みずあめ
2024-09-27 01:11:19
4694文字
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久々綾

◯体埋めあやべとくくちの話、まだくくちは何も知らない状態。書き殴りメモです。

インターホンを押すのと同時に扉が開き、突然目の前に現れた喜八郎が大きな目をまんまるにして俺のことを見上げる。驚いて息を呑んだ俺より先に静かに呼吸をして平常心を取り戻した喜八郎は「久々知先輩だ」と小さく声を漏らした。
「びっくりした……。急に来てごめん、どこか出かけるところだった?」
「あー…………ちょっと用事があって。泊まって行きますか?」
「いや、喜八郎が出るならいいよ、自分の家に帰る。今週は忙しくて会えなかったからちょっと会いたかっただけなんだ。少しでも顔を見られてよかった」
……久々知先輩」
「うん?」
「僕も久々知先輩と会いたかったです。だから、帰らないで。うちにいていいので待っていてくれますか? すぐ……うんと、たぶん一、二時間……かな、うん。そのくらいで戻りますから、ごはんでも食べて待っていてください」
……その、出かける用事は、誰かと会うの?」
「いいえ。……あ、浮気じゃないです」
そっけないくらい軽く言われ、不安を覚えていた心がすっきりする。喜八郎が俺のことを好きでいてくれていることも、浮気なんてするタイプじゃないこともわかっている。
でも、それじゃあこんな夜中に俺を置いてまで出かける用事って、なんだろう。
「説明はできないんですけど、……うーん、ちょっと電話してきます」
「え?」
「すぐ戻ります」
喜八郎はスマホを操作しながら俺の横をすり抜け、アパートの階段をコツコツと靴を鳴らして下りていった。離れているから内容までは聞こえないけれど、なにかを話している低い声が聞こえる。誰かに会うのではないとキッパリ否定されたけれど、誰かに頼まれた用事だったりするのかな。
すぐに戻るという言葉通り一分もかからずに階段を駆け上ってきた喜八郎は、部屋の前で突っ立ったままの俺に説明するより先に玄関の扉を閉めてガチャッと鍵をかけた。流れるように手を繋がれて、「先輩も一緒に行きましょう」と言った喜八郎が歩き出す。頭の中にハテナを浮かべながら俺は引かれるままに喜八郎の後ろをついていった。
喜八郎はアパートの前の駐車場に止めてあった見覚えのない車に近づき、慣れた仕草で鍵を開けた。俺の手を引いて助手席の方に連れていった後、ぴたりと動きを止め、それから月の明かりだけの暗い中で俺のことを見上げた。
「先輩、眠いですか?」
「え? いや、まだ眠くないよ……?」
「疲れてますか?」
……そんなこともないけど、えっと、なに?」
「運転、お願いしてもいいでしょうか? 僕ちょっと眠くて、体力持たないと困るんですよね」
……うん、いいよ。でもどこに行くの? 俺も一緒にいていいの?」
「カーナビに住所入力するのでナビ通りに行ってもらえば大丈夫です。目的地に着いたら僕だけちょっと外に出るんですけど、先輩は車の中で待っていてください」
……わかった」
なにか、怪しいことに巻き込まれているんじゃないかと、頭の片隅で警鐘が鳴る。でも俺が頷くことでほっと安心したような顔をする恋人に、今さらやっぱりやめるなんて言えなかった。
妙な胸騒ぎを覚えながら運転席側に回り、シートの位置を調整する。喜八郎がパパッとナビを設定してしまったから自分が今からどこへ向かうのかも分からないまま、俺はシートベルトを装着した。
「寝てたら起こしてください。久々知先輩の運転、揺れも少ないし静かだから眠たくなっちゃうんです」
「大切な人を隣に乗せているんだから安全運転になるのは当たり前だろう」
……ありがとうございます。それでは、よろしくお願いします」
