溶けかけ。
2024-09-26 17:23:44
1520文字
Public ほぼ日刊
 

カラーコード

色彩を忘れたヌヴィレットと世界に色を与えるアーティストのお話。
ヴィシャップは成長過程で色を失う、というキャラボイスを参考にしました。

 まず、青葉の緑が消えた。
 次に、空と海が失われた。その次は太陽で、その次は――


「ヌヴィレット様?」

「なんでもない。少し、立ち眩みがした気がしただけだ」

「それは大変です! もう、終業時間ですし、早くお休みください!」

 セドナがヌヴィレットの背中を押す。モノクロの彼女はどんな色彩をしていただろうか?

「これが成体になる、ということか……

 成体になったヴィシャップは色彩識別能力を失う――知識としては知っていたがまさか自身がそうなるとは思うまい。そもそもとっくに成体だと思いこんでいた。これ以上、成長することはないと。いや、本来失われていたはずの権能を取り戻したのだ。ある意味、成長と言えるのかもしれない。



 世界が色を失ってから早一ヶ月。モノクロの視界にも慣れたヌヴィレットは何事もなかったかのように日々を過ごしている。
 白と黒の濃淡しか色彩を得られなくなったヌヴィレットの目の前に突如として鮮やかな青が現れた。

……フリーナ殿?」

「ヌヴィレット……?」

 買い物袋を抱えたフリーナはモノクロの世界で以前のままの色を持っていた。青い色違いの瞳も水神の頃から変わらぬ衣装も、雲間から見える青空のような銀髪も――全てが変わらずそこに在った。

「わわっ……こんな往来で……! ――ヌヴィレット?」

 気づけばフリーナを抱き締めていた。色のない世界で、色があることがこんなに安心できることだとは知らなかった。



「な、なんだってぇ!? 色の識別能力がなくなった、って……それ、大丈夫なのかい!?」

「ああ、大した問題はない。書類の色はモノクロなのでな」

「そういう問題じゃないだろう……

 フリーナがため息を吐く。確かに書類作成には困らないかもしれないが、彼の私――つまりプライベートな部分では困ることだって出てきているはずだ。

「君の気持ちだけ受け取っておく」

 手伝いの者を、と言おうとしたフリーナをヌヴィレットが制止する。ちっ、勘の良い男だ。彼女は唇を尖らせながら、ティーカップの持ち手を摘むと口をつけた。
 今日は、ダージリンか、と茶葉の香りで当たりをつける。ふと、違和感を覚えてヌヴィレットはフリーナを観察した。しばらくそうしていたことで、ようやく違和感の正体に気づく。
 今まで、モノクロだったソファや机、ティーカップがのだ。色彩が戻る――この数ヶ月間、様々な策を講じてきたヌヴィレットにとって初めてのことだった。

「色が分かる……

 ヌヴィレットが呆然とした表情で告げる。

「な、なんだって!?」

 フリーナが勢いよくソファから立ち上がる。彼女が立ち上がった反動で紅茶のカップに水面が立った。

「どういうことだ!?」

 詰め寄るフリーナにヌヴィレットが首を振った。

「分からない……何かが引き金となったとは思うのだ、が……

 ヌヴィレットは目を見開く。彼女が通った場所が、触れた物が色を取り戻していく――それは、失う前より鮮やかに。
 ああ、そうか……君なのか、フリーナ。

「君だ、フリーナ殿。引き金は君だったのだ……

 ヌヴィレットの言葉に首を傾げるフリーナの手を掴む。

「君自身や君がこの手で触れた物――その全てが私に色をくれるのだ……

 フリーナが瞠目する。それから、ゆっくりと破顔した。

「なら、僕はキミ専属のアーティストだね。退屈なんてさせないよ?――だって世界はこんなにも美しいのだから」

 ヌヴィレットの視界が色づいていく。モノクロの世界で唯一の青を纏う少女によって。