにしても、二人の妖精語って初めて聞いたかも。川辺にいるひとたちも妖精語でお話してるみたいだから、この時代は共通語で話すひとは少ないのかもしれない。だとしたら、妖精の言葉を聞ける体質で助かったかも。才能を継いでくれたパパとママにひっそり感謝していると、リリアさんはそれはもうイヤそうな目で私を見下ろした。
「っつーわけだ、ガキ。足手まといになるんじゃねぇぞ」
「あ、はい。ありがとうございます! がんばります!」
頼り甲斐があると思われるよう元気よくお返事してみたものの、二人とも不快そうに口元を歪めただけで何も言わずに川辺へと踵を返した。
とりあえずはこれでひと安心かな? 帰り方は分からないけど、今どこにいるのかはなんとなく分かったし、不審者扱いされてるけど居場所はもらえたものね。
どうするかはおいおい考えるとして、置いていかれないよう二人の後ろ姿を追いかけた。
……
後ろ姿を追いかけるうち、この頃のリリアさんもカッコイイな。なんて思ってしまった。こんな時に考えることじゃないんだけど。
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