……じゃあ、出発するね」
ヘッドライトが真っ暗な道を明るく照らす。カーナビの案内が示す方へ、俺はゆっくり車を加速させていった。
表示されている到着予定時刻はだいたい三十分後。そこまで遠くには行かないはずだと思いながら、ナビに従い郊外へと進んでいく。助手席からすぅすぅと寝息が聞こえ始めて思考が鈍った。
こんな状況、明らかにおかしいのに、隣に座る恋人はのんきに眠っている。時間帯のせいか元から少なかった人影が一切なくなり街灯もない真っ暗な山道でナビの案内が終了した。こんなところに、なんの用事があるっていうんだ。
「ありがとうございました」
「っ! お、起きてたんだ」
「寝てたら起こしてって言ったのに。でも、ありがとうございます。おかげですっかり元気になりました。……よし。それじゃあちょっと行ってきます。先輩はここで待っていてくださいね。後部座席も空いてるので寝転がっていてもいいですよ。あ、エンジンは上がっちゃうと困るので止めておいてください」
「え、あの、喜八郎はどこに行くの?」
……ないしょ、です。ごめんね。でも先輩のためですから」
俺がそれ以上何かを言う前に喜八郎は車から降りて会話を断つようにバタンッと扉を閉めた。後ろに行ってバックドアを開き、何かを取り出してすぐに閉める。
カツンッと固いものが地面に当たる音がした後、喜八郎は車から離れていった。喜八郎の後ろ姿を目で追い、月明かりに照らされたその影がシャベルのような大きなものを手に持っているのを見る。
……夜中に穴掘り? なんのために……?」
一人きりになった車の中で呟いた言葉はあまりに不穏な音で響き俺の心に影を作った。首を振って考えを振り払い、着たままだった上着のポケットからスマホを取り出す。
深夜、零時五分。喜八郎はどのくらいで戻ってくるのだろう。かすかにある電波で現在地を確認し、他にどうすればいいか分からずとりあえず近くのコンビニを検索する。車で十分ほど行けばありそうだけれど、喜八郎がいつ戻ってくるのか分からない以上動くのは避けたほうがいいだろう。
虫の音だけが聞こえる静かで暗い山道にいることが急に不安になり、動画配信アプリを開いて見ている途中だった動画を再生した。長い読み込みのあと再生が始まって賑やかな音が流れ出しホッと息を吐く。
ただの散歩かもしれない、それか突然どうしても穴を掘りたくなったのかも、住宅街に穴を掘ることなんてできないから地面が土で出来ている山に行くのは当然だ、うん、きっとそうに違いない。そういえば学生時代に学校の校庭に落とし穴を作って先生からものすごく怒られたって話をしてくれたことがある。俺があまり知らないだけで定期的に穴を掘りにきていたのかも。
嫌な予感からは目を逸らし、楽観的な考えだけで頭を満たす。動画の内容は少しも入ってきていなかったから、また今度見直さないと。今はただ人の温度のある声を聞いていたかった。
たぶん一時間くらい経ってから、草木を踏み締める足音とシャベルを引きずるような高いが近づいてきて俺はスマホから顔を上げた。喜八郎が歩いていった方向を注意しながら周囲全体に視線を走らせ、見慣れた背丈の人影が近づいてきているのを見つけて大きく息を吐いた。喜八郎はバックドアを開けてシャベルを投げ入れ、すぐに助手席へ乗り込んでくる。「お待たせしました」と言った喜八郎の頬に土が付いていて俺は無言のまま手を伸ばした。
「っ、……なんですか?」
「土ついてたよ。穴掘りでもしてきたの?」
……まあ、そんなところです」
……
……コンビニ寄って、ごはん買って帰りましょう。お腹空いちゃった」
……ん、わかった。今日お風呂一緒に入ってもいい?」
「え。いいですよ……珍しいですね」
「ほっぺ以外にも土ついてるかもしれないから俺が洗ってあげる」
