Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
きなこ湯
2024-09-26 21:09:25
7270文字
Public
Clear cache
手懐けるなら手放さないで
特待生に絆されていることを認めたくない白波蓮と認めている灰園翔平が、それぞれ特待生について思いを巡らせている話。
episode3読了推奨。
バイトはだるいが自由に遊べるだけの金銭は欲しい。由緒正しい家柄だの財閥出身だのが道端の石と同じくゴロゴロと在籍するDAでは、仕送りだけで悠々自適と学食に通える生徒も珍しくないが、あいにく蓮にとっては縁のない話だった。しかし、学食の限定メニューを食べたいと思った時に所持金を考えたくはないし、日々を潤すサブスクに注ぐ資金を減らしたくはない。結果、だるかろうが働くしかない。せめてもの救いはノーゲスで終わる日がままある楽な職場で働いていることだろうか。
そもそも動いていないので誤差など生じるはずのないレジ点検を終え、やたら派手な制服から落ち着く私服に着替えた蓮は、珍しく軽い足取りで周辺を散策していた。本音を言えば今すぐ自分の部屋に帰ってベッドに倒れ込み、ソシャゲを開いて心ゆくまで自堕落に寝転びたかったが、いま帰寮すると十中八九陽にジャバウォック(いきもの係)の仕事を押し付けられる。なので、陽が夜前の餌やりに出て無人となるタイミングを狙って帰る予定だった。
人の気配の少ない夜道をぶらぶら歩いた後、何も停まらないバス停に腰掛ける。ポケットからスマホを取り出し片手で手持ち無沙汰に弄った。Dチャットには通知マークが灯っている。やたら数の多いその大半を、お節介な陽のメッセージが占めていることは明白だ。
逡巡の後、蓮は大きく嘆息しながらDチャットを起動させる。いちおう、念の為、万が一を考えてのことだ。いつかのように倒れられて苦労するのは蓮である。通知で読める冒頭の文言だけを見下ろし、それがつい20分前のものであることを確認して、大した異常はないと判断する。やっぱりくだらないことだったと思いながらタブごと消そうと指先を滑らせたところで、ぴたりと停止した。
「
……
」
陽からの連絡の下。もうひとりから未読メッセージが届いている。
しばらく迷った後、蓮は通知マークの光る名前をタップした。これで向こうにも既読がついたはずだが、チャットの内容を踏まえて今すぐ伝わりはしないだろうと考える。
――
〝お疲れさまです。蓮くん、今日はアルバイトですか?〟
当たり障りのない文言だ。送信時間は二時間弱ほど前、ちょうど蓮がレジに立っていた頃である。通常であればスマホはバックヤードに置いてあるべきかもしれないが、蓮のバイト先は極端に人が来なくて規則も緩い。どうにか手繰り寄せた記憶の狭間に、進行中のゲーム画面に重なった通知を適当に弾いた光景があった。
「
……
あー
……
」
返信ボックスに適当な文字を並べ、消し、打ち込んで、消す。生産性のない行いを何度か繰り返し、蓮はくしゃりと不機嫌そうに眉根を寄せた。
――
今バイト終わったとこっすけど。
事実だ。レジに立っていたから返信が遅れた、ごく自然な流れだろう。しかし、彼女は時々客として来店する。ダイナーでは年中閑古鳥が鳴いていることはもちろん、レジに立つ蓮が片手間にスマホを弄っていることも知っている。そういう趣味のないらしい彼女を呼びつけて、自分と同じソシャゲのフレンドコードを入力させたのもあの場所だ。だから、この言い訳が通用しないだろうことも容易に想像できる。
スマホの側面を指先で叩きながら蓮はしばらく考え
――
結局、馬鹿馬鹿しいと首を横に振った。返信ひとつに迷うとかどこの思春期だ。別に、明日になってから返事をしてもいいだろう。
そうこうしているうちに、陽が夜前の餌やりに寮を出る頃合いだった。さっさと部屋に戻って今日はもう寝てしまおう
――
