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紬実
2022-09-18 22:26:24
2819文字
Public
グラアレ
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グラアレ
途中で止まってるグラアレちゃん。ハムさんの元婚約者が出てきます。
今日の僕は機嫌が良かった。
それは久し振りの地上ということもあったし、空がとても青かったというのもあるだろう。
けれど何よりも楽しいと思ったのは彼が隣にいたからだった。
「アレルヤ、次はどこに行きたい」
「どこだっていいよ。あなたが行きたいところで」
ならば、と顎に手を当て考える彼の髪が風に誘われふわふわと揺れる。
照りつける太陽と明るい金髪。僕の目には眩しすぎるのにそれでもじっと見てしまう。
「少し遠いがセントラルパークを散歩しないか。軍にいたとき休日によく行っていたんだ。案内しよう」
当たり前のように手を差し出される。それに気付きながらも苦笑いして行こうと促した。
まだ君と手を繋げる関係じゃない。僕は返事をしてないから。
肩やら尻やら頭やら、触られているところは他にもあるというのに手を握り合う行為は初心な恋人同士のそれのようで嫌だった。
初心なんて、そんな歳でもないのにね。お互いもう数年すれば30歳になってしまう。いや歳を取るのは僕だけか。
彼の銀色がかった毛先を見てそう思う。
僕はそれほどないけれど彼はきっと恋愛経験豊富なんだろうな。
グラハムのことは嫌いじゃないしむしろ好きなんだと思う。でもどうしていいか分からないんだ。応えたとして、君が求める愛についていけなくて見放されたら、それが一番悲しい。それならこのまま不安定な関係でいた方がマシじゃないか。
答えの出せない僕を彼はきっと諦めるだろう。早く諦めてくれたらいいのに。
休日ともあってセントラルパークの中はまあまあな人の多さだった。
「ここはいつもこんなに人が多いんですか」
「そうだな。あちらの通りに行こう。穴場があるんだ」
いつも目を爛々と輝かせているグラハムが、大人しく風の音を聞いていることに違和感を覚えたがこんな表情を見せるときだってあるだろうし、その場面に出くわせたことが妙に嬉しい。
「グラハムさん、飲み物かなにか買ってきましょうか」
久し振りの慣れ親しんだ場所で考えたいことでもあるに違いない。僕は立ち上がりながらそう聞いた。
しかし、返ってきた言葉はまったく真逆の方向からだった。
「グラハム? グラハム・エーカー?」
鈴がなるようなよく通る声が後ろから聞こえた。グラハムの目も人物を捉えたのか大きく見開かれたのが分かった。視線の先を辿るように振り向けば白い日傘をさし、手にピクニックバックを持った女性がそこにいる。淡い水色のふんわりとしたワンピースは清楚な雰囲気を醸し出し、白のヒールサンダルも足元を目立たせてバランスがいい。年齢は二十代後半くらいだろうか、自然なメイクが施されているが、少女のようなあどけなさが残る顔は一見して若く見える。そして何よりも長く伸ばされた茶色がかった金髪が艶々と光り、余計にこの女性を綺麗だと思わせた。
「えっと」
僕の知り合いではないことは明白だった。なにせ呼ばれた名前が違うのだから。
「あぁやっぱり、グラハムだわ! 元気にしてました?」
喜びを顔いっぱいに浮かべ、女性はベンチに座っているグラハムの方に歩み寄る。まるで僕なんか見ていない。グラハムの方も先ほどまでの穏やかな表情から一変し、顔を強張らせ立ち上がると口を開いた。
「お久し振りです」
頬に軽くキスを交わすと女性はやっと僕に気付いたのか「ごめんなさいね」と笑った。
「もう会えないと思っていたから嬉しくって」
「アレルヤくん、彼女はミセススレーチャー。いや今は違うか」
「あら、いいんですよ昔のように呼んで下さって構いません」
「私の、元婚約者だ」
その言葉に一瞬身体が強張った、が元ということは今は違うのだろう。そもそもグラハムは彼女のことをミセスと呼んでいた。つまり結婚しているんだ。
グラハムが言葉を詰まらせながら言ってくれたことでまだ少し心に余裕が出来た自分がいる。
「そうなんですね。僕はアレルヤ。──エーカーさんの同僚です」
よろしく、と手を差し出したが彼女の両手が塞がっていることに気付きおずおずと戻した。
「まあ、じゃああなたも軍人なのね。この人、今でも無茶ばかりしてる?」
「はあ、まあ、そうですね」
どこまで踏み込んで答えていいのか分からず、隣のグラハムを窺い見るがグラハムの方も何を話せばいいのか逡巡しているようだった。普段なら「あれくらいで無茶と言われては堪らんな!」と白い歯を見せて笑うのに。
「でもグラハム、あなた生きていたのね
……
。同僚の方から、ほら、あの、父の葬式に来ていたポニーテールの背の高い方。あの方にあなたは戦死したって聞いたのよ」
これはまずいんじゃないだろうか。死んだはずの彼が生きていると分かれば、エースだったグラハムを軍は放っては置かない。いくら平和条約が結ばれたからといってもELSとの闘いの一部始終、ソレスタルビーイングの動向をユニオンは知りたいに決まっている。何とかしてごまかさないと
……
!
何も言わないグラハムの代わりに口を開こうとしたがミセス・スレーチャーの方が一瞬早い。
「でも、そうね」
風が吹いて彼女の髪が波立った。
「あなたなら生きていてもおかしくない」
飛ばされないように日傘をしっかりと持ちながらスレーチャー嬢はそう言った。
説得力のある言葉で、僕もそれ以上何も言えなかった。
「また、中尉にもご挨拶に行きます」
グラハムのはっきりとした声が横から響く。その言葉に頷くと彼女は本当に楽しそうに笑った。
「今でも空は好き?」
「はい」
わざわざ横を向いて確認なんてしなかったけれどきっと真剣な金色の眼差しを彼女に向けているんだろう。
いつになく真面目な彼。僕にだけと思っていたことが崩れていく感じがした。
答えを聞くと彼女はコロコロと可笑しそうに頬を緩ませると今度は僕に向き直って笑った。
「この人ったら私よりも空の方を選んだのよ」
「その件は本当に申し訳なく
……
」
軽く頭を下げるグラハムに彼女は「あら」と目をパチクリとさせた。動作の一つ一つに幼さの残る女性だ。僕との違いに胸がぎしぎしと音を立てる。
「いいんですよ、私は今幸せですもの」
彼女の目尻には笑うと細かな皺ができた。
「あなたは今幸せ?」
よく通る声がそう問いかけてきた。
しばらく、いや、ほんの数秒だったけれどグラハムが戸惑ったのが分かった。
「どうでしょう」
僕は思わず彼の方を見てしまった。彼なら幸せだと断言すると思っていたからだ。そんな根拠どこにもないのに。
自分にその資格なんてないけれど、彼の手を握ってあげたかった。
「これから家族で昼食なの」
そう言う彼女の持ったピクニックバッグにはよく見ると食べ物が入っているように見えた。
バッグを少し上げにこやかに微笑むと彼女は手を振り「また会いましょう」と通りを歩いて行った。
残された僕らは彼女の後姿を見送ると顔を見合わせた。
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