前髪をめくって白い額を優しく撫でると喜八郎は猫のように目を細めた。俺が心配しているのは視線だけで伝わっているはずだけれど、さっきのことは話してくれそうにない。
「喜八郎、あのさ」
「あ、ゴム、買わないと」
……もうなかったっけ?」
「この前使い切ったじゃないですか。来るって言ってから来てくれれば先に買っておいたのに」
「じゃあそれもコンビニで」
……買いたいもの選んだら僕は先に車に戻りますからね」
「はいはい」
話を遮られた上に目を逸らされてしまい、俺はそれ以上の追及を諦めた。話したくないことを無理に話させたくはない。どんなことでも、なんでも話してほしいけど、それは俺がそうしてほしいだけだ。俺だって情けなくて喜八郎に話したくないことが少しはあるし……
何かあったら教えてくれるかな。どうしようもなくなってからでもいいから、喜八郎の口から話を聞きたい。俺はその時のために覚悟だけ決めておこう。
エンジンをかけて喜八郎にもシートベルトをするように声をかけた。そういえば家の鍵には友人たちからもらったらしいキーホルダーをいくつもつけているのに、この車の鍵はなんにも付いていない。車を発進させてからちらっと横目で喜八郎を窺い、「喜八郎」と名前を呼んだ。
「なんですか?」
「この車って喜八郎の? 今までは旅行に行く時にレンタカーを使うくらいだったのに、とうとう買ったの?」
「ああ、これは預かってるものです。持ち主が今は車を使わないらしくて、僕のアパートの駐車場が安いからそこに駐めるついでに好きに使っていいよって。まあ僕は運転あんまり得意じゃないですしバスとか電車乗ることの方が多いですけど」
「ふーん……?」
「あ、それは仕事の関係の人なんで。浮気じゃないですからね」
「あはは、疑ってないよ。俺、そんな嫉妬深く見える?」
「いいえ。全然。だから逆にアピールしてみようかと」
「なぁにそれ。でも、一応嫉妬はしてるかも。俺は週に一回くらいしか会えないのに職場の人は毎日喜八郎に会えるなんて羨ましいし」
…………そんなの僕もおんなじです」
「俺の職場の人に嫉妬してるの?」
「久々知先輩と話す人全員に」
「ええ? ……ふふ、ありがと。そろそろ一緒に住むのもありだよねぇ」
……職場の真ん中くらいで、探しますか?」
「帰ったらお互いの条件まとめよっか」
話に乗っかってきてくれた喜八郎に堪らず笑っちゃいながらそう提案すると、喜八郎も幸せが溢れ出たような可愛らしい音でくすくす笑った。だんだん市街地へ近づき、街灯も増えてきた明るい道をすいすいと走らせる。喜八郎と未来の話をするのが好きだ。明日の約束でも、十年後の夢みたいな話でも。二人一緒にいるこの先の話をたくさんしたい。
「あ、……でも、今日は」
「うん? ……あぁ、今日は、お風呂入って寝て、話し合うのは明日にしようか?」
……うん」
……ふー、安全運転、安全運転」
「ふ、うん、安全運転でお願いします」
今すぐに俺の大好きな子を抱きしめたいな。お風呂に連れ込んで濡れた肌を重ねたい。さっきまでなんだかよくわからない状況に不安でいっぱいになっていたのに、もうそんなことは頭の隅に追いやられていた。男の単純さが今だけは都合がいい。
「久々知先輩、明日、お休みなんですか?」
「うん。喜八郎は?」
……休みです」
「良かった。じゃあ夜更かしし放題だね」
……先輩のえっち」
「俺はなんにも言ってないだろう。喜八郎がそういうこと考えてるってことだ」
……考えてますよ。先輩は、考えてないの」
…………考えてます」
「ふふ。ほら、僕の正解でしょ?」
……大正解だよ。もう、今すぐキスしたくなるからそれ以上可愛いこと言わないで」
「運転頑張って」
「頑張ります……
ご機嫌に笑い声をあげる喜八郎が可愛いから今日の出来事は明日の朝までの間だけ忘れておこう。今は、ただ好きな子と好きなことだけを。