蓮は立ち上がり、夜道を進んで、足を止めた。ついでに息もひそめる。足音は最初から立てていない。
余計な物音を立てないよう気を払って片足を上げ、足先に障害物がないことを確認してから、静かに踵を落とす。すり足の要領で道路から外れ、立て看板の裏に身を潜めた。この暗さであれば身体のすべてが隠れていなくとも充分だった。
道の先を歩く人影があった。片方はよく知っている
――
いや、両方とも知っている人物だ。しかしまず最初に彼女が目に留まったのは、ついさっきまで当人のチャットを開いていたからだろう。
折り目正しい女子生徒の制服姿と、ラフに着崩した派手めな私服姿がふたつ、並んで歩いている。特待生の隣にある人影は彼女より頭ひとつ以上高く、脱色された明るい髪をハーフアップに結んでいた。鬱陶しそうな襟足の長さだとか、遠目にも派手な柄のTシャツを重ね着しているセンスだとか、蓮にしてみれば恐ろしささえ覚える。普通に生きていれば関わり合いになりたくない人物だが、何の因果か同学年で同じグール生徒なので、互いに顔と存在は認知している
――
そういう相手だった。名前は、確かそう、灰園翔平。ヴァガストロム寮の一年生だ。
柄の悪いヤンキー。ヴァガストロムに配属された時点でその性根は察するに余りある。それに加えて、翔平自身にまつわる噂話も少なくない。普段よくつるんでいる黒鷺玲音と並べて、蓮にとっては縁遠いままでいてほしい存在だ。
気配を殺して二人の背中を眺めているうち、蓮は妙な既視感に首をかしげた。こういう場面を、どこかで見たことあるような。じっと目を凝らして暗がりを歩く背中を見つめていると、不意にダイナーの景色が浮かび上がってきた。そこでようやく既視感の正体に思い当たる。あの二人は、一度揃ってダイナーを訪れたことがある。
なぜ思い出せなかったのだろうと不思議に思いながら、蓮は静かに嘆息した。それから、妙な焦燥感が胸に滲む。ある嫌な予感がひたりと這い寄り頭を上げ、暗がりからじっと蓮を見つめている。
最初にあの二人を見たとき、自分は彼らをどう評したか。
いや、と蓮は首を横に振った。あの時は自分と関わり合いにならない二人に対しての、言わば表面的な印象だったに過ぎない。柄の悪いヤンキーと、大人しそうな女子生徒が並んで親しげにしていれば
――
ああ、遊ばれているんだな、かわいそうに
――
そう思うのは自然な流れだろう。
今は違う。灰園翔平はまだしも、特待生の人となりについては、あの頃とは比べ物にならないほど明確な人物像が蓮の中にきちんと構築されている。少なくとも面がよくて口が達者なだけの男に流され、遊ばれるだけで終わるような
……
そういう人ではないはずだ。穏やかな人間なのは間違いないが、譲らないことにはやや頑固で、時々ぎょっとさせられるような胆力のある一面があると、蓮はすでに知っている。同じ命の危機に立ち会った相手だ。
――
先輩が、あのヤンキーに遊ばれているだけだとは思わない。
だが、二人の間に親しげな雰囲気があることは遠目にも否めなかった。
先を歩く二人は次第に蓮の隠れている場所から離れてゆき、人影は小さくなっていたが、それでも翔平が彼女の歩幅にあわせてゆったりと歩いていることは明白だった。そうでなければ、こんなに蓮が長く息を潜め続けている必要はない。
時々ちらりと見える横顔は明るく、人畜無害そうな特待生の表情は、普段の蓮が正面から見下ろすものと似ていた。ただ
――
あんなによく笑う人だったか。長めの前髪に隠れる穏やかな眦は、あれほど笑顔に細められていただろうか。そんな生産性のない疑念がぽつぽつと湧いてくる。
二人が親しげにしていることに違和感はない。彼女は学園の特待生であり、グール生徒の監査役だ。グール生徒に割り振られた仕事の補助を担当し、任務の難易度にかかわらず同行する義務がある。現在のジャバウォックへ同行を命じられる前、彼女はヴァガストロムの監査をしていた。だから、二人が親しげであることには何の不思議もない。
ないはずだ。
――
ないはずだよな?
「
……
」
蓮はその場から一歩も踏み出さず、夜道に消えゆく二人の背中を最後まで見送った。見送った後で、馬鹿らしいことに時間を浪費した自嘲と、肺の裏側にこびりついた焦燥感で息苦しくなる。蓮の前で何が起きたわけではないし、特待生に対する認識が変わったわけではない。妙に現実味を帯びた嫌な予感と自分の記憶にある彼女の人物像とを天秤にかけ、やはりあり得ないと心の中で繰り返す。
それに、特待生はまだジャバウォックの監査役だ。
彼女にはジャバウォックの一員である義務がある。それは私情などよりよほど優先されるべきことで、だから。
「
――
いや、馬鹿らしー
……
なに考えてんだか」
意味のない連想を振り払い、蓮は夜道に出て深く嘆息した。嫌に心臓の動きが早く、息苦しさが不快だった。襟元を握り、静かに深呼吸を繰り返す。ようやく落ち着いてきたところで、ポケットの中に突っ込んだスマホが通知音と共に震えた。せっかく宥めた心臓がどきりと大きく跳ねる。ぎこちない仕草でロック画面を点けると、陽からのDチャットの通知だった。
――
〝道草食ってねぇで、はよ帰って来い!〟
「は? だる
……
つーか、あいつ夜の給餌の時間じゃ
……
あ、過ぎてる」
踏んだり蹴ったりで散々な気分に舌打ちし、蓮は重い足取りで歩き始めた。帰れば陽の小言を延々聞くはめになるだろうが、もうすべて無視して寝てしまおうと心に決める。明日の朝の仕事だってサボタージュしてやろう。こんな気分で怪異動物と向き合う方がかえって悪影響かも知れない。きっとそうに違いない。
再びポケットにスマホを突っ込む直前、ちらりとDチャットの通知画面を確認する。陽以外に新着通知は見当たらない。再び、胸の内にもやもやとした掴みどころのない焦りが広がる。
深く息を吐きながら、明日になったら直接文句を言ってやろうと心に決めた。蓮が陽の仕事をサボタージュすれば、ジャバウォックの監査役である特待生は助っ人に現れるだろう。彼女はそうしなければならない役目で、だから、今はまだ返信しなくてもいい。
夜道に盗み見た彼女の笑顔を思い浮かべながら、蓮は今度こそ寮へと向かって歩き出した。
・
グール生徒の外出には寮長あるいは副寮長の許可が必要だ。つまりヴァガストロムで言えば御堂か玲音のOKがなければならない。玲音は自分にも旨みのある話なら頷くだろうが、逆に言えばなんでも許可を出すわけではなかった。悪魔めいた気質の玲音の許可を得るにはまずその機嫌と利害関係を見定める必要があるが、一方で今回のようなパターンだと、御堂の方が話は早い。
「では、明日からよろしくお願いします」
「おう」
内容自体はごく簡単な調査任務だった。そのため、監査役の同行さえあれば翔平一人で請け負っても構わないらしい。それは特待生
――
監査役にとっても都合が良かったらしく、寮にかかわらず手の空いているグールを探していたと言う。普段であれば「より危険な任務を率先して請けろ」と言う御堂も、恩のある彼女からの依頼であれば、元より断るつもりはなさそうだった。
今日のところは調査対象の確認と段取りの話し合いに留まり、明日の集合時間が決まったところで、ひとまず解散となった。とは言えすっかり陽の落ちた時間で、夜のヴァガストロムを彼女ひとりで歩かせる気にもなれず、見送ると申し出たのが数分前のこと。
目的地へ近付くにつれて人の気配が少なくなる。一応は安全確認の済んでいる管理された怪異ばかりとはいえ、夜道を一人で歩かせなくて正解だったと翔平はひそかに考えた。
翔平らグールならともかく、特待生は戦うすべを持たない。
――
あの時だって、もし御堂が間に合わなかったら
……
「
――
と言う感じで、今回の任務は寮の指定がなかったんです」
「
……
あ」
嫌な方向に連想が転がったせいで、隣の声を聞き逃していた。中途半端な声を漏らした翔平を見上げて、特待生は「翔くん?」と首を傾げる。長めの前髪に少し隠れた目がまっすぐに自分を捉えているのを見返し、言いようのないため息が出そうになった。この人を前にすると嘘や誤魔化しが途端下手になると、翔平は最近ようやく自覚していた。
「
……
わり、話聞いてなかった。もっかい言ってくんね?」
「ああ。でも、大した話じゃないですよ。今回の任務は学園長からお話があったもので、顧問の先生がいないから、任務を依頼する寮を選ぶのは任せるって言われたんです。研修以外のこういうパターン、私は初めてだったので」
「それ、要は体よく押し付けられてんじゃねーの」
「あはは
……
そうかもしれないですね。でも、断る理由もありませんから」
――
〝理由〟じゃなくて〝権利〟じゃないのか? そんな考えが一瞬脳裏を過ぎったが、ひとまず飲み込んだ。代わりに返す言葉を探す。
「まあ、あの内容なら明日一日で終わるだろ。センパイ、どっか行きたい場所考えていいぜ。ボニー連れてくし、多少は遠出できるだろ」
「え」
特待生の顔が固まったのを見下ろし、そういえば〝監査役〟だっけと思い出す。
「あー
……
、別に、多少はよくねぇか? 任務は真面目にやるんだし」
「
……
、わたしはなにもきいていません」
「センパイ」
「何も聞いていないので」ちらりと左右を見渡してから、声を低めて囁く。「
……
明日のことは、きっとなるようになるとしか」
「
――
ハハッ、そりゃそーだ。明日のことなんてわかるわけねーよな」
肩をすくめてそう答えると、特待生は神妙な顔で小さく頷いた。
見た目こそ大人しくて生真面目そうな雰囲気があるが、何もかも融通の気かねい優等生ではないらしい。それはそうだろう。規則に従順な面白みのない人に、あの胆力は似合わない。今日だって平然とヴァガストロムの寮舎にやってきて、誰でもいいからグール生徒を呼んでくれないかと、強面の一般寮生相手にけろりと頼んでいた。
「つーか、なんでウチだったんだよ?」
そう言えばと思って翔平が尋ねると、特待生は一瞬きょとんとしてから「ああ」と呟いた。
「最初は蓮くんに頼もうと思ったんですけど、連絡がつかなくて」
「
……
、蓮?」
「はい。ジャバウォックの一年生の」
「
……
ダイナーでバイトしてるヤツ?」
「そうです」
翔平の想定していなかった人物が話題に上がり、困惑に言葉が続かない。
特待生は気にせず説明を続けた。
「今、研修でジャバウォックの監査役をしているんです。と言っても、ついこの間、大きな任務は終わったんですけど。だから、今は怪異動物のお世話のお手伝いをしていることがほとんどで。その流れで蓮くんにお願いできないかなあと思ったのですが、今日は連絡がつかず」
「へー
……
いや、俺はそいつのことよく知らねぇから、適当な想像なんだけど。そんな律義に任務とか行くようなタイプには見えなくねぇ?」
「あはは
……
それはそうかもしれません」
しばらく置いて、特待生は「でも」と続けた。
「今、私はジャバウォックの監査役なので」
「
……
そうかよ」
自分でも嫌味が過ぎる声になり、翔平は思わず片手で口元を覆った。
――
いや何だ、今の? ガキじゃあるまいし、センパイがどこの寮の監査やってたって俺には関係ないはずだろ
……
気まずさにちらりと隣を見下ろすも、特待生は翔平の言葉を気にしているようには見えなかった。今度はそれにホッと安堵して、苦笑する。
「じゃあセンパイ、明日は昼に銀河鉄道の前に集合で」
「はい。よろしくお願いします」
特待生は律義にぺこりと頭を下げた。一年歳下の後輩にまで丁寧な振る舞いをする、そういう不器用さは他の誰かだと苛立つだろうに、こと彼女の場合はそうでもなかった。我ながらだいぶ懐いたなと思う。一度親しみを覚えると何も感じていなかった頃には戻れない。そういう性分は玲音と違って自分の人間らしい部分だと思うと同時に、明確に弱点である自覚があった。玲音ほど悪魔じみた非情さがほしいとは思わないが、何度か話しただけの相手に簡単に絆されているのは、さすがにどうなんだと思う。
特待生が寝泊まりしている廃墟は周囲を背の高い木々に囲まれており、ずいぶんと暗い影が落ちていた。入口から見える教会の講堂の床はところどころ陥没しており、暗がりに消えゆく華奢な背中を思わずじっと見届ける。さすがに特待生も床材の傷みなどは把握しているようで、翔平の心配よりもずっと確かな足取りだった。
これで見送りは終えた。ヴァガストロムへ戻るべく来た道を引き返しながら、翔平はポケットに突っ込んでいたスマホを徐ろに取り出す。Dチャットを開くと、メッセージ欄をスクロールしてようやく特待生の名前が出てきた。そのまま会話欄を遡る。どれも翔平から送ったチャットばかりから話が始まっている。
――
「最初は蓮くんに頼もうと思ったんですけど、連絡がつかなくて」
……
何気ないひと言が蘇り、翔平は片手でガシガシと後頭部を掻いた。
「あークソ、マジでダセぇな、俺
……
」
わかっている。特待生に他意はなかっただろうし、純粋に任務を頼める相手を探していただけだ。たとえば彼女がヴァガストロムの監査中であったなら、きっと翔平にも彼女からの連絡が来ただろう。だからこんな些細なことに子どもじみた嫉妬を覚えるのは見当違いだと、頭ではわかっている。
わかっていても納得できないのは、それほど自分が彼女に弱い証拠だった。
「
……
釣った魚に餌やらねぇタイプかよ」
あるいは自分が釣った自覚すらないのかもしれないが。
例の同級生
――
ジャバウォックに配属されたグールの顔を浮かべ、それから今は特待生が監査中であることを思い返し、どうかそいつが彼女に懐いてくれるなと翔平はひそかに願ったが、同時に無理だろうという確かな予感があった。彼女の率直な善良さは、悪魔の誘いに乗るようなひび割れた心を持つ人間によく染みると、翔平はその身をもって知っている。
暢気なのは簡単に手懐けた当人ばかりだろう。翔平は軽く嘆息して、行きの道よりずいぶん早い足取りでヴァガストロムへと歩き出した。
Reaction
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.
Custom color
Reset color
広告非表示プランのご案内